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「それなら私ができます」
雪乃は並んでいた龍人たちに順番に対応した。女性はそっと抱きしめ、男性には手を軽く握る。それだけで龍人たちはコテンと倒れて、すやすやと寝入ってしまった。
「さぁ、龍神様、あちらに座っていてください。私が朝餉の支度をします。料理には自信がありますし、お掃除だって得意です。見た目は冴えない女ですけれど……少しでも龍神様のお役に立ちたいのです」
「何を言っている? 雪乃はとても美しいぞ。龍族が人間を見る時、外見より“心の声”と“波《質》”を見る。雪乃からは心の声は聞こえず、波《質》は澄んでいて清らかだ。だから、私にとって雪乃は、この上なく美しいのだよ」
「……本当ですか? それなら、良かったです」
嬉しさが胸に広がると同時に、雪乃の心は少し痛んだ。
(だって私は嘘をついている……私は梨花様じゃないもの……)
罪悪感を押し込めながら、雪乃は微笑んだ。
「では朝餉を用意しますね」
雪乃は厨房に立ち、慣れた手つきで下界とそう変わらない材料を切り刻んでいく。米を研ぎ、竈に火を入れ、出汁を取ったら味噌汁を作る。魚には小さな切れ目を入れて香ばしく焼き、菜っ葉はさっと茹でて醤油と砂糖、少量の胡麻で和えた。動きには迷いがない。下女として働いてきた日々は、この身体に確かに染みこんでいた。
湯気が立ち、出汁の香りがふわりと広がる。
(調味料も食材も見慣れたもので良かった……あとは器に盛るだけね)
雪乃は漆塗りの膳に飯と味噌汁、焼き魚、菜っ葉和えを並べた。天界の朝餉にしてはあまりにも素朴だが、温かい湯気と優しい香りが漂っていた。
膳を抱えて部屋に戻ると、龍神が目を丸くした。
「……雪乃、早いな。まるで料理人のようだ」
「ありがとうございます」
雪乃は笑って膳を置いた。
「さぁ、どうぞ。冷めないうちに召し上がってください」
朝餉を済ますと、龍神は一人で下界の見回りへと出かけていった。
雪乃は茜に庭園を案内してもらうことにした。
「龍王様は果物がお好きなんですよ。特に桃と苺がお好きでして……」
庭園を見回すと、たくさんの桜の木の向こうに、さまざまな果実を実らせた木々が立ち並んでいた。その向こうには苺畑も広がっている。
「すごい……ここにはなんでもあるのですね。季節は関係ないのですか?」
「はい、龍王様のお力があるので、ここはいつも春のような陽気ですし、どんな果実も豊かに実るんです」
茜はそう言って笑った。雪乃は、桃と苺だけは欠かさず食卓に並べよう、と頬を緩めた。
二人は雑談をしながら屋敷の中へと戻る。
「……人の世では“龍神様”と呼ばれていますが、我らは“龍王様”とお呼びすることが多いです。龍王様は昔から女性にとても人気でした。けれど触れるだけで相手の気持ちが全部わかってしまうので……なかなか龍族の中では、お相手が見つからなかったのですよ」
「……そうだったんですか」
「ですから、龍王様が本当に気を許せるお妃様を迎えるなんて、誰も想像していませんでした。龍人一同、驚いているんですよ」
雪乃は胸がくすぐったくなり、またもや申し訳ない気持ちになった。
(私は梨花様のふりをしている嘘つきなのに……)
屋敷の中の厨房は土間になっており広い。その隣には小さな食事処があり、奥には大きな宴会用大部屋が続き、太い柱には雲間を泳ぐ龍の文様が彫り込まれている。その先に居間があり、そこからさらに離れた廊下の先に、雪乃の部屋と龍神夫婦の寝所、そして龍神の部屋が並んでいた。
使用人たちは離れに住んでおり、針仕事などは庭に面した縁側でのんびり行っていた。雪乃はそこにも気軽にお手伝いを申し出た。
「雪乃様、これは下女の仕事ですので……」
そう言われても、雪乃は朗らかに笑うだけだ。針仕事も庭掃除も、台所の手伝いも、気づけば笑顔で動いてしまう。
「働いている方が好きなんです」
そう言う雪乃に、茜たちは困った顔をしたけれど、本音は“気さくで優しいお妃様が来た”と嬉しくてたまらない。
そんな中、日が暮れだした頃、龍神が腕に何か白い塊——小さな子犬を抱えて帰ってきた。




