25どうぞお達者で
帰還ゲート設置地点。
大魔王城から遠く離れた場所、吹き溜まりと呼ばれる混沌の渦に異世界を繋ぐゲートが設置されていた。吹き溜まりの中は歪みと膨張を繰り返し、黒々とした濁流が渦巻いている。その周りを幾重にも張り巡らされた魔法陣と魔法石が囲み、定まらない空間を逃さぬよう固定していた。
初代大魔王の後継者を探すために開かれた空間は、以前と同じ場所と時を記憶している。このゲートを起動すればリンバー達が世界を旅立った直後に戻る事が出来る。他の者が利用できないよう、彼らがここに訪れてからは厳重な警備と幾重もの結界で守られていた。中に入る事ができるのはごく限られた者だけだ。
この場にはハーレルの他に大魔王の幹部達全員が集まっていた。サングラスの女性、リャシーマンが真っ先に進み出た。
「リンバー様。魔界はマオール様がいれば安泰です。安心してお帰り下さい」
まおーが増えてからというもの、リャシーマンはますますマオールを溺愛していた。彼女の眼中にはもうビッグマーの存在は無いのかもしれない。ヤマネコがいなくなってからは彼女がマオールの世話をしていた。
厳しくしすぎてビッグマーのようにひねくれた性格にならないよう、彼女は教育に細心の注意を払った。おかげで、マオールは魔界一と言えるほど素直な子供になった。素直すぎて誰の言う事でも聞いてしまうのが玉に傷だ。
「まあ、前よりはいくらか希望が持てますね」
熱弁をふるうリャシーマンとは違い、ハガはひたすらクールだった。それでも彼女なりにマオールは評価している。これでも一応褒めているつもりだ。
「気が向いたらまた来て下さいね」
「マタ来テクダサーイ」
人形と一緒に手を振るイッサ。三人の調子はいつも通りで、とても今生の別れを感じさせない。ちょっとした旅行に送り出すような感覚だ。
「ああ、気が向いたらな」
だからリンバーも普段と変わりない態度で彼らに答えた。パーティの席で元大魔王としての別れの挨拶は終えている。今更彼らにかける言葉は無かった。
三人はそれぞれの挨拶を終えるとすぐに城へと引き返す。ベリルにあっさり侵入された件もあり、警備を強化するための作戦を練るべく帰路を急いでいた。新しい機人王も配属されたばかり。やるべき事は山積みだ。
「慌てなくてもそう頻繁に襲撃なんて起きないわよ。昔じゃあるまいし」
足早に去っていく彼らをチャンマーは呆れた様子で眺めていた。自分が作り出した機人王チェンマー2号(仮)がいるのだから、城内の警備は以前と同じく完璧だ。それにもし自分達を追って来ようとする者がいたら、真っ先に始末するようにも命じてある。
これで安心して元の世界に帰れる。邪魔者を即座に見抜けるよう性格も自分をベースに作ったのだ。
チェンマーは残る幹部の一人、サジットを射抜くように見つめていた。彼はそんな視線に気付かずリンバーの元へ駆け寄った。
「申し訳ありません。やはりビッグマー様は見つかりませんでした」
彼はギリギリまで大魔王城へ残り、現大魔王で息子でもあるビッグマーを探していた。最後の別れだというのに彼は前日からずっと姿を見せていない。
「あいつも色々あるんだろ。城に戻ったらよろしく言っておいてくれ」
気まぐれな息子の事だとリンバーも最初からビッグマーが見送りに来るとは思っていない。サジットはきちんと親子としての別れをさせたいと願っていたのだが、もう時間が無い。これ以上の出発の遅れをチェンマーは許さないだろう。仕方無く彼は部下としての最後の務め、別れの言葉を述べる。
「リンバー様。私が貴方にお会いしてから今まで、本当に長い間お世話になりました。わざわざこの世界のために魔界にお越し頂き、大魔王様の遺志を継いで下さった事を心からお礼申し上げます」
彼はリンバーに深々と頭を下げた。
「そして私が至らないせいもあり、こうも長く引き止めてしまった事をお詫び申し上げます。守るべき世界を離れ魔界を統一するために奮闘して下さった事を、貴方を知る者達は決して忘れはしないでしょう」
真面目で堅苦しい挨拶をするサジットを見てハーレルは溜息をついた。彼からはきっと同行したいという申し出どころか、引き止める台詞さえ出てこないだろう。機人王に悪いと遠慮しているのか。それとも自分の気持ちを最後までリンバーに知られまいとしているのか。
邪魔をされずに済んだチェンマーは拍子抜けしたような表情だ。ここまで張り合いがないと逆につまらないといった感じに。
「どうぞ、お達者で」
サジットからそれ以上の言葉は無かった。最後の挨拶を終えた彼は帰還ゲート起動の邪魔にならないよう、その場から離れ様子を見守っていた。
もう自分が何を言っても無駄だろう。ハーレルは帰還ゲートを起動させた。その手から発せられた魔力が魔法石に伝わり、空間転移のための魔法陣が光を帯びる。リンバーとチェンマーはその中心部へと移動する。足を踏み入れたらもう後戻りは出来ない。
宣言通りチェンマーは使用済みのゲートを破壊するだろう。新しいゲートを作るには多大な労力と時間が掛かる。それに、同じ時間軸に行けるとも限らない。数十年前か数百年後か、再び会える確率は高くない。
ふとリンバーがその足を止めた。固唾を呑んで見守るサジットに背を向けながら独り言のようにぽつりと洩らした。
「悪いが向こうだと構ってやれる余裕が無い。俺も自分だけで手一杯だし、チームに足手まといを置く訳にはいかない」
最後の最後で、リンバーがサジットにきちんと向き合った事をハーレルは見直していた。サジットは言葉を貰えただけでも満足のはずだ。リンバーの姿を見つめて頷いた。これで彼にも思い残す事は無いだろう。気持ちを整理して別れられるというものだ。
歩みを進め中心へと足を踏み入れようとしていたリンバーが、不意に振り返った。
「それでもお前がどうしても来たいって言うなら、別に止めはしないぞ」
これにはサジットだけではなくチェンマーも目を見開いて驚いた。
「ちょっと!リンバー」
「ただし、部屋には入れられないから野宿だけどな」
猛烈な抗議をしようとしたチェンマーは、その言葉を聞いて思い留まった。部屋で二人きりで過ごす自分達を羨ましそうに外から見つめるサジット。廃墟を住処にわびしい暮らしをするサジット。リンバーに構ってもらえず涙を流しながら悔しがるサジット。
これはこれで案外楽しいかもしれない。何しろ向こうの世界で相手は無力だ。何をしようと自分がどうとでもできる。 最大のチャンスが降ってきたのにサジットは動こうとしない。見かねたハーレルが無理矢理投げ込んでやろうかと近付いた時、彼はようやく口を開いた。
「・・・リンバー様、私は」
「今だ!やれ」
「セイント・フィールド!」
聞き覚えのある二人の声と共に巨大な魔法陣が現れ、この場全体を包み込んだ。聖なる力により全員の能力が最低まで下げられた。大掛かりな魔力維持が必要なゲートの魔法陣もその効果を封じられ、起動していた帰還ゲートは強制的にシャットダウンした。
「どうだ、大魔王の力を思い知っただろう」
声の先へ視線を向けると今まで姿を見せなかった現大魔王、ビッグマーが腕を組んで立っていた。足元にはまおーソードを地面に刺しているマオールの姿もある。
「ここで俺が魔王全員を倒せば、晴れて魔界最強の称号が手に入るわけだ。親父も潔く負けを認めるなら命だけは助けてやる。掃除夫で良ければ城で雇ってやってもいいぞ」
問答無用で魔王の閃光で吹っ飛ばしてやっても良かったが、それでは自分の力を見せつける前に終わってしまう。優越感を隠しもせずビッグマーは四人の元へゆっくりと近付く。最高のタイミングで現れた自分をサジットは憧れの表情で見ているだろう。
その愛しい部下の脇をすり抜けようとした途端、なぜか足払いを掛けられた。ビッグマーは見事に引っくり返って地面に頭を打つ。チェンマーとハーレル、リンバーまでもが呆れた様子で彼を見ていた。
「何しやがる!」
地面から起き上がろうとしたビッグマーの視界に、サジットの顔が映る。満面の笑みだ。ここまでにこやかな部下の顔をビッグマーは見た事が無かった。無言の迫力に文句を言いかけた彼は押し黙った。サジットは大魔王の襟首を掴むと片手で持ち上げ、視線を合わせた。
「ビッグマー様、マオール様が手にしている物をどこで手に入れたのですか?」
初代大魔王に仕えていたサジットは形を変えてもその正体を知っていた。しかもマオールが唱えた呪文は聖剣無しでは使えないものだ。魔法に詳しいハーレルも大体の見当は付いていた。実際に目にした事のあるリンバーとチェンマーも当然分かっている。
「別にー、その辺で拾ったんだよ」
結界で弱体化されているからとビッグマーの態度は完全に舐めきったものだった。この状態で殴られても痛くも何とも無いと高をくくっている。サジットはそんな反応に笑顔を崩さず視線をマオールへと移した。
「マオール様、結界を解除して下さい」
「はーい」
にこやかに言われたマオールは当然、何のためらいも無く素直に彼の言う事を聞いた。
「おい!ちょっと待」
言い終える前にサジットの右ストレートが炸裂。ビッグマーは後方へ吹っ飛んだ。彼が地面に叩きつけられる前に更に一撃を加え、地面にめり込ませる。丈夫な魔属でなければ即死する程の衝撃だ。巻き込まれないようハーレルはマオールを抱き上げ、リンバー達の方へと移動する。
「痛えじゃねえか!それが大魔王に対する部下の態度かよ!」
地面に埋められたビッグマーはすぐさま立ち直り、サジットに詰め寄る。次の瞬間、再び衝撃と共に宙に飛ばされた。サジットの表情は実に穏やかで恐ろしく晴れ晴れとしている。着地したビッグマーはその迫力にずりずりと後ずさった。
「いや、サジット。ちょっと話し合おうぜ、な?」
「お話は後でゆっくりと聞きましょう」
今度は彼の十八番である灼熱の炎がビッグマーを襲った。彼が痛めつけられる様を残りの三人の魔王はぼんやりと眺めていた。マオールはサジットの笑顔で仲良くしていると勘違いしているので、にこにこしながら見守っている。
「ちょっと、こっちは急いでるんだけど」
放っておけばいつまでやっているか分からないとチェンマーが声を掛ける。初代大魔王と同じ茨攻撃を仕掛けているサジットは、振り返らずに言った。
「私にはまだこちらでしなければならない事が残っています。どうぞ、邪魔が入らないうちにゲートを作動させて下さい」
「おい待てよサジッ、ぎゃー!棘が、棘が刺さった!」
騒々しいバトルを繰り広げているサジットの声に、ためらいや遠慮などは残っていなかった。マオールを片手に再度帰還ゲートを起動させたハーレルは、面白い奴らだと苦笑していた。つられてチェンマーも馬鹿ね、と言いながら可笑しそうに彼らの様子を見ている。全員の楽しそうな表情にリンバーも自然と笑っていた。
「さらばだ、魔界の王」
帰還ゲートで二人がその場から消えた後も、喧騒はしばらく続いていた。ハーレルが空を見上げると、夜空には小さな星が光っている。
明日も多分、世界は平和だろう。




