第16話
「警備が厳重だな。」
ルサとルナを受け取りパーティーをした後、俺はエイボン伯爵家への侵入を試みていた。
エイボン伯爵家の屋敷は、ガチガチに警備が固められていた。
魔法系やワイヤートラップなどの罠が張り巡らされ、警備兵もそれなりの数がいて質もなかなかである。
伯爵の中でもかなり裕福なエイボン伯爵家だからこそ出来ることで、普通の伯爵がこれをやろうとすると家の財政が傾く。
まぁ前述した罠は全て回避、解除が難しくないし、警備兵も《隠密》を使えば発見されることは無い。
なので、安全に『象牙の書』を頂けるはずなのだが…。
「何で《勘》が警鐘を鳴らしてるんだろうな…。」
《勘》というスキルは『何となく』という勘で物事を成功させる確率をあげたり、自分に迫る危機を察知したり出来るのだが、それがどのくらいかが分からない便利なようで便利じゃない微妙なスキルなのである。
しかも危機を察知するなら《危機察知》という上位互換のスキルがあるのだが、あまりに自分の実力が高かったり危険な所に行くことが出来ない立場だったりと、取得条件を満たすことが出来なかったのである。
それでも低Lv.のときはかなり役に立つので、それなりに重宝している。
という具合に、自分に危機が迫っていることは理解出来るのだが、Lv.425に迫る危機とはどんな天変地異なのだろう。
ワクワクしている俺には危機感が足りないのだろうか。
と、悩んでいても仕方がないのでいつもの仮面に黒装束に黒マントで、侵入することにした。
侵入方法は至って簡単。
スキルをフル活用した上で堂々と正面から入る、以上である。
え、見つからないのかって?
スキルLv.オール10を嘗めてはいけない、Lv.10の《隠密》なら相手の目の前に立っても気付かれないし、スキル外の技術としてピッキングは出来る。
あとは『象牙の書』の在りかを探せばいいだけである。
これの何処に危険があるというのだろう。
そう不思議がりながら捜索していると、あっさりと発見した。
曲がり角で『象牙の書』とそれを手に持った、上位魔族を、だ。
「…。」
「…。」
思いもよらなかった邂逅に二人とも沈黙する。
最初に口を開いたのは青の髪に浅黒い肌の上位魔族の方だった。
「貴様は誰だ。こんな所でなにをやっている。」
「お前が言うな魔族。出会えた記念に殺してやろうか。」
魔王の配下であると同時に人間の敵であることで知られている上位魔族は、ほとんどがLv.80を優に越えるし、たまにLv.140とそこらの魔王より強い上位魔族もいる、が俺の障害物にはなり得ない。
「というより『象牙の書』を返せ、それは俺の物だ。」
正確には今から俺の物になる、だな。
「貴様に渡すつもりなど無い、誰だか知らぬが死んでもらおう。」
青のスーツを着たダンディなおじさん魔族は、俺に向かって手を横に振り、氷の槍を10本程飛ばしてきた。
魔族の得意技、魔法の無詠唱発動である。
魔女や魔王、頑張れば人間だって取得出来るが初めから無詠唱で魔法を発動出来るのは魔族だけである。
その氷の槍を紙一重で回避し、魔族に高速で近寄り顔面に拳を叩き込む。
ゴッキィという人の身体から出てはいけない音がした。
まぁ、魔族なんだけれども。
上位魔族もLv.72と上位魔族の癖にかなり弱い、Lv.差6倍ではステータス差が酷いので避けれなくても仕方ないだろう。
クルクルと回りながら吹き飛んで壁に叩き付けられる。
「くっ…、なんという…。ただの人間の癖に…!」
鼻血をダラダラ流しながらも、『象牙の書』を開いている。
魔族でも血は赤いらしい。安心だ。
たまに魔族に血液が青色の奴がいるのだが、青色の血液を持つ魔族は血液に何らかの細工をしているので中々に厄介なのだ。
「ちっ、何を召喚するつもりだ!」
上位魔族は自分の血液を捧げて何かを召喚しようとしているらしい。
慌てて近寄ろうと走り出すと、上位魔族は札のような魔道具を取り出して発動させる。
透明な壁に止められる。
かなり強力な防御用魔道具らしい、数秒だけ止められた。
「ここで潰えるわけにはいかんのだ…!」
上位魔族にとっては数秒で十分だったらしく、既に召喚を済ませたらしく魔方陣から頭が見える。
おかしい、上位魔族といえど召喚速度が早すぎる。
宙に浮かんだ魔方陣から全身が出てくる。
巨大な腹部と身体中に短い黒い体毛を生やし、ヒキガエルの頭を持った化け物が現れた。
《完全鑑定》を使用します
名前:魔王・ツァトゥグァ Lv.148
称号:『邪神』『旧支配者』『造られた魔王』
状態:召喚酔い
スキル:《▼▲◎▽◆▽△》
《▽◎▲▽▲▽》
《◎▽▲◆△◎△》
《▲◎▲◎△◆▽▲》
《▽◆△▽▲◆▲▽△》
《△▽▲》
《△▲△▲▽▲》
《◎▽△◆◎◆◎》
驚く事にスキルの文字が読めない。
こんなことは初めてだ。
しかし!
俺が地球にいたころ(15歳の夏)に、かき集めて覚えた神話系の知識が唸る!
名前と外見からして、クトゥルフ神話に出てくる旧支配者だったはずだ、そして、ツァトゥグァは確か他の旧支配者に分類される存在より危険度が少ない存在として、扱われていたはずだ。
それでも《勘》がガンガンと警鐘を鳴らしているので、油断は出来ない。
「△◎▽▲・▲▲◎▽◆▲▽▲▲◎!」
ツァトゥグァは理解不能な言語で、叫んだ。
それと同時に空間に染みが出来、黒いタールのような生物(?)が滲み出る。
屋敷が騒がしくなってきた。
どうやらツァトゥグァの叫び声に家主が起きたらしい。
窓の外からも警備兵らしき男の声が聞こえる。
「さて、殺りますか。」
まずはツァトゥグァの眷属らしき、タールからからだ。
《完全鑑定》を使用します
名前:無形の落とし子 Lv.43
称号:『ツァトゥグァの眷属』
状態:召喚酔い
スキル:《◆「▽」▲▽▲▲◆》
《▲▽◆▽◎▲◎》
《▽◎▽》
《◆▽◆◎▲◎》
《完全鑑定》が役に立たないのは、これで二度目だ。
しかも二回とも今日の夜、他人の屋敷の中だ。
これほど転移者の持つ《異世界言語翻訳》が欲しくなったことはない。
取り敢えず魔法をぶつけてみるとしよう。
俺は魔法の詠唱を始める。
《並列思考》を使って無詠唱でも魔法を展開し、更にそれらの魔法を重ねる。
「魔法5重強化・炎の槍」
魔法によって作られた1.5m程の20本以上の白炎の槍が狭い通路を飛んでいき、無形の落とし子に殺到する。
炎の槍が突き刺さる。
タールのような身体は一瞬で乾き、灰になった。
その余波がツァトゥグァにも及ぶが、流石魔王だけあってほぼ無傷である。
次はツァトゥグァだ。
とまた魔法を展開していると、
「誰だ!」
どうやら警備兵が駆けつけたらしい。
侵入したときはまともに見ていなかったが、良質なチェインメイルを着ている。
早いところ片付けることにしよう。
《無限の箱》から量産型聖剣を取り出す。
「魔法5重強化・《無魔法》系統加速魔術 物体加速」
聖剣が音速を超えてツァトゥグァに飛来する。
音速の域に達した聖剣がツァトゥグァに当たると、下半身が消し飛んだ。
『魔王・ツァトゥグァ』を討伐しました
システムメッセージと共に多量の経験値が流れ込んでくる。
残念ながらLv.UPには至らなかったようだ。
《聖魔法》や聖剣は魔族や魔王の天敵だ、だから量産した質の悪い聖剣でも使い潰すつもりで使えば一撃で魔王も殺せる。
まぁ、聖剣を量産する技術自体俺しか持ってないから、俺しか使えない戦法だけどな。
称号『勇者』を取得しました
一言言わせて貰おう。
要らない。
『勇者』と言えば厄介事に巻き込まれる人間が持つような称号だろうが!
そもそも今さっき魔王倒したしな!
なんだ?『造られた魔王』ってのがあったからか?
と、『象牙の書』を拾いながら心の中で文句を言っていると、警備兵も我にかえったらしく困惑の混じった声で
「貴様は誰だ?」
と槍を向けてきた。
俺はクルリと振り返り
「通りすがりの勇者だよ。」
言ってやった。
せっかく勇者に成ったんだ、有効活用してやる。
マントを大きく振ると同時に、《無魔法》系統転移魔術 長距離転移でその場から掻き消える。
その後、エイボン伯爵の手によりツァトゥグァの遺体が調べられ魔に属する者と言う事が判明。
その夜に現れた謎の人物はそれを討伐しに来た勇者として、王国に新たな勇者の断片的な情報が伝わった。
王家はその勇者を手元に置くために、秘密裏に捜索隊を王国全土に放たれた。
王家の情報規制をするも既に手遅れになっており、王国二人目の勇者は貴族の話の種になっていた。
無詠唱はスキルではなく個人の技術です。
スキルと個人の技術の違い
スキルは取得するだけで無意識にでも使用できますが、無詠唱等の個人技術はちゃんと意識して使わなければいけません。(無意識にでも動ける位に鍛練していれば話は別です)
スキルと技術を合わせてするもスキルLv.以上の効果を出すことも可能です。
それと今回称号『勇者』を手にいれることが出来たのは、ツァトゥグァの『造られた魔王』という称号があったからです。
神話を元に造られた人造の魔王とはいえ、魔王は魔王、その実力に見あった称号として『勇者』を取得するに至りました。
普通なら召喚された勇者は魔王を討伐すると、元の世界に帰るかここの世界に残るかの選択を迫られますが、ウルは召喚されていないので倒した所で『勇者』が『覚醒勇者』に変わる程度です。
称号『勇者』についての解説
『勇者』という称号は勇者召喚の儀式で召喚された勇者が持つ称号です。
称号の効果はLv.UP時の上昇量補正と、視界に入った魔に属する者である魔族や魔王を鑑定できる、というものです。
『覚醒勇者』になった場合は、更なる上昇量補正と一度だけ元の世界に帰る権利が手にはいる。