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7 お清め1

羽を出してフラフラ出歩くわけにもいかず、神野武尊じんのたけるの家にそのままご厄介になっている。


不幸中の幸いなことに、看護学校は夏休みだ。でも、近所のパン屋さんのバイトの面接に行く予定だったのに、いけなくなってしまった。当然、バイトにもいけない。経済的に非常にひっ迫した状況だ。


パン屋さんでバイトして、いっぱいお金貯めて、一生懸命パン屋でバイトをする私に一目惚れしたかっこいい男の人が現れて、パンとか買いに来ちゃったりして、好きですとかいわれて、彼氏ができちゃう。そこまで皮算用していたというのに。

ため息が出る。


外は危険だから出歩くなと言われ、暇なのでテレビをつけた。


昼ドラの再放送を見ていると、武尊が袈裟を着て現われた。

袈裟姿だと、さすがに坊主にみえる。

ビシッと背筋が伸びていて、それなりにカッコいいではないか。


「お前、人の不幸を見て喜んでいると、来世はミジンコかゾウリムシだぞ」

チラリと冷たい目でテレビをみていう。

人の不幸って…昼ドラのことですか…。

テレビの中では人妻が泣いている。仕方ないので、テレビに向かって合掌しておいた。


来世はミジンコかゾウリムシかあ。

水をフワフワ漂って、結構楽しいかも。

でもゾウリムシはどんな徳をつんだら人間になるんだろう? 一生懸命旋回すればいいのだろうか? 謎だ。

武尊はさっさと外出の仕度をすませ、玄関へむかっている。そういえば、檀家さんの法事があるといっていたっけ。

武尊の背中を追い、パタパタと玄関までお見送りに行った。


「じゃあ俺はお参りにいってくるから、空は大人しく留守番していろよ。一、二時間くらいで戻ると思うけど、結界の外には絶対に出るなよ」


武尊はそういうと、玄関のすぐ横に停めてあった原付にまたがった。


「はい。いってらっしゃい、あなた」

おっと、しまった。さっきまで昼ドラをみていた影響が…。


「……」


ち、また白い目でみてますよ、この坊主。いちいちウザいですよ。


「じゃあ、いってらっしゃい、武尊…さん」


今度は少し、固まっていらっしゃるようで…。

もう、何が不満なのかな、このめんどくさい男は。

ええい、これでどうだ!


「行け! 神野!」


ピシャリ、と目の前で引き戸が閉められ、パララララと原付が発信する音がした。

やっぱり、発信の合図はこれが一番いいらしい。



居間に戻り、主人公の幸せを祈りつつ昼ドラ再放送の続きを見た。

再放送は2回分をいっぺんにやるから、結構長い。

主人公の境遇が更に泥沼化したところで つづく になっていた。

あ、私はちゃんと、主人公の幸せを祈ったんだからね!


小腹が空いてきたので、台所に向かう。

いろいろ漁ってみるが、お菓子の類は出てこない。

坊主という生き物は、お菓子を食べないのかもしれない。

なんというストイックな生活だろうか。マゾなのかもしれない。

かわりに香辛料らしきものがやたらと出てくる。

粒の山椒、渋い。

七味と一味両方ある。どっちか一つあれば十分だと思っていた。

おお、鷹の爪もちゃんとある。

柚子コショウ。コショウといっておきながら、柚子と唐辛子と塩でできている。騙されるな!

洋モノっぽいのもありますな。

クレイジーソルトってなんだろう。塩の一種だろうか。きっと、すごくえげつない塩なのだろう。



ごそごそ漁っている内に、ピンポーンとチャイムの音が聞こえた。


はーい、と出ようとして、結界の外には出るな、といわれていたことを思い出す。

結界は一応家の中で有効らしい。

それにしても、この山の中に何の用だろうか。

宅配か何かだろうか?

居間の網戸から玄関がみえるが、誰もいる気配が無い。


ピンポーン 

もう一度チャイムが鳴った。


おかしい。

やっぱり誰もいないようにみえる。


ピンポン、ピンポン、ピンポン

焦れたようにチャイムが鳴った。




「あそぼ」


しゃがれた声が玄関の方からする。


誰もいないのに。

誰もいないはずなのに。


「 あ そ ぼ う よ 」


奇妙なしゃがれ声は、子供のようにも老人のようにも聞こえる。今までに一度も聞いたことの無い、頭に直接響いてくるようなゾッとするような声だ。

慌てて居間の網戸から離れ、外から姿が見えない位置に移動する。


「いるんでしょ」


ガシャガシャと玄関の戸を引っ掻くような妙な音がする。


血の気が引き、手足が冷たくなった。

武尊が絶対に外に出るな、といった原因が、すぐ外にいるのだろうか?

どうしよう。

でも、ここは結界がはってあるから大丈夫なはず。


「あそぼーーー。いるんでしょーーー」


しゃがれ声は妙に間延びし、ガシャガシャと戸を引っ掻く音が続く。

耳を塞ぎ、目をつぶり、台所の床にしゃがみ込んだ。


ドクドクと自分の鼓動が伝わってくる。


「出ておいでよ~」


声は玄関を離れ、居間の網戸の方に移動していった。


「あ そ ぼ あ そ ぼ あ そ ぼ」


声は移動しながら家の周りを一周している。

耳をしっかりと塞ぎ、ギュッと目をつぶる。

何なのコイツ。

早くいなくなれ。

武尊、早く帰ってきてよ。




どれだけ時間がたったのかよくわからない。

暫くして、そっと耳から手を離すと静かになっていた。

ゆっくりと立ち上がる。


もう、いっちゃったの?


そう思った瞬間、ガララと玄関の戸が開く音がした。


結界がはってあるっていったのに!

嘘つき!


何かが入ってくる気配と音がした。

ギシリギシリと廊下の床板が微かな音を立てている。


どうしよう…。

あたりを見わたす。

あたりを見わたしたってここは台所だ。

武器になりそうなもの…。

目にソルト、という文字が入った。


お清めには塩がいいと聞いたことがある。


私はその入れ物を引っ掴んだ。


台所の戸が、開いた。



読んでくださってありがとうございます。

来世はミジンコかゾウリムシ云々は武尊の冗談です。

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