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22予定調和の勝利


「うお!」


 背筋に妙な寒気を感じたビッグマーは手を滑らせ、剣は上空にすっぽ抜けた。その隙をついて大量の薔薇の刃が押し寄せる。あわやミンチかという直前に光の矢が彼を囲み、凶器の植物を焼き払った。


「大丈夫か?」


 インレーザーを放ちビッグマーを救ったのは先行していたハインラッドだ。


「おう」


 ビッグマーは降下してきた大剣を跳躍して掴んだ。今のはかなりみっともない所を見られた。どうやら魔人王はこちらに気付いていないようだ。奴に見られていたらどんな嫌味を言われていたか分からないと、彼は胸を撫で下ろした。使い慣れていない剣を渡されたからだと心の中で魔人王に毒づく。気が散った原因が本当に魔人王にあった事には気付いていなかった。


 大魔王である自分の失態を責めも笑いもせず、当然のように助けたハインラッドにビッグマーは感心していた。予想とは大違いだ。これが金のために数々の魔王を打ち滅ぼした賞金稼ぎ、ハインラッド一味の不死身のリーダーか。幼い頃聞いた話によれば敵を倒すためならどんな汚い手も使い、最強魔法インレーザーを手に入れるため初代勇者をも殺害したという。清々しい悪党ぶりに当時は憧れさえ抱いていた。


 男の名を聞いた時は我が目を疑った。人間だとは知っていたが風体はきっと魔物のようだとばかり思っていた。ビッグマーは改めてハインラッドの姿を頭からつま先まで観察した。


「・・・何だよ」


 じろじろと遠慮の無い視線を受けたハインラッドは訝しげにビッグマーを見た。


「いや、案外いい男だな。お前、魔人王の所なんて辞めて俺の下に就かないか」


「断る。俺はノーマルだ」


 背を向けて即答された。ビッグマーはそういう意味で言ったのではないが、ハインラッドの態度は明らかな拒絶だった。魔属に性別はあって無いようなものなので、別におかしくも何ともない。しかし人間からすれば非常識な話だ。ハインラッドはビッグマーから若干遠ざかった。彼が過剰に反応したのには訳がある。魔属の間でハインラッドが大悪党のように語られていたのと同じように、大魔王ビッグマーにも人間の間である噂があった。


 大魔王は男好きで城に何人もの愛人を囲っている、と。


「そんな事言わずに来いよ~。きっと大魔王城は気に入るぜ」


 噂を肯定するような発言にハインラッドはダッシュで離れた。


「時と場合を考えろ!戦闘中だ」


 ハインラッドは思っていた。とっとと仕事を終わらせて一刻も早く魔界から出て行こうと。こんな危険な場所にはいられない。


「全くもって君の言う通りだ」


 ビッグマーに気を取られていた彼は反応が遅れた。先程まで遠距離から魔法攻撃のみを行っていたタロットが、いつの間にか聖剣を構えてハインラッドの懐に飛び込んでいた。この至近距離で魔法を使っては自分も巻き添えを食う。彼は左手に持っていた短剣を動かすが相手のほうが速い。


「戦闘中のお喋りは危険だ」


 タロットはハインラッドの左手を切り落とした。鮮血を散らして彼の腕と短剣が地面に落ちる。聖剣の刃が赤黒く染まった。腕を落とされても構わず右手からインレーザーを発射しようとするハインラッドに、素早く薔薇の刃が襲い掛かる。腕や体を貫通した薔薇のツルはそのまま彼を地面に縫い付けた。特に右手は念入りに、掌と五本の指をタロットに向ける事ができないように刃と棘で刺繍される。


 赤く染まった薔薇に囲まれたハインラッドは、それでもまだ生きている。体は血に染まっているが急所は外されていた。


「死なねば復活はできないだろう。そこでじっとしているといい。私としてもあまり人間は手に掛けたくないのでね」


 悲鳴を上げないハインラッドの顔を覗き込む。出血のショックでうっかり死んでしまっていては元も子もない。魔人王の刃に刺された時も悲鳴一つ上げなかった。人間の割に随分我慢強い男だとタロットは妙に感心していた。赤い薔薇にまみれたハインラッドがこちらを見上げる。その顔は苦痛に歪んでいたのではなく、不敵な笑みを浮かべていた。


「かかったな」


 殺気を感じたタロットはその場を飛び退いた。彼が居た場所の地面を飛び込んだビッグマーの拳が砕き、大きなクレーターを作り出した。亀裂により薔薇のツルが切れハインラッドは拘束から解放された。血まみれの男は右手で短剣を掴むとそのまま自らの心臓へと突き立てた。途端に何かが割れるような音が響き、地面に染み込んでいた血痕が彼に集まり傷口へと吸収されていく。全ての血液が還元されるとハインラッドは傷跡も残さず復活した。左手も元に戻っている。


 ビッグマーはいくら復活能力があっても自分から死ぬなんて方法は取りたくないと、何事も無かったかのように立ち上がったハインラッドを見て思った。あまり気を散らしていても危険なのですぐに敵に向き直る。


 地面を破壊する程の攻撃力を取り戻したビッグマーにタロットは困惑の色を見せた。彼は続けざまに来る攻撃を高く跳躍してかわすと、残っている薔薇を全て二人へ向ける。自分たちへの攻撃が緩んだ隙を突いた魔人王は、マオールをバリア内に残して一人飛び出した。ゴールド・ラッシュを大きな杖を持ったまま身軽な動きで避け、前衛の二人の所まで一気に駆け抜ける。


「ウィンド・ボックス」


 二人に合流すると、ベリルは自分を中心として発生させた竜巻に刃物の群れを巻き込んだ。薔薇と黄金は旋風により数秒で大地ごと抉られる。その魔法の威力からセイント・フィールドの結界が破られたのは間違い無かった。風の余波で吹き飛ばされたタロットは庭園のアーチの上に着地し、体勢を立て直した。


「どういう事だ?」


 自分が倒されなければ結界は解けないはず。攻撃もされていないというのに術が破られるなんてありえない。この聖剣の力が無くなりでもしない限り。そう思い彼は自分の手元を見た。


「!」


 彼が手にしていた美しい剣はどす黒く変色していた。魔物を斬っても汚れない聖なる刃が血で侵食されている。あの人間の腕を切り落とした際に付着した血液によって、聖剣の力が失われてしまっていた。これでは結界を維持するどころか、手にしていれば逆に自分の力が失われてしまう。


「ハインラッドの最高傑作、魔剣D・Bソードを手にした感想はどうだ?」


 タロットの頭上に、杖を振りかぶった魔人王の姿があった。剣に気を取られていたタロットはベリルの攻撃を受け、アーチから落下した。魔力の込められていない杖の打撃に大した威力は無いが、手にした剣で動きを鈍らされていたためまともに食らってしまった。並の鈍器以上の大きさだ。人間なら頭蓋骨が陥没していただろう。


 D・Bソードはハインラッドの血液により作られている。そのため彼の血液が付着した刃はどんな物であろうと自動的に魔剣へと変わる。普通の刃物なら振るうのに何の支障も無いが、聖剣のような特殊な力を持った物は別だ。相反する力が剣の中でぶつかり合い、結果所持者に悪影響を与えてしまう。言わば呪いがかかってしまったような状態だ。解呪の魔法を使わなければ元には戻せない。


「くらえ!」


 地面に墜落したタロットが立ち上がる前に、ビッグマーが止めとばかりに魔王の閃光を放った。呪われた剣を持っている状態では護りのベールは現れない。エンゼル・ドームも神の力を使うため使用できない。だからといって剣を手放すような真似は初代大魔王としてのプライドが許さないだろう。


 ビッグマーは勝利を確信した。だがタロットは余裕の表情を崩していない。


「この程度で私に本気で勝てると思っているのかね」


 次の瞬間、タロットの手から稲光と共に閃光が発射された。ビッグマーの魔王の閃光の倍近くの威力がありそうな美しい光だ。


「お前も使えたのかよ!」


「私を誰だと思っているのかね。切り札は最後まで取っておくものだ」


 ビッグマーの攻撃を吹き飛ばし初代大魔王の魔王の閃光が炸裂した。迫り来る閃光を前にしてベリルが声を上げた。


「出番だ!まおー」


 離れた位置に居たマオールは既に呪文を唱え終わっていた。


「エンゼル・ドーム!」


 先頭に出ていたビッグマーの目の前に、金の鏡が羽ばたいてきた。タロットが使用した物と違い羽が短く、宝石の代わりにまおーの顔が描かれている。ファンシーな鏡が魔王の閃光を受け止めて吸収する。しかし閃光の勢いに徐々に押され下がっていく。


「これが本物の威力だ。貴様が使う物とは訳が違う」


 タロットは鏡ごと押し切ろうと第二波を放つ。未熟な子供の魔法ではとても防ぎきれないだろう。若い芽を摘むのは忍びないが、馬鹿な親の元に生まれた事が不幸だったと諦めてもらう。


 ふと、離れた位置から小さな声が彼の耳に入ってきた。見るとマオールの頭上で二匹の黄色い生き物が何やら喋っている。


「我が手に加護と祝福をー」


「我が手に加護と祝福をー」


 タロットは数刻前の出来事を思い出した。古代魔法を唱えたマオールと現れた二つの球体。そして今現在、正確に唱えられた呪文。導き出された答えは一つ。初代大魔王は戦慄した。現大魔王も驚き戸惑っている。


「エンゼル・ドーム!」


「エンゼル・ドーム!」


新たに二つの鏡が出現。二発分の魔王の閃光は三つの鏡で見事に吸収された。マオールの周りに白い羽と魔力の粒子が降り注ぐ。瓦礫の山となった庭園とのアンバランスな光景は、にこにこ笑うマオールの可愛さと相まって魅了の効果を更に高めた。その威力はタロットでさえ手を止めてしまう程だ。


「おかえしー」


 マオールとまおー達がタロットを指差す。鏡面からは漆黒の雷が放出された。エンゼル・ドームは相手の攻撃を相反する物に変えて反射する。ビッグマーの魔王の閃光は魔属の力が込められていたため聖なる雷に。光の大魔王の閃光は闇の雷に変わり、地上と空を黒く染めながら襲い掛かった。


 タロットは急いで解呪の呪文を唱えた。聖剣の呪いさえ解けばベールが発動し、自動的に自分を護る盾となる。しかしタロットはミスを犯した。解呪も神の力を利用するもの。剣をその手にしたままでは発動できなかった。それに呪文を成功していたとしても、闇の雷に浸食された空間では最早ベールを作り出す力は残っていない。


 彼は最後の手段と魔剣となった己の剣をマオールへ投げつけた。攻撃ではなくこれ以上聖剣を汚さないために。マオールが見事にキャッチするのと、雷を受けたタロットの肉体が消滅したのはほぼ同時だった。


 チーム魔人王は初代大魔王タロットを倒した。



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