17悪ガキ共同戦線
「それで?」
ベリルの不信感は声に表れていた。いい加減ビッグマーの白々しい態度にうんざりしている様子だ。マオールは二人が仲良くしていると勘違いしているため、今まで以上に楽しそうに笑っている。マオールの笑顔のおかげで二人の刺々しい雰囲気が相殺されているといっても過言ではない。二人だけならこの妙な空気に耐え切れずにどちらかが爆発し、聖域はバトルフィールドと化していただろう。
この機を逃してはいけない。ビッグマーはいよいよ本題を切り出した。
「お前に礼がしたいんだ。わざわざ城に来てくれたんだし、ただで帰らせるのも悪いと思ってな」
ベリルの疑惑の眼差しが更に強まった。気にせずビッグマーは続ける。
「せっかく大魔王城に来たんだ。初代大魔王に会っていかないか?俺達の知らない古代魔法とか初代勇者の面白い話を知ってると思うぜ」
親指を突き出し会心の誘い文句を決めた。爽やかな笑顔と相まって効果は抜群だろう。それなのに魔人王はなぜか冷めた顔だ。興味が無いというより呆れたような目を向けている。何か間違っただろうか。古代魔法と聞けば魔法マニアの魔人王が乗らないはずがない。
疑問符を顔に浮かべるビッグマーを見たベリルは溜息をついた、
「お前さあ、勉強不足にも程があるぞ。魔王クラスの奴なら古代魔法くらい知ってるだろ。俺の所の幹部なら全員使えるぞ」
古代魔法とは初代大魔王が滅びる前に使われていた魔法だ。現在の主流はボックス魔法と呼ばれるもので使い勝手が良く、魔属から人間まで幅広く利用されている。古代魔法は威力が大きい分一定以上の魔力が無ければ発動できないが、ボックス魔法は契約によって簡略化されているためわずかな魔力でも使用できる。時代の流れに伴いボックス魔法への移行が急激に進み、古代魔法は衰退していった。
それでもボックス魔法が普及し始めたのはリンバーが大魔王になってからで、そう昔の話ではない。当時の魔王達は皆古代魔法を使用していたし、その部下も同じ魔法を継承している。リンバー含める八人の魔王の関係者なら知っていて当然だ。当時の魔人王ハーレルの息子のベリルは両方の魔法を習得し、先述した通りマオールも古代魔法をサジットから習得済みだ。
この場で古代魔法を使えないのは勉強をサボっていたビッグマーただ一人だった。その衝撃的な事実に彼はがっくりと膝をついた。
「サジットが俺に優しく教えなかったせいだ!」
「違うだろ」
床を叩いて悔しがる彼にベリルは素早くツッコミを入れた。誰が見ても自業自得だ。集中力の無いビッグマーに魔法を習得させるため、断腸の思いでボックス魔法のみを教える道を選んだのだろう。その息子に古代魔法を教えられると知った時の彼の喜びようは異常だったと、潜り込ませているハガから聞いている。
マオールは素直で物覚えも良く、おまけに神魔属だ。サジットからの期待はビッグマーの倍以上だろう。あれだけ過保護な部屋を作らせるのも理解できると、ベリルは会った事も無い教育係に同情した。
「大体初代大魔王なんて呼び出せる訳ねーだろ。大魔王の心臓は無いだろうし強力な神属の道具も必要だ」
初代大魔王の呼び出し方自体は知っていた。しかしそのために必要な大魔王の心臓というアイテム。これは初代から王位を継承したリンバーが厳重に保管している。部下にさえその隠し場所は知らされていないはずだ。それにもう一つ必要なのが聖なる力を持つ神属の道具。光の大魔王を呼び出すためにはこの二つが必要不可欠だ。
「いや、こっちは持ってんだけど」
そう言ってビッグマーは懐から赤い宝石を取り出した。拳大の宝石はハート型で光を反射させている。中には青い炎がうっすら燃えている。
「あるのかよ!」
ここに来てベリルは初めて驚いた表情を見せた。話に聞いただけで見た事は無いが、宝石から発する光は聖剣と酷似している。そして中に入っているのは恐らく大魔王タロットの魂。ビッグマーが宝石を取り出してから聖剣の光が増したのは気のせいではない。ビッグマーはビッグマーで予想外のベリルの食いつきに驚いていた。
「何だよお前。古代魔法には興味ねえって顔だったじゃねえか」
「確かに古代魔法に興味は無いが、初代勇者には興味がある。作られた伝説じゃない話を聞いてみたいからな」
計画とは多少違うが魔人王が乗り気になっている今がチャンスだ。ビッグマーは素早く立ち上がり、先程のような胡散臭い態度ではなくいつものように振舞った。
「なあ魔人王。呼び出してみる気になったか?」
自信たっぷりに上からの目線で問いかける。やはりその表情は何かを企んでいるのがバレバレだったが、逆にベリルには不信感を与えないものだった。彼は同じように意地悪く笑ってみせる。
「いいぜ、どうせお前じゃ失敗するからな。魔人王の俺が大魔王に手本を見せてやるよ」
利害の一致した二人は早速準備を始めた。大魔王城に幹部達が帰ってくる前に事を済ませなければいけない。ビッグマーは大魔王の心臓を聖剣の側に設置。その周りにベリルが手書きで魔法陣を描き出す。
初代大魔王を呼び出す魔法は古代魔法を使用する。この清められた空間で使うには通常より魔力を込められる魔法陣が必要だ。マオールと協力して聖剣の台座を中心とした巨大な魔法陣が完成した。その間ビッグマーは邪魔者が入らないよう入り口に物理的なバリケードを設置。ちょこまか動くまおー2匹は外に追い出された。
「後は神属の道具だよな。門番でも呼んでくるか」
「必要無い。こっちで用意できる」
門番の天使は戦闘中で手が離せないだろう。それに向こうに行けばまた余計な事になる。部下の安否よりも魔人王は己の興味を優先した。
「カドケオス」
ベリルが空中に杖を向けると空間に裂け目が走り、その狭間からもう一本の杖が現れた。青と赤の蛇が乳白色の宝玉の杖に絡みつく形の杖は、魔法陣の所定の位置に突き刺さった。杖の名前にビッグマーは聞き覚えがある。ベリルの父親の血人王が持っていたとされる最強の兵器カドケオス。強大な破壊力と蘇生の力を併せ持つその杖は血人王と共に滅びたと言われていた。しかしそれが目の前にあるという事は、息子であるベリルが継承したのだろう。
魔人王と血人王を親に持ち全ての魔法のエキスパート。おまけに神魔属だ。マオールに負けず劣らずのサラブレッドぶりに、ビッグマーは改めて憎たらしいガキだと思った。準備が完了すると魔人王以外は魔法陣から離れた。
「ベリルくん、がんばってー」
声援を送るマオールにベリルはおう、と杖を上げて答えた。これがビッグマーなら憎まれ口を叩かれすぐ喧嘩になるところだ。扱いの不平等さにビッグマーは顔をしかめた。息子も親を差し置いて宿敵である魔人王を応援するとはどういう事だ。俺には見せないような楽しそうな顔しやがって。と、その原因が自分にある事を棚に上げて恨めしい視線を向けた。
外野の様子を無視してベリルは呪文に集中した。
「光の神に生み出されし大魔王タロット。その封印された魂を呼び覚ます」
ベリルが魔力を込めた杖を振ると魔法陣の外側から内側へと光が灯る。複雑な模様を読み込むたびに光は強さを増していく。発生した魔力の波に空気が揺れホール内に風が発生した。マントをたなびかせながらベリルは呪文を続ける。
「聖なる供物により、呪縛となる鎖を取り払え」
光の帯がカドケオスに触れると杖に絡みついた二匹の蛇が動き出し、宝玉から離れていく。蛇による制御を失った宝玉は溶け出し光の塊となった。それは台座へと引き寄せられ大魔王の心臓と呼ばれる宝石を包み込む。
呪文が順調に進んでいくにつれてビッグマーの表情は曇っていく。計画を成功させるために大魔王の召喚を魔人王に任せたのは正解だった。しかしこうもうまくやられると自分の立場が無い。少しくらい手間取ってくれたらいいのにと期待していたのだ。
そんな無責任な希望を叶えてやる程ベリルは馬鹿でもお人よしでもない。ビッグマーの思惑を知りながら彼は完璧に呪文を唱え上げる。光に包まれた台座からは命の力が溢れ植物が生まれてくる。台座を緑で覆うとツルが床にも伸びてゆき、成長した植物は様々な花を咲かせた。
緑が広がってゆく様子にマオールは喜び目を輝かせている。ビッグマーもこの美しい光景に目を奪われていた。色とりどりの花が咲き乱れるホールは、まるで楽園のようだ。聖なる力が臨界点を突破したのを確認したベリルは、ビッグマーの邪魔が入らないうちに最後の締めに入った。
「今一度この場に蘇れ!魔人王ベリルの名の下に」
魔法陣と光の帯が収束し、大魔王の心臓が置かれた台座が眩い光に包まれた。ビッグマーはこれ程の光を見た事が無かったため一瞬視界を奪われた。ベリルとマオールは神魔属だからか、平気な様子で前を見据えている。役目を終えた魔法陣は霧のように消え、代わりに同じ模様の緑の絨毯が残った。
ビッグマーが視界を取り戻すのと同時に、台座の辺りから乾いた拍手の音が聞こえてきた。魔法陣が消えた時に発生した霧でその姿は良く見えないが、室内に残っていた風により霧は晴れていく。
「見事だ。素晴らしい呪文だったよ」




