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「……どうされたのですか? その子」
「下界の森で迷子になっていた。川に落ちて弱っていたからな。放っておけなかった」
雪乃は目を丸くした。龍神が“子犬”を拾ってくる場面など、想像もしなかったからだ。
「私が留守の間、一人では寂しかろうと思ってな。この子なら……少しは役に立つだろう」
そう言って差し出された子犬は、トテトテと雪乃の側に寄り、しっぽを揺らした。
雪乃がそっと撫でると、子犬は気持ちよさそうに目を細める。龍神も手を添えて撫でた。その瞬間——淡い光の粒がふわりと弾けて子犬の中へ消えていく。
「え……? いまの光りは……?」
雪乃が思わず手を止めると、龍神はニコリと笑う。
「私の“気”だ。それをこいつに取り込ませた」
「気を……取り込むんですか?」
「そうだ。万が一の時に、雪乃を守れるようにしてやった。つまり……番犬にもなる」
そう言われて見れば、子犬の体躯はひとまわり大きくなり、黒かった瞳は龍神と同じ銀色に変わっていた。
(龍神様の力で、子犬まで強くなってしまうの……? 不思議)
だが雪乃はそんなことより、自分の寂しさを気にかけてくれた龍神の気持ちが胸に染みて、心がポカポカと温かくなるのだった。
夜になると、雪乃の前に龍人たちが並び、手を握られたり頭を撫でられたりするのが恒例行事になった。それだけでも龍たちは安心して安らかに眠ることができた。
「こんな素晴らしい方が嫁いでこられて本当に嬉しいです」
「雪乃様は、私たちの宝です」
口々に龍人たちは、感謝の言葉を口にするのだった。
◆◇◆
一方その頃、下界では騒ぎが起きていた。
「うわぁ! 早瀬川が氾濫したぞ、逃げろー!」
慌てふためく村人たちの中で、組頭の与助が叫ぶ。
「これは龍神様のお怒りだぁ! きっと、庄屋の娘がお気に召さなかったに違いない。甘やかされ放題に育った梨花様のことだ。当然といえば当然だろう?」
村人たちは黙って頷いた。梨花は美貌に恵まれていたが、性格は傲慢。——それは村中の共通認識だった。
「他に見目麗しく性格の穏やかな娘を差し出せば、怒りも鎮まるはずだ!」
与助が自信満々に決めつける。庄屋も娘を甘やかしてきた負い目から強く否定できない。村人たちとの話し合いはそのまま与助に押し切られた。白無垢を着せられた娘たちが急遽集められ、拝殿へと送り込まれたのだった。
しかし本当のところ——昨晩、早瀬川の堰を壊して水を流したのは与助だった。“龍神の怒り”という方便の下、娘たちを都に売り飛ばそうと目論んだのだ。
拝殿では娘たちが震えながら龍神を待っていた。そこへ与助と手下たちが、土足のまま畳を踏み鳴らして乱入する。
「ほう……見目の良い娘が揃ってるじゃねぇか」
与助はいやらしく口元を歪めた。
「都に送り込めば、いい金になるってもんだ」
手が伸びたその瞬間——
轟ッ!
頭上の天窓が白く光り、龍神が雪乃を背に乗せて降り立つ。畳の上に着地した瞬間、与助たちは尻餅をつき、娘たちは息を呑んだ。凄烈な気配に空気が震え、川面は怒りに呼応するように荒れ狂う。
水が堤を越え、人家に迫ろうとしたその刹那——
「龍神様、お鎮まりください! 村が流されてしまいます」
雪乃が必死に呼びかけた。その声は祈りのように澄み、荒れ狂う水はぴたりと止んだ。
「しかし……腹が立つではないか! 雪乃は私の唯一無二だ。それなのに村人どもは、私が雪乃に満足していないと勝手に邪推し、別の花嫁を差し出そうとした。そこの与助に騙されたとしても……これは雪乃への侮辱だ!」
(え? 怒ってる理由そこなんだ? ……私を否定されたみたいで怒ったの?
そんな理由で川を氾濫させるほど……?)
龍神の愛を感じるとともに、思わず雪乃は呆れてしまうのだった。




