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13初めての出会い


「一体てめえは何なんだ」


 ヘッジは考えた。完成された魔法が発動されないなどという事は通常ありえない。昔の人間の魔法使いや、まだ魔法をまともに唱えられない人間の子供ならこういう事態を引き起こす可能性もある。彼は魔力が弱いだけで魔法が未熟な訳ではない。きちんと魔人王と契約した魔人属なら子供でも魔法を失敗する事は無い。契約の主である魔人王に反逆し牙を剥かない限り。


「そうか、そういえばまだ名乗ってなかったな」


 自信たっぷりに大きな杖を持ちマントをたなびかせるベリルを見て、ヘッジはなぜか忠誠を誓う魔人王と心底憎たらしく思っている男の顔を同時に連想した。数秒後その連想は確信に変わる。


「俺の名は魔人王ベリル。魔人属の王だ」


 目の前の子供の瞳は、魔人王と同じ赤いものだった。ヘッジもハガも瞳の色は魔人属に多い赤色だ。それでもヘッジはそんな突拍子も無い話を信じられるはずもなかった。


「魔人王はハーレル様だ。大体てめえのどこが魔人属だ」


 ヘッジが言っているのは肌の色だ。魔人属は皆肌の色が濃い。褐色からほぼ黒に近いものまで。前魔人王であるハーレルも美しい銀髪に褐色の肌をしている。しかしベリルの肌は白に近い肌色だ。魔人属の血は欠片も感じられない。


「ああ、俺は混血の神魔属だからな。でも一応魔人王ハーレルの息子で間違いないぜ」


 ヘッジは敬愛する魔人王に子供がいた事と、その子供が魔人王を継承している事実に激しいショックを受けた。だが落ち込むよりも先に確認しなければいけない事が一つだけある。


「どっちだ!魚人王か?血人王か?」


 彼が知りたいのは相手の男だ。魔人王ハーレルに好意を抱く魔属は数え切れない程いたが、その中で彼女と釣り合うだけの実力を持つと思えるのはこの二人だけだ。水の術を使わせたら右に出る者はいないと言われ、海をも生み出す力を持つ魚人王セイマー。不死身の力を授けあらゆる怪我や病気を治す事のできる究極の杖、カドケオスを持つ血人王シャイン。


 両者とも魔人王に好意を抱いており、表立ってはいなかったが争いもいくつかあったと聞いている。そして魔属の王でありながら神の力を使う事ができ、神魔属を生み出せるのも彼らだけだ。


「血人王だ」


 ベリルは答えをあっさり口にした。わざわざ隠すような事ではないし知っている者がほとんどだ。


「畜生!死んでる奴かよ。嫌がらせできねぇじゃねえか」


 床を叩いて悔しがるポイントはそこなのか。もし相手が生きていたら一体どんな嫌がらせをしたのだろうか。ベリルは想像を膨らませてみたが何も浮かばなかった。生まれてからすぐに修行部屋に隔離された彼は、父親の顔を見た事が無かった。

 本気で悔しがって床に突っ伏していたヘッジは、ふと誰かに肩を叩かれた。あの子供が自分を慰めようとしてくれているのか。


「てめえ、案外いい奴じゃねーか」


 振り返った視界に映ったのは黄色い顔だった。


「きゃー」


 一瞬攻撃をしそうになった彼だが、その全体像を視界に入れ踏み止まった。見覚えのある間抜け面とマッチ棒のような手足。


「何だ、まおーかよ」


 ヘッジがまおーを掴み上げようとすると横から伸びたベリルの杖に邪魔された。


「こいつが何だか知っているのか」


 ムッとしたヘッジだったがこれ以上子供相手にムキになっても仕方無いと気持ちを抑えた。ここで怒りに任せて暴言を吐いても、この生意気なガキは涼しい顔でこちらの言葉を無視するだろう。ガキ相手にわめく姿を他の奴に見られるなんてもってのほか。もしあのサジットなんかにばれたら、子供相手に何をやっているのだと逆に説教されかねない。


「ビッグマーのガキのペットだろ。いつの間に部屋から抜け出したんだ?」


 いくら普段より警備が薄いからといって最も厳重なあの部屋を、こんなマスコット風情が簡単に抜け出せるものだろうか。疑問に思うヘッジをよそにベリルは杖を引き歩き出した。


「おい、どこに行く気だ」


「ついでの用事を思い出した」


 振り返りもせずにベリルはヘッジが来た方向へと歩いていく。その背にまおーが飛び乗る。勝手に城内を散策されては困るとヘッジも慌てて後を追った。


 ベリルは迷う素振りも見せずにどんどん先へ進んでいく。定期的に部下から城内の情報を得ていた彼の頭の中には、大魔王城の見取図や通路の変化パターンが全て収められていた。下手をすれば現大魔王であるビッグマーよりも詳しいかもしれない。城内に残っている者は各自の仕事に忙しく、持ち場を離れられないため出会う事は無かった。


「一体魔人王が大魔王城に何の用だよ」


 実力的にどう考えても勝ち目が無いと分かったヘッジは、ベリルの行動を監視するしかなかった。せめて誰かと出会えれば状況は変わるかもしれないが、城に残る戦力では魔人王を相手にするなど到底無理な話だ。ならばせめてこれ以上事態が悪くならないよう自分が食い止めるしかない。


「旧友に会いに来ただけだ。今日なら間違いなく城にいると思ってな」


 襲撃に来た訳ではないと知ったヘッジは多少気持ちが軽くなった。実は結界を魔法で破壊し門番と部下を戦わせているとは夢にも思わないだろう。城へ与えられた衝撃も大魔王であるビッグマーがまた何かをやらかしたぐらいにしか感じていない。実際城で作業をしている者達も同じ考えで襲撃に気付いていないのが大多数だ。


 中には魔術に精通し結界が解けたのを知った魔人属もちらほらいたのだが、同時に魔力の大きさから襲撃者の正体を知ってしまった。そういった者達は魔人王に対抗できるだけの戦力が無いのを理解していたため、手を出さないのが一番だと知らん振りを決め込んでいた。結果、中途半端に襲撃を察知したセガユだけが城門に駆けつけてしまったという訳だ。


「旧友って、ビッグマーか?」


 どうも怪しい。挨拶に来たのならサジットを通せばすぐにビッグマーに会えるだろうに。通りがかりの奴を魔法で拘束して聞き出すか?普通。

 ヘッジはこの魔人王を信用してはいない。彼にはベリルの顔が悪巧みをしているようにしか見えなかった。この城に住む大魔王がそうであるように。


「ああ、うちの城に挨拶に来た事があるからな。今回はその礼に来た」


 どうもこいつの言葉は白々しく聞こえる。あのビッグマーがわざわざ他人に挨拶をしに訪れる事があるだろうか。ヘッジの脳裏にお礼参りという単語が浮かんだ。


「じゃあついでの用って何だよ」


 いよいよ嫌な予感がしてきた。彼はベリルを何とか引き止めたい気分だったが、小さな魔人王は会話をしつつも歩くスピードを緩める気配が無い。まるで余計な時間は無いと言わんばかりに。


 幾度も曲がり角を超え複雑な道を歩いていく。こんな面倒な道をヘッジは利用した事が無いので、一体どこに向かっているのか見当もつかない。ただ道が入り組んでいるという事はそれだけ重要な場所へ向かっている証拠だ。  そしてついにその場所へ辿り着いてしまった。二人の目前には重厚な鍵付きの扉が立っている。


「例の神魔属の子供とやらの見物だ」


 嫌な予感は的中した。ここは外部の者に一番立ち寄らせてはならない場所。大魔王ビッグマーの息子マオールの部屋だ。城の者でさえサジットの許可無く立ち入る事はできない。掃除夫であるヘッジもまだここに足を踏み入れた事は無く、勝手に入ろうものならサジットにどんな目に遭わされるか分からない。これならまだ宝物庫の方がましだった。


「おい待て!ここだけはやめろ」


 ここを通してしまったらおしまいだ。いくら相手が魔人王だろうと関係ない。ヘッジは扉の前に立ち塞がった。実力差があるのを分かっていながら必死に扉を守ろうとする彼を見て、ベリルは少し驚いたような表情をした。


「ただ見物するだけだ、手は出さないぞ」


「信じられるかボケ。てめえが魔人王だろうがここは通さねえ」


 臨戦態勢を取るヘッジの目は本気だ。ベリルは一兵士であり、ただの掃除夫の男がここまでする理由が分からなかった。今までの彼の言動を見るに、決して大魔王を崇拝するような忠臣ではない。門番の天使のように正義感で突き動かされている訳でも無さそうだ。


「そんなに大魔王の息子が大事なのか?」


 自分自身魔人王の子供だからといって特にちやほやされたような記憶は無い。むしろ混血の神魔属だという事で疎まれていた方が多かった。そんな輩は実力に物を言わせて黙らせてやった。そのためベリルは部下に心配されるだとか守られるとかいう経験が全く無かった。


「大魔王だとかは関係ねえ。ビッグマーは気の合うダチだ。そいつのガキを黙って引き渡す訳にはいかねえ」


 友人だからという理由で自らの王に牙を剥く男。その姿をベリルはじっと見ていたが、しばらくするとくるりと踵を返し彼に背を向けた。


「分かった、今回はやめておく」


「へ?」


 あまりにあっさり諦めたベリルに、ヘッジは思わず間抜けな声を出した。わざわざあの面倒な道を通ってここまでやってきたのを、そう簡単に諦められるだろうか。しかも相手は魔人王。その実力で自分を退けるのは容易い事だ。単なる気まぐれか、それともこちらを油断させるための嘘を言っているのか。

 疑いの眼差しで門から動こうとしないヘッジにベリルはちらりと視線を向ける。


「お前、俺の部下になる気は無いか?今ならまだ側近も少ないし幹部の座も狙えるぜ」


 ベリルはこちらの返答をにやにやしながら待っている。


「けっ、誰がガキの下で働くかっつーの」


 即答だった。そもそも上を目指そうとするのだったら掃除夫などやっていない。自分には人を使うような頭も実力も無い。誇れるのは度胸と根性だけだ。馬鹿にされるのは構わないが、子供に情けをかけられるのだけはまっぴらご免だ。


「そうか、残念だ」


 そう言いながらもベリルの表情は晴れやかだった。まるで最初から断られるのが分かっていたかのようだ。ヘッジには魔人王の意図がさっぱり飲み込めず困惑するしかなかった。とりあえず相手に争う意思が無い事を確認した彼は、戦闘体勢を解いた。


 実力中心の魔人属の中で王として振舞うのは並大抵の事ではない。きっと周りには心を許せるような相手がいないのだろう。余裕たっぷりな態度を見せているが実は寂しいのを隠しているだけではないか。子供のくせに苦労しているのかとヘッジは少しだけ小さな魔人王を可哀想に思った。


「いい実験台になると思ったのに」


 前言撤回。こいつはただの、いや性格の悪いクソガキだ。


 ヘッジはなぜかこの魔人王に大魔王ビッグマーと同じような空気を感じた。決していい意味ではなく悪い意味で。


「きゃー」


 すっかり存在を忘れ去られていたまおーは、マオールの部屋のドアを開けようと奮闘していた。とは言っても棒のような手でぺしぺしと叩いたり、その場で跳ねたりしているだけだったが。


「そうだ、こいつを中に戻さないとな」


 足元でうろちょろされては踏み潰しそうだとヘッジはまおーを持ち上げた。しかしそこからどうしたものかと考え込む。この部屋のドアを開けられるのは機人王か鍵を持っているサジットだけ。両名とも今は外出中のため、城内で扉を開けられる者はいない。マオールが中の非常用ボタンを押せば内側からも開くが、そんな状況は起こった例が無く今この場で都合よく起こる訳も無い。


 そんな厳重な警備を一体こいつはどうやって抜け出したのか。こんな所に放置しておけば帰ってきたサジットにあらぬ疑いをかけられそうだ。アリバイを証明しようにも送別会の準備をさぼっているため証人がいない。このガキに頼むなんて愚かな真似は絶対にできない。魔人王といいまおーといい、面倒なものに関わってしまった。こんな事なら他の場所でサボれば良かった。


 ヘッジに真面目に仕事をするという選択肢は無かった。


「そいつを中に入れたいのか?」


 扉の前で考え込んでいるヘッジにベリルが声を掛けた。


「てめえには関係ねえよ」


 先程の件もあり彼のベリルに対する態度は明らかに悪くなっている。それでもベリルは気軽に近付いてきた。元はといえば全てこいつが原因だ。まおーをどこかで拾ってこなければこんな面倒な事態にはならなかった。持ってきたお前が何とかしろと言いたい所だったが、マオールの部屋に手を出すなと言い切ったのは自分だ。すぐに発言を撤回する訳にもいかない。


 それを分かっていて白々しくこの魔人王は顔を覗き込んでくるのだ。忌々しい。こいつが普通のガキなら殴って泣かせてやるのに。同じガキでも大人しいマオールとは偉い違いだと無駄に可愛いこの部屋の主を思い浮かべた。


「ほら」


 その忌々しいガキが何かを投げてきたので反射的に受け取ってしまう。大きさの割にずしりと重いそれは重厚な装飾の鍵だった。扉の装飾に似たそれは、どう見てもこの部屋の鍵だ。


「何でてめえが鍵持ってんだ!」


「細かい事は気にするなよ」


 頭痛と怒鳴りたい気持ちを抑えて、ヘッジはできるだけ冷静に質問した。


「どこで盗んできやがった」


「人聞きが悪い。れっきとした複製だ」


「ならいい・・・訳ねえだろ!」


 ヘッジの突っ込みの応酬にもベリルは涼しい顔をしている。彼はこの時本気でベリルを殴ろうと手に力を込めた。こいつはガキじゃない。ガキの皮を被った悪の化身だ。今のうちに更正させなければ魔界はとんでもない事になる、と妙な使命感まで感じていた。


「きゃー」


 しかし二人の間に割り込んだ者がいた。言わずもがな、まおーだ。表情からは何の感情も見えないがどうやら二人の喧嘩を止めようとしているようだ。気の抜ける鳴き声に戦意をそがれたヘッジは仕方なく拳を下ろした。


 ふとベリルを見れば向こうは迎え撃つ気満々だったらしく、既に周りには赤いボックスが多数用意されていた。彼が杖を振り下ろせば魔法は一斉に発射されただろう。改めて相手が魔人王だった事を思い知った。あのまま勢いで突っ込んでいれば丸焼きになっていたのは自分だ。戦意を失ったヘッジを見たベリルはつまらなそうに魔法を解除しボックスを消した。


「ほら、さっさとそいつを中に入れろ。何だったら俺がやってもいいぞ」


「誰がてめえに任せるか」


 こうなったらすぐに開けてまおーだけを投げ入れよう。そうすれば中に入った事にはならない。ヘッジはまおーを掴むと素早く鍵を外し、勢いよく扉を開いた。そして中も見ずにまおーを放り投げる。後は扉を閉めるだけ。完璧だ。


「きゃー」


 なぜか足元から今投げたばかりのまおーの鳴き声が響いた。見ると扉のすぐ近くに黄色い物体が立っている。


「?」


 妙に思い自分が投げた方向を見る。放物線を描いて落下するまおーが後ろ向きで座っているマオールの頭に着地した。振り向いた幼児は不思議そうにこちらを見る。もう一度足元に注目する。黄色いマスコットがいる。一瞬思考が停止した。


 まおーが二匹いる。


「お前がビッグマーの息子か?」


 聞き覚えのある声に気が付くと、いつの間にかベリルがマオールの目の前に立っていた。


「おいコラァ!勝手に入ってんじゃねえ」


 予想外の事態にまおーが二匹に増えた事など頭から吹っ飛んだ。ベリルを連れ戻すためヘッジも部屋へ乗り込む。手を出さないという言葉を信じていた訳ではないが、こうも簡単に裏切られるとは思わなかった。


「別に何もしてないだろ」


 確かにベリルはマオールに危害を与えようとはしていないし触れてもいない。それでもこの性悪魔人王を近付けるとどんな悪影響があるか分からない。マオールまでこんな性格になってしまったら魔界は地獄絵図だ。


「こんにちはー。ぼく、まおー」


 ヘッジの気も知らずマオールはのん気に自己紹介を始めている。繰り出された破壊力のある笑顔に、さすがのベリルも少し戸惑った。だが王である者として相手に惑わされるような姿を見せる訳にはいかない。黄色いマントをなびかせ、いつもの余裕ある態度で名乗りを上げる。


「俺の名はベリル。魔人属の王だ」


 自信たっぷりに立っている魔人王と大魔王の息子のマオール。肩書きを見れば非常に豪華な面子だ。唯一の難点は両名が幼児で、このメルヘンチックな部屋の中ではお遊戯のようにしか見えない事だ。


 これが後に魔界最強コンビと呼ばれる二人の初めての出会いだった。



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