第12話
目が覚めた。
視界の端に設置したデジタル時計は5時32分を指している。
早く起きてしまうのは、ハイエルフの頃からの癖だ。
早起きは三文の徳 という言葉もあるから悪いことではない。
オークションは夜なので街を探索しようと思い、ベッドから降りる。
まずは、《世界の瞳》で街を上空から観察する。
Google mapの更に細かく見えるのを使っている、と言えば分かりやすいだろう。
門の所ではアレックスが体操をしている。
門番の朝は早いらしい。
魔法学院を覗くと、学生が中庭で読書をしたり遊んでいるのが見える。
学生のスキルを見ると、魔法学院らしく魔法を使える学生が多いようだ。
片っ端から覗いていると、目新しいスキルを持った学生を見つけた。
名前:アルクシュッド・エルヴェナン 14歳 女 Lv.18
称号:『転生者』『元ヤマト王国貴族エルヴェナン家長女』『創作者』
状態:空腹 栄養失調
スキル:《魔法改造》
《近代魔法》Lv.5
《無魔法》Lv.3
《空間魔法》Lv.4
《社交》Lv.2
《舞踏》Lv.2
転生者であった。
ユニークスキルらしき《魔法改造》はともかく、《近代魔法》とは何だろう?
ユニークスキルではないようだが、通常のスキルならこれ迄で一度も見たことがないのはおかしい。
《魔法改造》というユニークスキルで創ったものだろうか。
というか状態が空腹 栄養失調って、貧民じゃないのにどういうことだ。
心配になってきた。
気になったので、《感覚共有》を使って観察してみることにした。
あれ?
今の俺ってストーカーになってないか?
・本人に気付かれる心配が皆無
・《世界の瞳》で相手のすること全てを観察出来る
・《感覚共有》は相手の五感全てを共有できるので相手が感じたこと全てを共有出来る
・ステータスウィンドウを使って写真 動画撮影可能
・アルクシュッド・エルヴェナンは金髪碧眼の美少女で 起伏は少ない
…。
やばい!
いつまにか、世界最高峰のストーカーになってしまった!?
そして、
ウル・ヴァニック・デルクール 精神年齢10000歳以上 実年齢15歳
アルクシュッド・エルヴェナン 14歳
この年の差である。
頭を振って今までの考えた事を忘れつつ、観察に戻った。
例え捕まえられる人間が居なくとも、罪悪感はあるのである。
夕方になった。
アルクシュッド・エルヴェナンの状況を纏めると
・ヤマト王国の没落貴族エルヴェナン家長女
・両親は既に他界していて親戚もいないので、僅かな遺産で魔法学院に通っている。
・友達はいない
・何度か留年していて、魔法が全然使えないので退学まで秒読み
・というか明日には魔法学院を出ていかなければならない
・帰る家も領地も無し
といった感じに、可哀想な少女であった。
ここで助けないという選択肢は無いだろう、話し相手も欲しかったし面白そうなスキルも持っている。
裏通りで絶望しているところでも拾い上げれば付いてくるだろう。
気分はさながら誘拐犯だ。
犯罪じみたことは明日やるとして、今はオークションだ。
何かを落札するのは奴隷オークションの方になるだろうが、見るだけでも損にはならない。
早速仮面を被って、タルキス商会へ向かう。
◇◇◇◇◇◇
タルキス商会に着くと、前と変わらない細身の男が待っていた。
その男の案内に従って、昨日行った部屋にあった隠し扉を抜けてオークション会場へ移動した。
オークション会場は以外と狭く、大きめの映画館といったところだ。
客は貴族が中心で軍や騎士団の幹部がいたり、雰囲気が高位冒険者のそれな人もいた。
幾つもの商品が壇上に出たが、どれもこれもちょっと法に触れるものや、何処かからの盗品などと特に興味を引くようなものは無かった。
鋳造魔剣は軍と騎士団の幹部で競り合った末に、騎士団の幹部が落札した。
俺が本気で鍛えた魔剣は高位冒険者同士の競り合いになり、なんと金貨820枚で落札された。
他の品もかなりの高値で売れていき、今日だけで金貨1000枚は稼いだ。
金はあるところにはあるのである。
といった感じに儲けるだけ儲けて、奴隷オークションを楽しみにすることにした。
そのまま、タルキス商会を通って朝焼け亭に帰り、夕食を食べて寝た。
◇◇◇◇◇◇
次の日になった。
今日はオークションで稼いだ金貨の受け取りと、少女の誘ka…ではなく保護だ。
朝早くからタルキス商会へ行くと、リールニルは目の下に隈を作っていた。
きっとあのオークションの精算作業を手伝ったのだろう。
こいつは暗部の中でも下の方にいそうだしな。
そんなリールニルから受け取った金貨は1052枚となった。
一気に億万長者である。
そのまま、タルキス商会を出て裏通りを抜けて、大通りの散策にでた。
そのついでに朝焼け亭によって、今日は遅くなるので夕食は要らないと言っておいた。
少女は、まだ大通りをふらついている。
観察を続ける。
そして辺りが暗くなり始めた。
少女は、裏通りに座り込んでいる。
そしてその近くには裏通りの人間が、少女を標的にしてゆっくりと近付いている。
俺は急いで少女の元に向かうことにした。
心に傷でも負わされると、後が面倒だ。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ…。」
少女はため息をつく。
美しい金髪がサラリと揺れる。
少女はそれさえも絵になるような美少女であった。
「まさか宿をとれるような金も無いとは…。」
可愛らしい口から独り言が漏れる。
無一文にも等しい少女は、トランクをイス代わりにして座っている。
取り敢えず裏通りの入り口にきたはいいが、このままでは娼館に行って娼婦になるしか生きる方法が無い。
それは嫌だ。
少女はまたため息をつく。
ザッザッと足音が聞こえる。
ふと顔を上げると。
裏通りの奥から人が出てくるのが見える。
「…っ!?」
奥から出てきたのは、お世辞にも綺麗とは言い難い服装の浮浪者であった。
髪もボサボサで爪は延び放題、臭ってくる体臭に思わず顔をしかめる。
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら、こちらに近付いてくる。
歯の欠けた口をパクパクいわせながら話し掛けてくる。
「よぉお嬢ちゃん。こんなところで何やってるんだい。」
言葉だけを読んだのなら少女を気にかけているように感じられるだろう。
しかし少女を汚そうとしていることは、雰囲気で理解できる。
少女は一歩後ずさる。
好きでも無い相手に純潔を捧げる気なんて毛頭ない。
少女は警戒を露にするが、お腹がすいて力がでない。
それどころか、軽く視界も霞んできた。
指先が震える。
前世の名残から泥水を啜っても生きることが出来なかった少女は、きれい好きな自分の性格を恨む。
(何で私はあの時覚悟をきめれなかったんだ…!?)
強くなり冒険者になろうと、魔法学院に無理をして入った。
食べ物を買うようなお金もなかった。
いざ働こうとすると貴族のプライドが邪魔をする。
必死に勉強し、ようやく得た新しい魔法も認められず、呆然としたあの日
今さらなにを考えようが、もう遅い。
浮浪者に襲われる寸前になり、何もかもを諦めた瞬間
「そこまでだ浮浪者。その子に触るんじゃない。」
黒髪の救世主が現れた。
救世主は浮浪者を蹴飛ばし、裏通りの奥に放りこむ。
浮浪者はそのまま裏通りの奥に逃げ込んだ。
救世主は崩れ落ちた少女に近付き。
膝を立てて少女の肩を掴む。
救世主は私の目を真っ直ぐ見つめる。
「大丈夫か?」
私に優しい言葉をかけてくれた。
いつぶりだろう、人の優しさに触れたのは。
思わず涙がこぼれる。
「俺の名前はウル・ヴァニック・デルクールだ。もう一度聞く、大丈夫か?」
彼の名前が頭を反響する。
ゆっくりと首肯すると、救世主は笑みを浮かべ自分を抱き上げた。
お姫様抱っこというやつである。
彼の腕が、とても頼もしく感じられた。
(今日は初めての事ばかりだ…。)
胸が高鳴った気がする。
そう考えた直後に少女は意識を手放した。