11ふたりの襲撃者
三ヵ月後。
魔界は相変わらず暗い空に覆われている。しかしその空にはうすぼんやり星が浮かんでいるのが見える。闇の霧も何処かへ消えてしまったようだ。しばらく前に魔人王の息子が王位を継承してから、地上では闇の契約を行う人間が激減した。人間が魔法を使うための契約を魔人王が自分の元へ集約させたのが原因だ。以前から先代の魔人王が古代の契約法で人間の力を集めていたが、それは魔術に精通した者や裕福な王族などに限られていた。
そこで現魔人王はある人間に契約法や魔術の使用法を記した魔法書の作成を依頼。魔界にも精通したその人物は見事魔法書を書き上げ、誰でも魔法を使える方法と謳われた本は世界中に出版された。
本来は魔力を持った者しか行えなかった魔法の契約。しかも闇の住人に魂を売り渡すか、神に信仰を捧げる方法しか強力な魔法を覚える手立ては無かった。それを本に記載された魔法陣を使用するだけで直接魔界の王達と契約を結ぶ事が可能になる。当然魔術に最も精通した魔人王と契約する者が大多数を占めた。
既に滅びた魔王達とも契約は可能だが、他人や己の魂を必要とする食人王・血人王との契約方法は記されていない。現大魔王ビッグマーに至っては契約するメリットが皆無と筆者が判断し、名前さえ載っていなかった。この本の存在を知った当人は魔人王の嫌がらせと憤慨していたとかいなかったとか。
とにもかくにも、闇の勢力が再び衰え始めた魔界は平和だった。そしてようやく前大魔王であるリンバーの帰還が決定した。
その日、大魔王城では二人の城の主を送り出す準備に追われていた。忠臣サジットは最後の日を明日に控え、催しの用意のため多数の部下を引き連れ早朝から城を後に。主役であるチェンマーとリンバーは地上観光へ。ハガとリャシーマンは同じく兵を引き連れ帰還ゲートの調整のため城を離れていた。
「つー訳で、今大魔王城の戦力は普段の半分以下って事ですね」
「ああ、うちのスパイは優秀だからな。情報は確かだ」
大魔王城の入口に二人の人物が立っていた。一人は緑色の服に身を包んだ長身の男。その背には巨大な包丁が見える。もう一人はファンシーな黄色い帽子とマントを纏い、大きな宝玉と宝石の散りばめられた杖を持った青い髪の子供だった。背丈はマオールと同じ程度で小さな子供というよりまるで幼児のようだ。
「聞く所によると、あの大魔王ビッグマーの子供が生まれたようですね。ベリル様はそれを見にわざわざ来たんですか?」
ベリルと呼ばれた子供はにやりと笑い、杖を持ち直す。
「それもあるが、ちょっくら大魔王城を攻めてみようと思ってな」
返答を聞いた男は驚くよりも呆れた表情を見せた。
「なんだってそんな事を。魔界戦争でもおっ始める気ですか」
「なぁに、ただの挨拶さ」
そう言いながらベリルは大魔王城に杖を向けた。込められた魔力に杖の宝玉が呼応し輝いているのを見て、部下の男は閉口した。どう考えても攻撃以外の何者でもない。大魔王城へ向かうと聞いて最初から嫌な予感がしていたのだ。こんな事なら留守番をしていた方が良かったと今更どうにもならない考えを浮かべた。
最大まで高められた魔力の塊が地面を揺らし、空間にまで振動が伝わる。ベリルの後ろには大きな赤い箱がいくつも浮かび上がり、漏れ出した光が周囲を赤く染めた。門番のソーマが異変に気付いたのと魔法が放たれたのは同時だった。
「ファイア・ボックス」
赤い箱が砕け、中からは獄炎に包まれた蛇が次々と飛び出した。城に向けて放たれたそれは直前で見えない壁のような物に突き当たるがものともしない。魔法によって作られた結界に炎の蛇達は牙を突き立て、易々と食い破った。普段なら魔力を感知する防衛システムが張り巡らされ、門前で攻撃呪文を使おうものならレーザーの餌食となっている。だが司令塔の機人王が不在ではシステムはおろか、機械的な罠も作動しない。その代わりとしてこの魔法による結界が張られていたのだ。
ハガを中心とした魔人属達が急遽作り上げたものだが、決して欠陥があった訳ではない。魔法を最も得意とする彼らが作った結界は、並の魔法は跳ね返し高威力のものは魔力を分散させる。普通の魔属は勿論、大魔王でさえ強行突破するのは不可能。これを可能とするのはある人物をおいて他にいない。
「強度はまあまあだが、詰めが甘いな」
入り口の門と城壁の一部を吹っ飛ばしたベリルは涼しい顔で城門の方へと歩みを進めた。緑の服の男も慌てて後へ続く。彼は妙に思った。あれだけの威力の魔法が直撃したのにも関わらず、大魔王城は健在だ。焦げ跡さえ見えない。
その謎は城の門へ近付く事で解明された。城の正面にはピンクのハートに羽が生えた形の紋章が光を放っている。
「門番が優秀だっていうのは本当だな。うちにスカウトしたい位だ」
冗談か本気か分からないベリルの言葉に、部下の男は溜息をついた。
「本当に優秀すぎるのはあなたっスよ。魔人王様」
そう、幼児にしか見えないこの人物こそが現在魔界で最大勢力を誇る魔人属の王、魔人王ベリルである。彼から見れば魔法の仕掛けなど玩具のようなもの。何十人分の魔力を込めたところで彼の魔法には到底及ばない。
門番のソーマは天使専用の「アロ」と呼ばれる道具、アクセサリーのような形状をしたそれを使いベリルの破壊魔法を防いだ。赤い宝石部分から発せられた光が大魔王城の正面に光の防御壁を形成している。天使兵最高ランクである親衛隊の力を持つソーマでなければ防ぐ事はできなかっただろう。彼女がいなければ城の門からエントランス部分は崩壊、獄炎は城内に燃え広がり大変な事態を引き起こしていたはずだ。
普段なら結界の消滅と巨大な魔力の反応に気付いた兵達が一斉に飛び出すはずが、生憎ほぼ全員が外出中。襲撃者二人が門前に辿り着く頃にようやく一人、セガユがのこのことやってきた。ソーマは相手があまりあてにならない男であった事にがっかりしたが、それでもたった一人よりはましだと思い臨戦態勢のまま声を掛けた。
「遅いですよ!他の人達はいないんですか」
「あれ~最後に来たつもりだったのに~」
セガユも自分以外に駆けつけた者がいなかったのは予想外だったようだ。今回はきちんと首が体に乗っている。しかし目前の人物が何者か気付くと、首を180度回転させちぐはぐな体制のまま二・三歩後ずさった。
「戻ってもいいですか~」
エントランスへ引っ込もうとしていたセガユをソーマは無言で掴み、連れ戻した。顔色の悪いこの男では見た目よりパワフルな天使から逃れる事は出来ない。
「ソーマさん、あれが誰だか分かってます~?魔人王サマですよ~」
恐らく面識が無く魔人王の恐ろしさを知らないために彼女は闘う意志を持っている。城にいる他の者が出て来ないのも最大の魔力を誇る魔人王の存在に気付いたため。駆けつける途中で彼の姿を目撃したからだろう。相手が魔人王と分かれば諦めて道を譲る。そうセガユは考えていた。
「何言ってるんですか!相手が誰であろうと城が攻撃されるのを見過ごす訳にはいきません。それにこんな酷い事をするなんてきっと偽物です!」
退かないばかりかとんでもない暴言を吐く天使を見て、セガユは自分の甘さを思い知った。大魔王城を護るという使命感に満ち溢れた正義の使者に、諦めという選択肢は存在しないのか。より一層闘志に燃えた彼女はベリルを指差し高々と宣言した。
「ここから先は一歩も通しません。通りたければわたし達を倒してから進みなさい!」
門番の鏡のような発言にセガユはうなだれ、ベリルとその部下はソーマの勇ましさに素直に感心していた。
「うちの連中に見習わせたいくらいだ。な?シーバ」
にやにや笑いながら見上げるベリルの表情を受けた部下は複雑な心境だった。
「いや、周りがあんなのばっかりなら俺、辞めさせてもらいますよ」
シーバは背中の巨大包丁に手をかけ一歩前へ進み出た。ベリルは後ろで面白そうに見物している。臨戦態勢は取っていないが後ろの魔人王が手を出さないとは言っていない。ソーマは自ら一歩下がりセガユが前に出る形を取る。
「あの~、ソーマさん?」
これはどう見ても自分に戦えという意思表示だ。無理矢理前に出されたセガユは首だけを動かし彼女に振り向く。ソーマの表情は真剣そのもの。
「わたしは援護します。頑張って下さい」
「えぇ~!こういうのはイッサさんの方が適任でしょうが~」
向こうの相手が持っているのは巨大包丁。フライパンを武器にする人形使いが相手なら絵的にもいい勝負だろう。それに呪術士である自分は近接戦闘には向いていない。
「来てないからしょうがないじゃないですか。セガユさんの通り名は首切りでしたよね。相手の首くらい落とせますよ」
「私のあだ名はそういう意味じゃないですよ~」
ちなみにその通り名はリンバーが大魔王の頃、拷問部屋担当として働いていたセガユがあまりにも仕事が無く退屈を持て余していたため、ギロチンで自分の首を切り落としてしまったというエピソードから取られている。決して神速で相手の首を切るなどという技を使える訳ではないのだ。
「そりゃ面白い。相手にとって不足は無いな」
こちらの会話を聞いていない包丁男は乗り気だ。こうなってしまっては何を言っても通じないだろう。セガユは諦めて敵に立ち向かうしかなかった。
先制したのはソーマだ。天使専用武器をかざし魔法を繰り出す。
「ウイニング・ベル」
赤い宝石が光を放つと辺りに天使の輪と羽根付きの白銀の鈴が出現。輝きながら音色を奏でるとその光はソーマとセガユを包み込んだ。天使魔法の効果を魔人王と包丁男は知らないはず。魔人王を慎重にさせ魔法を使わせないのが目的だ。そうすれば相手を一人に絞って攻撃できる。武器を持った男を倒せば残りは魔人王だけ。彼の攻撃を凌ぎ外出中の機人王が戻るまでの時を稼げればこちらの勝ちだ。
彼女が使用した聖なる魔法ウイニング・ベル。その効果は対象の攻撃力・防御力・素早さを最大限まで高め、おまけに一度だけ魔法反射効果があるという反則級のもの。強力な魔法が放たれれば威力をそのまま跳ね返す。魔人王は己の魔法を無効化するくらいは可能だろうが包丁男は倒せるはず。後は再び魔法を唱えて膠着状態を作り出せばいい。
案の定正体不明の魔法を見た魔人王は手を出さずに様子を伺っている。
「さあセガユさん、やっちゃって下さい!」
作戦通り。後は魔法で強化されたセガユが包丁男を倒すのみ。しかし視線の先には首が落ち、硬直した肉体だけがその場に立ち尽くしていた。
「・・・あれ?」
登場時より更に顔色を悪くしたセガユが、首だけで地面を這ってソーマに近付く。ホラー以外の何物でもない光景に若干彼女も冷や汗をかいた。
「セガユ、さん?」
這いずる生首と化したセガユは恨めしげな目でソーマを見上げた。
「ソーマさん~、私は食人属で闇の力が命の源です~。こんな聖なる魔法をかけられたら死んでしまいますよ~」
そう言っている間にも顔からは生気が抜け語尾が小さくなっていく。石膏像のように白く変色した肉体の方には、首から肩にかけて細かいヒビが入っている。
「きゃー!すみません!」
慌ててソーマは魔法を解除したが既に遅く、肉体は衣服を残し粉々に砕け散った。辛うじて首だけは生き残ったが、肉体が無くても大丈夫な食人属以外ならとっくに死んでいただろう。これが他の兵士だったら問題なくパワーアップしただろうに。ソーマは白目を剥いたセガユの頭を持ち必死にすみませんと繰り返し謝っていた。
包丁を構えたまま立ち尽くすシーバは目の前の状況に付いていけなかった。相手の天使が勘違いか何だか分からないが、いきなり仲間を攻撃する魔法を使ったのだ。理解しろと言う方が無理だ。
「えーと、攻撃してもいいんスかね」
何が何やら分からない包丁男は上司に助けを求めようと振り向いた。聡明な王ならこのおかしな状況を何とかしてくれるはず。ところが、先程まで後ろに待機していると思っていたベリルの姿がそこには無かった。おや、と辺りを見回してみるが見当たらない。
「ベリルさ」
「ヘブン・チェーン!」
上司の名を呼ぶ前にソーマの魔法が炸裂。白い巨大な鎖がアロから伸び男の体に絡みついた。鎖には緑の蔓草と黒い猫の模様が刻まれ、随分オシャレな拘束具だとシーバはどこか冷静に思っていた。身動きが取れないが締め付けられている訳ではない。鎖を放った天使は生首を片手に持ったまま涙目でこちらを睨んだ。
「よくもセガユさんをこんな目に」
元を辿れば確かに自分達が襲撃をしたのが原因かもしれないが、それは違うだろとシーバはツッコミを入れたい気分だった。それが出来なかったのは相手の目が本気だったからだ。この熱血天使に言い訳しても無駄だろう。今更ただの挨拶に来ましたと言っても説得力が無さ過ぎる。
恐らく姿の見えない上司は今のうちに正面以外から侵入をしようと動いたのだ。ならばそれを悟られないようにするのが部下の務め。後方支援が無いのはきついが自分だけで何とかしなければ。天使は今にも次の魔法をこちらに放つ勢いだ。 シーバは動く足で包丁の柄を蹴り上げた。すると包丁からもう一枚の刃が出現。触れた部分の鎖をいとも簡単に切り裂いた。拘束を解かれたシーバは一旦距離を取ると、二枚刃になった包丁をソーマに向けた。
「悪いがこの包丁は特別製でね。鎖だろうが魔法だろうが何でも斬れるぜ」
半分ハッタリが混じっているが向こうは何も知らないはず。驚いた表情をしている所を見ると、先程の魔法を破られるとは思わなかったのだろう。これで相手は攻撃方法を制限される。後はできるだけ時間を稼ぎベリル様が戻って来るのを待つだけだ。
「魂を持たない物を全て切り裂く。魔王討伐隊ハインラッド一味の剣士、ハインラッド製作のダークブラッドソードですね」
「何だ、知ってるなら話が早いな」
ハインラッド一味。魔界の住人なら誰でも知っている。人間の魔剣士ハインラッドを中心に集められた賞金稼ぎ。彼らに地上で活躍していた獣人王・竜人王・食人王が討伐されたのは記憶に新しい。人間達の間では英雄視されているような存在だ。中でもハインラッドが使うダークブラッドソード、通称D・Bソードはあらゆる物を切り裂く剣として有名でコレクターの間では高値で取引されている。
この剣の唯一の弱点は生きているもの、魂を持つ人間や動物などは斬れないという事だ。魔属や神属も例外でなく目の前の天使を斬る事も不可能だ。それを補うために通常の刃を付けた二枚刃の巨大包丁。これなら相手の武器と肉体を同時に切断できる。正にこの二枚包丁に死角無し。最強の武器と言えよう。
「降参するなら今のうちだぜ、お譲さん」
決まった。きっと相手の天使は抵抗を諦め潔く門を明け渡すだろう。もしかしたら自分の男気に惚れてしまうかもしれない。魔属と敵対する天使だが同じ魔人属の冷血な女どもに比べたらよっぽど可愛い。種族間を越えた愛というのも燃える展開だ。
シーバは神魔属であるベリルを連想した。彼がその愛の結果だ。自分にもあんな優秀な子供がいたらと妄想を膨らませた。
「あのー」
少しの間をおいて声をかけられたシーバは相手の顔を見て違和感を覚えた。普通なら悔しそうだったり追い詰められていたり、もしくは顔を赤らめているはずだが、ソーマの様子はそのどれとも違っている。困った顔というよりどこか申し訳無さそうだ。その手にはいつの間にかファンシーな剣が握られている。シーバは嫌な予感がした。
「D・Bソードなら、わたしも持ってますよ」
ソーマが困り顔で笑うのと同時に二枚刃包丁は綺麗に二つに分かれた。縦に分断された包丁の断面は摩擦を感じさせないようになめらかだ。そのままつるんと手から滑り落ちた包丁が地面に落ちた音でシーバは我に返った。急いで魔法での反撃を試みようと動くと、今度は自分の帽子が頭から落ちた。見なくても分かる。きっと帽子も縦に斬られている。この天使はD・Bソードで頭ごと包丁を斬り落としたのだ。生物をすり抜けるこの剣でなければ間違いなく命を失っていた。
「すみません、何かぼーっとしていたので攻撃しちゃいました」
まるで小さな失敗をごまかすようなその仕草に、シーバは背筋が冷たくなるのを感じた。前言撤回。恋人は同族でいい。天使は見た目に似合わず腹黒いという噂を聞いた事がある。その時は冗談だと笑い飛ばしたものだが本物はそれ以上だ。こいつから殺気のようなものは一切感じなかった。本当にちょっと花を摘もうかぐらいの軽い気持ちで剣を振るったに違いない。そこには殺意も悪気も一切含まれていない。これが天然の純粋培養の天使兵というものか。
こんな奴らがひしめいていると思うと、天界は魔界以上に恐ろしい場所じゃないかとシーバは思った。二本になった包丁を素早く拾い臨戦態勢を取る。相手を天使の少女と思ってはいけない。魔王を相手にするような心構えでなければうっかり殺されてしまう。魔人王のお供で来ただけなのに何でこんな恐ろしい目に遭っているのかと、シーバはさっさと退場してしまった己の上司を恨んだ。




