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20伝説の雇われ男


「作戦会議は済んだかい?」


 律儀に待っていたタロットは再び剣を構えた。その表情はいつ来ても構わないという余裕に満ち溢れている。自信に溢れた顔をされれば崩したくなるというのが魔属の性というもの。ビッグマーは勿論ベリルもその例外ではない。


 彼は初代大魔王を驚愕させる、とっておきの作戦を思いついていた。タロットだけではない。そこにいるビッグマーをも驚かせるのは確実だ。そう考えると自然と顔が綻んでくる。散々振り回されてきたビッグマーは、心底楽しそうなその様子を不気味に思っていた。自分の部下の苦労がほんの少しだけ理解できたのかもしれない。


「何がそんなに面白いのかね、魔人王」


 タロットも怪訝な顔だ。何か企んでいるのかと警戒している。単純なビッグマーとは違い魔人王は一筋縄ではいかない相手だ。罠を仕掛けてくる可能性もある。そんなタロットの様子を見たベリルは余計に笑いが込み上げてきた。


「ああ、ちょっとあんたに提案がある。断られても実行するつもりだけどな」


 魔人王の妙な態度に疑問を持ったタロットは少し考え、数秒間をおいてから答えた。


「何だね」


 タロットが警戒心を抱いているのは明らかだ。余裕の態度は変わらないが表情から笑みが消えている。混沌としていたホールに再び緊張感が漂い始めた。


「こっちにもう一人戦力を追加させてもらう。別にいいだろ?大魔王なんだし、四人を相手にするなんて簡単だよな」


 ベリルの提案を聞いたタロットは鼻で笑った。何を言うかと思えばくだらない事を。人数を増やした位で勝てるなどと思っているのか。魔人王も所詮は子供。初代大魔王の力がどれ程の物か理解できていない。神に作られた光の大魔王を魔属如きがいくら集まろうと倒せるわけが無い。自分を相手に互角に渡り合えるのは、同じく神に作られた初代勇者一人だけだ。


「何人連れてきても同じだと思うがね。しかしどうしてもと言うのなら構わない。参戦を許可しよう。ただし、こちらも本気を出させてもらう」


 タロットの顔には明らかに冷笑の色が浮かんでいる。だがベリルは全く気にした素振りを見せず、すぐに自分の目の前に召喚用の魔法陣を用意した。中心には大きな円とその周りを衛星のように小さな円が回っている。


「おい、どうせなら親父を含めて魔王全員呼び出してやれ。ついでにうちとお前の部下も全員」


 ビッグマーは本気で言っていた。思い上がっている初代大魔王をあっと言わせてやりたいのは彼も同じだ。


「そんなにいらねーよ。うちのお抱え魔法使い一人で十分だ」


「はあ?んなどこのどいつか分からねえ奴を加えるのかよ」


 この大事な戦いに部下一人だけはどういうつもりだ。腹黒い魔人王の事だから何か考えがあっての選択だろうが、それにしても納得がいかない。ビッグマーの疑いの眼差しにベリルはいつもの意地の悪い笑みを浮かべた。


「いや、多分お前もよーく知ってる奴だと思うぜ。大魔王を相手にするにはうってつけだ」


 ベリルは魔法陣を発動し目的の人物を呼び出すために交信を始めた。物質以外を呼び出すには相手の意思も重要だ。無理矢理呼び出す事も可能だが余計な魔力を使う。本気の初代大魔王と闘う前に無駄な消耗は避けたいところだ。


「おい、ちょっと用がある。今すぐこっちに来い」


「魔人王か。何の用だ?」


 声が返ってくると魔法陣の中心の小さな円がちかちかと光る。どうやら若い男のようだ。お抱えの魔法使いなら部下のはず。それにしては敬語も使わず態度が妙だとビッグマーは思った。魔人属は王をあまり尊敬していないのが普通なのかと、彼はぶっきらぼうな掃除夫と責任感の薄い女魔法使いの魔人属を連想して納得した。


「お前にぴったりのいい仕事だ」


「そう言われて良かった試しがまるで無いのは俺の記憶違いか」


 お抱え魔法使いはあまり乗り気ではないらしい。こんな迷惑なガキに使われたら断りたくもなるだろう。ビッグマーは名も知らぬ魔人王の部下に同情した。


「魔法書の出版費を出したのは誰だ?あれで稼げたのは誰のおかげだったかな」


 なにやら金の話を持ち出しているようだ。途端に男は黙り込んだ。文句を言わなくなった相手にベリルは続ける。


「報酬は出す。現金で」


「分かった、すぐ行く」


 即答だった。やはり人を動かすのは金の力だ。ビッグマーが次に連想したのは莫大な借金を返すために魔界で働く門番の天使だった。


 男の返事を合図に召喚の魔法陣が光り出し、中心部から一人の人物が現れた。出てきたのはベルト付きの黒いジャケットを着た色白の男。生ける屍のセガユほどではないが色白で痩せている。右目を隠したヘアスタイルと棘のような耳飾りが印象的だ。だがその顔にビッグマーは全く見覚えが無かった。


 召喚された男は魔法陣から出るとホールを見渡し、主人である魔人王に視線を向けた。


「どういう状況か説明してくれるとありがたいんだがな」


「こいつが大魔王ビッグマーとその息子マオール。んで、あれが敵の初代大魔王タロットだ。倒すから手伝え」


 ベリルの説明はあまりにも簡潔だった。普通いきなり呼び出されて大魔王と戦えと言われたら混乱するだけだ。男はそんな雇い主に溜息をついた。


「了解。要はあいつに一泡吹かせりゃいいんだな」


 そう言うと男はジャケットを脱ぎ捨て、腰の短剣を抜いて戦闘体勢を取った。大魔王と聞かされて恐れるどころか闘志を見せるとはえらい度胸だ。そんな根性のある奴がいたら絶対に覚えているはずだとビッグマーは思ったが、この男の心当たりがまるで無い。


「おい、一体誰なんだよ」


 良く知っている人物だと言っていたベリルにビッグマーは詰め寄る。


「すぐ分かるさ」


 ベリルは答えず意味深に笑うだけだった。こいつの事だ。答える気が無いのならいくら聞いても無駄だろう。とりあえず今は戦いに集中するだけだ。これだけ度胸がある奴なら役に立つだろう。ビッグマーはひとまず疑問を捨て、男の参戦を受け入れた。


 四人パーティとなったチーム・魔人王は前衛に謎の男とビッグマー、後衛にベリルとマオールという編成だ。4人中3人が魔法使いという偏ったパーティのため、攻撃力が高く多数の敵を相手にするには向いている。


 ビッグマーは打たれ強いマオールと自分とを前に出すべきだと提案したが、魔人王は却下。そこの痩せ男など一撃食らえば昇天してしまいそうだというのに、男は当たり前のように先頭に立った。大魔王が後ろに隠れている訳にはいかない。前衛は一人で十分だと言うベリルを無視してビッグマーも前衛に加わった。魔人王は呆れた顔をしていたが特に反対はしなかった。


 こちらの用意が整ったのを見届けたタロットは、胸の白薔薇の花びらを一枚手にしホールの床にはらりと落とした。すると廃墟寸前のホールは一面の薔薇の園に変わった。内装が変化したのではなく空間自体を変換させたのだ。辺りの壁や柱が無くなり青空の広がる庭園がそこに現れた。


「最終戦にはふさわしい美しい舞台だろう。ここなら城の倒壊も気にせず思う存分戦える」


 ビッグマーに光の大魔王のセンスは理解できなかった。彼が最終戦の背景で連想するのは大魔王の玉座に続く赤絨毯か星の海だ。こんな天国のような光景では戦闘意欲も減退してしまう。そう思っているのはどうやらビッグマーだけのようで、ベリルや痩せ男は全く気にした様子を見せない。マオールなど綺麗な花を見てまおー達と楽しそうにしている。


「では初代大魔王の名において君達を殲滅しよう」


 光の大魔王との戦い、第二ラウンドが始まった。


 タロットが聖剣を地面に突き立てるとその光は地を走り、あっという間に庭園全体を取り囲む。その光にはホールに全体に漂っていた神聖な空気よりも更に強い、精神を蝕むような力が含まれていた。あの光を受けてはまずいとビッグマーは直感した。先に攻撃して奴を止めなければこちらが相当な痛手を受ける。


 それなのにベリルは動こうとしない。許可無く攻撃するなと言われた以上自分は手を出せない。


「おい魔人王!黙って見てるのかよ」


 それならば口を出すまでだ。ビッグマーの問いかけにベリルは少し考え、痩せ男の方を見た。


「そうだな、一応試してみるか。どれがいい?」


 ベリルは話し掛けたビッグマーではなく男の方に聞いている。無視された訳ではないが何だか釈然としない。いっそうるさい、黙っていろと言われた方がすっきりする。


「水と火以外なら何でもいい」


 男は無表情だ。どうでもいいという感情で満ち溢れている。魔人王もそうか、と軽く答えるだけだ。ビッグマーは妙な疎外感を感じていた。この二人の間にある信頼関係のようなものがそう思わせるのか。それとも魔人王の嫌がらせという名のちょっかいを受けているのが、この場で自分だけだという事実が判明したからか。今は深く考えないようにした。


「ブレイド・ボックス」


 ベリルの魔法によって空中に大量の刃物が現れた。ダガー、レイピア、ロングソードなどの様々な種類の武器が宙に浮いている光景というものは、魔属であってもあまり気持ちのいいものではない。特に危険な罠が潜む大魔王城でビッグマーは見慣れている。


 タロットが魔法を完成させる前にそれらが一斉に発射された。当然防がれるだろうがそれでも奴の動きを止める事はできる。


「そうだ、言い忘れていた事がある」


 タロットは飛んでくる刃物を見ようともしない。それもそのはず、発射された刃物は彼に届く前に光のベールに阻まれていた。ベールを構成する光の粒子は薔薇の園から発せられている。


「この場所は私の領域だ。花達は常に私を守ってくれている。花だけではない。空も、大地も私以外の侵入者を快く思ってはいない」


 光のベールに止められていた刃はゆっくりとその向きを反対方向へ変えた。


「よって私への攻撃は全て自動的に跳ね返される」


 大量の刃物が前衛の二人に一斉に襲ってくる。魔人王の魔力とベールの反射で勢いのついた魔法は通常の魔法では迎撃できない程速い。大魔王の閃光を使えば撃ち落とせるだろうが、直線にしか進まないためそのままベールに反射して戻ってくる。


 ならば魔人王がシールドを張るか魔法を解除すればいい。そう思ってビッグマーがベリルを見るが、こちらも動こうとはしていない。代わりに同じ前衛の痩せ男がビッグマーを押しのけ、前に躍り出た。両手を広げ仁王立ちだ。もしかしてこいつも跳ね返す力か何かを持っているのか。しかし予想は外れ刃物の群れは男の体を貫いた。腕や足、胸や胴体に全て命中した。男は悲鳴も上げず倒れ地面に血の池を作った。


「やっぱり反射したか」


 ベリルは眉一つ動かさずそう言った。ビッグマーも成り行きで息子を盾に取ったが、結果が分かっているなら無駄に犠牲にしたりはしない。まあ魔人王ならカドケオスで蘇生させられるし、大丈夫だろうと彼は思った。一方部下を盾にしておきながら気にした風の無い態度に、タロットの表情が険しくなる。


「残念だよ。君もその低俗な男と一緒かね」


 卑劣な手を憎む光の大魔王は魔人王の行いにひどく落胆したようだった。光のベールが解け、聖剣の魔法陣が発動する。


「己が行いを悔いるがいい、セイント・フィールド」


 庭園に張り巡らされた魔法陣は聖なる力により邪悪を滅する結界になる。地下ホールとは比べ物にならない程の聖域に、魔属だけではなく神魔属の二人も力が奪われる。具体的には攻撃力が500減り防御力が0になった。これでは雑魚の攻撃を受けても大怪我をし、物理攻撃で相手に1ダメージしか与えられない。しかも向こうには魔法反射が自動的に発動する。これでは何も出来ないのと同じだ。


「てめえだって汚い手を使ってるじゃねえか!」


 ビッグマーの指摘にタロットは涼しい顔で地面の聖剣を抜いた。


「大魔王が卑怯な手を使うのは当然だと言ったのは君ではなかったかな。それにこれは卑怯ではない、戦略だ。相手の弱点を突くのは基本中の基本だろう」


 もっともな意見にビッグマーは口を閉ざした。彼も普段から卑怯な手を使っている。そもそも戦いにおいて正々堂々というものなどありはしない。例えば水の魔法が効かない相手に水魔法をつかう馬鹿がいるだろうか。所詮タロットの紳士的な態度も表面的なだけで、本質は魔属と変わりない。何しろ彼は初代大魔王なのだから。


「それでは踊ってもらおうか。儚く散りゆく華よ、刹那の刃となれ」


 聞き覚えのある呪文が唱えられると、周囲の薔薇がざわざわと揺れ出した。この場にある大量の薔薇が一斉に襲い掛かれば、攻撃力の落ちた今のパーティでは対応しきれない。


「魔人王!」


「おうよ」


 魔人王は既にマジック・バリアを用意していた。攻撃魔法の威力が期待できない以上防御に専念するしかない。


「ローズ・ザ・リッパー」


 タロットが剣を振り下ろすのを合図に、庭園全体が凶器と化した。襲い来る薔薇は次々とバリアにぶつかり、阻まれても勢いを緩めない。幸い防御魔法にまでは結界の効果は及んでいないようだが、激しい金属音と振動にバリアが破られやしないかとビッグマーは心配になった。自分は防御魔法を使えないため見ている事しかできない。


「攻撃しないのかね?防戦一方ではつまらないだろう」


 その様子をタロットは残虐な笑みを浮かべて眺めている。セイント・フィールドの効果で手出しできないのを分かっていて挑発しているのだ。魔属の血を引く者にこの聖なる結界は破れない。この結界内で魔法を使用すれば魔力も急激に奪われていく。並外れた魔力を持つ魔人王だからこそ防御魔法を維持できているが、いずれは力尽きる。顔色一つ変えない魔人王は既に気付いているだろう。


 タロットは相手が許しを乞えば子供二人は助けてやろうと優越感に浸っていた。才能ある若者を殺すのは惜しい。自分が正しく導けばまだ間に合うだろうと。そんな心情を読み取った魔人王は再び笑っていた。おかしくて仕方が無いという感じだ。マオールもこの状況に怯える姿を見せていない。


「それじゃあそろそろ行くか。やれ、ハインラッド」



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