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15大魔王城の聖剣


 大魔王城地下某所。


 白を前面に出した巨大なホールにはいくつもの噴水があり、人工的な川がカラフルなタイルの上を流れていた。上には光を発する水晶が張り巡らされホール全体を照らしている。水やタイルがキラキラと光る光景はおよそ魔界と呼ばれる場所には似つかわしくないものだった。


 川の上流、清らかな水を蓄えた大きな泉の中心には白銀の装飾がされた細身の剣が奉られている。宝石の台座に浮かぶそれは美しい輝きに溢れていて、この場所を清めているようにも感じられる。


 そんな神聖な場所に最もふさわしくない人物が足を踏み入れていた。言わずと知れた大魔王、ビッグマーだ。彼は普段よりも幾分大魔王らしい格好で泉の前に立ち、芸術品のような剣をまじまじと見つめている。


「初代魔王が使っていた剣か。美しい俺にこそふさわしい剣だな」


 派手で高そうな剣はいかにもビッグマーが好みそうな物だった。彼は機人王とお目付け役のサジットがいないこの機に乗じて、一部の者以外立ち入りを禁じられている聖域への侵入を成功させていた。無論狙いは初代大魔王タロットが使っていたとされている聖剣。


 前大魔王リンバーは自分の世界から持ってきた武器を使用していたため、この剣を使う機会は無かった。それならば大魔王になった自分が使っても何の問題も無いだろう。そう主張したがサジットもリンバーも口をそろえて無理だと言ってこの場所への立ち入りを禁じた。普段ならわりと話の分かる機人王チェンマーも、こればかりは首を縦には振らなかった。


「やめとけ、お前じゃ無理だ」


 そう、こんな感じできっぱり断られたのだ。だがやめろと言われるとますます欲しくなってくる。ビッグマーの剣に対する思いは日増しに大きくなった。放任主義のリンバーまでもが口を出すとは余程の事だ。一体どれだけ大きな力がこの剣に込められているのか想像もつかない。


 明日からは新しい機人王がこの大魔王城の管理を任される事になっている。この場所に侵入できるチャンスは今日しかない。それにしてもこのホールに入ってから妙に体が重い。長くいると気分が悪くなりそうだ。さっさと剣を頂いて戻ろう。そう思い一歩進んだ所で、ビッグマーは先程誰かに声を掛けられた事に気が付いた。


「よお」


 すぐ近くにある噴水の横に魔人王ベリルが立っていた。ビッグマーの視界に入ってから脳がそれを認識するまでに三秒。気が付くと彼は大魔王の必殺技である魔王の閃光を放っていた。

 大魔王だけが使える必殺技、魔王の閃光は魔力を一切必要としない特殊な魔法だ。気力さえあればいくらでも連発でき、敵全体を攻撃できる。技を極めれば相手の精神をも暴走させるという反則級の技だ。


 勿論、それが当たればの話である。ビッグマーが放った魔王の閃光は目標を大きく外れ天井にぶち当たった。しかも慌てていたので気合も入っておらず威力もあまり無かった。結果、被害は水晶にヒビが入る程度で魔人王には傷一つ付いていない。


「このクソガキ!どこから入ってきやがった」


 怒鳴るのと同時に今度は大量の岩を呼び出し大砲のように発射する。これだけ多ければ全てをかわすのは不可能。一つでも当たれば小さなベリルは簡単に吹っ飛ぶだろう。


「ウィンド・ボックス」


 ベリルが杖を振るうと彼を中心に強烈な風が発生。真空波となって岩石を細かく切り刻む。ご丁寧に彼から外れた岩も全て風に切り裂かれ、大岩は瞬く間に砂の山になって水に流れた。


 どこまでも冷静で表情を崩さないベリルの姿に、ビッグマーは以前魔人王の城を襲撃した時の事を思い出していた。魔人王のガキにちょっかいを出してやろうとして返り討ちにあった苦い記憶はまだ新しい。


「相変わらずてめえは可愛げのねえガキだぜ」


「石投げなんて、どっちがガキだよ。大体俺とお前の歳あんまり変わんねーだろ」


 そう、こう見えてビッグマーとベリルは同年代。ビッグマーは大魔王を継承した時点で成長の魔法を使用したため青年になっているが、実際は魔人王とそう変わらない年齢だ。魔属は人間と違い外見で年齢を判断するのは難しい。


「うるせえ、てめえがガキに変わりはねえだろ」


 バーカ、ちび、と罵るビッグマーの方がどう見ても子供だ。こんな男を親に持つマオールにベリルは同情した。そのマオールはというと、いつの間にかビッグマーの背後で聖剣を興味深そうに見上げていた。魔人王の気配に気を取られていたためビッグマーはマオールの存在に全く気付いていなかった。


「ねーねー、これなあに?」


 聞き覚えのある声に彼はぎょっとして振り向いた。魔人王はともかくマオールがこんな所に現れるとは予想もしていない。何よりサジットからマオールの部屋への入室を禁止されてから、彼が息子と会う機会はほとんど無かった。教育に悪い影響を与えるという理由で、サジットがあまり会わせたがらなかったのもある。


 マオールの姿を見たビッグマーは、そこにある黄色い物体が増えている事に気付いて更に驚いた。あれは自分が谷に投げ捨てたはずのマスコット。一匹だけでも戻ってきたのが信じられないのに、二匹目まで出てくるとは恐怖すら感じる。まさか増殖したのではあるまいか。ビッグマーは今すぐマオールごと攻撃したい気分に襲われた。


「おい息子、そいつをどこで手に入れた」


 自動的に増えたとかいう答えが返ってきたら跡形も無く消し飛ばそう。彼は魔王の閃光をいつでも放てるよう気合を入れていた。そんなビッグマーの殺気を受けてもまおーやマオールは何も感じていない。


「んーとね、ベリルくんがくれたの」


 余計な事しやがって!ビッグマーは魔王の閃光の矛先を魔人王に向けだ。だが既にそこに姿は無い。


「拾っただけだから気にするな」


 ベリルはマオールのすぐ近く、聖剣の台座の前に立っていた。このまま攻撃を打ち込めば聖剣に傷が付く。同時に息子を盾に取ってもいる。高い位置から見下ろすその表情はビッグマーを挑発しているようにしか見えない。彼は心の中で舌打ちをした。これだからこいつが嫌いだ。害が無さそうなふりをして性格の悪さは魔界一だ。見た目がファンシーな子供な分余計性質が悪い。


 きっと息子もまんまと騙されて部屋を連れ出されたに違いない。こいつにかかれば真面目なサジットでさえ丸め込まれてしまうだろう。頼れるのは自分だけだ。


「いいからそこをどけ!そいつは俺の物だ」


 奴がいくら魔人王であろうとこれだけは渡す訳にはいかない。魔法では歯が立たないのが分かっているため、ビッグマーは腕ずくで魔人王を排除しようと近付いた。ベリルは杖を向けてけん制する。

 今この場で好戦的な二人を止める者はいない。このままではマオールも巻き込んでしまうだろう。いくら丈夫だといっても、魔人王と大魔王の攻撃をまともに受ければ無傷では済まない。それに気付いたベリルは一旦杖を収めた。


 マオールには手を出さないとヘッジと約束したのだ。魔人王として約束を反故にする訳にはいかない。相手が自分より立場の弱い者なら尚更だ。魔属も人間も最後に頼れるのは信頼だ。母親からの教えを思い出したベリルは、自分が譲歩する事で状況を収めようと話を切り出した。


「そう怒るなよ。別に俺は争いに来た訳じゃないからな」


「嘘つけ!てめえもやる気満々だったじゃねえか。ここを攻め落としに来たんだろ!」


 実際その通りだった。警備の手薄な今日を狙って結界を破り、部下を囮にして城内に潜入。掃除夫を脅して息子のマオールを部屋の外へ連れ出し、大魔王の居場所を探り戦闘を繰り広げている。どこからどう見ても襲撃以外の何物でもない。

 ビッグマーのもっともな主張にもベリルは涼しい表情を崩さない。むしろさわやかな笑みを浮かべている。


「ちょっとした冗談だ。お前もよくやるだろ」


「するか!大体俺のはお茶目なイタズラだ。てめえみたいに悪意が入ってるのとは違うんだよ」


 一緒にするなと弁明するビッグマーだが、他人に迷惑をかける点から見ればどちらもあまり変わらない。自分の立場を利用して周りを振り回し、無駄に行動力のある二人はよく似ていた。


「そうか?俺はてっきり今日お前がまた何かとんでもない物を呼び出して、大魔王城を滅茶苦茶にするのかと思ってたんだが」


 うっ、とビッグマーが言葉を詰まらせた。どうやら図星だったようだ。相手が怯んだのを幸いとベリルは鋭い言葉のラッシュを続ける。


「大方あれだろ。大魔王リンバーがいなくなりそうだから城を壊せば引き止められると思ってんだろ?そうすりゃお前の気に入ってる部下も悲しまずに済む」


「んな訳ねーだろ。俺はただこの剣を手に入れたかっただけだ」


 どこからそんな情報を仕入れたんだ!とビッグマーはツッコミを入れたい気持ちを必死で抑えた。ムキになってしまえば肯定しているのと同じだ。今まで隠し通してきた事をここでバラされる訳にはいかない。特に話を聞いたマオールが本人に喋りでもしたら、自分が今まで作り上げてきたクールなイメージが台無しだ。

 ビッグマーの想いとは裏腹に大魔王城で彼にそんなイメージを持っている者は誰一人としていない。その事実に本人だけが気付いていなかった。


「・・・まあ子供の前だしな。そういう事にしてやってもいいぜ」


 意地の悪い笑みを浮かべた魔人王が台座から飛び降りると、マオールも続いた。こうなるともう戦いどころではない。弱みを握られたビッグマーは戦いの構えを解いた。魔人王がこちらの戦意を喪失させるために言った事であって、決して自分を陥れるための発言ではないとは分かっている。それでもしてやったりというベリルの顔を前にすると本能的に怒りが込み上げてくる。


 こいつと仲良くするなんてありえない、してたまるかとビッグマーは心に強く決めた。同時にこんな事なら息子に魔人王ベリルは敵だと教えておくべきだった、と彼はひどく悔やんだ。魔人王の存在は無視しよう、となるべく視界に入れないようにした。



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