青春の誓い
1980年代中期―
慶州市内を一台のタクシーが走って行った。
「正真さん、付き合わさせて申し訳ないですね」
鈴木正直が隣りに座る男性に言った。
「構いませんよ、私も一度行ってみたかったのですから」
李正真は相手に気を使わせないように答えた。鈴木は正真の兄・正直の戦友で親友であり、彼の家族にとって大切な人物だった。兄の遺品をわざわざ家族のもとに届けてくれたのだから。
二人があれこれ話しているうちに車は目的地に着いた。
目の前には慶州国立博物館の建物があった。
「ここにあるのか」
鈴木は感慨深げに呟いた。
車から降りた二人はさっそく館内に入って行った。
平日のためか、館内は閑散としていた。
鈴木が周囲を見渡すと前方に懐かしい人影が見えた。
「先輩!」
鈴木は駆けていった。
「また会えて嬉しいよ。君と一緒にこの碑を見たかったんだ」
こう応えた人影は香山正直だった。彼はガラスの向こうに置かれた小さな石碑を指しながら言った。
「これが例の…」
「うん、壬申誓記石だ」
彼らが学生だった昭和前期、朝鮮慶州で小さな石碑が発見された。新羅時代に刻まれた碑文には、花郎徒と思われる青年二人の誓いの文が記されていた。
「三年後に違うことなく忠道を守っていていることを誓う」
「たとえ国家が大いに揺らぐことがあっても」
「そして、先年に誓った詩、尚、書、礼、伝も三年で修得する」
二人は碑文を読んだ。そして、
「俺たちもこれに倣って忠君愛国を誓い、三年で学問を習得するって誓い合ったな」
と香山が懐かしげに言った時、鈴木は複雑な気持ちになった。
―忠君愛国をいったのは先輩の祖国ではなかったのに。
「いや、俺は自分の国に誓ったんだよ。俺の家族と君が暮らす国に」
鈴木の心を見透かしたように、香山が笑顔で言葉を続けた。そして、
「学徒出陣で南方に行ったことも、そこで俗世とおさらばになってしまったことも悔しいとは思わない。君の国も俺の国も発展しているのだから」
と嬉しそうに言った。
「先輩の祖国は世界が驚くほど急速に発展しています」
「それは君の国の支援があったからだろう?」
「いえ、先輩の国が我が国の支援をしっかり生かしているからですよ。我が国は他の国々にも援助しますが先輩の国のようにきちんと使っていないのです。先輩の国の人々は我々より勤勉だとも言われているんですよ」
鈴木の言葉に香山の顔は綻んだ。
「あれ、鈴木さんがいない」
館内に入り解説版を読んでいた正真が横にいると思っていた鈴木の姿がいないのに驚き周囲を見渡した。すると前方の展示物の前に羽飾りのついた冠に古風な衣装を身に付けた二人の青年の姿が見えた。
「花郎!」
その姿はすぐに昔風のシャツ、ズボン姿の青年に変わった。
「兄さん!…。鈴木さん?」
正真には話し声は聞こえなかったが、二人はとても親しげで楽しそうだった。
「兄さんと鈴木さんは本当に仲が良かったんだな」
短い人生だったが、兄は“心友”に出会い、きっと充実した青春時代を過ごしたのだろうと正真は確信した。そして何となく心が暖かくなるのを感じたのだった。




