第8話:バックアップ定義 v1.1
直人はダンジョンの脆弱性に気付く。「気付く」と改善の意識が持ち上がってくる。仕事柄放っておけない性分が身についている。しかし、現実との狭間で葛藤が続く。
撤退ログが消えるのを待って、直人はキーボードを叩いた。
必要なのは感情じゃない。次の一手だ。
ミリアが覗き込む。
「新しい子、追加するんですか♡」
「“オーク投入”はまだ早い。中間が要る」
直人は新規ドキュメントを開く。
【バックアップ定義 v1.1】メイジ&リザードマン(ペア運用)
ミリアが頷く。
「わあ♡ 急にRPGっぽい♡」
「今さらだろ」
1) 目的
目的:勇者級の偵察・連携に対し、“戦闘で勝たずに情報を渡さない”
ゴブリンの巡回・段階式対応の“上”に置く
オークほど露骨に「魔王が本気」だと悟らせない
ミリアが囁く。
「“本気に見せない本気”ですね♡」
「そう。社会人が一番得意なやつ」
2) 役割分担
メイジ(後衛・環境担当)
“魔王の存在”を確信させないレベルの介入(派手に倒さない)
リザードマン(前衛・迎撃担当)
斥候狩り(特に“影走り”系の動きを止める)
ゴブリン隊の退路確保・回収
ミリアが付け足す。
「リザードマンは真面目なので、巡回と相性いいです♡」
「真面目は運用に向く」
3) 発動条件(いつ出すか)
侵入者が“戦わずに条件を探す”動きをした場合
ゴーレム封鎖が誘導として見破られた場合
ただし、侵入者が一般冒険者なら出さない(過剰)
ミリアが指を一本立てる。
「出したら“魔王がいる”が確定しちゃいますから♡」
直人が即答する。
「確定させない。疑わせて帰す」
4) 行動ルール(“勝たない”ための制約)
撃破禁止(勝ってしまうと次が硬くなる)
情報遮断優先(手札を見せない)
派手技禁止(目立つと“魔王の指”が太く見える)
撤退導線は必ず残す(撤退が合理的であることがKPI)
ミリアがにっこり。
「KPIが“撤退”って、素敵ですね♡」
「素敵じゃない。胃が助かるだけだ」
5) 侵入者側への見え方(演出)
メイジ:偶然の霧、偶然の暗がり、“ダンジョンが息をした”ように見せる
リザードマン:単独の古強者に見せる(指揮系統を感じさせない)
“操ってる感”を出しすぎない
メイジとリザードマンの運用を固めた直後、直人は息をつく暇もなく、
さらに部隊枠を増やした。
増やさないと回らない。回らないと、現実側に漏れる。
追加したのは三組。
ゾンビ&ワイバーン。
ワーウルフ&トロール。
スコーピオン&ベヒーモス。
それぞれの“役回り”と投入の基準だけ、最低限まとめて、システムに通す。
細部は後だ。今は穴を塞ぐ。
ミリアが、腕を組んで涼しい顔をした。
「……直人さま、増やしすぎじゃないですか♡」
「必要なんだよ」
「必要なのは分かります♡ でも、管理が地獄になります♡」
「既に地獄だろ」
「種類が増えると、地獄の“管理工数”が増えるんです♡」
「離職防止だ。ダンジョンはブラック企業じゃない!」
ミリアはため息をつき、にやりと笑った。
「管理って言葉、ダンジョンで使うと急に怖いですね♡」
「怖くしないでくれ。現実側も同じだ」
直人は画面の警告を一つ潰しながら、ぼそりと言った。
「……数を増やしても、回せなきゃ意味がない。次は“回し方”だ」
ミリアは、笑顔だけは極上のまま頷いた。
「はい♡ では、管理者さま。次は“運用”のお時間です♡」
直人は最後に太字で書いた。
※勇者に「魔王の仕様」を学習させない。
※直人の口癖は封印(努力目標)。
ミリアが即座に追撃する。
「努力目標♡」
「笑うな」
直人は保存ボタンを押し、深く息を吐いた。
現実のSlackが鳴り、ダンジョン側のログも鳴った気がした。
ミリアが囁く。
「二度目、来ますね♡」
直人は低い声で返す。
「来る前提で回す。……俺は、“魔王”でもなんでもいい・・・いや良くない」
ミリアは嬉しそうに笑った。
「はい♡ では次回、勇者再戦(対策済み)です♡」
直人は画面を見つめたまま、短く呟いた。
「……面倒が、始まるな」
(第9話に続く)
「改善」は始めたら止まらない。直人は二正面(三方向)対応を求められるようになってゆく。




