1.トリカブト
屋敷の奥の奥にある書庫の少し開いた扉から漏れ出る光の中を進むと書庫に人が居た。その人がこちらに気づくと微笑んでこちらに対して手招きをする。その人は自身が持っている本を見せてきた。本には人物の名前が書かれており、この人物はこの本の作者なのだろう。不意に見た本の題名が【葬儀屋の謎解き解剖】と書かれてあった。
本を開くとその人は語り始めた。
「これは、20世紀初頭のドイツを舞台にした物語だ。この物語はもし魔法、呪術、錬金術、科学が急発展した世界だったらどうなる?という疑問によって構成された。
さぁ、ここでこの物語の主人公を紹介しよう。
【葬儀屋を営む少女レイ、金色にオレンジがかった髪、紫色の瞳。元軍人で右足を負傷し現在は杖をついて生活している。
そしてこの少女が営む葬儀屋を通じて人と関わり、故人の死因の謎を解いていったりして自身の名前のない感情に名前を付けていく物語。】と、まぁこれはいわばパラレルワールドの世界と言えよう。皆が考える、物語がどこかのパラレルワールドで存在している、そしてこの物語もまた存在しているのかもしれない」
筆者はそう綴った。
その人はこちらに再度視線を向けると薄ら寒い笑みを浮かべていた。
◆
ドイツのローテンブルク・オプ・デア・タウバーで葬儀屋を営む少女が居ました、その少女の名前はレイ。レイは朝の作業を終えて休憩している所でした。そこに刑事のドミニク・アドルフがレイを訪ねて来ました。
「よぉ、レイ。調べてほしい事があるんだが」
「嫌です」
「何でだよ」
レイは顔を顰めドミニクを睨みます。
「ま〜た面倒事を持ってきたんでしょ?」
「グッ、だがお前さんしか居ないんだよ。お願いだ」
「このとおり」と言いながらドミニクは頭をレイに対して下げました。レイは一時ドミニクのつむじを見ながら考え、ため息を吐きながらドミニクに頭を上げさせます。
「わかりました」
「ホントか!?」
レイはドミニクを指差しながら
「た・だ・し、それなりの報酬は弾んでもらいますからね」
「そりゃもちろんだ!」
ドミニクは外に出ると黒い納体袋を抱えて戻ってきた。遺体安置所に入り、袋を開けてみると腐食が激しい様で顔の原形が残っていなかった。
「これは、酷い状態ですね」
「だろ、この人物が誰かが特定できなくてな。だから人や物の過去を見ることができるお前さんにしか頼めないんだ」
「私は都合よく過去は見れないんですが……制限があるのに」
「わかる範囲で良いんだ教えてくれ。この人物の死因は心筋梗塞と言われてるぜ」
レイはため息を吐くと遺体の体に手を置き目を閉じる。
するとレイの脳内に映像が写しだされる。
こちらを見て微笑んでいる女性がおり、女性が何かに気づいてそちらに視線を向けながら喋る。
『あれは何かしら?』
『人か?』
この声は遺体の持ち主だろうか?声音が低いので男性だとは思うが。
視線を向けていた所では人影が見え、何かを踏みつけている様だ。
『何をしてるんだ?』
『ほんとね、何してるのかしら?』
女性が人影の所まで歩いて行くと人影は驚いた様子で茂みの中に入っていった。女性は訝しんで茂みの中に怖気付かず堂々と入っていった。男性は女性の行動に驚いた声を出したがすぐに女性の後を追って行った。
そこで記憶が終わった。
おそらくだが、記憶の終わり付近で後ろの方から影が地面に写り込んでいたので男は襲われた可能性がでてきた。
「この人は男性なのはわかりましたが、名前まではわかりませんでした」
「それだけでも十分だ、ありがとう」
「それと、解剖してもいいですか?」
ドミニクは少し悩む素振りを見せたがすぐに是と答えが帰ってきたのでレイは嬉々として遺体を安置所から解剖室へと運ぶのをドミニクに手伝わせた。ドミニクは遺体を俵担ぎをして丁寧に運んだ。
レイは病理解剖をする為の服を着て、黒色の革手袋を着けた。メスで遺体の体を切り開いていく。中身の臓器を一つ一つ確認していくと肺が通常より黒く変色していた、この男はタバコを頻繁に吸っていたのだろう。さらに血液検査をすると
「あら?」
「どうした?」
「この方、毒を摂取したみたいですね」
「は?待て、事件性はなかった筈だ。心筋梗塞で亡くなったと言われてるんだぞ……体は腐食して見るも無惨だが。」
レイは困り顔でドミニクを見る。
「ですがこの方、テトロドトキシンとアコニチンの代謝物が微量に出てきましたよ。テトロドトキシンはナトリウムチャネルを抑えて、一方アコニチンはナトリウムチャネルを開くから二つ同時に投与されてその結果相殺し合っていたのでアコニチンの効果が出るのが遅かったのでしょう」
ドミニクは「訳が分からん」と言った。レイは頬を膨らませながら言う。
「簡単に言うとテトロドトキシン……フグの毒ですね、それを体の中に入れると運動麻痺、知覚麻痺、横隔膜、呼吸困難で死に至ります。ですがアコニチン……トリカブトの毒を一緒に摂取すると体の中のナトリウムチャネルをテトロドトキシンが抑えて一方はアコニチンが開かせて、相殺し合ってアコニチンの効果が出るのが遅くなるんです。だから死に至るのが二、三時間後になるんです。わかりましたか?」
ドミニクは頬を掻きながら
「何となく?」
レイはドミニクをジト目で見ると、本日三度目のため息を吐いた。
「もっと簡単に言うとフグの毒とトリカブトの毒が相殺し合っていたから死ぬのが遅かったと言うわけです。これでわかりましたか?」
ドミニクは顔を明るくさせて
「おう!」
と言いながら親指を立てました。レイはダメだコイツと思いながら、メスで開いた体を持針器で縫い付けていく。
◆
レイとドミニクはある所にある農村に来ていた。経緯を説明するとレイが見た記憶の中にある村に来ており、その特定に至ったのは太陽の位置と看板の文字からだ。
そして今まさに目の前に男の記憶の中に居た女性が居た。レイはドミニクに耳打ちをする。
「……あの人、記憶に居た人です……」
ドミニクが目を見開いてレイを見ると小声で
「……マジ?」
そう聞いてきた。レイは頷いた後、女性の元に行くと女性に話しかける。
「あの、お伺いしたい事があるんですが」
女性はレイを見ると首を傾げながら
「あら?何かしら?」
「貴方の知り合いにタバコを吸っていた男性は居ましたか?」
「タバコ………………あ!居るわよ。でもその人、今行方不明なのよ」
「……その男性の名前は?」
女性はこちらを訝しんで見る。
「何故知りたいの?そもそも知らない人に教える訳ないじゃない」
レイがどう説明しようか迷っている時にドミニクが目の前に立って、女性に向かって警察手帳を出した。女性は驚いた様子でそれを見る。女性は一時考える素振りを見せた後にレイ達を見て言う。
「あなた達が信頼できる人達なのは理解したわ。私の友達はデニス・バシュよ」
女性から男の名前を聞いた時、レイの脳内にある記憶が写し出される。
男……デニス・バシュと思われる人物が誰かと食事をしている。その女性の顔は写し出されていないがデニスとは仲が親密に見える、食事を終えると共に席を立ち会計をした後に女性とは別れデニスは家に帰った様だ。その後二、三時間資料作成をしておりその後、飲み物を飲みに行こうとした時に目の前が暗くなりそこで記憶は途絶えた。
現在に戻り、レイは過呼吸を起こして膝を付いていた。それを見た女性が驚き慌てた様子で背中をさすってくれたがレイの過呼吸は止まらずにどんどん酷くなっていった。女性がレイに呼びかける。
「ゆっくり息を吸って!」
だが、その声はレイには届かなかった。さらに酷くなっていきレイの目から生理的な涙が出た時ドミニクがレイの顎を掴み、上を向かせるとキスをする。レイは驚いて目を見開くと
「……え?」
と口の中で呟いた。ドミニクが唇を離すとレイは目をパチパチさせてドミニクを見た。レイは一時の間自分が何をされていたのか理解できなかったが自分が何をされたのか理解した途端、体を震わせて涙目でドミニクに対して怒鳴る。
「私のファーストキスが!将来の夫にあげる筈だったファーストキスが!」
涙を流しながらレイはドミニクを睨む。ドミニクはそれを受け流しながらレイに
「なら、俺が責任取るから。それで許してくれ」
目を逸らしながら言った。が、レイはさらに睨みをきかせてドミニクを見る。
「誰があんたなんかと結婚するか!」
「あ”?なんだと」
「……ッ」
ドミニクが冷めた視線をレイに送るがレイも負けじと言い返す。
「あんたと結婚なんてしたらあんたの周りに居る女性達から恨まれて殺されるわ!私はそんなのごめんよ!」
ドミニクは呆れた様子で
「理由になってねぇ……」
「理由になってるわよ!あんたモテる自覚持ったら?」
「たしかに俺はモテるがレイと結婚できない理由にならないだろ?」
「なるわよ!」
二人が言い合いしていると放置されていた女性が会話に割り込んでくきて二人を落ち着かせる。
「あの、いったん落ち着きましょう?」
レイはハッとして女性に謝る。女性は気にした様子はなく笑顔で言う。
「落ち着いたなら良かったです。そういえば、あなた方はどうしてデニスの事を調べているんですか?」
レイはドミニクの方をチラりと見る、ドミニクが頷いたのを見てから女性にデニスの遺体を発見したことを説明する。女性は驚いて理解ができないと言った顔をしながらレイに聞く。
「デニスは死んだの?」
レイが頷いたのを見た女性は涙を流して顔を手で覆う。レイは女性を慰め、落ち着いた所で女性に言った。
「事件性があるのでデニスさんのお家に伺いたいのですが……」
「それならアメリアが居るわよ」
「アメリア?」
「えぇ、アメリアはデニスの奥さんよ」
レイは顔を明るくさせると
「そのアメリアさんを紹介してください!」
「わかったわ」
女性……カミラさんの案内でデニスさんの家に向かった。