#1 “faust” night
どうも、本リレー作品において先手を務めさせていただきます。タスクです。
腕拙く無才の身ではありますが、相方の足を引っ張らず、読んだ方に楽しんでいただける作品を提供できますよう微力を尽くします。
弾け飛ぶ飛沫。
街灯の明かりの中を通り過ぎた赤黒いそれは、濁った水音を立ててアスファルトを汚す。
それと共に、鈍い音を立てて弾んだボールが暗がりを転がる。
いや、転がるそれは本当にボールなのか。
球と呼ぶにはその形状はいびつで、どちらかといえば凹凸のある筒と呼ぶべき形状である。
転がるそれは、やがて赤黒い飛沫を浴びて汚れた足にぶつかり止まる。
スニーカーの爪先にぶつかったそれに、足の主はまるで時が止まってしまったかのように動かない。
ただじっと足元に転がるものを見つめて立ちつくしている。
「おい……どう、いうことだ……?」
やがてその口から低くかすれた声が零れ出る。
同時に雲に隠れていた月が白い顔を覗かせ、その光が転がったものを闇の中に浮かび上がらせる。
それは、血だまりに横倒しになった男の頭であった。
「おや、じ……?」
月光の下、引きつった形相を露わにした中年男の首。
それを父と呼んだ声の主は、膝が血に濡れるのも構わずその場に膝を突く。
大柄な体をわなわなと震わせる青年。
血まみれの服を纏ったその姿を、一対のぎらついた光が見据えていた。
「ええっと……な、名前を聞いても、いい……かな?」
夕暮れ時の派出所。狭いが整然とした空間に、か細い声がおずおずと広がる。
聞き手の耳に届く前に散りきってしまいそうな声を出したのは若い婦警だ。
小柄な体躯と眼鏡奥のつぶらな瞳は小動物を連想させる。
着ている服も青い制服よりは、明色のエプロンか学生服の方が似合いそうですらある。
「イヤなら言わなくても……ってワケにはいかないんだよ、ね……」
そんな着ている制服を間違っているような婦警の対面には、まるで対照的な人物が一人。
「左近清也……私立晋山高校一年C組」
低く厳めしい声。
そんな声で短く名乗ったのは威圧的な風貌の男だった。
流れるに任せた固い黒髪。
太めの眉の下にある鋭い目は剥き身の刀を思わせる。
唇は真一文字に引き結ばれて、余計なものが出る事を認めていない。
逞しく上背のある体躯を包むブレザータイプの学生服からして、学生である事は間違いない。
だがダークスーツを着て一睨みすれば、その道の連中ですら怯みかねないだろう。目の前のおまわりちゃんであれば、息も出来ずに涙目でガタガタ震える事になるのは間違いない。
事実、婦人警官は清也の制服を汚す血と険しい顔にと目をやっては、その幼い顔を強張らせている。
「で、次は?」
「ひっ……」
凄みのある低音で次の質問を促す清也。すると若いおまわりちゃんはまるで猛獣の唸り声でも耳にしたかのように身を引く。
「うぅ……せんぱぁあい、助けてくださいよぉお……」
そして派出所の奥にへろへろと情けない声を放る。
「そいつにわざわざ質問することもない。どうせいつもどおり、チンピラ同士のケンカで一方的に痛めつけただけ。それ以上でも以下でもない」
呆れたような鼻息に続いて現れる男の警官。
制服を着崩した男の一方的な言葉。だがそれに清也は眉ひとつ動かすことなく、結んだ口を開くこともない。
「そいつは中坊の頃からそうだ。チンピラどもの鼻と歯を数え切れないくらいへし折ってる。これまでにこいた屁の数と同じくらいにな。イカレた野犬と同じだ」
奥から現れた先輩警官が、下品な例えを口にして鼻を鳴らす。
その軽蔑の目を清也はむっつりとした表情のまま黙って受け止める。
「いやいやいや、どうもすみません! 左近清也の父です。息子がまたお世話になったようで」
そこへどこまでも腰の低い男が、おじぎを繰り返しながら派出所に転がり込んでくる。
清也の父と男は名乗る。
だがその体躯は息子とは似ても似つかない。
一八〇ある清也に対し、サラリーマン然とした男はさほど上背はない。またあらゆる肉に乏しい。
愛想の良い笑みを浮かべるその顔も穏やかなもので、和やかな人柄は疑うべくもない。
見た目からでは血のつながりの感じられない両者であるが、このサラリーマンは間違いなく清也の父、左近興輔だ。
「やあ左近さんお久しぶりです。三日前に同じ用件でお会いしたきりでしたね」
「いやあ度々お世話になってしまいまして、誠に申し訳ございません」
「ええ、ええ。息子さんにも良くお話ししてくださっているようで。今回は七十六時間も静かにしていてくれましたよ」
「いやあ……申し訳ない」
着崩し警官の皮肉にも、愛想良い笑みを崩さずに頭を下げ続ける興輔。
その腰の低さに、さっきまで清也と応答していた婦警はあからさまなまでに安堵の息を吐いている。
しかし事なかれ主義を体現したかのような父の姿にも、清也の太い眉は微動だにせずその内心を表そうとしない。
「……ま、いいでしょう。お帰りください。病院のベッド五つをロクデナシのガキで埋めた息子さんを連れてね」
「や、本当に……今回も申し訳ありませんでした」
警官がもう一度重ねた皮肉に、興輔は深く頭を下げて、息子の肩に手を置く。
その父の手を受けて、清也は丸椅子から腰を上げる。
立ち上がる清也に、何を思ってか婦警が着崩し警官の背後へ滑り込むように逃げる。
「手間をかけさせた」
だが清也は低く言い放って浅く会釈。
対する着崩し警官は、鼻を鳴らして口の端を吊り上げる。
「フン……そう思うなら一週間くらいは面倒を起こさない期間を作って欲しいね」
吐き捨てながら追い払うようにしっしっと平手を振る。
すると清也は言われるまでもないと頭を上げ、大股で出ていく。
「ああ、清也……では、これで失礼します」
そんな息子に続き、興輔も一礼を残して小走りに後を追う。
夕暮れの街をのしのしと歩く清也。その隣に早足で追いかけてきた興輔が並ぶ。
「……悪いな、あんな奴にまた頭下げさせちまった……」
追いついてきた父を見やり、低い声で告げる清也。
「僕は構わないよこれくらい。頭を下げるのには慣れてるからね」
それに興輔は、高い位置にある息子の顔を見上げて笑みを見せる。
「それで? 今回は何に割りこんだんだ? またカツアゲでも見かけたのか?」
そして顎を上げた体勢のまま尋ねる。
父親の質問に清也は歩みを緩めぬまま一瞥を送る。
「別に……ただ気にいらねぇバカどもを見つけたからブン殴っただけだ」
詳しく状況を告げようとせず、前を向いて低い声で言う清也。
それに興輔は苦笑交じりにため息をつき、肩をすくめる。
「やれやれ……僕相手にまで照れ隠しすることもないだろうに」
「……フン」
父の言葉に、清也は鼻を鳴らして大股に進む足を速める。
それに続いて興輔もまた足を急がせて息子の隣に並ぶ。
「まあそれはともかく清也。拳を振り回すのはなるべく抑えた方がいい。お前の拳が安くなるぞ」
「……そうだな、考えておく」
短い清也の答え。そう言って歩む勢いを緩める息子に、興輔も歩調を合わせて苦笑を浮かべる。
「ああ、そうしてくれ……」
苦笑のまま、どこか重たげに息をこぼす興輔。
そんな父の様子を認めて、清也は僅かに眉をひそめる。
「おい。大丈夫かよ? 顔色が悪いぜ?」
「そう、かな? うん、少々貧血気味かもしれないね」
心配する清也の言葉に、興輔は目を泳がせたものの笑みは崩さずに頷く。
そんな父を、清也はひそめた眉を緩めずに見る。が、鼻を一つ鳴らすと前へと顔を向ける。
「……なら今日はレバーを多く使うとするか」
「ええぇ……僕レバーは苦手なんだけれどねぇ」
「いいから残さず食えよ。不惑超えて六年目のくせに好き嫌いなんぞしてんじゃねぇ」
軽口を交わし合いながら、父子は家路を進む。
その夜。造血効果を狙ったメニューでの食事を終えて眠りについた後。
清也は夜半にふと目を覚ます。
「……親父?」
豆球の細々とした明かりだけの安アパートの一室。
二人住まいにはいささか狭いその中で、清也はもぬけの空になった隣の布団を見咎める。
「便所か?」
姿が見えない布団の主の居所を推し測る清也。
そして軽く咳払いをすると、自身も布団を押しのけながら身を起こす。
清也は布団から抜け出すと、渇いた喉を潤す水を求めて台所へ向かう。
その途中でトイレの前を横切るが、明かりも点いておらず使用されている気配は無い。
当てが外れたことに首を傾げながらも、清也は足を進める。
そして玄関に目をやったところで、父の靴が無いことに気づく。
「こんな時間にドコ行った……?」
異様な時間の興輔の不在。
それに胸騒ぎを感じてか、眉をひそめる清也。
そして舌打ちを一つ。
奥に戻って上着を引っ掴み、袖を通しながら玄関を突き破らんばかりの勢いで飛び出す。
冷たい夜気の中に飛び出した清也は、父子で暮らす105号のドアをロック。
するとジャケットのポケットに鍵をねじ込んで、安アパート幌星荘の敷地を後にする。
左近父子が住む幌星荘は祇敷市中心区を含む万城区内に含まれる。だがこの近辺はやや北東部よりの閑静な居住区であり、分厚い雲の下では少ない街灯の明かりだけが頼りだった。
その頼りない光の下を、清也はとりあえず最寄りのコンビニを目指して歩く。
日の沈んだ後に立ち込める夜気は冷たい。
だがそれだけではない異様な寒気。
清也はそんな正体不明の冷たさの出所を探るようにして辺りに視線を巡らせる。
警戒しながら歩を進める清也の耳に、重い激突音が滑り込む。
清也はそんな尋常ではない気配を含んだ音の源へ目を向けると、素早く踵を返して駆け出す。
岩を砕くような鈍く重い物。
刃物を鉄にぶつけ滑らせた様な硬質な擦過音。
そして爆音にも似た轟音と震動。
駆けつけようと走るその間も、剣呑な気配を孕んだ音が風に乗って清也に触れる。
距離を詰める一踏みごとに破壊音はその激しさを増していく。
やがて清也の前方数メートル。夜闇を照らす街灯の一つが奥の闇から飛び出した何者かの衝突でひしゃげる。
「う……ッ!?」
光を失い、崩れ落ちる柱から逃れるように身を引く清也。
薄れる光の中、街灯の柱をへし折った物はその勢いを失わずに、民家と道とを仕切るコンクリ壁に激突。振り子の鉄球でもぶつけたように粉砕する。
暗がりの中、崩れた壁から何者かが身を起こす。
夜の闇に隠れてその詳細までは見てとれはしない。
だが、鋭利な突起を腕に備えた人の形をしていることは確かだ。
崩れた壁を掴み震える細身の影。
それがふと清也の方を振り返り、視線が重なったかと思いきや息を呑む。
直後、鋭利な突起を持つ影は弾かれたように崩れた壁から飛び出す。
だが飛び出した剣の様な人影は、突如勢いを失って地面に叩きつけられる。
「う……うぁ……」
絞り出されるようなうめき声と軋み音。
そしてそれをかき消す、水音で濁った破砕音を立てて爆散する。
赤黒い飛沫の尾を引いて飛び散った断片たち。
その内の一つが清也の足元まで転がり、ぶつかる。
「おい……どう、いうことだ……?」
赤黒い濁りを口から溢れさせ、眼球が転がり落ちんばかりに見開かれた目。
今際に与えられた苦痛に、普段は穏やかな笑みを湛えている顔も苦悶に引きつっている。
「おや……じ……?」
清也は足元に転がる首が、間違いなく父のものであると認める。いくら否定しようとも目の前の現実は揺るがず、否応もなく認めさせられてしまう。
父の命はもう戻ってはこない。覚悟の外にあった喪失に清也の足から力が奪われ、その場に膝を突く。
「……ふざけんな……なんだって、なんだって……こんな……」
首の浸る血だまりに手をつき、アスファルトを隠すそれを引き剥がすように爪を立てる。
歯を食いしばる清也。その耳を不意に重い足音が叩く。
地に付いた手足と冷えた空気。双方から伝わる振動に清也は顔を上げる。
闇の中。浮かび上がる眼光と異形の巨体。
立ち上がった清也すら軽々と見下ろせるほどに大きい。
その体躯もまるで根を張った大木の如く太く、逞しい。
だがその筋骨の豊かさは特に左半身、特に左足に偏っており、腿などは左右で一回りほど太さが違う。
紫色をした表皮のそこかしこは内から左足で踏み広げたように盛り上がっている。
顔もまた同じく左足型に盛りあがっており、赤い目がその中で鋭い光彩を放つ。
「おやおや、一般人か? こんなところに迷い込むとは不運だったねぇ……少々暴れ足りないから、キミも踏みつぶさせてもらおうか」
足指型に節くれだった唇が歪み開く。
歪んだ唇から出た言葉の内容と声音から、この異形が嗤っているのだと分かる。
その楽しげな言葉に、清也は硬い地面を引っ掻き拳を握る。
「俺も? 俺も踏み潰す、だと……」
目の前で笑う怪物が父の仇。
清也には手段も理由も見当がつかなかったが、この左足の化物が憎い仇であることは理解した。
「野郎……ッ!」
焼けるような怒りと憎しみが清也の胸の内で渦巻き、地についた膝に体を支える力を蘇らせる。
怒りのままに立ち上がり、拳を握る清也。
刹那、細い枝のようなものが清也へ躍りかかる。
「なっ!?」
怪物が驚きの声を上げ、清也もとっさに身構える。
飛び掛かる枝のように見えたのは興輔の片腕。肩から千切れた左腕であった。
分解を機に、まるで別の生き物になってしまったかのような腕は、清也へ向かう途中で裂ける。
その内から、まるで古い皮を脱ぎ捨てるかのように赤黒い腕が飛び出す。
「バカな! 断片が勝手に!?」
左足の怪物が慌てて声をあげる。それをよそに、空中で脱皮した腕は清也へ。その左腕目掛けてまっすぐに飛ぶ。
そしてそれを迎えるように、今度は清也の左腕が大きく裂ける。
「なっ!?」
驚き騒ぐ間もなく、躍りかかってきた赤黒い腕は大きく口を開けた裂け目に、文字通り吸い込まれる。そして痛みもなく裂けた清也の腕は、開いた時の逆再生をするように閉じる。
何事も無かったかのように。まるで一連の奇妙な現象の全てが幻だと言わんばかりに、清也の左腕は元通りに戻っていた。
「ぐっ!?」
だが次の瞬間、清也は腕に向けていた疑問の目を苦悶に歪める。
左腕が己の意思を無視して、あるいは無意識に従って受け入れた何物かが脈動する。
脈の一打ちごとにそれは根を張るように清也の全身へ広がり、やがて清也自身の心臓の鼓動と重なる。
「よこせ小僧! お前などに横から掠め取らせるものかッ!」
苛立ちと焦りを露に太い左足を振り上げる怪物。
それに清也は父の仇へと振り返ると、攻めの姿勢に入った憎い仇を睨み左腕を振るう。
「がぁぁらぁああああああッ!!」
「ぐ、おぉ!?」
獣さながらの咆哮。それに打ち出されるように振り上げられた腕。空を引き裂くそれに化物は驚きよろけて後退り。
そして踏ん張りバランスを取った刹那、太い左の脛が裂けて血が溢れる。
「なに!?」
自身の負ったダメージに目を落とし、次いで顔を上げる紫の怪物。
それに相対するのもまた異形。
振り上げた左手首から伸びるは、戯画化したコウモリの羽根に似た鋭い刃。
黒く鋭角を描いた装甲は左半身に片寄って全身を覆う。
そして野獣の爪に後ろから掴まれたような頭部では、刃の如き目が怒りと憎悪に燃えていた。
「おぉおあぁ!?」
清也の変じた黒刃は、再度獣の声を上げて突進。瞬く間に開いた間合いを詰め、刀を備えた左腕を振る。
「うぅ……!」
紫の左足はうめきながらもバックステップ。憎悪に光る凶刃をまたもかわす。
だが憎悪の刃は間髪入れずに左肘を突き出し、開きかけた間合いを詰める。
「ぐ!」
だがそれは紫の異形が盾にした右手に阻まれる。
「なめるな!」
そのまま肘を捕まえられ、すかさず固められた拳が降ってくる。
「がああ!」
「なあ!?」
だがそれを黒い刃は突き上げた右拳をぶつけて迎撃。逆に鋭利な甲殻で降ってきた拳に穴を空ける。
そして生じた握力の弛みに乗じて転がり脱出。巨体の脇をすり抜けて背後へ回り込む。
「ぬ、ああ!」
それを追いかけて紫の怪物が振り返る。
しかし反転の勢いに乗せた右裏拳を黒刃は跳び越え回避。
「うぅおおッ!!」
そのまま足の怪物の頭上を背面宙返りに跳び越え、重力のままに振り下ろした刃で仇を切り裂く。
「が、は!?」
紫の左肩から背中をバッサリと裂く刀傷。裂け目が開くことに僅かに遅れ、鮮血が噴き出す。
黒い刃は血飛沫を避けるどころか、真正面から浴びながら踏み込む。
「おぉおあぁあッ!」
咆哮と腰の切り返しに乗せて撃ち出した右拳が、紫の怪物の右脇腹に突き刺さる。
「がば、ば!?」
左足の化物は拳に押し上げられた臓腑もろともに浮き上がり、足指型の唇からは堪え損ねた涎と悶え声が溢れ出る。
その様子に黒き刃は赤く輝く目を細め、口を薄い弧月を描いて開く。
復讐の甘露を啜り生まれた笑み。
狂暴なる喜悦に充ちた顔のまま、黒き異形は腰を回して左の膝を繰り出す。
「ぐぶぅげぇえ!?」
逆の胴に深々と沈む膝。それは左足の怪物の内臓を押し返して激しくかき混ぜ、その巨体を大きく右へ流す。
夜気をかき乱しブロック塀へ沈む紫の巨体。
そこへ黒い刃はさらなる憎悪の昇華をむさぼろうと、四肢で地を弾いて躍りかかる。
「シィヤァアアアアアアアアッ!!」
外敵へ食らいつこうとする毒蛇にも似た声を上げて怨敵へと迫る黒い刃。
「こんの野犬がぁああッ!!」
だが怒声とともに蹴りだした紫の左足が生みだした力に阻まれ、復讐の刃は標的を刻むことなく弾かれる。
弾かれながらも鋭い黒は空中で身を捩り、反転。アスファルトを裂きながら着地する。
しかし顔を上げて獲物へ狙いをつけた刹那、その背に見えざる重みが圧し掛かる。
「が!? ぐがっ!?」
まるで途方もない巨人に踏みつぶされたかの様に地面へ押し込まれる黒い異形。
固い地面に爪を立てもがくも、見えざる巨人は微動だにしない。
骨が音を立てて軋みながらも、圧し掛かる重みの下で四肢を突っ張る黒い刃。
その前に血を滴らせた紫の巨体が歩み寄る。
「ふん……ずいぶんと手こずらせてくれたねぇ……しかも、先の断片の適合者を潰したくらいの圧力をかけてもつぶれないとは、まったく驚かせてくれるものだよ」
そこで紫の怪物は一度言葉を切ると、全身の筋肉を締めて止血。そして足指型の唇を歪め、改めて這いつくばる黒刃を見下ろす。
「だが、これでお終いだ。飛びかかる間もなく全力で踏みつぶしてやる」
余裕を帯びた声音での抹殺宣言。それに続き、紫の巨漢はその太い左足を地から浮かせる。
瞬間、まるで巨漢の動きと連動するかのように重圧が弛緩。
だが紫の異形は宣言通り、その浮かせた足を振り下ろす。
切りかかる時間は無い。
「ぐ、ぶ!? なん、だと……っ!?」
しかし苦悶の声が漏れでたのは、今まさに勝利を収めようとしていた紫の化物からであった。
足型に盛りあがった腹を刺し貫くのは一振りの細く長い黒刃。
滴る血と共にその根元をたどれば、細い剣は黒き異形の左肩から生え伸びていた。
「ぐ……くっそぉ……」
食いしばった歯から呻き声を洩らしながら、紫の巨漢は後退り。それに伴い、腹を刺し貫いた刃がぬめった音を立てて抜ける。
そして風穴のあいた腹を手で押さえ、よたよたとふらついた足取りで離れていく。
「……ぐ、るぅうう……」
対する黒き刃も、仇敵を追いかけようと腕を支えにする。だが獣の様に唸りながらも、両手両膝を支えにした姿勢から起き上がることは出来ない。
その間に、紫の巨漢は闇の中に融けるように消えてしまう。
「うぅ……ッ! がぁああああああああああああああッ!!」
夜の街を遠吠えの如く揺るがす怒号。
怨敵を逃がした悔しさと怒りが月下の夜気を震わせ消える。
それに続き、黒い異形の装甲がまるで用を終えた瘡蓋の様に崩れ、血まみれの清也の姿が露わになる。
意識に反して抜けていく力。それと共に薄れていく意識。
まぶたの閉ざされていく中、清也の目は自身に歩み寄る女の影を捕らえていた。