精霊魔術
ゲームだと死ぬ状況って大抵が似たり寄ったりですよね。でもそれを物語にしようとすると果てしなく難しいです。
「ただいま。」
コツコツと扉を叩き、自宅の軒を潜る。
「ニース!」
幼馴染みと母親の悲鳴が家の奥から聞こえてくる。
「やっぱり戻ってこれたよ。」
「・・・って事はやっぱりあの後無事に生き延びた訳じゃないのね。。」
エメスが悲痛な表情を浮かべる。
そりゃそうだ。誰だって親しい人間が死ぬ所など想像したくもないだろう。
しかも彼女は或る意味で見捨てて逃げているのだ。
取り敢えず湯に浸かり、体の汚れを洗い落とすと共に軽い食事を口にして一心地つく事にした。
「母さん、俺のこの能力だか体質だか分からないけど、俺に起きている現象をどう思う?」
「そうね・・・。やっぱり貴方は迷宮で死なない、或いは死ねない体になっている、そう考えるのが自然でしょうね。死の間際で自分でも知らない内に火事場の馬鹿力的に全力振り絞って生き延びてる、って考える事も出来なくはないけど、そうすると装備を剥ぎ取られてる理由が分からないし、装備もない状況で今の貴方が18階層を生き延びられるとは思えないわ。」
ローラの言葉を継ぐ様にエメスが口を開く。
「今回のアタックで感じた事だけど、10階層は普段に比べてモンスターが強化されてた様に思うわ。」
盗賊に追われながらだったのでゆっくり相手をして居る時間は無かったが、確かにそう言われればそんな気もする。ただ、そんな気もする、程度の違いでしかないが。
ニースがそう告げると、ローラが返答した。
「そりゃそうでしょう。幾ら実力があると言っても貴方は昨日が初アタックの初心者である事に変わりはないのよ?歴戦の冒険者が命を落とした階層と同じようにモンスターが強化される訳じゃないわ。」
成程。それは確かにそうだ。
「後、どうして盗賊達はエメスをあっさり逃がしたんだろう?」
「既にここに追っ手が来てたわよ?エメスちゃんの帰り道を狙うつもりだったのか5人程隠れてたけど母さんの精霊魔術でこんがりローストしておいてあげたわ。」
ローラが平然とした顔で告げる。
地上で追っ手を掛けるつもりだったのか。確かに俺達は盗賊の事を知らないから追うのは困難だが、向こうはこっちの事を知ってるのだから仕掛けてくるチャンスは幾らでも有ると思ったのだろう。残念な事に自分達の実力を読み違えていた様だが。
「母さん、俺みたいな人の話、他に聞いた事無いよね?」
知らない事を前提として取り敢えず聞いてみる。
「あら、ニースには聞かせた事無かったかしら?」
「えっ!?母さん知ってるの??」
「物凄く有名人に一人だけそんな人がいるわ。既に伝説の中のお話で信じてる人は誰も居ないけど。」
この国で伝説になるぐらい有名な人間と言えば一人しか想像出来ないが・・・。
「多分貴方が考えている人よ。建国王ガルマ1世はロメリア姫を娶った後、洞窟で死ななくなったらしいわ。」
ニースは始めて聞く話だった。
「そんな話、聞いた事も無いよ?」
「おかしいわね?絵本の中にも出て来てた気がするんだけど。と言うかこの国の人間は殆どが絵本でその話を知ってると思うんだけど。多分、一度か二度読んであげたけど余り気に入らなくって読むのを止めちゃったお話だったのかもね。」
そう言われると自分は絵本なども選り好みする質だった気がする。
しかし、建国王まで飛び出してきた所でアレだが、鑑みても自分の状況と一致しない様に思える。
俺は洞窟を踏破した訳でもなければ魔族の娘と結婚しても居ない。
そもそも昨日が初めてのアタックだ。
「何だか建国王と自分じゃ状況が違いすぎてすんなり受け入れづらいんだけど・・・。」
「貴方に起こっている出来事自体、母さんにしてみれば信じられないわ。大事な一人息子を亡くさずに済んだ分、感謝してはいるけどね。」
「母さん、この先の事はどうしたら良いんだろう?」
「肝心な事が検証されていないから何とも言えないわね。」
「肝心な事??」
「死んで蘇るのは本当に貴方一人なのか。
貴方に起こった以上この世界にそう言う現象が他に起きていないとも限らない。
そして、貴方一人だったとして、パーティメンバーはどうなのか。
建国王ガルマ1世は組んだパーティメンバーも不死になったと言われているけどこればっかりは検証の仕様が無いからね。まさかエメスちゃんにニースと一緒に迷宮で死んで頂戴とも言えないし。」
ローラの言葉に重い沈黙が部屋を包む。
「まぁ先ずはこの先二度と死なないアタックを心掛ける事ね。死ぬ度に装備とバックパックを無くすなんて、幾ら蘇ると言ってもデメリットが大きすぎるわ。」
◆ ◆ ◆
翌日はアタックを中止する事にした。
昨日の今日で重苦しい気分のまま迷宮に潜る事に対してローラから保護責任者としてのストップコールが掛かったのだ。
家の中で腐っていても気分も腕も鈍るだけなのでニースはローラに精霊魔術の稽古を付けて貰う事にした。
この世界の魔法とされる物には幾つかの系統がある。
先ずは自身の魔力を用いて世界の理に働きかけ発揮させる白魔術や黒魔術。
指先から火の玉を飛ばしたり、けが人の傷を治したりするのがこの系統だ。
これは自身の総魔力量と魔出力に応じて術の規模や回数が決まる。
総魔力量が多ければより沢山の回数、術が発動出来、魔出力が高ければ大規模・高威力な術が発動出来ると言う次第だ。
この系統の最大のメリットは個人の力量に応じて自身が思い描いた通りの術が作り出せるという点だ。
デメリットは個人の魔力を使用する為、個人の能力の限界が術の限界になるという点だろう。
次にニースやローラが使う精霊魔術だ。
これは空間に満ちている意識有る属性の化身、精霊に働きかけて発現する物だ。
これは発現の方法で更に2種類に分かれる。
1つは個別の精霊と契約を交わし、契約の証を身につけてそれを媒介として何時何処でも発現出来る様にする物。
こちらのメリットは強大な精霊と契約出来ればそれだけ強力な魔術が発現すると言う点。
デメリットは精霊との契約や交渉自体の困難さと言う点だろう。
ニースは光と炎の精霊ウィル・オ・ウィスプと契約している。ローラは水の精霊ウンディーネと氷の精霊氷狼と契約を交わしている。
もう1つの発現方法は空間に満ちた精霊力をその場その場で借り受けて発現させる方法だ。
例えば嵐の中ならば雷と水の精霊力が強くなるのでそれらの力を借りやすい。溶岩の近くなら土と炎の精霊が発現しやすい、と言った具合だ。
この他にも強大な魔物を使い魔として召喚・使役する契約師や死体や骸骨などを操る死霊術師などがいるがこれらは魔術師の中でもレアな存在である。
「ライトニングファイア!!」
ニースが声を上げると彼の左耳のレッドスピネルのピアスがキラリと瞬いた。
突き出された指先から目映いばかりの閃光と共に火の矢が飛び出した。
「アイスシールド」
ローラが左手を振るうとサファイヤの指輪がキラリと瞬き、鏡の様に磨き上げられた氷の盾が彼女の前方の空間に出現した。
ライトニングファイアは次々とアイスシールドに着弾するが、ローラに届く事は叶わないず全てかき消されてゆく。
「アイシクルレイン、サンダーボルト!!」
お返しとばかりにローラが腕を振るうと彼女の指に填められたサファイヤ、アクアマリン、クリスタルの指輪が次々と光を放つ。
威力をセーブした攻撃だが、それこそ雨霰の如く降り注ぎニースは盾で防ぐのが精一杯だ。
ニースはあっという間に間合いを詰められ、ローラは彼の首筋に指をぴたりと突きつけにこりと微笑んだ。
「チェックメイトね?」
「・・・いえす。。」
「あ~~~~~!!もう!!!母さんにはまだまだ勝てないなぁ。」
「ニースの弱点はウィル・オ・ウィスプに頼りすぎる癖ね。精霊魔術でとどめを刺せる程の威力がまだ無いんだから手数の増加とアウトレンジからの牽制用と割り切りなさいっていつも言ってるでしょう?それと、レッドスピネルだけじゃなくてもっとクリスタルの力を信用しなさい。」
レッドスピネルはウィル・オ・ウィスプとの契約の証だ。一方、クリスタルは空間に満ちている精霊力を利用する為の物である。
「契約した精霊は確かに強力だけど、今そこに居てくれる訳じゃない。常に傍に居る精霊達の声をもっと聞いて色々な攻撃方法を考えないと攻撃の幅が狭いわよ?私みたいに複数の精霊と契約出来れば自然と幅も広がるし、ニースなら焦らなければ必ずここまで来れる筈よ。その日まで色々な精霊と常に会話する事を忘れない事ね。」
負けは負けだが全力で体を動かした事で気持ちが少し切り替えられたニースは、湯に浸かり気分転換を図ってこれからの事を冷静に考える事にした。
「ふぅ・・・。」
熱い湯に浸かると気持ちが引き締まる。
「ぐちゃぐちゃ考えてても仕方ないな。先ずは迷宮になれる事だ。20階までを何度も繰り返してDランクまで上がれる様にしないと。それと前衛職か後衛職に特化した仲間がもう一人ぐらい欲しいな。」
今のパーティはニースが前衛と後衛を兼ねて、エメスが前衛&回復でのバックアップと言う変則パーティな為、どちらかに特化した仲間が必要なのである。ニースの強みは前衛で切り結んで良し、後方から撃ち合いをして良しの器用さなのだが、今のパーティでは器用貧乏に終わりそうなのだ。本来は中衛を担うのが望ましい。
「明日ギルドに寄ってパーティメンバー募集の申し込みを掛けてみようかな。一昨日の調子なら何人か入ってくれそうな人はいたしな。只、問題は・・・。」
ニースは思わず腹の刺し傷を覗き込んだ。
「初心者狩りを仲間にしてしまわないかどうかだな。。」
昨日までに結構な数を倒したとは言え、あれで全部とも限らない。
出来れば顔見知りか素性の知れた相手を仲間にしたいところである。
「相手もルーキーなら尚更やりやすいんだけどなぁ。」
ニースとエメスのチームは2人ともルーキーである。
出来れば他のパーティメンバーもルーキーなら同じ立場なのでチーム内に上下関係が出来にくくやりやすいと言うのがニースの考えであった。
「エメスの意見も聞かなきゃだし明日からはまたじっくりやっていこう。」
感想・ご意見、お待ちしています。「こんなモン書いてんとあっちの作品書かんか~い!!」みたいな叱咤激励でもOKです。