4 なにものですか
どんどん人の少ない山道を入ってゆく。
どうしよう。
どこかに売られちゃうかもしれない。若くてぴちぴちの臓器が危ない。
「ねえ、降ろして」
そういったときだった。
ギャアギャアと不気味な泣き声が頭上に集まっていることに気が付いた。
見あげるとカラスが黒山のように集まっている。
「空、しっかりつかまっていろ」
男の声がするかしないかのうちに、そのカラス達が襲いかかってきた。
「キャア」
ガッ
ヘルメットをつつかれる。
ヘルメットをかぶっていなかったらと思うとゾッとする。
けれど、カラスは無防備な私の背中―風呂敷に包まれた白い羽―を集中攻撃しだした。
「痛い痛い痛い」
キキキ。
原付が止まる。
ひぃぃ、こんな所で止められたらカラスにつつき殺される。
そう思った瞬間、男はいきなり天に向かって片手をあげた。
とたんにカラスが嘘のように引いてゆく。
…何故? なんなの?
男は何もいわず、再び原付を走らせる。
私は慌てて男の背中にしがみついた。
何だったんだろう?
舗装していない山道を器用に原付を走らせる。
しばらくして原付が止まった場所は山寺だった。
その山寺に男の頭はとても馴染んでいた。
「なあんだ、お坊さんだったのか。お坊さんなら、袈裟を着るとかしてよ。その筋の人かと思って焦ったじゃないの」
とりあえずはホッとしながら原付を降りる。
山寺に入るのかと思ったけれど、男は原付を手で押しながら、寺から少し離れた「家」らしき場所へ入ってく。完全な日本家屋でもなく、かといって洋風でもない。小ぢんまりとした普通の家だ。瑞々しい緑の蔦が白い小さな花を咲かせ、柱に巻きついている。山寺も家も人の気配が無く、しんと静まり返っている。が、手入れが行き届いているせいか、荒れた感じはなかった。小奇麗な庭のある寺、そして少し離れた所にあるひっそりとたたずむ目立たない家。どちらも塀がなかった。
そういえば、小学生の頃、ここに遠足にきたことがある。山をハイキングし、寺の庭でお弁当を食べた。この男はこの寺の住職さんだったのだろうか。もっとお爺ちゃんのお坊さんがいたような気がする。
「袈裟着ていきなりあらわれたら、お迎えが来たのかと思っちゃうだろうが。第一、坊主が女子と2ケツで公道走ったら、いろいろ不味いだろう」
男はいいながら原付を玄関に止めると、ガラッと家の戸を開ける。
鍵をかけていないらしい。
「その禿げ頭で、わかる人にはわかっちゃうんじゃないの?」
私が言うと、ジロリと睨まれた。
「禿げ頭と坊主頭は違う」
低くよく響く声がキッパリと断言した。
「どう違うの? その、見た目はそんなにかわらないような気がするけど」
ねえ?
「きちんと剃った坊主の頭はうっすら青い。それに、剃るのをやめれば、また髪は生えてくる」
そういわれてみれば……確かに。
「紫外線が直に当たって、知らないうちに毛根がダメになっているかもよ?」
でもつい、余分なことまでいってしまう。
うっ、と呻く声が一瞬入ったが、男は姿勢を正した。
「禿頭は自分の意志ではない。坊主頭は自分の意志である。故に、たとえ禿でも、坊主頭にする意志がある限り、それは坊主頭なのだ」
そうだったのか! 勉強になった。
堂々と答えられると正論に聞こえる。
髪が無いのは、人類の進化の過程だとテレビでいっていた。サルから人へ進化するうちに、どんどん毛が無くなるのだとか。坊主にしろ、禿にしろ、たいしたことでは無い。そう思うことにした。
通された日本間にドサリとコンビニ袋を置く。袋からカップラーメンが転がり出た。
「背中をみせてみろ」
男にいわれて、風呂敷をとる。
白い羽は相変わらずそこにある。
「傷にはなってないな」
点検するように羽をひっぱったり、戻したりしている。この人、人間の背中から羽が生えていても驚かないのだろうか。まあ、何かいろいろ事情を知っていそうだけれど。
「お前、いつもこんなの食ってるのか」
コンビニで大量に買い込んだカップめんをチラリとみて、男はいう。
「インスタントラーメンは日本が世界に貢献した食文化なのです! マルシャン、世界征服万歳」
胸を張って答えてみる。
堂々と答えれば、正論に聞こえるはず。って、頭をはたかれた。
「ちゃんとしたものを食え。その羽も胸も育たんだろうが」
男の言葉にコチンとくる。
ちょっと。
もし?
今、なんておっしゃいました?
私は貧相な手羽先ですか?
この男、天敵。
そういえば、名古屋飯も天敵(名古屋名物に手羽先があります)。
「しばらく待っていろ。飯を用意する」
男はそういって消えた。
カップ麺でいいのにー。お腹がすいて死ぬ。
畳の上をゴロゴロ転がり(羽が邪魔で上手く転がれないけど)、意識が途切れかけた頃、ご飯がちゃぶ台の上に現れた。
ガス釜で炊いたホカホカのご飯。
温かなお味噌汁。
焼き魚。
ナスの揚げ漬け。
この手作り風のお漬物は何でできているのでしょうか。コリコリして美味しい。
涙を流して完食しました。
ええ、もう、家庭の味に餓えていたんですよ、一人暮らしを始めて。
「嫁に来てください」
思わず、今日会ったばかりの禿、もとい坊主にプロポーズしていました。