薄暗闇のヴェール
さて、神様は多神教の場合たくさんいる、そんな読んで字のごとくな事を知っているだろうか。世界を作ったゼウスやイザナギのような創生神、アポロンやアマテラスやヘリオスなどの太陽神など、何柱もの神々が存在する。
「さあ、始めようか」
前置きが済んだところで一つ聞きたい。机を挟んだ目の前に座ったこの男、自称秩序の神とか抜かしているのを信じられるだろうか? 俺は無理だ。無神論者だし。
「世界の命運を決める問答……あっ、ハンバーグセットください。何か頼むか?」
「……ドリンクバーで」
ぶっちゃけファミレスで偶然相席になっただけで代表になったとか信じたくない。……日替わりティーはなんだろうか。プーアル茶とかじゃなくハーブティー系統ならいいんだが。大体、何で秩序の神なんかがこんなとこに来てんだよ。人の精神の狭間に漂っとけよ……
「幻聴で済ませられても困るしな。直に話す方がわかることもある」
「神様、五円あげるから頭の中の思考回路読むな」
ていうかファミレスに来た理由になってねぇ。あれか、そんなハンバーグセット食いたかったのか。我儘な秩序の神様だ。
「神なんてそんなもんだ。いじけて役目放棄するようなのもいる」
「だから読むなっつってんだろうが!」
疲れる。何この神様めんどくさい。そしていじけて役目放棄したの具体的に誰のこと言ってんだよ。思いあたりが多すぎる。
「済まないな。だが、これで信じただろう、俺が神だと。本題に入ろう、事の始まりはこの世界を眺めていた時に起こった」
真面目な声色に俺はきちんと聞いておこうと姿勢を正す。真面目な話には真面目な態度、それが必要だ。
「昔も争いはよく起こった。誰しも豊かになろうと戦った。今も争いはよく起こる。しかし、昔は仲間を蹴落とそうとはしなかった。政敵や思想の違いで争う事はあった。しかしその場合、明らかな敵となって戦った。今はどうだ? 友だの、家族だの言っておきながらそのまま敵とならずに仇なす、蹴落とす。そんな人間達に、生きる意味などあるのか?」
なるほど、こんな間の抜けた場所での問いなのに、大層な議題だ。要するにこういうことだろう。裏切るなら裏切れ。白から黒に、黒から白にはっきり移れと、灰色にとどまるなと。そういうことなのだろう。ならば、俺は反論できる。
「確かに、曖昧なものが人間には多い。しかし、そう作ったのはあんたらだろう? 光と闇の狭間、薄暗闇、陰陽なんていうこともあるがはっきりとした違いなんてない。そもそも、反対のものなんてないんだ。それぞれ別なんだよ」
「ふむ、成る程、そういうこともあるのか。まだ、観察を続けるべきなのだろう」
随分簡単に引き下がる。何故?
「何故、か。元々少し迷ってしまっただけだよ。薄暗闇に。では、さようならだ薄暗闇の少女。また会う日まで」
そう言って神様は掻き消える。まるでもともといなかったかのように、あっさりと。なんだったのかは、よくわからない。もしかして白昼夢でも見ていたのだろうか?
「おまたせいたしましたぁ、ハンバーグセットのお客様ぁ」
いや、そういうわけじゃないらしい。確かにそこにいたみたいだ。手を上げると店員の少女は俺の目の前にライスとハンバーグを置く。湯気が上がり美味しそうな匂いを放っている。ふと、空を見やる。
夕暮れ時の曇り空、俺の好きな薄暗闇が降りてきていた。