第12話 放置(現実対応フルスロットル)
ダンジョン+zoom+slack 三方向対応となる。優先すべきは?
——その瞬間、勇者パーティが動いた。
「魔王は——“困っている者”に反応する」
直人は凍った。
(聞こえてないのに、わかるのか!?)
勇者パーティは、わざと小さな“事故”を起こした。
通路の端の松明を倒す。油が漏れ出し火が広がる。
普通の侵入者なら無視して進む。
でも——直人なら直す。
ミリアが囁く。
「直人さま、火災は放置できませんよね♡」
「……っ」
直人は、ついに口を開いた。
「——危険だ。対応を定義——」
その言葉が出た瞬間、呪文が響き渡る。
盤面が動いた。
ゴーレムが出る。通路が閉じる。火が止まる。
そして——勇者パーティの目が、確信に変わる。
戦術家が低く言った。
「呪文を吐いた」
聖職者が頷く。
「魔王語だ」
斥候が笑う。
「引き金、取れた」
勇者が断言する。
「魔王の癖は掴んだ」
直人は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
ミリアが、嬉しそうに笑った。
「直人さま♡ いま、完全に“魔王”でした♡」
直人は乾いた声で返した。
「……最悪だ。相手に学習された」
そして、現実側の電話で顧客が言った。
「じゃあ、明日も同じなら、また電話しますね」
直人は、反射で言いかけた。
「持ち帰り——」
ミリアが即座に指を立てる。
「箱が増えました♡」
直人は歯を食いしばり、言い換えた。
「……明日までに、計画を文章でお渡しします」
電話が切れる。
Zoomの画面に拍手のリアクションが飛ぶ(誰だ)。
そしてダンジョンでは、勇者パーティが闇に溶けるように撤退した。
ミリアが、にっこり言った。
「また、来ますね♡」
直人は椅子の背にもたれ、玉座っぽい感触に腹を立てながら呟いた。
「……次は俺が、“俺自身”を対策しないといけないのかよ」
ミリアが楽しそうに言う。
「はい♡ “魔王の弱点=いい人”です♡」
直人は返事をしなかった。
返事をすると、何かが増えそうだったから。
直人が一番嫌いな言葉は「ついでに」だ。
一番怖いのは「今すぐ」だ。
そして今日、その両方が同時に来た。
朝から続いていた緊急対応は、ようやく“会議の形”になり始めたところだった。
直人は言葉を選ぶ。
謝らない。約束しない。怒らせない。
それが“本格仕事対応”の基本だ。
広報はすでに“お詫び文の骨子”を作り始めている。
「事実関係を先に固定して、影響範囲、再現条件、暫定回避策。
この三点だけは今日中に対応するように」
部下に詳細指示を出す。直人は、ここで一度だけ息を吐いた。
(回ってる。今なら片付けられる)
――ピロン。
その瞬間、直人のSlackに個別DMが飛ぶ。
妻:ひな、熱37.8。迎えは私が行くけど、直人、会議終われる?
直人:把握。30分で畳む。終わり次第、家事と看病入る。
妻:助かる。
直人:必要なら小児科も当たる。
続けざまに、もう一通。
娘:パパ まおうごっこ きて
直人は指が止まった。
現実の“魔王”は、会議室より家庭にいる。
ミリアが、どこか誇らしげに囁く。
「お仕事も育児も、管理者の仕事です♡」
「いま一番言われたくない」
Zoomで経営層が言う。
「佐倉くん、次は?」
Slackで妻が言う。
「早く行ける?」
娘が言う。
「まおうごっこ」
直人の脳内で、優先順位会議が始まった。
(優先度A:娘の体調)
(優先度A:顧客対応の収束)
(優先度A:……全部Aって何だよ)
ミリアが指を一本立てる。講師みたいに。
「補足です♡ 優先度Aが複数ある場合は“全部やる”が正解です♡」
「それ一番不正解のやつだろ」
現実側:仕事を片付けにいく
直人は切り替えた。
ここからは感情ではなく、処理だ。
Zoomに向かって、淡々と言う。
「次の30分で“外部向け文面”まで決めます。部下に指示済みです。」
直人は“会議対応モード”に入った。
その瞬間、ミリアが笑う。
「直人さま、集中してます♡」
「やめろ、褒めるな」
直人は、反射でミュートを押しかけて――止めた。
(ミュートで加速)
(いまは放置するから、加速はダメだ)
代わりに、口を少なくし、チャットを増やす。
言質を残し、誤解を減らす。
“管理者向け最適化”を、現実でやる。
妻には短文で返す。
直人:目途つきそう。ひな、熱測って。
娘にはさらに短く。
直人:まおうごっこ、あとで。パパ、今ほんとの魔王と戦ってる
送信してから、直人は自分で嫌になった。
(ほんとの魔王って何だよ)
ミリアが囁く。
「言い方、最高に魔王です♡」
「黙れ」
ダンジョン側:放置が始まる
直人は、右の画面ダンジョンを一度だけ見た。
侵入者ログは静か。
警戒は立っているが、当面の波はない。
「よし。自動運用で回せる」
そう言ってしまった瞬間、ミリアが極上の笑顔で頷く。
「自動運用♡ 直人さま、素敵♡」
「褒めるなって言ってるだろ」
直人はコンソールに最低限だけ打ち込む。
【運用モード:自動】
ゴブリン巡回:通常(推奨ルート提示あり)
ゴースト監視:ON
ゴーレム封鎖:待機
メイジ&リザードマン:発動条件に合致時のみ(撃破禁止)
オーク:有事は自動戦闘
「これでいける。いけるはずだ」
ミリアが小さく拍手した。
「はい♡ “人がいないほど事故る”ってやつですね♡」
「縁起でもないこと言うな」
直人は現実側にフルで戻った。
その間、ダンジョンは“放置”になった。
放置の結果は、だいたい最悪である
最初の異変は、静かだった。
ダンジョンログが、社内のチケット通知みたいにポンと増える。
直人は見ない。
今は見ない。
見たら“直したくなる”からだ。
その直後、第二波のログが続く。
最初のログ見て冷や汗が出た。
[警戒] 侵入者
直人は眉間がぴくりと動いた。
(それは危ない)
ミリアが囁く。
「直したい顔♡」
「黙れ!」
直人は現実のZoomで、経営層の質問に答えている最中だった。
「佐倉さん、この表現、保証にならない?」
「なりません。『再発防止』は使わず、『再発リスク低減』にします」
プロの対応。
同時に、異界で事故が積もる。
1回途切れた通知がまたにぎやかに増えていく。
次の通知は、笑えない。
[警戒] 侵入者:別ルート侵入(未検知)
直人は低い声で言った。
「……そちらは定義してない」
ミリアがにっこり。
「どうします?」
承認欲求が点火しかける。
――ピロン。
妻:熱、37.8。
娘:パパ まだ?
直人は、胸の奥が一瞬だけ痛んだ。
ミリアが囁く。
「現実でも褒められて、家庭でも求められて。直人さま、人気者♡」
「人気者の定義、改善だな」
直人は、現実の“片付け”を選ぶ
直人は決めた。
先に現実を終わらせる。
娘のところへ行く。
そのために、会議を畳む。
「今日のToDoを切ります。
顧客向け文面は広報が15時までに初稿
技術側は暫定回避策を17時までに実装
明日の午前に恒久案の計画提示
ここで“決めたこと”以外は、今はやりません」
経営層が「よし」と言う。
法務が頷く。
営業が泣きそうに救われる。
直人は、ようやく会議を終わらせた。
「……では。私は一度、離席します」
離席。
その言葉を言った瞬間、ダンジョンログが爆発した。
[警戒] 新規侵入者:中規模(複数)
多数のログ・・・・
[参考] 直人の集中度低下を補うため雰囲気を強化(※ミリア注釈)
直人は椅子からずり落ちかけた。
「補うな。雰囲気で補うな」
直人はコンソールを開く。
しかし、妻と娘のメッセージが画面の端で光っている。
現実の“火事”が先だ。
娘の熱が先だ。
直人は、歯を食いしばって、ダンジョン画面を最小化した。
「……放置。継続」
ミリアが囁く。
「直人さま、放置プレイ♡」
「言い方!」
家庭:もうひとつのダンジョン
直人は妻に返す。
直人:今すぐ行く。薬は? 水分取れてる?
妻:大丈夫。氷枕してる。ポカリお願い。
直人:了解。すぐ動く。
娘には、ひらがなで返す。
直人:ひな だいじょうぶ。かえる。まおうごっこ する。まけない。
娘:やったー
その瞬間、直人の胸の奥で、別の承認欲求が点火した。
こっちは、悪くない。
ミリアが小さく言う。
「……いい顔♡」
直人は一瞬だけ黙って、立ち上がった。
そしてダンジョンは、山積みになる
玄関に向かう途中、ダンジョンの通知がまた鳴った。
見ない。
見ないはずだった。
――ピロン。
[影響] ミノタウロス:起動準備
直人は、靴を履いたまま固まった。
喉が乾く。
「……ミリア」
「はい♡」
「俺、いま家を出る。娘が熱だ」
「はい♡」
ミリアは、笑顔のまま言った。
「その間に、全部“仕様通り”です♡」
直人は低い声で返す。
「仕様通りが一番怖いんだよ」
玄関のドアを開ける。
現実の外気が流れ込む。
――そして遠くで、角笛みたいな音が鳴った気がした。
ミノタウロスが、起きる音だ。
直人は一歩、外に出る。
家族の方へ。
ダンジョンを置いて。
背後でミリアが、楽しそうに囁いた。
「いってらっしゃいませ♡ 魔王さま♡」
直人は振り返らずに言った。
「……俺は、ただの父親だ」
しかし、ダンジョンのログは冷たく表示した。
[運用] 管理者(魔王):不在
次回、直人が戻ったとき、
そこはもう“改善できる範囲”を超えているかもしれない。
(第13話に続く)
いよいよ次回、分岐点が現れる。直人の最優先は家族だが、その想いとは裏腹に・・・




