5 プロポーズ
だがしかし、
「断る」
間髪入れず、拒否されました。
「お前は、俺を妻にするという事がどういう事か、わかっているのか?」
気が付くと、男は私の至近距離にいた。
お香のような香りがふわりと漂う。線香だろうか? それにしてはエキゾチックな良い香りだ。
ガタイがいいし、禿、もとい坊主だし、妙な迫力がある。
精悍な引き締まった体に、鋭い眼。
微妙なエロ気がちょっと怖い。
「え、えーと…」
すわったまま、後ずさる私を真剣な眼差しが射る。
「寺の経営は厳しい。檀家は少なくなる一方なのに、総本山に年貢は納めなきゃならない。裏でサイドビジネスをして必死に金を稼ぎ、涼しい顔をして寺の庭を箒で掃き、草をむしり、雨漏りを直し、かつ、小学校の先生以上の倫理を求められる。そんな俺を癒し、食わせてくれる(金銭的に)というのなら、喜んで妻になろう。ああ?」
最後の「ああ?」は、恐喝するヤ○ザ風でした。
「ひーん、ごみんなさい。すみません」
すわったまま縮こまり、更に後ずさると、盛大なため息が聞こえた。
「お前の、楽して美味い飯を食おう、という浅はかな魂胆など見え透いておるわ。丁度いい。ここにいる間にその浅ましい根性、叩きなおしてやる」
バッと立ち上がったその姿は仁王様のようでした。
さっさとちゃぶ台の上を片付け始めるので、あわてて手伝う。
「えっと、ここにいる間ってのは…? あの、何故私をここへ連れてきたのですか? カラスが突然襲ってきたのと何か関係があるのですか? そういえば、お名前は……?」
かちゃかちゃと食器を洗う間、男は無言だった。
家の内装は古くはないが、食器洗い機はないようだ。手早く洗い物を片付け、ほとほととほうじ茶を淹れてくれる。香ばしい香りが漂った。
「俺は、神野武尊だ。そこの寺の坊主をしている。お前をここへ連れてきたのは、お前を保護するためだ。表向きは坊主だが、裏の仕事もいろいろ請け負っていてな。絶滅危惧種保存委員会の仕事もその一つだ」
目が点になる。
「絶滅危惧種保存委員会? つまり、私は絶滅危惧種だということ? だから保護したの?」
絶滅危惧種っていうと、アレだろうか。
トキとか、パンダとか、サンショウウオとか?
「残念ながら、その逆だな。俺が保護する対象は、この地域固有の生物であって…、例えば河童や天狗、妖狐の子孫などがそれにあたる。ここは山寺で、人も少ないから代々そういう仕事を受け継いでいるんだ。お前は完全な外来種だから、駆除すべき存在になる。だから、見張り役のカラスがお前を襲った」
「河童に天狗? そんなの、いるわけ…」
いいかけて、口をつぐんだ。
自分から羽が生えたのだ。
河童がいてもおかしくは無い。
「もう数も少ないし、血も薄まっている。見た目は普通の人間と変わらないヤツも多い。やつらは縄張り意識が強いから、お前みたいなのがフラフラ歩いていると殺られる。俺も地区担当として、外来種にフラフラされると非常に困る。昨日、外来種特有の妙な気配がしたから、もしやと思って探していたんだ。お前の事は以前から人外の可能性があることを疑っていた」
人外の可能性って……。
なんですか、話が物騒になってきましたが。
私は駆除されるべきゴッキーのような存在であると?
あなたはアース派ですか、キンチョー派ですか。
「私はどうなるの? 保護してくれたんじゃないの?」
男―神野武尊―に縋る。
上目使いで、目を潤ませて、すがる乙女を無下にできる男はいるのか!?
「お前は、駆除すべき存在だ」
ここにいた!
神野武尊は、あっさりといいきった。
人をゴッキーのように。
「だが、お前だって所変われば保護の対象のはずだ。俺の管轄で外来種の希少種の殺しがあると国際問題になる。絶滅危惧種保存委員会のような組織は世界中にあって、お互いに連絡をとりあっている。親父も今、その関係で海外に行っているんだ。だから、とりあえずは、護符を作って結界張って保護してやるから、中で大人しくしていろ。海外のヤツに連絡とるから、今後はそっちで面倒をみてもらえ。どこの管轄かしらんが、そのナリはヨーロッパかどっかだろ。ホント、なんで俺の管轄なんだろう。争いごとはゴメンだ。迷惑千万だ」
外来種って、私はここで生まれて、ここで育ったんですよ!!
日本語しか話せませんよ。
英語の成績なんて2でしたよ!
英語のマーク試験のときはひたすら2を塗りつぶしていましたよ!
全部2を塗りつぶしておけばたいてい20点稼げますからね。
迷惑千万って…。
私が何をしたっていうのー!
ううう…。
自分には、妖怪のような得体の知れない血が流れているんだろうか。
さすがにちょっと、……だいぶ落ち込んだ。
このお話はフィクションであり、実在の団体、宗教とは無関係です。