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21闇の勇者の面影


 ベリルが声を掛けたのは彼の魔法によって滅多刺しにされた男だった。見ると伏せっていた男が立ち上がり呪文を唱えているではないか。そこにあった血だまりは消え散乱した刃物だけが残っていた。これにはビッグマーも驚いていた。魔人王が蘇生の魔法を使っていた気配は無い。


「凍てつけ、我が心と共に。アイス・ボウル」


 ハインラッドと呼ばれた男は古代の氷魔法を唱えた。冷気を纏った球体が空中に現れると、急激に周囲の温度が下がる。薔薇は凍りつき花びらが砕け、動きが徐々に鈍くなる。その隙を見逃す魔人王ではない。すぐにマジック・バリアを解除して攻撃に移る。


「ブレイド・ボックス」


 部下を貫いた刃物が再び制御を受け、周囲に集まっていた薔薇を切り刻む。その刃には生々しい血痕がまだ残っていた。刃物の群れは嵐のように薔薇の園を蹂躙し、全ての花という花を刈り取った。


 タロットは驚愕した。力の弱まった魔法で刃物を操ったとしても威力は出ないはずだ。それが鋼鉄の強度を持った薔薇をいとも容易く切り裂いた。それだけではない。彼が最も驚いたのはセイント・フィールドの効果を受けていない男の存在だ。蘇生魔法を受けていないのにも関わらず復活し、愛する美しい薔薇達を魔法で凍りつかせた。魔の属性を持つ者が結界内であれ程の威力の魔法を使える訳が無い。


「なるほど、だからブレイド・ボックスか」


 男は魔人王が使った魔法に一人納得しているようだった。


「おい、お前もしかして」


 ビッグマーはようやく男の正体に見当がついた。ハインラッドという名前と結界の効力を受けなかった事。そして蘇生魔法無しで復活できる者など、彼が知る中で一人だけだ。


「貴様、一体何者だ。なぜ我が結界の力を受けない」


 ビッグマーの言葉を遮ってタロットが男に剣を向けた。殺気のこもった視線を受けても男はびくともしない。まるでそんな殺意に慣れきっているかのように。


「簡単だ。そいつは人間だからな。聖なる力なんて通用しないんだよ」


 男の代わりにベリルが答えた。タロットの動揺が可笑しくてたまらないといった様子だ。


「馬鹿な。人間が致命傷を受けて復活できるはずがない」


 魔属や神属なら魂が残っていれば闇や神の蘇生魔法で復活できる。しかし人間は命を落とせばそれまでだ。天使や闇の者に魂を取られ、二度と生き返る事は無い。


「まあロートル大魔王には分からないだろうな」


 つい先程気付いたにも関わらずビッグマーは偉そうにふんぞり返った。ロートル呼ばわりされたタロットは怒りを露にしそうになったが踏み止まった。結界が効いていないのはたった一人だけだ。自分が依然優位にあるのは変わりない。それより警戒するのは魔人王の魔法だ。妙な力を持った刃物の存在は脅威だ。あの人間の魔法は跳ね返す事ができる。薔薇が無くともこの大地の力で魔法反射ベールは発動するのだ。


「お前の心配通り、こいつはその盾をぶち破るぜ」


 ベリルがタロットの考えを読み当てた。宙に浮かんだ刃が鈍い光を放つ。


「ああ、でも使わないから安心しろ。こんな物よりもっと面白い物を見せてやるからな」


「相変わらず性格が悪いな」


 嫌な笑顔をしているベリルに、ハインラッドは二度目の溜息をついた。その態度がタロットの癇に障った。まるで向こうが優位に立っているような発言だ。些細な攻撃を受けただけで大打撃を受ける状態だというのに、魔人王には危機感が感じられない。ならば今一度初代大魔王の恐ろしさを味わってもらおうと、タロットは呪文を唱えた。


「集え、撃ち抜くものよ。ビー・バレッタ」


 タロットの呪文により、空中に大量のガラス玉が現れた。直径1センチ程の小さな玉には透明な羽根があり、その羽ばたきにより宙を飛んでいる。ビッグマー達を標的と感知するとガラス玉は銃弾のように形を変えた。一つの銃弾が風を切り、肉眼では捉えられない動きでベリルのマントの端を撃ち抜く。摩擦熱で焦げた穴がガラスの銃弾の速さを物語っている。


 お気に入りの黄色いマントを焦がされたベリルは、わざと外して撃ったタロットを睨んだ。試し撃ちならそこのビッグマーを使えばいいものをと言わんばかりに。銃弾の威力は大した事はない。普段の彼ならば綿をぶつけられたぐらいにしか感じないだろう。しかし防御力0の今の状態では肉体を簡単に貫通する。一斉に発射されたら蜂の巣だ。

 この速さと小ささでは刃物で対処しきれない。そう睨んでの攻撃だ。


「どうだね、今からでも遅くはない。降参するなら助けてやらない事もない」


 最終通告だとタロットの目は告げている。


「ハインラッド、聖剣の結界を解け。一撃おみまいしてやる」


 ベリルはタロットを無視し、杖を構えた。その様子から魔法ではなく物理攻撃をするつもりのようだ。表情には出さないが服を汚された魔人王はかなり不機嫌だ。


「魔法使いのお坊ちゃんには無理じゃねえの?」


 同じく構えを取るビッグマーはからかうように言った。まおー達もマオールの肩から降り、ビッグマーを真似てポーズを取っている。ハインラッドはベリルの命令を受け何か仕掛けようとしているのが判る。全方向を銃弾に囲まれている絶望的な状況だというのに、諦めた様子を見せる者は誰一人いない。


 タロットは仲間を背に先頭に立つハインラッドを見て、初代勇者の姿が重なるのを感じた。姿も雰囲気もまるで違う男に宿敵を連想したのはなぜか分からない。大魔王としての本能的な勘が、自らを滅ぼす警告と好敵手と戦える歓喜を告げている。タロットの顔に自然と笑みが浮かんだ。


「いいだろう。光の大魔王タロットが君達に敬意を持ってお相手しよう」


 大気が震え、ガラスの銃弾が一斉に解き放たれた。同時にハインラッドが右手を地に付けると、ビッグマー達四人と二匹の周りから光が噴き出した。見覚えのある光にタロットは心の奥底が震えるのを感じた。


「インレーザー!」


 数十本の光の矢が銃弾を的確に射抜いた。全ての銃弾は敵に到達する前に粉々に砕け散った。それだけに留まらず今度はタロットに向けて五本の光が照射された。瞬時に護りのベールがタロットの前方に構築されるが、光の矢は阻まれない。まるで何も無いかのようにベールを貫通し襲い掛かる。


 彼は予測していた。発射されたのは魔法ではなくベールが意味を成さない事を。彼は知っていた。これは闇だけではなく光さえも打ち砕く最強の力だという事を。


「美しさに惑い酔いしれよ。キラキラスコール」


 素早く紡がれた呪文により、光の矢に輝く霧雨が降り注いだ。途端に光の矢は方向を変え発射した術者へと戻ってゆく。攻撃を跳ね返されたハインラッドは驚いた表情をする。防がれるとは思わなかったという様子だ。彼は慌てず攻撃を解除し、光の矢は右手に吸い込まれていった。


「まさか対抗策を用意するとは思わなかったな」


 ハインラッドは純粋に驚いていた。彼の使うインレーザーを破られた事は一度として無かったからだ。


「二度も同じ手で滅ぼされるわけにはいかないのでね。ところで君は、勇者かい?」


 タロットは静かに問いかけた。ハインラッドが使ったインレーザー。それは勇者だけが使える伝説の魔法だ。初代勇者が大魔王タロットを打ち滅ぼすために使用したと言われている。


 反射魔法を使う大魔王を倒したインレーザーの正体は実は魔法ではない。非常に珍しい光の力を持つ生物だ。超高速で飛行する光の生物はあらゆる物を貫通する。初代勇者に敗れたタロットはその正体を知っていたため、誘惑の魔法を使い術者に牙を向くよう仕向けたのだ。ハインラッドが攻撃を解除するのが遅ければ、レーザーそのものの威力で腕を切断されていただろう。


 勇者かと問われたハインラッドは自嘲の笑みを浮かべた。


「いいや、ただの賞金稼ぎさ。魔王専門のな」


「それは残念だ」


 タロットが指を鳴らすとゴールド・ラッシュとローズ・ザ・リッパーが同時に押し寄せた。呪文を詠唱せずとも魔法は使える。多少威力は落ちるが人間一人と弱体化された三人を相手にするには十分だ。


 ベリルは刃物の群れから大剣を一本ビッグマーに投げた。攻撃力が落ちていても剣を振るうくらいはできる。おまけにこの剣ならどんな物だろうと両断できる特殊な力を持っている。投げられた大剣をビッグマーは片手で受け取った。


「ハインラッドを援護しろ、結界が解けたら魔王の閃光で止めを刺せ」


「D・Bソードか。だったら何とかなるかもな」


 ベリルに命令されても今はそれを気にしている状況ではない。ビッグマーは襲ってきた金塊をチーズのようにスライスし、薔薇を細かく切り刻んだ。力をほとんど入れていないのにも関わらず驚くほど良く切れる。まるで自分が世紀の剣の達人にでもなったかのようだ。剣士も案外いいかもしれないと彼は思った。


 勢いに乗るビッグマーとハインラッドが子供二人を残しタロットに向かった。ベリルはマジック・バリアを最小限の威力で張りつつ残った刃物で攻撃を凌いでいる。守る人数が半分に減っているので消費する魔力も抑えられる。ベリルは先程から大人しく出番を待っているマオールに声を掛けた。


「まおー、お前はさっき俺が言ったものを準備しろ」


「はーい」


 マオールとまおー達は元気に返事をした。父親と違って余計な事もせず素直に言う事を聞く。こいつを自分の子分にできないかとベリルは割と本気で考えていた。大魔王の後継者を部下にする。これ程面白いものは無い。ベリルの脳裏にビッグマーが最高に悔しがる様子が浮かんだ。



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