1
雪乃は庄屋の娘、梨花に仕えている。ただの下女だ。その雪乃の背後で、拝殿の木戸が蹴破られ、ガタンと大きな音が響いた。ここは川沿いに建つ龍神の拝殿。今宵、梨花は龍神の嫁となるため白無垢をまとい、静かに座している。
雪乃は少し離れたところに控え、側仕えの彩葉が梨花の隣に座っていた。
「梨花! 助けに来てやったぞ!」
「まあ、若様。本当に来てくださるなんて嬉しゅうございます」
声と共に、身なりの良い若者と従者が土足のまま畳を踏み鳴らし、勢いよく押し入ってきた。絹の上衣に金糸の飾りまで入った派手な装いで、村ではまず見ない華やかさだ。雪乃は彼と口を利いたことすらないが、湯治で逗留している都の貴族だと知っている。実際、梨花の部屋に通っている姿を何度か目にしていた。
「さあ、私と一緒に都へ行こう!」
若者が梨花を抱き寄せる。その隣では従者が梨花の側仕え――彩葉の手を握った。
「彩葉も俺と都へ行こう」
実のところ、梨花も彩葉もこの二人が来てくれるのを密かに待っていた。二組の恋人たちは、今まさに逃げ出そうとしている。あまりの出来事に、雪乃は目を丸くした。だが、ハッと我に返り、恐縮しながら声をかける。
「梨花お嬢様。これから龍神様がおいでになります。梨花お嬢様がいらっしゃらないと、私はどうしたら……」
梨花がふと振り返り、雪乃を見て、にやりと笑った。
「雪乃。あんたは地味で垢抜けない、両親もいない孤児でしょ? まともに嫁げないんだから、私の代わりをさせてあげるわ。あんたが龍神に嫁ぐのよ。私のふりをして生きなさい」
「えっ? む、無理です。私はお嬢様のように綺麗でもありませんし、行儀作法も……」
「あちらは龍なんだから、そんなの気にしないわよ。雪乃が庄屋の娘だって言い張れば済むことだわ。さ、着物を取り替えましょう」
彩葉が、梨花の白無垢を手早く脱がせた。次の瞬間、白無垢の打掛が雪乃の肩に放りかけられ、帯が無造作に結ばれる。裾は引きずり襟元も歪んでいたが、二人はまるで気にしない。
「よかったわね、雪乃。こんな機会でもなければ、上等な白無垢なんて一生着られなかったと思うわよ? 梨花お嬢様に感謝しなさいよ」
「まあ、あまり似合わないわね。やはり下女だけあって、なにを着てもさまにならないのね。もう少し綺麗に見えるかと思ったのに」
梨花と彩葉がそう言うと、若者と従者はクスクスと笑った。下女姿になった梨花は若者の腕を取り、彩葉は従者と手を繋ぐ。仲睦まじいまま四人は拝殿から出ていった。
白無垢を着せられた雪乃は、ただその場に取り残される。大役を押し付けられ、逃げることもできなかった。
(ど、どうしよう……私に身代わりなんてできるのかしら)
雪乃は頭を抱えて俯いた。
◆◇◆
「どうした? なぜそんなに頭を抱えているんだい?」
雪乃はハッと顔を上げた。目の前に立っていたのは、銀髪に銀の瞳を持つ、息を呑むほど美しい男性だった。日は沈み、拝殿の中は薄暗いはずなのに、蝋燭の火に照らされた肌は白く輝いて見えた。
「さて……では、行こうか? 私に抱きつけ」
「は、はい? どこへ、ですか? 抱きつく?」
(ど、どうしよう……この方こそ龍神様だわ……。私は身代わりなのに、一緒に行ってもいいの?)
恐る恐る雪乃が腕を回すと、男性の身体が眩い光に包まれた。その光が揺らぎ、白銀の鱗が覗き始める。気づけば雪乃は、しがみつくように白銀の龍の背に座っていた。
「しっかり捕まっていろ」




