表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リモート会議してたらダンジョン管理者になって、改善してたら魔王に定義されました  作者: 遠藤 世羅須
第一章 定義してください

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/31

第13話 ターニングポイント

ダンジョン放置で直人は現実世界へと戻る。一番大事なもの、家族を守るために直人は行動する。

「行ってくる」

夕方の空気は、昼の会議よりはるかに重い。


在宅勤務の“在宅”は、たぶんこういう時のためにある。

しかし、会議の余熱は指先に残り、Slackの通知はまだ耳の奥で鳴っている。

出る前、ミリアが画面の隅で手を振っていた。

「いってらっしゃいませ♡ 魔王さま♡」

直人は振り返らない。

「俺は父親だ」

ダンジョンは放置した。


1 迎え


幼稚園の門の前に着くと、妻がすでに立っていた。

「ありがとう、来れたんだ」

「会議は切った。……ひなは?」

先生に抱えられるようにして出てきたひなは、頬が赤い。

でも泣いてはいない。直人を見ると、少しだけ笑った。

妻が小声で言う。

「熱、37.8。いまはだるいだけっぽいけど、念のため」

直人は頷いた。

「小児科寄ろう。その前に――」

直人は幼稚園の向かいのコンビニに走った。

ポカリ、ゼリー、氷。あと、子どもが飲めそうなストロー付きの水。

(買い方が完全に“家庭の緊急対応”)

戻ると、妻が少し笑った。

「手際いいね」

「仕事のせいで“最短導線”が身体に染みてる」

ひなは直人の袋を覗き込み、弱い声で言った。

「それ、あおいやつ?」

「そう。あおいやつ。いまのひなに一番強い」

直人はペットボトルを少しだけ開け、コップに注いで渡した。

「ちょっとずつ。のど渇いてる?」

ひなはこくんと頷き、ストローで吸った。

「……あまい」

「それでいい。今日は甘いが正義」

妻がほっと息を吐く。

「飲めてる」

直人は小さく頷いた。

「よし。じゃあ病院へ」

挿絵(By みてみん)


2 医者


小児科の待合は、世界でいちばん静かな戦場だ。

熱の子ども、心配する親、淡々と呼び出す受付の声。

直人はスマホを見るのをやめた。

見れば仕事に戻ってしまうのが分かっていたから。

診察は短かった。

のどの腫れは軽い。肺音も問題なし。

「風邪でしょう。水分をしっかり。今夜高熱が出たら解熱剤を。明日も続くようなら再診で」

医師は淡々と、しかし“事なきを得る”言葉をくれた。

妻が息を吐く。

直人も息を吐く。

ひなは会計の間、直人の袖を握っていた。

「だいじょうぶ?」

「大丈夫。……ひなのほうが大丈夫?」

ひなは少し考えて、こくんと頷く。

「パパ、かえる」

「帰る」

挿絵(By みてみん)


3 帰宅、団らん


家に着くと、ひなは布団に入った。

妻が冷えたタオルを用意し、直人がポカリをコップに注ぐ。

何も劇的なことは起きない。

でも、こういう“何も起きない”が、どれだけ貴重か直人は知っている。

ひなが少し元気になって、寝室から小さな声がする。

「まおうごっこ……」

直人は笑って、寝室に入った。

“魔王役”は直人だ。

でもダンジョンの魔王じゃない。

布団の上の、やさしい魔王。

「まおうは、ねむい」

「ゆうしゃ、たおす」

「ゆうしゃは、もうねる時間です」

「うそだぁ!」

妻が台所から笑う。

「うるさくしないでよ、熱あるんだから」

直人は小声で返す。

「魔王は静かに滅ぼす」

団らんは短い。

熱の子どもは、笑ったあとはすぐ眠る。

妻が寝息を確認して、そっとドアを閉めた。

「……大丈夫そうだね」

「うん。ありがとう、会議切ってくれて」

「切ったんじゃない。逃げた」

妻が小さく笑う。

「逃げて正解」

その言葉が、直人には救いだった。

挿絵(By みてみん)


4 時間ができてしまう


時計を見る。

まだ早い。

しかし、家の中は静かになった。

静かになると、直人の“仕事脳”が戻ってくる。

そして、戻ってきた瞬間に、別の怖さも一緒に戻る。


ダンジョン。

PCを開けない時間は、意外と長かった。

その間に何が起きているか、直人は想像できる。

想像できるから、開けたくない。

妻が言う。

「見ないほうがいいんじゃない?」

直人は苦笑した。

妻はダンジョンの件は知らない。

仕事の事と思って聞いている。

「見ないと、もっと酷くなるタイプのやつなんだよ」

「そうなのね」

直人は恐る恐る、PCを開いた。


5 現実:捨て置きのメール


まず現実が殴ってくる。

未読のメールが溜まっていた。

件名だけで胃が痛くなる。

【至急】顧客からの追加要望(回答期限:本日中)

【重要】再発防止の提出フォーマット(経営層レビュー要)

【対応漏れ】一次回答への追記依頼(営業)

直人は眉間を押さえる。

「……捨て置いたの、ちゃんと刺してくるな」

ミリアがどこか愉快そうに言った。

「現実もダンジョンも、“放置耐性”ゼロですね♡」

「褒めるところじゃない」

直人は息を吸い、まず一通だけ返した。

“今夜できること”だけに切り分け、期限を握り直す。

すべてに答えるな。火の粉を止めろ。

返信を打ち終えたところで、直人は一度だけ手を止めた。

最悪の予感が、背中に貼り付いている。

ダンジョン側の画面を、最大化する。


挿絵(By みてみん)


6 異界:扉が開いた


ログが、赤い。

赤が多すぎて、赤というより血の海みたいだ。

[重大] フロアボス領域:侵入者進入

[対応] リザードマン:迎撃(自動)

[制約] 撃破禁止:順守

――ここまでは、想定内だった。

問題は、その次。

[重大] ミノタウロス:交戦開始

[結果] ミノタウロス:撃破

[結果] 扉:解放

[警告] 外部接続判定:成立


直人は、言葉が出なかった。

椅子の上で、背筋だけが伸びる。

「……ミノタウロス、撃破?」

ミリアは、悪びれない。

極上の笑顔で頷いた。

「はい♡ 直人さまが“放置”したので、現場が頑張りました♡」

「頑張る方向が違う!」

「侵入者が頑張ったんです♡」

「もっと違う!」


PCの画面を、最大化する。

ダンジョンのログは、赤い。赤が多すぎて、もはや赤字決算の色だった。

ミリアが、管理画面の隅に新しいタブを増やしていた。

タイトルは――

【障害報告書(INCIDENT)】

直人は目を細める。嫌な予感が確信に変わる。

「……誰が、こんな報告書フォーマットにした」

ミリアが極上の笑顔で言った。

「直人さまが“仕事で見慣れてる形”が、安心かと思いまして♡」

「最悪の気遣いだな」

画面には、淡々と地獄が整形されて並んでいた。


【INC-008】フロアボス(ミノタウロス)撃破に伴う扉の不正解放

発生日/時刻:本日 19:42(管理者不在時間帯)

重要度:S(“現実側”影響の可能性あり)

ステータス:未解決(扉:開)

担当:管理者(佐倉直人)※不在

概要:

フロアボス領域にて侵入者(勇者パーティ)がミノタウロスを撃破。

これにより、次段扉が解放され、外部接続判定が成立。


実際の挙動:

ミノタウロス:撃破(死亡)

ダンジョン:扉が恒久的に開通

外部接続判定:成立(現実側の位置情報が確定)

現実側:接続先が確定(後述)

直人は椅子の上で固まった。

「……“実際の挙動”が全部ダメだろ」

ミリアが小さく拍手した。

「直人さま、影響範囲の書き方が完璧です♡」

「“胃が痛い”を影響範囲に入れるな!」


暫定対応(提案)

扉前に“暗号申請ゲート(簡易)”を設置し、通行を事実上阻害

侵入者に対し、“推奨ルート”を扉から遠ざける(遠回り化)

メイジ:霧で“扉の存在”を薄める(※ただし逆利用リスクあり)

リザードマン:扉前の斥候のみ排除(撃破禁止のまま)

直人は額を押さえた。

「……暫定対応が全部“嫌がらせ”なの、うちの会社より終わってる」

ミリアが爽やかに言った。

「会社の方は嫌がらせじゃないんですか♡」

「そこは黙ってろ」



外部接続判定(重要)

画面の端に、別の項目が赤く点滅していた。

【外部接続判定:成立】

接続先:現実側(位置情報)

場所:幼稚園(施設名:××幼稚園)

直人の血の気が引く。

笑いが、冷える音に変わる。

「……やめろ!

 そこはひなの・・・」

ミリアは、いつも通りの笑顔で言った。

「だって、扉が開いちゃいましたから♡」

直人は声を落とす。家族が寝ている。怒鳴れない。

「……家族に触るな」

挿絵(By みてみん)


ミリアが

「触れるのは、直人さまの“世界”です♡」

「言葉遊びで誤魔化すな」

直人は報告書タブを閉じたかった。

でも閉じると、現実も異界も“なかったこと”になりそうで、閉じられなかった。

直人は、血の気が引くのを感じた。


7 次の通知


――ピロン。

PCではなく、直人のスマホが鳴った。

幼稚園からの連絡ではない。

見慣れない、しかし妙に“丁寧な”通知。


【お知らせ】明日、園内で“安全確認”を実施します

担当:ミリア

挿絵(By みてみん)


直人の指が止まる。

背中が冷える。

ミリアは、画面の中で、にっこり手を振った。

「明日、会えますね♡」

直人は低い声で言った。

「……やめろ。あそこは、現実だ」

ミリアは、楽しそうに言った。

「現実の定義、明日更新します♡」


直人は、眠っている娘の近くに行き寝顔を一度だけ見た。

そしてPCの画面に戻り、声にならない声で呟いた。

「……俺のせいで、扉が開いた」

挿絵(By みてみん)


(第14話に続く)

遂に想像もしなかった事態が起こる。

次回、

幼稚園で、ミリアが“現実の顔”を持って現れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ