#2 悪魔の断片
長らくお待たせ致しました。
第2話をお届けします。なんか、2話というポジショニングのせいか、ほとんど説明会になってしまいました。
「くそっ! よくもやってくれたな、あの若僧め!!」
深夜、都市部からやや離れたマンションの一室で血塗れになった腹部を押さえながら、痩身の中年蘆原 隆司は苛立たしげに叫ぶ。
バトル開始早々断片の所持者を葬り去り、順調な滑り出しとなるはずが思わぬ邪魔が入ってしまった。
この力を手にしてからは、自分の人生は劇的に変化した。最初に、営業成績が一向に伸びないという理由だけで人を人とも思わない扱いをしてきた上司を、この力で文字通り這いつくばせ、散々なぶってやった後に頭を踏み潰してやった時などはあまりの爽快感にしばらく笑いが止まらなかったほどだ。
この神にも等しい強力な力を手放す気などさらさらない……その為にもこんな所でつまずくはさらさらなかった。
「えぇい、思い出すのも忌々しい。クソッ……クソッ!!」
蘆原はその怒りの矛先を、椅子がわりに使っていた元同僚の顔に何発も蹴りを叩き込んでゆく。
身体を固定すると椅子のような形になる特殊な拘束衣を着せられたその女が恐怖に怯えた目でこちらを見返すのを確認してやや溜飲を下げると、白髪混じりの髪をかき上げる。
「あのクソガキが!! 大人に楯突いた報いを徹底的にその身に教え込んでから殺してやる!!」
※※※※※
「……ここは」
目を覚ますと目に映るのは白い天井……どうやらベッドの上に寝ているようだ。軽く頭を振り、辺りを見回す。自分の寝ているベッドに冷蔵庫、タンス以外には何もない簡素な部屋……はて、どうして自分はこんな所にいるのだろう?
そうやって混濁していた意識をゆっくりと覚醒してゆくと、目の前に見知らぬ少女の顔が飛び込んで来る。
「目が覚めた?」
黒髪のショートカットに焦げ茶色の瞳。胸元にティアラとハートのマークのついた白いTシャツと紺色のホットパンツ。その上から黒のベストを着たその姿は、少女の快活そうなイメージと相まってずいぶんとスポーティーに見える。
「ここは? つーか、あんた誰だよ?」
「あたしは牧村さやか。昨日、あんたの身に起きた事を知る人間」
「俺の身に……起きた、こと……?」
そうだ、突然、紫色の化け物が現れたと思ったら親父を!? と、いうことは、あれは夢じゃなかったのだろうか……いや、しかしそんな馬鹿げたことが現実に……
「いいえ、あれは紛れもない現実よ!」
目の前の少女は、こちらの心を見透かしたように腕を組んだままそう答えると、清也に目を向けたまま続けて答える。
「あいつらは悪魔の力をその身に宿してる」
「悪魔の力って……んなバカな!?」
「あんたも見たでしょ、あの紫色の怪物の力。科学じゃ解明出来ないあの圧倒的な力……あの力こそが悪魔の力よ!」
黙りこむ清也をよそに少女は語り始める。
「ある製薬会社を隠れ蓑にした企業で一人の科学者が、とある目的の為に長年様々な実験を繰り返していたの」
「目的?」
「武器の携帯を必要とせず、弾丸や爆弾にもものともしない不死身の軍隊」
「その研究は科学だけでなくオカルト的なものや錬金術の類いにまで及んでいって……その中で、偶然にも彼らは悪魔を召喚してしまった」
「…………」
「彼らは、思わず死を覚悟した……悪魔とはそれほど圧倒的な力を持っていたの。でも、どんな理由かはわからないけれど、その悪魔はそれから程なくして死んでしまった。彼らは驚きと安堵の中で、期せずして最高の研究材料が手に入ったことに気づいてしまうの」
「話を戻すわね。んで、その科学者は捕獲した悪魔の亡骸をいくつもの断片に切り刻んで人間の体内に移植した」
「なんの為にだ?」
「人間が悪魔の力に適応出来るかどうかの実験なんですって。そして、その実験の被験者には様々な人間が使われた。最初は怪我人や重度の障害を持った人を組織が管理してる病院で治療の名目で移植してたみたいだけど……途中からは実験の関係者の身内から希望する人や、誰かに怨みを持っていて、激しく復讐を望むために実験に参加した人もいたみたい」
「ってことは、親父も関係者だった……ってことなのか?」
「さぁ、さすがにそこまでは分からないわ。で、その実験で強力な力が宿った悪魔の亡骸……あいつらは断片って呼んでるけど、それに適合出来る人間が現れた」
「奴らはそれぞれの適合者に移植した断片の力とその能力を図る実験として、断片を移植された十三人の人間同士を争わせることにした。参加者に莫大な報酬を用意してね」
「報酬? 金か?」
「いいえ、願いよ」
「願い?」
「そう。バラバラになった悪魔の断片が闘いによって様々なエネルギーを吸収しながら再び合わさってゆくことによって産み出される膨大な魔力! この人智を超越した力によって断片の所持者にはどんな願いも叶えることが出来る……って話よ」
「そ……んな事の為に、親父は……俺の身体は……」
途方もない話を連続で聞かされたためか、いまいち感情が追いついて来なかったが、悪魔の移植などという非道な実験と自分の置かれた理不尽な状況に次第に怒りが込み上げて来る。
清也の血が滲む程に握りこんだ拳に手を起きながら、さやかは勝ち気な表情のまま彼に言った。
「手を組まない?」
「……どういうことだ」
「言葉の通りよ。あたしの能力って戦闘向きじゃないから、正面切って闘えるような人と組んで参加したいの」
「どうせ手を組むんなら、俺みたいな化け物になりたての素人じゃなくて、あの紫の化け物みたいに力のあるヤツと組んだ方がいいんじゃねぇのか?」
「ハッ、冗談じゃない。あんな気に入らない人間は誰彼構わず殺して回るような奴なんて、危なっかしくて仲間になんて出来る訳ないじゃない!」
「だが、あんたもそんな連中と一緒にこんなイカれた実験の被験者になってこのおかしな殺し合いに参加しようってんだろ?」
初対面ではあるが、このさやかという少女の快活でさっぱりとした物言いは好感が持てる。しかし、先程までの悪魔にまつわる話と、そんな闘いに巻き込まれたというとりとめのない怒りに、清也は思わず挑発的に言い返す。
「あたしは事故で心臓を激しく損傷しちゃってね。それで移植された心臓が悪魔の物だったって訳。まぁ、参加したのが私利私欲の為ってのは否定しないけどね」
「……そ、そういうことなら、手を貸してもいいぜ。別に誰彼構わず敵にしたい訳じゃねぇからな!」
少々バツの悪そうにしながら、清也はそう答えた。
「OK、よろしくね清也!」
「いきなり呼び捨てかよ。まぁ、別にいいけどよ……ところで、牧村よぉ」
「さやかでいいわよ」
「んじゃあ……さやか」
と清也はジト目でさやかを見る。
「なに?」
それにさやかは笑顔で答える。
「いい加減、これ……外してくんねぇか?」
清也は自分の手に繋がれている手錠と身体中を縛る太い鎖を眺めながらうんざりした顔でそう言った。
「悪く思わないでね。初めての闘いにであれだけ断片の力を振るった人間を野放しに寝かせておくなんて危なっかしい真似出来なくてさ」
あはは、と笑ってごまかしながらさやかは清也の身体中を縛る鎖を外してゆく。
そんな二人のやり取りをよそに、窓の外にあるベランダの手すりには彼らの様子を監視するかのように、一匹の黒猫がゆったりと佇んでいた。