第10話 続・魔王はいる。現実にも。
2正面作戦が正に佳境を迎えます。色々な制約の中から直人はどのように切り抜けるのか?
現実のZoomは、ダンジョンよりも暗い。
暗いのに、照明は明るい。
人の顔がはっきり見える地獄、それが緊急会議だ。
画面に並ぶ四角が増えていく。
経営層(怖い笑顔)
営業(目が泳いでる)
法務(冷たい正しさ)
広報(“説明文”の顔)
サポート(胃が死んでる)
現場(直人の上司、魂が半分抜けている)
リーダーが咳払いした。
「えー……本件、顧客から“全社停止”の示唆が——」
経営層が遮る。
「結論から。今日中に止めろ。止められるな?」
営業が同時に言う。
「止めないと契約が…!」
法務が静かに刺す。
「“止める”は定義が曖昧です。どこまで、いつまで、
どういう状態を指しますか」
直人の喉が、反射で「すみません」を準備する。
謝罪は社会人の潤滑油。
ただし今日は——潤滑油がゴブリンを増やす。
(言うな)
(言ったら増える)
ミリアが隣で、推しの顔で頷いた。
「言ったら増えます♡」
「黙れ」
直人は、いつもの武器を抜いた。
“定義して下さい”。
「優先順位を定義して下さい」
全員が一瞬だけ黙る。
経営層が微笑む。怖い。
「今ここで、君が定義していい」
(現実のボス、強すぎ)
直人は息を吐いて、矛盾しない順番に並べる。
「最優先:影響停止(暫定可)
次:原因切り分け(ログ・再現)
同時:対外説明用の事実整理(言い訳禁止)」
経営層が言う。
「よし。やれ。——録画、回して」
広報が慌ててボタンを押す。
「このミーティングは録画されています」
という通知が出る。
直人の背筋が冷えた。
録画=言質の永久保存。
永久保存=“持ち帰り”不可。
ミリアが小声で言う。
「わあ♡ 言質ボス戦♡」
「黙れ」
その頃、ダンジョン側では“夜”が深くなっていた。
会議が長引いてるせいだ。
ミリアが嬉しそうに囁く。
「会議長いですね♡」
直人が呻く。
「やめろ…この仕様…」
侵入者反応:大。
勇者パーティが入口に立ち、空気を嗅ぐようにしている。
勇者が断言する。
「魔王はいる」
直人は現実側で“録画”を背負い、異界側で“魔王認定”を背負った。
(俺、いま二重に詰んでない?)
Zoomのチャットが、別の戦場として暴れ始める。
営業:顧客、今日中に恒久対応を要求
法務:恒久は約束不可。表現調整を
広報:外部向けコメント案が必要
サポート:問い合わせが止まりません
直人は笑わず、謝らず、言い切る。
「影響停止は今日の17時までにやります。
恒久対応は原因を確定してから、最短で明日の午前中に計画を提示します。
外部説明は“影響と対策”に限定し、原因は推測を言いません」
経営層が言う。
「よし。——顧客には“安心”も付けろ」
(安心って何だよ、仕様か?)
ミリアが隣で囁く。
「安心=S評価♡」
「黙れってば」
直人が“録画地獄”で言葉を慎重に選んでいる間、
ダンジョン側の盤面が動く。
勇者パーティが、わざと通路の中央に立ち止まり、何かを待っている。
挑発でもない。焦らしでもない。
——“反応”を見る動きだ。
直人はダンジョンコンソールに手を伸ばす。
その瞬間、Zoomで上司が言った。
「直人、今しゃべれる?」
直人は反射でミュート解除に手を伸ばし——
止めた。
(ミュート解除=ダンジョン減速)
(減速=勇者に“触った瞬間”を見られる)
(見られたら、条件を特定される)
直人は“最悪のマルチタスク”を理解し始めていた。
「……今はチャットで」
直人はZoomチャットに打つ。
直人:口頭は録画のため誤解が出る。文章で共有します
ミリアがダンジョン側でニヤッとした。
「現実ボス、攻略難易度高い♡」
「うるさい」
その時、ダンジョン側で「ぽん」と音がして、持ち帰り箱が増えた。
直人は愕然とした。
(俺、今“持ち帰り”って言ってないのに!?)
ミリアが無邪気に笑う。
「思っても増えます♡」
勇者が確信する。
「魔王の罠だ。近づくな」
直人は頭を抱えた。
(違う)
(ただの“持ち帰り”だ)
(ただのはずだ)
Zoomでは、さらに面倒が増えた。
広報が言う。
「外部向けに“再発防止”の言葉を入れたいです」
直人は一拍だけ黙った。
嘘は言えない。だが言い方は選べる。
「停止ではなく“遅延”として出ています。
顧客体感の定義を確認し、影響が見える箇所から抑えます」
(俺、いま“魔王”の口調になってない?)
ミリアが隣で拍手した。
「上手♡ 現実の盤面も触ってます♡」
「黙れ」
ついに誰かが言った。
「すみません、ちょっといいですか?」
直人の背筋が反射で固まる。
(やめろ)
(謝罪の連鎖が来る)
(ゴブリンが——)
案の定、営業が続ける。
「すみません、顧客が“謝罪の文言”を求めてます」
直人は目を閉じ、静かに言った。
「謝罪文は出します。だが“責任の認定”はしない。
事実と影響と対応を淡々と書く」
ミリアが、満面の笑みで囁いた。
「直人さま、今『謝罪』って言いました♡」
直人が叫ぶ。
「言ってない! “謝罪文”は単語として——」
「単語でも増えます♡」
ダンジョン側で、ゴブリンが一匹、増えた。
勇者パーティが、その瞬間を見逃さない。
戦術家が低く言う。
「……増援条件、特定」
勇者が頷く。
「魔王は、“言葉”で盤面を動かす」
直人は顔を覆った。
(違う)
(俺が悪い)
(いや、仕様が悪い)
ミリアが優雅に笑う。
「魔王っぽいですね♡」
その瞬間、勇者パーティが、闇に溶けるように消えた。
——いや、消えたのではない。
見えないところで、動き始めたのだ。
戦術家の声だけが、残る。
「一度目は偵察。——魔王の癖は掴んだ」
直人の背中が、ひやりとした。
現実のZoomで、経営層が言う。
「佐倉くん、次の手を」
直人は、両方の画面を見て、短く答えた。
「……次は、俺が学習する番です」
(第11話に続く)
現実の「魔王」クラスが手強い。しかし、社内だけならまだしも、社外もからんでくる。
この先、第13話が「ターニングポイント」になります。




