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D-Fragments  作者: 明け烏&タスク
3/3

#3 観測者

はいどうも、奇数回担当のタスクでございます。

あまり話しの動いた感はありませんが、楽しんでいただけましたら幸いです。

「ふむ……いいね。これは、いい」

 雑然とした空間。

 紙資料の束が乱暴に重なり、そこかしこには数式と怪しげな記号のない交ぜになったメモが張り付けられている。

 精密機材の隣に人間の皮を装丁に使った本が置かれ、巨大なガラス筒の中には人とトカゲの腕を足して二で割ったようなものが液体の中に浮かんでいる。

 科学とオカルトの混在した、いわば現代の錬金術研究室。

 そんな混沌とした空間の中。モニターの前で爪を噛む白衣の男がいる。

 声色は力無く気だるげだが、伸ばし放題の髪からモニターを覗く目には鈍くぎらついている。

「博士」

「ああ……(あざみ)くん。報告は……見せてもらったよ」

 博士と呼ばれた白衣の男、四文字(しもんじ)(あきら)は回転椅子ごと振り返る。

 四文字へ呼びかけた助手、舘石(たていし)薊。

 長く艶やかな黒髪。

 鼻は筋が通って高く、眼鏡奥の目には怜悧な輝きが宿る。

 レディスーツにタイトスカートを乱れなく着こなした女助手は、雑然とした研究室を横切る。

「いかがでしたか?」

「いいね。非常に興味深い……実に、素晴らしい現象だよ」

 傍らに並ぶ薊に答え、四文字は噛む爪を左手に変えながら右手で資料の束をひらつかせる。

「……断片パーツが共鳴による集合ではなく、宿主を己で選び、融合する……これまで確認されていない事例だよ……」

 そう言うと四文字は、資料をデスクの脇に重なった資料の山に積み足して、モニターを右手で操作しながら必要なウィンドウを広げて配置する。

 拡大、手前に寄せられたウィンドウに表示されているのは厳めしい顔の青年、左近清也の顔写真。そしてグラフ表示されたパラメータであった。

「適合率は過去最大の事例でこそないが、非情に高い水準だ。断片自身に所持者キーパーとして選ばれただけの事はある。さすがだよ……」

 四文字の爪を噛む勢いが増すと共に、語る声色にも熱が帯びる。

「まるで……切り刻まれた断片それぞれが意思を持って動いていると考えているように聞こえますわね?」

 貴重なサンプルへ鈍く輝く目を向ける四文字。その寄れた白衣をはおる肩に身を寄せて、薊が耳元で囁く。

「どこかおかしいかね?」

 すると四文字は秘めた熱の漏れる目を薊へ向け、口の端を歪める。

「我々が扱っているモノの事を思ってもみたまえ。「悪魔」の断片だよ? ただの人間の遺体に防腐処理を施したミイラなどではない……!」

 言いながら四文字は熱に浮かされたようによろめきながら立ち上がって薊の肩を掴む。

「人間の科学の向こう岸に存在する超自然存在……それらを人間の常識で考える事の方が、よほどナンセンスではないかね?」

「そうですわね。博士の仰るとおりですわ」

 助手の眼鏡奥を覗きこむように寄りかかる四文字。それに薊は眉一つ動かさずに狂気の研究者の言葉を肯定する。

「左腕の適合者は少なく、先の所持者でかろうじてといったトコロだったが、コレが彼の父であったと言うのだから……コレを含めて考えれば、断片自身がいくらかの意思を持つと見るべきだよ」

 早口に。饒舌に。四文字は新たな仮説を熱弁する。

 その勢いのまま薊から身を離すと、モニターへ振り返り、かき混ぜるようにウインドウを次々に引き出し始める。

「と、言う事は……意思の強弱に差こそあれ、すべての所持者は断片自身が選んでいると言う事か……!? 素晴らしい……彼はなんて有意義なサンプルなんだ……!」

「しかし彼のような存在は、いささか不確定要素が強すぎるかと思いますが? 実験の進行にどのような影響が出るか……」

 清也を手放しで絶賛する四文字へ、薊が冷静な見解を挟む。

 上司に対して、脳天から冷や水を浴びせかけるにも等しい行為。

 だが四文字は激昂するどころか、爪を噛みつつ静かに頷く。

「……ふん。確かに、キミの懸念はもっともだ……」

 先ほどまで帯びていた熱がうそのように、気だるげな調子で四文字はつぶやく。

「……だが、私が知りたいのはその多大な影響がもたらす結果と原因だ」

 あくまで冷静に、しかし伸び放題の髪からのぞく目のぎらつきは微塵も緩めずに薊を見やる。

「実験の過程には確かにいくつもの不確定要素が絡んでくるだろう……だが、私はそれを歓迎する。悪魔の意思がなぜ彼らを選ぶのかを、選ばれし者の生み出す力を、私はそれを知りたい……それが解明されて得られるものは、上にとっても望むところだろう?」

 口の端を歪め、実験に対するスタンスを述べる四文字。それに薊も満足げに頬を緩める。

「さすがは博士。私程度の抱く懸念などすでに見込んだ上での事でしたか」

「世辞はいらんよ薊くん。私がこう答えることなど、お見通しだったろうに」

「ふふ……では、上とスポンサーにはそのように説明しておきます」

「頼むよ。ともあれ……彼、左近清也といったか? 現状は彼の観察を重視。密にして行くことにする」

 助手の含み笑いを流して方針を定めた四文字は、再びモニター正面に顔を戻す。そしてかき回したウインドウの中から一枚を拡大。最前面に持ってくる。

 それは十二の光点の灯った祇敷市の地図。

 ワイヤーフレームで構築されたホログラムマップを眺めて、四文字は口の端を歪める。

「ふむ。どうやら一組、戦闘の行われているところがあるようだよ」

「あら、そのようですわね。戦っているのは……」

 そう言って二人は、揃ってマップ上で激突する二つの光点へ視線を注ぐ。


 ※※※※※


「はあっ……はあっ……」

 息せき切って夜闇をあえぎ掻く影。

 枯れ木のように細い手足を振り回して、異形の影は走る。

 何度も背後の闇へ単眼の視線を送り、少しでも前へ進もうとなりふり構わず四肢を振り回す。

 やがて転がるように物陰に入ると、みすぼらしい異形は暗がりにへたり込む。

「ハァー……ッ! ハァー……ッ!」

 肩を大きく上下させ、上がった息を整える一つ目の怪人。

 その間にも単眼は忙しなく動き、夜闇の中を探る。

「な、何なんだよ、何なんだよあの、あのジジイ……」

 血走った目を周囲に走らせながらぼやく一つ目。

 悪魔断片パーツ所持者の一人、菅頭亮平(かんとうりょうへい)は、先ほど遭遇した敵との戦いを思い出し、樹木を思わせる身を振るわせる。

 総白髪の痩せこけた老人。悪魔の力なしでも軽々とひねりつぶせる相手。与えられた絶大な力の哀れな犠牲者の一人として処理されるだけの相手。

 それだけの存在だった。

 それだけで終わる存在、のはずだった。

「あっさり狩って終わりだったはずなのに……最悪能力で混乱させりゃあ片付くはずだったのに……」

 ……アクマユルスマジ……

 戦いを始める前に耳から滑り込んだ声。

 しわがれた禍々しい声のリフレイン。それに亮平は枯れ枝を思わせる指で震える体を抱く。

「畜生……当たったはずなのに、苦労して当てたはずなのに……まるで動きを鈍らせないで襲ってきて……」

 恐ろしい敵を避け、勝てる相手と踏んで選んだ敵。

 しかし倒せるはずの相手が見せた鬼気に、亮平は暗がりで異形の体を震わせる。

「もっと弱い敵を……次こそ勝てる敵を狙わないと……なりたてのか、戦いなれないのを……ッ!」

 怯えて振るえる顎を亮平はカチカチと噛み鳴らす。

「……悪魔、許すまじ……!」

「ヒィイッ!?」

 闇を通って投げかけられる低く、おどろおどろしい声。

 それに尻を蹴られたかのように、亮平は暗がりから飛びだし這うように逃げ走る。

 その行く手には、小学生ほどの少年と猫。並び歩く一人と一匹の姿があった。

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