06マオール誕・生
西の塔。大魔王城を中心に左右に分かれた塔の一つ。その入り口にヤマネコが立っていた。先程自分がいた応接室の窓と塔の位置を確認すると、そこを目印に大体の見当をつける。実は掃除夫が部屋に入り、他の二人と話をしている時に窓の外を眺めたヤマネコは、ヒマワリの花の植木鉢を持った人物を見かけていたのだ。あの男が嘘を言っていたのか、あるいは花を運ぶ所を目撃されたため場所を移したか。どちらにしてもヤマネコにとっては好都合だった。大魔王に接触し、その実力を確かめる。任務の一つは案外早く片付けられるかもしれない。
借金天使ソーマの話によれば、この大魔王城は機人王チェンマーの手によって作られた機械要塞なのだそうだ。この城に暮らす人物は全てコンピューターにインプットされ、その人物によって行動できる範囲があらかじめ決められているらしい。例えば門番であるソーマは、入り口付近と外周部分。城内は兵舎と食堂を自由に行き来できる。掃除夫のヘッジは加えて定期的に変わる清掃区域と、応接室や大魔王の執務室も入室可能だ。
基本的に鍵が掛かっている場所は入れず、無理に侵入しようとすれば仕掛けられた罠が発動する。場所によっては警告音だけだったり、水の入ったバケツなど古典的なイタズラも含まれている。これが宝物庫や大魔王の寝所など重要な場所であれば、魔王クラスの実力でも命を落とすような恐ろしい仕掛けが炸裂する。
どんな罠があるのか非常に興味を引かれる。自分に絶対の忠誠を誓う部下がいたら試せたのに。ヤマネコは少し残念だった。ソーマ曰く、ヤマネコは城に入った時点でゲストに設定されているため、応接室や城内の廊下を歩く事ができる。塔にも入る事は可能だが、ドアを隔てた部屋に入る権限は持っていない。室内に侵入するには中にいる者が招き入れるか、城の主である機人王の許可が必要だ。
そんなに難しい話ではない。要は扉をノックして中の人にドアを開けてもらえばいいだけだ。目的の階層で片っ端から部屋の扉を叩けばいい。中で反応があればこちらのもの。後はどうとでもできる。ヤマネコは軽い足取りで塔へ入った。
再び城内某所。
「よし、マオールでどうだ。これなら文句はないだろ」
「やや違和感は残りますけど~まあいいですね~」
いくつもの候補が切り捨てられ、ようやく名前が決まるとビッグマーは再び魔法陣に向き直った。ポーズを変え気合も新たに呪文を唱えだす。
「大魔王の力を引き継ぐ者、マオール。その名にふさわしく力と魔力を兼ね備え」
意外にも出だしは非常にいい感じだ。もしかしたら成功するかもしれない。セガユは期待と不安の眼差しでビッグマーの挙動を観察していた。その呪文に応え、魔法陣も今までにない輝きを放っている。ヒマワリの花もようやく実力を発揮できるとばかりに光を受け、自らの輝きを増している。
「俺に似て美しく可愛く格好良く頭もよく」
やっぱり駄目かもしれない。具体的にとは言ったが、物には限度がある。セガユの溜息にも気付かない程ビッグマーは集中している。希望というよりこれは要望だ。思いつく限りの注文をビッグマーは呪文に詰め込んだ。後はいよいよ最後の仕上げだ。
唐突に部屋の外からノックが響いた。追っ手がようやくこの場所を突き止めたらしい。宝物庫からヒマワリの花を持ち出した事については、いつもの様に命令されて仕方なくやったと言っておけば問題ないだろう。セガユは扉を開くため入り口へと向かった。横目でヒマワリの花の様子を見れば、先程と同じように輝きが急速に失せている。やはり今のビッグマーの実力では後継者を生み出す事は不可能だったのだ。
「すみませーん。こちらにビッグマーさんいらっしゃいますか?」
おや、とセガユは頭を首に乗せて傾げた。聞いた事のない声だ。大魔王城でこんな声の持ち主がいただろうか。古くからこの城で処刑役を勤めていた彼は、どんな小さな声でも相手を判別できる耳を持っている。例え千人の群集に紛れていても、聞き分ける事は可能だ。
「どちら様ですか~?」
だから彼がこう聞いたのも当然だった。そんな彼を誰が責められるだろうか。全ては偶然だったのだ。
「門番のソーマの紹介を受けてやってきたヤマネコです」
「魔界最強の大魔王ビッグマー=ルイカンの名の下に!」
瞬間。ヒマワリの花は太陽のように輝き、西の塔はまばゆい光に包まれた。
「あれ?誰か呼びました」
門に立っていたソーマが辺りを見回すが誰の気配もしない。そびえ立つ城門の影と闇の霧に阻まれていたため、彼女は大魔王城内部で起こっている出来事を知る由もなかった。
「あれは!」
東の塔にいたサジットには、城を挟んだ向かい側の光がはっきりと見えた。闇夜を切り裂かんばかりの光は西の塔から発せられている。
「やっぱり向こうでしたね。何となくそんな気はしてたんですけど」
上の階の探索を終えたハガが同じ場所に到着した。普段のサジットならここで抗議とツッコミを入れるところだが、それどころではない。
「まさか、成功するなんて」
ハガの呟きが終わる前に、サジットは塔の窓から降下していた。地響きを立てて着地するとそのまま東の塔へと駆け抜ける。竜の血を引く頑丈な彼だから問題は無いが、塔や城の外側には飛行呪文を打ち消す結界が張られている。魔人属であるハガにはできない無茶なやり方だ。仕方なく彼女は飛行する巻物に乗ったまま、塔内を降りていく。
内心ビッグマーがどんなものを呼び出したのか非常に興味があった。焦りではなく好奇心から彼女は先を急いだ。
再び、西の塔。目が眩むような光が消え、役目を終えた魔法陣は白い粒子となって拡散した。ヒマワリの花は枯れ、鉢にはいくつかの種が残っている。そしてそのすぐ側に白い服と白い髪を持つ幼児が存在していた。
髪には左右に黒いコウモリのような模様。服には黒い王冠のマーク。大きな黒い瞳できょろきょろと辺りを見回すこの幼児こそ、ビッグマーが自らの後継者として呼び出した者に間違い無かった。
「どうだ、俺の力を思い知っただろ!」
ふんぞり返って高笑いを始めたビッグマーだったが、彼は内心非常に焦っていた。最初から後継者を生み出そうというつもりは全く無く、何か面白い物を出して皆を驚かせようという位の気持ちだったのだ。魔属として最近成長したばかりの彼はまだまだ遊びたい年頃。子供を持つ、ましてや教育するなど冗談ではない。サジットがここに到着する前に、何とかこの状況を誤魔化せないかと必死で頭を働かせていた。
セガユも同じような心境だった。ビッグマーが謎の怪物やら不思議な生命体を呼び出したのであれば、どさくさに紛れて責任追及を逃れる事もできただろう。しかし呪文は成功し、その証としてヒマワリの花は枯れ力を失ってしまった。どうしてこんな事が起きてしまったのかさっぱり分からない。これでは出てきたあれを証拠隠滅のために始末しても、魔界に一つしか無いヒマワリの花を使用した事実は変えようがない。
「似てはいませんが可愛いですね~」
どうでもいい台詞を吐いて現実逃避するしかなかった。
できれば俺にも何が起こっているのか見せて欲しいなぁ。
扉の外にいるヤマネコには中の様子は分からなかった。話し声と魔力が感じられる扉をノックし、名を名乗ったらいきなり眩しい光に包まれたのだ。一体中で何をやっているのか非常に気になる。こちらの存在をすっかり忘れてしまう程の出来事が起こっている。それを扉一枚挟んでいるだけで知る事ができないとは理不尽だ。いっそ無理矢理扉を破壊してみようか。本気を出せば罠の二つや三つ破壊するのは容易い。
そう思い扉から少し離れたヤマネコの視界にふと、ある人物が映った。彼は研ぎ澄まされた直感で道を譲ると、重々しい雰囲気を纏ったノックが三回響いた。
「ビッグマー様、扉を開けて下さい」
殺気のこもった言葉に中の二人が反応するのが分かった。