鱗人の村
《林檎》視点
鱗の生えた人間のような生き物。様々な色の鱗を纏う彼らの雰囲気は理知的な物に見える。少し私たちとは異なる特徴を持っているが、人間かもしれない。それなら取引できる。こちらに来る前《果実姫》と十分に話し合ってきた。この大地が浄化され、人が住める環境になったなら地下の民の一部を移住させることも選択肢に入っている。先住民がいるなら溶け込むことが肝要だ。私たちは侵略者ではない。荒くれ者も多いが戦いを好まない者も多い。荒くれ者は上位者の強い拘束の下に置きたい。こちらに来るなら溶け込める者だ。鱗の生えた人間と上手く交流できれば取引ができ、そこから交流が深めれば家族関係も生まれるかもしれない。
第一号の危険を冒すなら私だ。そう武器を彼らに見えるように置き、両手を軽く広げて敵意がないことを示す。一歩また一歩と近づいても彼らは警戒するだけで攻撃的な行動を見せない。
頭部にも鱗があり、髪は生えていないが、鱗の形状が他と異なるため短い髪のようにも見える。目や口の周りには鱗がない。私たちより目も口も大きいが、人間の顔のようにも見える。やはり瞳には理性の色が見え、交流ができそうだ。そう挨拶の言葉を掛け、お辞儀をする。通常よりも深く頭を下げ、相手が簡単に首を落とせるような姿勢を取った。この意図が伝わったのか、一人がゆっくりと体の力を過剰に抜いた状態で近づいてくれる。両腕を私の前で広げ、制止した。何か言っているが内容は分からない。緊張しているようだが敵に対する警戒とは異なるように感じられる。両手を広げる動きを真似すれば、笑ったように顔を歪めた。さらに何か声を出すが、何か意味が込められていそうだということしか分からない。両腕を広げたまま近づき、胴体に抱き着けば同じように返してくれる。緋炎より背が高く、胴体も太く硬い。首も鱗で覆われているが、胴体前面の鱗は衣類だったようで、隙間から鱗より薄い肌が見えた。背中側は服の下にも同じ鱗が見える。抱き締め返す手のひらの感触も硬いが傷みはない。後ろに立っている人の手を見れば鋭い爪が生えているはずなのだが、それのような感触もないため、傷つけないようにしてくれているのだろう。首筋に顔を埋めれば私たちより体温が低いようなことも分かる。体臭は茹でた葉野菜のような匂いがほんのりとする程度であまりない。相手も私の首筋に鼻を近づけ、軽く匂いを嗅ぐ仕草をした。鱗のない箇所にも触れてみたいが、服の下にしかないためまだ触れられない。受け入れられたとして、私にも同じ仕草を返されても困る。それこそ緋炎が怒ってこの交流を台無しにしかねない。
じっくりと時間を掛けた抱擁を済ませ、軽く体を離す。互いに腰辺りに触れたままだ。見つめ合えば友好的な色が見えた。交流の意思があると伝わったのだ。微笑みかければ、彼は自分を指差し、同じ単語を繰り返す。首を傾げるともっとゆっくり言ってくれた。アルドル。そう聞こえるこの単語は彼の名前だろうか。人の名前を間違えることは失礼に当たる。こちらでも同じかは分からないが、少なくとも良い気分はしないだろう。そう慎重に彼の言葉を真似し復唱すると、手を頭の上に乗せ、左右に動かした。ここでも頭を撫でる仕草は好意的なものになるようだ。背後からの鋭い視線は緋炎のものだろう。一葉様と二人きりになることは許容できても、目の前で密着することには以前も面白くなさそうな顔をしていた。首筋の匂いを嗅ぐような行為、まぐわう時間を想像するはずだ。相手の表情はよく分からない。私たちと比べると大きすぎる目と口が形の変化は読み取りやすくしているが、その意味するところをまだ覚えていないのだ。
何となく受け入れられているような気がして、私も名乗り返す。ここでは「果穂」を名乗ろう。地上であり、地上の国々が存在を知っている場所だ。移動の技術が発展すれば交流も増えるかもしれない。地下の国はまだ伏せていたい。それに関する情報は極力減らす。彼も拙い発音で私の名を繰り返す。声は低いものだが、人間の声として違和感のないものだ。頷けばまた顔が先程のように歪んだ。これが笑っている表情なのだろう。
アルドルが振り向き、何かを言う。それに反応し、一人だけがこちらにゆっくりと近づく。青緑の鱗を持っており、アルドルとそう変わらない背丈だ。背後の緊張感が高まるが、大丈夫だと声を掛け、武器から手を離すよう指示する。こちらの様子に気付いてくれたのか、アルドルは彼らを手招きしてくれた。仕草などは私たちとあまり変わらないものと考えても良いかもしれない。あちらが一人増やしたのならこちらも一人。そう指示を出せば、当然のように緋炎が傍に来る。走り出したいような落ち着きのなさを見せているが、今が重要な時だとは気付いており、努めてゆっくりと歩いてくれる。睨むような真似はしてくれるな。そんな気持ちが届いたのか、私を抱き寄せ軽く口付けるだけに留め、敵対的な行動は控えてくれた。アルドルも彼と私の関係を察したのか、緋炎とも抱擁を交わしてくれる。もう一人も私と、続いて緋炎と抱擁した。緋炎も自分の名をゆっくり告げ、青緑の鱗の彼も同じように名乗ってくれる。ウォルンタス。それが彼の名前のようだ。こちらはアルドルや私と異なり、匂いを嗅ぐような仕草はしなかった。
他の者たちも一人ずつ順に、互いに数を合わせるよう交流を続ける。その際、アルドルと私がしたような匂いを嗅ぐ仕草をする者は少なく、した者も誰か一人に対してのみだった。特別気になることがあった場合のみすることなのだろう。ともかく全員との挨拶と自己紹介は終わった。私たちのほうが人数が多いが、彼らは武器を奪うようなこともしない。元々鋭利な物を持っていない者もいるが、それでも警戒はされても当然。こちらの友好的に交流したい意思を汲み取ってくれたのだろう。アルドルが私の手を取り、ウォルンタスが緋炎の手を取り、基本一人に一人が付く形で案内を始める。私たちの態度から最も尊重される人間も見抜いたのか、樹だけは丁重に抱き上げられた。知花と花梨、燐とリーベはそれぞれ同じ人に手を繋がれている。彼らの中には草で編んだ籠を背負っている者もおり、籠には手が切れてしまうほど鋭かった葉や食べられれる茎が入っていた。やはりここで生活しているのだ。
案内されて行った先には大きさも体型も色も様々な彼らの仲間がいた。鋭い草で作られた網で囲われているようで、一部はその網がない。網のない部分には門番のように特に背が高く、肩幅も広く、胴体も手足も太い人が立っていた。アルドルが立ち止まり、何やら長く説明している。説明を聞き、彼も私たちを見て微笑んでくれた。表情の意味も私たちの感覚に近いと判断して良いだろうか。これが警戒の表情なら交流はより一層困難になるだろう。確かめるためにも軽く抱き着けば、アルドルたちと同じように抱き締め返してくれる。他は互いに軽く頭を下げるだけの挨拶で通り過ぎた。
集落の建物も多くは草からできているように見えるが、風が吹いても揺らぐことはない。頑丈な物を上手く組み合わせる技術があるのだろう。やはり私たちと同じ知性を持つ生き物だ。ただ言葉が通じないだけ。現代語と魔術言語の違いがあるようなものだろう。彼らの会話の意味も分からないが、こちらに関するものであることは時折投げかけられる視線から推測できる。案内されるままについて行けば一際大きな家の中に連れ込まれた。全員一緒のため、警戒を強める必要はないだろう。今はむしろ信頼していることを示すべきだ。屋内は床も全て幅広の葉で覆われており、上手く加工されているのか歩いてもずれることがない。絨毯なのか床板のような物なのか分からない。中央付近には囲炉裏のように土が剥き出しの部分もあり、そこには枝か茎で作られた直方体の枠組みがある。枠組みの上に置かれた金属製らしく大きな鍋に水と太い茎が入れられ、下には一枚の赤い鱗が置かれた。その鱗と同じ色の人がそれに爪を向ける。
「《着火》」
同じ言語だ。魔術言語は共通。詠唱のために使っている言語のため語彙は不足するかもしれないが、会話はできる。火が点いてもすぐに何か作業を始めるわけではないようだ。今なら話せる。魔力を込めず、魔術発動の意思を持たなければ魔術は発動しない。会話に魔術言語を利用できる。
「《我が名は》果穂、《敵対の意思はない》、《汝の意思を伝えよ》。」
「《我が名は》ウィルゴ、《敵対の意思はない》」
会話ができた。喜びに笑みを浮かべると、彼は私の頭をぐしゃぐしゃにした。悪意はないように感じる。頭の撫で方は西でも人それぞれだ。ここでも同じだろう。そう見つめているとウィルゴはゆっくりと知らない言葉と魔術言語を交互に話し始めた。もしかしてここの言葉を教えようとしてくれているのだろうか。復唱すればまた頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。アルゴルより目や口の動きが小さい。この人は表情の変化に乏しい人なのかもしれない。
言葉を教えてもらっている間に湯が沸騰した。お玉で器に入れ、一口飲んで見せてくれる。器を渡し、こちらを見ている。飲み物を用意してくれていたようだ。緑茶のような色だが香りは甘い。味も砂糖が入っているような甘さと野菜汁のような青さ、蜜柑の皮のような苦みが入り混じっており、飲めない物ではない。私が飲んだことを確認し、他の者にも勧める。私がこの団体の中心人物に見えているのだろうか。樹も特別な人に見えているようで、傍にいる飛鳥に渡し、直接渡さない。その行動に応えてか、飛鳥も毒見をしてから樹に飲ませている。誰も不味いとは言わない。彼らと私たちは味覚も異なる可能性があり、これはおそらく歓迎の行動だ。それなら私たちからもお礼をするべきだ。鋭い爪や牙を考えるなら肉食はしているだろう。家畜の肉を焼いて渡そうか。この火を借りられればここでも焼ける。燃え移る危険を考えれば、焼くことを伝えたほうが安全か。鞄から生肉を出し、《焼く》と伝える。感情ではなくこうした動きを伴う単語だけなら魔術言語でも伝えやすい。
湯を飲みきった器に生肉を入れ、ウィルゴは手を翳す。《焼けろ》と簡単な一言だけで魔術を発動し、その上焼き加減まで調節しているようだ。適性属性とはいえ得意な者でなければ難しい。やはり友好的に交流しようとしているとはいえ十分応戦できる者を選定しているようだ。焼ければこちらに返してくれるが、これはお礼の肉だ。安全であることを示すために一口だけ齧り、ウィルゴにも食べるよう勧める。意図は伝わったようで、肉を口に運んでくれた。外からの見た目通り口は大きく、奥行きも広い。意外にも舌は細く、蛇のように先端が二股に分かれている。この舌でも魔術言語の発音が可能なのか。あっという間に肉を食べきり、何か呟く。口に合っただろうか。友好的な交流ができたら先へ進みたいのだが、いつ出て行けば良いのかという点も気になる。一晩泊めてくれるつもりだろうか。それなら大変有り難いが、あまり甘えても良くない。図々しいとは思われたくないのだ。
家の奥に入っていったウィルゴは彼らが背負っていたような籠を置き、この部屋に大きな葉を敷き始めた。そのうちの一枚を布団のように被り、寝転び、こちらを見て、同じ動きを繰り返す。ここで休んで良いと言っているのだろうか。そう何とか魔術言語で単語を繋げると肯定を返してくれた。一晩だけ世話になろう。代わりにもっと多くの肉を先程の籠に入れる。お礼を魔術言語で何と言えば分からないが、対価という単語なら分かる。そう対価、感謝、と単語を並べた。
「《対価、我ら、愛を欲す》」
彼らに私たちの美醜がどう見えているのか分からないが、燐、知花、樹と指名があった。聖属性を使える樹と、聖属性を除く全属性を操ることのできる燐と知花。偶然なのか、適性属性を感じ取る力に長けているのか。いずれにせよ彼らを、特に樹を置いて行くわけにはいかない。内容はこちらの全員も把握できている。飛鳥が樹を守るように抱き締め、光が前に立った。重要人物であることは知られても良い。おそらく既に把握されているのだ。
「《感謝。対価、肉片》」
第一希望は通らないと把握したのだろう。差し出した生肉で納得してくれた。目的を達成した後なら、燐と知花はもう一度ここに来ることも滞在することを選択肢に入れることもできる。このことは伝えなくとも良いだろう。彼らに興味はあるが、交流の仕方を間違えれば緋炎が切ってしまいそうだ。長男長女が一葉の子だと思い出して以降、他の男との接触に敏感になっている。樹も今は女性の姿なのに警戒対象に入っているのだ。性別の分からない彼ら相手でも油断はできない。




