14ベリルとまおー
「あーはいはい。それじゃ部外者は出ていけ」
見つめ合う二人の間に割り込んだヘッジが魔人王を出口の方へと追いやる。余計な事を起こされる前にこの部屋から出なければ。部屋への侵入がばれたら後でサジットに何をされるか分からない。証拠を残さぬようにとまおーもその手に携える。二匹揃ってマオールの側へ行ってしまったため、どちらが外から持ってきたものかは見分けがつかないが別に構わない。どうせ他の奴らにも分かるはずがない。
ベリルを部屋の外に出し自分も続けて出る。そして素早く鍵をかける。目撃者はいない、完璧だ。ヘッジはほっと胸を撫で下ろした。まおーも暴れもせずに大人しくしている。
「全然ビッグマーに似てないな。本当に親子か?」
「てめえだってハーレル様とは似ても似つかないじゃねえか」
反省の気配を毛ほども感じさせない魔人王に、ヘッジは心底うんざりしていた。視線をのん気なまおーに向けたまま会話を続ける。まおーは何が楽しいのかその場でくるくる回ったり跳ねたりしている。
「俺は父親似だぞ。多分」
どうでもいい情報を聞き流し、ヘッジはまおーを摘み上げた。さて、こいつをどうするか。その辺りに放っておけば誰かが拾ってサジットにでも報告するだろう。しかし侵入者と勘違いして始末されてしまう恐れもある。やはりここは自分が外で拾った事にしよう。同じような奴が見つかったとなれば、必然的にマオールの元に運ばれるだろう。そこで二匹が一緒になれば何も問題ない。
「それで、もう片方の親は誰だ?」
そんな事知らねーよ!ツッコミを入れようとしたヘッジの前に聞き覚えのある声が響いた。
「んー、分かんない」
「自分の親くらい知っとけよ」
振り返った先ではベリルとマオールが仲良く会話をしていた。ヘッジは無意識のうちに攻撃魔法を放っていた。この時の魔法は彼が今まで生きてきた中で最高の威力だっただろう。残念ながらその威力は発揮されず、ベリルには届かなかった。
魔人属は皆魔法を使用するための契約を魔人王と行っている。どんなに地位があろうが無かろうが関係ない。魔人属として生まれた瞬間に既に決定しているのだ。故に授かった力で魔人王を攻撃対象にする事はできない。先程の彼のように無理矢理魔法を飛ばしても、魔人王に触れる前に魔力が霧散してしまう。
彼に攻撃魔法を当てるには契約を破棄して他の魔王と契約するしか方法は無い。しかし魔人王の力の恩恵は大きく、わざわざ契約を破棄するような魔人属は皆無といっていい。魔人王の地位は不動であり誰もが望むものだった。
「言っておくが俺じゃないぞ。こいつがついてきたんだ」
魔人王の戯言には耳を貸さず、ヘッジは無言で部屋の扉を開きマオールを中に放り込んだ。他の奴らの話によればマオールはかなり丈夫だと聞いている。これぐらいで怪我などしないだろう。急いで再び鍵をかける。
「わーい」
「わーい」
無駄だった。扉をすり抜けたマオールがまおーを頭に乗せて戻ってきた。笑顔で走ってきたマオールとまおーが同じ声を出している。ヘッジはがっくりとその場に膝をついた。
「誰だよ、こいつに通過の魔法を教えた馬鹿は」
忠臣サジットはマオールが真面目に勉強に取り組む姿に感動し、次々と課題を与えていった。何せ相手は神魔属だ。攻撃魔法中心の魔術や自然の力を引き出す道術は勿論、浄化の力を持つ神の魔法の法術まで扱う事ができる。しかも高い魔力のおかげで契約を必要としない程だ。サジットの教育魂が燃えない訳が無い。
彼の熱心な教育の成果でマオールはほぼ全ての魔術を習得。基本的な物から古代形式の術の唱え方まで、この城の秘密の魔術書以外を制覇した。当然壁を通過する魔法を知らないはずが無い。今まで部屋の外にあまり興味を示さず、使用する機会が訪れなかっただけなのだ。
機人王の監視が無ければこの部屋の警備は全く機能していない事に、この時まで誰も気付いていなかった。二匹のまおーを肩に乗せたマオールは可愛らしく首を傾げている。
「面倒くせぇ、お前らもう勝手にしろ」
ヘッジはどうでもよくなってきた。この二人の行動を止める事が出来ないと分かった以上、自分が何をしても意味が無い。無駄に体力を消費するだけだ。ベリルもマオールに危害を与えようとは思っていないようだし、放っておくのも一つの手だ。魔人王の目的がビッグマーに会うという事なら、勝手に会いに行けばいい。後は一応この大魔王城の主でマオールの保護者であるビッグマーに任せればいい。
そうだ、自分のガキの面倒くらいあいつでも見れるはず。ああ見えてやる時はやる男だ、多分。魔人王の相手だって何とかするだろう。そう結論付ける事にした。
「じゃあビッグマーがどこにいるか教えてもらおうか」
してやったりの表情のベリルに腹を立てる気力も無い。
「知らねーよ。あいつの事だから宝物庫か書庫にでも忍び込んでるんじゃねえのか。機人王とサジットがいないうちに秘密の場所でも探してるんだろ」
皮肉にもヘッジとベリルの予想は同じだった。二人とも彼の行動パターンを把握していた。
「まおー、お前知ってるか?」
「おい、まおーはこいつらだ」
ベリルがマオールをまおーと呼んでいるので念のため訂正した。似たような名前なので混同しがちだが黄色い物体がまおー、二匹を肩に乗せている大魔王の息子がマオールだ。
「いいじゃねーかよ、面倒だ。同じようなものだろ」
「どこがだ!」
ツッコミを入れる元気はまだ残っていた。本当はヘッジも面倒なのでまおーと呼びたいが、サジットの殺気と無言の圧力によって実現されなかった。それよりこの黄色い物体と大魔王の息子を同列にするとは何事だ。
「それにこいつが自分で名乗っただろ」
至極最もな意見だ。確かにマオール自ら「ぼく、まおー」と言っていた。本人が名乗ったのだから間違いない、そう言っているのだ。これにはヘッジも納得してしまったため反論できない。しかしビッグマーからセガユの大魔王物語を聞いた身としては黙っていられない。あのひどい話を現実にしてなるものか。
「大体まおーなんて呼んでたら正体バレバレだろーが。一人ぼっちになったらどうする!」
「何言ってんだ?」
当然ながらベリルには真剣なヘッジの言葉の意味が分からなかった。反応の鈍いベリルのためにヘッジは大魔王物語を語った。セガユのように淡々としたものではなく、しっかりと感情とアクションを加えたクライマックスストーリーを。 語り終えたヘッジは達成感と疲労を滲ませ、二人の方を見た。
「どうだ、名前の恐ろしさが分かっただろ」
黙って聞いていた二人は顔を見合わせヘッジに向き合う。口を開いたのはベリルだ。
「馬鹿だ、お前ら」
そのまま背を向け歩き出したベリルの後をマオールが追っていった。熱演を一言で切り捨てられたヘッジはしばらく固まっていたが、重い足取りで元来た道へ戻っていった。無論応援を呼ぶためではなくサボるために。
「俺は最初から誰にも会ってねえ」
無関係を決め込んだヘッジはそう呟きながら応接間へと向かった。途中玄関近くで男の悲鳴が聞こえていたが気にしない事にした。
ベリル達はマオールの部屋のある位置から少し離れた場所の広間へと辿り着いた。城内は静けさが漂っていて人の気配が無い。聞こえるのはまおー達の小さな鳴き声だけだ。
「この辺りでいいか」
ベリルは広間の中心に立ち十分なスペースがある事を確認する。闇雲に歩いていた訳ではなく、利用できる場所を探していたのだ。マオールは興味津々といった表情でその動作を見つめている。
ベリルが床に向けて杖を振る。すると黒い紋様が浮かび、リボンのように解けて自動的に魔法陣が描かれていく。この広間の中心から隅のギリギリまでを使い複雑な模様が広がった。使用する魔法が高度なものほど魔法陣の図形は複雑さを増していく。ビッグマーがヒマワリの花を使う際に使用したものとは比べ物にならない。
全ての模様を描き終えると魔法陣は淡い光を放った。
「おい、まおー。ちょっとこっち来い」
「はーい」
呼ばれたマオールは素直に従いベリルの元へやってきた。警戒心の欠片も無い。こんなので大丈夫なのかと思ったが相手はまだ箱入りの子供。世間知らずなのはしょうがない。彼は自分も子供という事は棚に上げて考えていた。
マオールを誘導し魔法陣の所定の位置に立たせると、ベリルは再び杖に魔力を込める。魔人王ともなればどんな複雑な魔法でも呪文無しで使用できる。簡単な魔法なら他の魔属や人間も可能だが、高度な魔法は溜めなどの隙ができる。それは魔王クラスでも例外ではない。
魔人王のみに与えられた特権により、彼には魔法使い特有の弱点というものが無かった。その気になれば一切の挙動無しで大魔法を連発できる。相対した者は使われる魔法が分からず、対抗手段を持たぬまま餌食になるだろう。
「ベリルくん、なにするの?」
そんな非常識な相手にマオールは何の危機感も持たずに接している。ベリルが自分に危害を加えないと分かっているからなのか、それとも何も考えていないだけか。どちらにしてもこんな光景をサジットが見れば卒倒してしまうだろう。
「転移の応用だ。俺はこの城に来た事が無いからな。お前を通じて奴の居所を見つける」
彼が独自に作り出した魔法陣は、魔法をマスターしているマオールにも分からない程複雑なものだった。転移魔法は場所のイメージが重要だ。通常訪れた事のある場所にしか移動できないものを、魔法陣の効果で第三者を介して可能にする。この場合はマオールの親であるビッグマーを目標に定める事で、彼の居場所を特定しようというのだ。
魔法陣が発動しベリルに情報のイメージが伝わる。だが彼はその結果に違和感を覚えた。
「二つ、いや三つか?」
なぜか転移先の情報が複数発生していた。この付近にある反応が二つ。もう一つはこの大魔王城、いや魔界からもかなり離れた場所だ。距離から考えて人間界よりも遠いのは明らか。そこから導かれる答えは一つしかなかった。
人間界を挟んで魔界と反対側に存在し、光と秩序に守られた神の住まう世界。天界だ。マオールを探索の媒体として使ったのは親であるビッグマーを探すため。他の候補が現れたのはもう片方の親を検出したためだ。
ベリルは反応の一つが城門に出た時点でビッグマーの相手は門番の天使だと思っていた。神魔属が生まれたのなら相手は神の力を持っているはず。あの門番なら実力も申し分なく、自分勝手な大魔王も制御できるだろうと納得したのだ。それなのにもう一つ反応が出るとはどういう事だ。それも魔界ではなく天界に。
「本人に聞くのが手っ取り早いな」
部下が闘っているのでいちいち調べている時間は無いし、まさかこのまま天界に転移する訳にもいかない。残る一つの反応が間違いなくビッグマーの居場所だろう。
「よし。行くぞ、まおー」
ベリルが杖を振ると魔法陣は眩い光を放ち広間を包み込んだ。魔法陣の模様が宙に浮かびドーム状の形を作ると、上の部分から光がガラスのように砕けていく。光の欠片が魔法陣と共に消え去るとそこには何も残っていなかった。




