3 泥棒さんのように
これからどうなるのだ、私。
そう思ったが、どうにもならなかった。
とりあえず、寝ようと思って寝て(羽が邪魔で寝にくい)、とりあえず、起きようと思って起きたけれど、羽は生えたまま。
不幸中の幸いは、看護学校が夏休みに入ったばかり、ということだろうか。
でも、夏休みはバイトの予定だ。
パン屋のバイトの面接は明後日だったはず。
でも、この恰好で外に出るのは…。
こんなに破れたTシャツで外に出るのはちょっとエッチだよね!
じゃなくて。
とりあえず、家中をひっかきまわし、大きな唐草模様の緑色の風呂敷を引っ張り出してきた。
これで、羽をつつめば…。
ものすごく苦労して羽をスッポリと風呂敷でつつみ、荷物のように結ぶ。
昔話に出てくる絵に描いた泥棒さんのようだ。
鏡の前でお縄頂戴のポーズをとってみる。なかなかいける。
これで、外に出ることにした。
Tシャツの破れた部分は風呂敷で隠れているし。
まずは、ごはんの調達だ。
「あら、空ちゃん、お買いもの? ずいぶんといっぱい買ったのね~」
さっそく、すぐに近所のオバチャンに見つかる。
「ハイ。彼氏ができたので、がんばっていっぱいお料理作ることにしたのです」
言い訳も完璧。
特に怪しまれた様子はないな。よしよし。
「お、空ちゃん、家出?」
「ウン、おらこんな街ヤダ。東京さでるだ」
近所の自転車屋のオジチャンにも見つかるが特に問題なし。楽勝。うしうし。
「おお。それなら、この自転車に乗って東京さ行け。8万円のところ、7万8千円にまけてやる」
オジチャンを無視してコンビニでカップめん等を買いこみ、とりあえず帰ることにする。お腹が空いた。早くカップ麺を作ろう マルシャン 赤いきつね♪
普段はお鍋でつくる5個パックのインスタントラーメンがスタンダードだが、今日は奮発。
いろいろ買い込んだ。
これから、どうするかな。
お父さん探すにも手がかり少なそうだよなあ……。
いろいろ考えながら歩いていると、パララララ、と原付が私の横を走り抜け、前で止まった。
「井上空か?」
いきなり原付の男が話しかけてくる。
ヘルメットをかぶっているので、顔がよくわからない。
姿勢が良く、ガタイがいいせいだろうか。原付がやけに小さく見える。
「えと、はい」
誰だっけ、と思いながらも、相手も私の名前を聞いているから親しい人間ではないのだろう、と思い直す。
「乗れ」
男は原付の後ろをアゴで指していう。
「……」
カッコイイ大型バイクの後ろならまだしも、原付の後ろってねえ?
っていうより、知らない人についていっちゃ駄目だし。
男がヘルメットを脱いで、私に放った。
ヘルメットが宙に弧を描くその一瞬に、膨大な思考をした。
さっきまで見知らぬ男がかぶっていたヘルメットをかぶれというのだろうか? なんとなく汗臭そうで嫌だ。それよりも、男が思った以上のイケメンなのに驚く。が、そのイケメンがつるっぱげなのに更に驚く。ハゲでもイケメンはイケメンであることにおまけに驚く。眉毛が凛々しいではないか。鋭い眼光。が、ハゲの年齢はよくわからない。ワイルド系にみえるのはハゲゆえだろうか。
思わずヘルメットをキャッチする。
「いいから、早く乗れ。俺は怪しい者ではない」
十二分に怪しいハゲのイケメンがいった。
「早く乗れ。時間が無い」
男が焦ったように言い、空を見あげた。
つられて上を見て、初めて気が付いた。
電線にびっしりとカラスが止まっている。
しかも、カラス達は冷たい眼でじっと私を見ていた。
……なにこれ?
ゾッとして、あわてて臭そうなヘルメットをかぶると原付の後ろにまたがり、男につかまった。ふわりと汗ではないなにかの香りがした。
パララララ。
すぐに原付は走り出した。
私が小柄だからかもしれないが、思ったほど原付の後ろは怖くなかった。
どんどん細い道へ、山の方へ入っていく。
良く知っている場所ではあるが、流石に不安になった。
「ねえ、どこへ行くの?」
男は何もいわずに原付を走らせる。
ノーヘル男の後頭部がまぶしい。
どうしよう。
もしかしたら、悪い人なのかもしれない。
若禿かと思ったけれど、もしかしたら、その筋の人なのかもしれない。
マンガでみるヤ○ザの脇役の一人は、何故か絶対にハゲだ。
さっきちらりと見た顔もイケメンではあったけれど、妙な迫力があったような気がする。ハゲ効果かもしれないけれど。
これは、やばいかもしれない。