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05彼の名は大魔王


 城内某所。とある一室で謎の儀式が始められようとしていた。一面黒塗りの床には白い線で歪んだ図形が描かれている。円と四角とで形成された図形の中心に、鉢植えのヒマワリの花が置かれた。花を置いたのは赤い長髪の男。図形から離れると小脇に抱えた本を取り出し、自分が描いたものと比較する。見比べると形は同じだが、円の大きさだとか線の歪みが大分目立つ。


「まあ、少しくらい違っても大丈夫だろ」


 男の名はビッグマー。前大魔王リンバーの息子にして、現大魔王。サジットが塔を必死で駆け上っている原因を作った張本人である。青年に成長した彼は、リンバーと似たような青い衣を身に纏っている。


「今こそ俺が偉大な大魔王である証拠を見せてやる。セガユ、続きを読め」


 部屋の隅に向かって本を放り投げると、薄暗い部屋の中にゆらめく火が灯る。浮かんでいるのは青い人魂のようで、本を受け取った人物の顔をぼんやり浮かび上がらせる。その青白い顔には帽子に張られた札が揺れ、首には包帯が巻かれている。そしてその首を手に持った肉体がページをめくる。


「え~と、後は自分の名を入れた適当な呪文を叫べばいいそうですね~。基本はもう一人と一緒に唱えると、二人の力を合わせたものができるらしいですけど~」


「そんなの俺一人の力だけで十分だぜ。邪魔が入らないうちにさっさと済ましてやる」


 ビッグマーが片方の手を腰に当て、もう一方を花に向ける。すると、白線の魔法陣は起動しぼんやり光を放ちだす。光が魔法陣全体に行き渡るとヒマワリの花も光り輝いた。


「俺の名は史上最大の天才大魔王ビッグマー様だ。この俺にふさわしい者よ、姿を現せ」


 彼が自信満々で答えた呪文を聞いたセガユは、失敗を確信した。なぜなら呪文を唱えた途中から光は弱くなり、ヒマワリの花も輝きを失っていたからだ。この人は本当に成功する気があるのだろうか。案の定ぼわん、という煙が花から噴き出し部屋に充満した。


「どうだ?成功しただろ」


 どう見ても失敗に見えたがヒマワリの花の辺りに何かの影がある。煙の中から出てきたのは、良く分からない黄色い生物だった。丸い顔に羽のような耳を付けた頭。胴体から伸びる針金のような手足。それが四匹揃って立っていた。口々にきゃーきゃー鳴いている様子から、知能は高くなさそうだ。セガユが摘み上げてみると、じたばた手足を動かしている。手を振り払うだけの攻撃力も無い。


「限りなく失敗に近い成功ですね~」


 一瞬の沈黙が辺りを支配する。ビッグマーはセガユから黄色い生物をひったくると、四匹まとめて窓から放り投げた。小さな鳴き声が谷間に消えていった。


「お、俺一人の力だけで十分だぜ。ばれないうちにさっさと済ましてやる」


 どうやら彼は無かった事にする気のようだ。消えてしまった魔法陣をそそくさと描き直す。三分で描き直したそれは、綺麗ではなかったものの先程よりはましな出来になっていた。すぐにまた始めるのかと思いきや、咳払いをしたビッグマーはセガユに向き直る。


「で、お前だったらどんな呪文を言うんだ?別に知らなくても問題ないけど一応念のため聞いてやってもいいぜ」


 最初から素直に教えてくれと言えばいいものを。そう思ってもセガユは口に出さなかった。自分はツッコミ役ではないし、彼の機嫌をわざわざ損ねる行為をしても意味が無い。長い説明をすると理解する前に諦められそうなので、セガユは要点だけを簡単に説明した。呼び出すものをもっと具体的な言葉で表す事、己の名は誇張せずに最後に締めとして言う事、などなど。本当は精神の統一や鍛錬も必要なのだが、面倒臭いと却下されるのが目に見えている。


 どうせ本人も真面目にやっていないのだから、失敗しても咎められる事は無いだろう。早く誰かにここを見つけてもらって終わらせてほしい。それが本音だった。


「そうか名前か!いいアイディアだな。やっぱインパクトがあるのがいいよな。大魔王の息子だから・・・、まおーってのはどうだ」


「そんな三秒で考えた名前を付けたら恨まれますよ~」


 主に生まれた本人や側近の真面目男に。前大魔王もネーミングセンスが無かったが、ここまでひどくはなかった。


「えー、俺の字も入ってるしいいじゃねーか」


 どうやら冗談ではなく本気のようだ。ここで無理に考えを変えさせようと反対すれば逆に執着してしまうだろう。今回の儀式が失敗して諦めたとしても、次に成功した際に絶対にこの名前を付けてしまう。現大魔王はそういう性格だ。ここにサジットがいなくて良かった。


 とはいえ、セガユとしても自分の上司になる予定の者をアホな名前で呼びたくない。


「昔々~、ある大魔王城に~大魔王がいました~」


 何だいきなり?というビッグマーを無視してセガユは即興の物語を進めた。


「ある時~その大魔王城に~勇者が攻めてきました~」


「いや、勇者なんて親父が大魔王やる前からもう死んでるだろ」


 ビッグマーのツッコミ空しく、暗い部屋に人魂の影絵劇場が始まった。






 勇者が玉座に辿り着くと~恐ろしい大魔王が立っていました~


 よくぞここまで来たな~褒めてやろう~


 勇者が名乗りを上げました~私は勇者セガユ~「おい」


 大魔王が言いました~俺様は魔王~


 勇者が言いました~魔王なのは分かっている~名を名乗れ~


 俺様は魔王~名を名乗れ~俺様は魔王~名を名乗れ~俺様は魔王~名を名乗れ~


 やがてその隙を突いた勇者軍団に城は囲まれ~大魔王城は滅びました~






 物語は大量のセガユが城ごと大魔王を押し潰す形で幕を閉じた。


「めでたしめでたし~」


「めでたくねえだろ!大体勇者軍団って何だよ?」


「正義の精鋭部隊です~大魔王を倒すという目的のためなら手段を選びません~」


 それのどこが勇者だ。そうツッコミを入れるビッグマーに、昔は結構いましたよ~という答えが返ってきた。今は見かける事がほとんど無いが、リンバーが大魔王になった当初には勇者と呼ばれる者達が数多く存在していたのだそうだ。彼らは初代勇者の力を受け継ぎ、同じ技を使用できたため力の弱い魔王達は討伐されていった。それらを跳ね除ける実力を持った魔王達が生き残り、魔界史に残る「八人の魔王」が誕生した。


「サジットさんに習いましたよね~」


 明後日の方を向くビッグマーにセガユは更に追い打ちをかけようと、次の影絵劇場のサブタイトルを発表する事にした。


「次は~とある秘密任務~」


 今の流れからビッグマーは不穏な空気を感じた。まさか八人の魔王を率いた秘密任務に大魔王が参加し、仲間に名前を呼ばれただけで正体をばらしてしまうという、とんでもなく間抜けな話を繰り広げようというのではないか。あまりにひどすぎる。そんな事態が起こったら魔界中の笑い者だ。自分の身にそんな災難が降り注いだら、名付け親を恨むどころではない。


「ひとりぼっち編~」


「ちょっと待て!」


 もっとひどい内容のようだった。名前を呼んだだけで正体のばれる大魔王は、相手にすらされないというのか。ひとりぼっちで仲間の活躍を眺めるだけの大魔王。任務に参加できず、一人魔界に帰る大魔王。孤独に耐えられず自ら命を絶つ大魔王。


「分かったよ!変えればいいんだろ、変えれば!」


「まだ何も言ってませんけど~」


 そう言いつつもセガユは心の中でガッツポーズを取った。



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