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10さらば大魔王城


 マオールの部屋は大魔王城の中心部にある。いざという時にどこからでもすぐに駆けつけられる位置だ。ここに入れるのは教育係であるサジットと彼に許可をもらった者。現時点ではサジット・ヤマネコ・チェンマーの三人だけだ。ビッグマーも初めは入室を許可されていたが、マオールを泣かせようと試みた現場をサジットに目撃されて以来出入りを禁止されている。実の親でありながら接触を禁じられるとは、一体どんな事をしでかしたのか。大魔王城はヤマネコの期待以上に飽きさせない場所だった。


 マオールの部屋に辿り着くと、サジットが重厚な装飾のされた鍵を取り出した。この部屋は入室許可があっても鍵が無ければ扉が開く事は無い。無理にこじ開けようとすれば機人王による罠のオンパレードが炸裂。不法侵入を試みた輩は無残な屍を晒すだろう。


 無論中にも鍵が掛かっている。緊急用のスイッチが中に設置されてはいるが、マオールが自ら押すとは考えられない。今の所はチェンマーの監視だけが頼りだ。彼女無くしてこのシステムは成り立たない。まさしくこの大魔王城の主なのだ。彼女だけは例外的に大魔王城のあらゆる場所を行き来できる。その彼女に気に入られたヤマネコは素晴らしく幸運だったと言えよう。


 サジットが鍵を開け、扉をノックする。反応が無いのが分かっているにも関わらず、それが自らの義務とでも言わんばかりだ。扉を開くと中はいつも通りの光景だった。マオールのためだけに集められたオモチャや豪華な菓子類。部屋の監視システムといい過保護の域を超えている。果たしてこれが教育にいいのかと、育児経験の無いヤマネコは首を傾げた。


「おや?」


 サジットの声につられて視線を移すとソファーの上で丸まって眠るマオールの姿があった、昼寝をしているとは珍しい、と言ってもまだそれ程長く接していないので自分が見ていないだけかもしれない。幼児が寝ているのは当たり前の光景だ。


「困りましたね」


「無理矢理起こせばいいじゃないですか」


 どうせ相手は泣きも喚きもしないのだ。今更何を躊躇しているのか。ほら、あのマスコットだって棒のような手でぺちぺち顔を叩いている。


 いつの間に手から抜け出したんだ。


「・・・この物体はマオール様に対して何をやっているんですかね」


 サジットは大事なご子息に無礼を働くまおーに明らかな敵意を向けていた。まるで大魔王に必殺技をぶちかました時のような態度だ。ヤマネコは部屋から脱出したい気分に駆られた。丈夫なマオールはいいだろうがとばっちりを食うのは御免だ。


「きゃーきゃー」


 甲高い声がサジットの怒りに拍車をかける。こいつもこいつでマオールを叩くのを止める気配が無い。間の抜けた顔に危機管理能力を求めるのも無駄か。さてどうしたものか。被害が大きくなる前に始末してしまおうか。本末転倒だが魔界を探せば同じようなのが二・三匹いるかもしれない。いや、ここまで持ってきた手間と我慢を考えれば今始末してしまうのは得策ではない。


 サジットは今にもまおーを消し炭にしかねない勢いだ。とりあえず両者の間に割って入り彼の視界から怒りの原因を排除する。


「まあまあ、落ち着いて」


 当然この程度で収まるはずもない。それでもこれ以上怒りのゲージを上げる要素は取り除ける。感情的になりやすい上司や妹との付き合いからヤマネコは学んでいた。後は素早くマスコットをマオールから引き離せば良い。そう思い振り向くと既に幼児は目を覚ましていた。まおーはその体をよじ登り、頭の上に陣取ると騒ぐのをやめた。まるでそこが定位置のようにジャストフィットしている。


 何にせよ動きが止まったのなら都合がいい。それを取り除こうと手を伸ばすと、ぼんやりしていたマオールと目が合った。黙っているのも何となく都合が悪い感じがして、声を掛けた。


「おはようございます」


 我ながら感情のこもっていない挨拶だとヤマネコは思った。にこやかに挨拶するとそれはそれで不気味のような気がする。


 マオールは瞬きを二回した。


「おはよー」


 声が発せられた。それもまばゆい笑顔付きで。誰か時を止める魔法でも使ったのではないかとヤマネコは本気で思った。後ろのサジットも固まったのが気配で分かった。反応の無い二人を見たマオールは首を傾げた。動作一つ一つが無駄に可愛らしい。


「こんにちは?」


 顔を覗き込みながら喋る幼児を無言で観察していたヤマネコは、今殴ったら泣くかななどと不謹慎な考えを浮かべていた。この瞬間完全に部屋の中にサジットがいる事を忘れ自然と拳を握っていた。その考えは後ろでテーブルにぶつかり、上の物が床に落下した音で中断された。言わずもがな驚いたサジットである。彼は目を見開きマオールに近付くと抱き上げ目線を同じ高さに合わせた。そして恐る恐る激変した大魔王の子供に質問する。


「どちらさま、ですか?」


 やや錯乱しているようだ。自分より動揺している者を見ると冷静になれるものだと、ヤマネコは実感し平静を取り戻した。質問されたマオールは淀みのない口調でこう言った。


「ぼく、まおー」


 二人は同時に思った。まさかあの物体に取り憑かれたのか!サジットの行動は早かった。マスコットを引き離し、壁に叩きつける勢いで放り投げた。壁に衝突したまおーは衝撃を感じさせず風船のようにぼよん、と跳ね返り床に落ちた。一体どんな素材でできているのか。何も考えていない表情からは余裕さえ感じられる。


「マオール様!私が分かりますか?」


 投げ飛ばした物体には見向きもせずサジットは鬼気迫る勢いで詰め寄った。マオールはそんな様子を気にせずのほほんとしている。この反応の鈍さは変わっていないのかもしれない。


「なまえ?」


「そうです。私の名前と、あと仕事を言ってみて下さい」


 彼が仕事と付け加えたのはここ数日間の記憶があるかの確認のためだ。もしあのマスコットに操られているのだとしたら、城内の事は知らないはず。この短時間での接触で過去の記憶までは読み取れないとの判断だ。


「サジット!おしごとはせんせい」


 迷う気配も無くマオールは答えを述べた。正しい答えだ。もしここで大魔王の側近や部下などという単語が出れば、あのマスコットが取り憑いている事が確定する。サジットはマオールに対して自分の仕事を口に出していない。それを答えられるとしたら長く触れていたヤマネコか、リャシーマンから記憶を読み取る以外に方法は無い。毎日勉強を教わっていた(聞いていただけの)マオールから見れば、教師のように思えるだろう。


 取り憑かれていないのだけは分かった。しかしそれなら今まで感情を表さず口も利かなかったマオールが、突然愛らしい笑顔を振りまき会話をする理由が説明できない。


「マオール様、どうして今まで黙っていたのですか」


 小細工せず単刀直入に聞いてみる。マオールはこれまた可愛らしい仕草で考える。表情の無かった反動か、誘惑の魔法でもかかっているかのように魅入られそうになる。気を抜けば抱きしめて頬ずりしてしまいそうなので、サジットは必死に堪えた。自分がリャシーマンのように取り乱すなどあってはならない。後ろの新人にも示しがつかないというものだ。


 ヤマネコもマオールの変わりように驚いていた。多少の変化は見込めるだろうと思っていたが、これは予想外だ。無駄に可愛い。何も知らずに見てしまったら天使連中でも夢中になってしまいそうな破壊力だ。自分も例の人を連想しなければ心を奪われていたかもしれない。ヤマネコは上司の存在に初めて感謝した。幼児にときめくなどあってはならない事。それが敵対する魔界の、大魔王の子息なら尚更だ。


「んー、わかんない」


 背景に花が飛びそうな笑顔で答えたマオールを、二人は直視していなかった。見たら何かが終わってしまいそうな気がしたからだ。その日の出来事は何となく有耶無耶になった。最初からこうだったんだと思うしかない。そうすれば誘惑スマイルも大して気にならなくなるはずだ。






 後日、マオールの頭に乗る例のマスコットを目撃したビッグマーとセガユが挙動不審になっていたのは言うまでも無い。実際は違う意味で驚いていたのだが、マオールに感情が芽生えた事に対する反応と勘違いされたため幸いにも気付かれなかった。しばらく経つと破壊力抜群の誘惑スマイルも皆気にならなくなった。


 まおーはリャシーマンとソーマが譲り受けたいと熱烈なアピールをしていたが、マオールから引き離してもいつのまにか部屋に戻ってきていた。まおーを嫌っていたサジットも繰り返し放り出しているうちに害が無いと判断。仕方無くマオールと同じ部屋で過ごす事を許可した。


 ビッグマーとは違い素直で真面目に勉強に取り組む姿をサジットは心から喜び、どこに出しても恥ずかしくないよう徹底的に教育を施した。


 ヤマネコはというと、以前と変わらずマオールを連れて様々な場所を散策する毎日だ。残念ながら大魔王城で重要な場所には簡単に入れなくなったため、そろそろ潮時かもしれないと彼は思った。


 一週間後、報告書を携えたヤマネコは身内の不幸があったと理由をつけて仕事を辞め天界へと戻った。当然城を出る前に厳しいチェックを受けたが、ファンシーな便箋にポエムとして偽装した報告書は見破られなかった。書き直すのが面倒なので天の声にはそのまま提出した。


 大魔王の抹殺は途中から面倒になったのと、すぐに息子のマオールが王位を継承するだろうと判断し見送った。王位継承といえば辞める直前、彼は城内で八人の魔王の一人である魔人王が新しくなったという噂を耳にした。どうやら魔人王の息子が相当優秀だったらしく、史上最年少での王位継承だという話だ。どうせならそちらの方を監視してみたかった。子守よりは面白い物が見れただろうに。


 魔界はまた大きく変わるかもしれない。次に潜入任務があったなら今度は妹のウミネコに任せようと彼は思った。ヤマネコは夜の闇と霧に包まれた魔界を後にした。



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