魔物狩り
《夜鳥》視点
魔術は見た目以上に体力と集中力を消耗する。剣術だけで全て片付けることが良いとは言わないが、安易に魔術に頼っては無駄が大きい。瞬間的な対応は剣術のほうがより優れる。ただし花梨の魔術を除いては。
「いや!何なの、あれ。」
植物も高濃度の魔力や強い瘴気に晒され続けると魔物化する場合がある。枝や葉が変質し、魔物として自立歩行する。その姿は大型の虫にも似ており、小さな虫なら平然と見逃す花梨も気持ち悪いと反射的に雷を落とす。無詠唱、無術式の魔術は大変な修練の末に大きな代償を伴って初めて発動できるもののはずだ。いや、花梨は学生時代に既に成し遂げていたか。魔珠を入手する以前より小さな雷程度なら落としていた。今はその時に見せた必死さもなく、平然と歩き続ける。怖かった、心臓がドキドキしていると乙女のように樹と話しているが、この中で最も戦果を上げている一人だ。
戦果の高いもう一人がリーベ。母に成長を見せるのだと張り切り、魔物が攻撃を加えてくると真っ先に応戦した。数が少ない場合には食べられるかどうかの確認のため獲物を捕らえる。飼い主に褒めてもらおうと頑張る犬のようだ。仕留めてすぐの獣を見慣れていない樹は少々顔を強張らせながらも笑顔を浮かべ、娘を褒める。そのせいで毎回見せに来てしまうのだが、褒めずにはいられないらしい。リーベももう十八歳なのだから褒めつつ新鮮な死体を見るのは苦手だと伝えれば良いものをそうしない。十八歳の春なら俺も彩羽学校を卒業し、樹を探していた頃だ。最大の配慮が必要な子どもではない。
移動中も順番に警戒を行う。次の簡易版探知術の担当は俺だ。光の背中を借り、草の汁で術式を描く。移動するため地面には書けない。紙やペンなど消耗品は持って来ていない。拡大鞄はあくまで内容量を拡大しただけ。無限に入るわけではないため、無駄な物は入れられない。そんな物より食料品を優先したい。術式を描けば発動だ。継続的に発動するものだが、魔力消費も疲労感も控えめ。そのための簡易版だ。数多い小型魔物を避けることはできないため、関係なく突っ込んでいく。小型は群れになっていることも多いため、簡易版でもおおよそ推測できる。攻撃性が低い物も多く、それらは警戒しつつ通り過ぎるだけだ。食べられる物なら狩ることもある。
簡易版探知術の感じられ方には個人差がある。特に適性属性が異なると感じ方も大きく異なるようで、火属性を適性とする俺と緋炎は熱によって感知し、光は光の点が見えると言う。時属性の果穂は残像を聞き、鳴き声を見るとよく分からないことを言っていた。自分の感覚を上手く伝えられないのかもしれない。リーベも氷属性だが俺たち火属性適性と似たような感覚のようで、温度で感じていた。花梨もビビっとくる、と抽象的な説明だ。意識の中に沈んだ探知範囲の中に熱が感じられる。魔物接近の合図だ。全員に伝え、いつでも戦闘できるよう身構える。小さな植物や虫、鼠のような小動物を探知した時よりも熱い。もっと大きな生き物が探知範囲に入った証拠だ。もしくは数が信じられないくらい多いか。どちらにせよ今までよりも危険だ。身構えたまま先へと進む。
数分で探知した魔物に出会う。鹿のような角の生えた四足歩行の魔物だが、体毛の代わりに鱗があり、大きさは変化した緋炎程度。角の分もう少し大きく見える。しかしこちらを敵と認定しており、足を地面に打ち付け、突撃してきた。躱すことは簡単だ。実行はできない。背後には樹がおり、避ければ彼に直撃する。衝撃を覚悟し、角の間に体を滑り込ませる形を取った。受け止める直前、氷が何枚も割れるような音と同時に、視界の端に他と戦う光たちが目に入る。
衝撃は思いの外軽かった。しかし重さは変わることなく、こちらに圧を掛け続けている。探知術を使いながら他の魔術を発動することは難しい。剣は鱗の隙間に突き刺せそうだが、斬ることは難しそうだ。体で受け止めるなら大きな怪我を覚悟する必要があり、こんな場所で大怪我は足手まといになるだけだ。リーベが次の魔術を用意している。俺はここで時間稼ぎだ。より一層気合を入れるとふわりと力が授けられる。温かく優しい魔力は樹の物だ。攻撃性の高い魔術は苦手でもこうした支援は得意。ありがたく受け入れると鹿型魔物が軽く感じられる。余裕を持った拮抗に氷のナイフが飛び込んだ。隣でも同様に雷撃などの援護を受けて討伐している。今回の襲撃も無事に撃退だ。
「これは食べられるかな?」
どこか楽しそうに果穂は解析を始めた。花梨もリーベも興味津々だ。樹は両手で目を覆っている。未だに慣れないらしい。戦闘中は気を張っているからか耐えられているが、戦闘が終わればこの通り。喜んで光も抱き締めて慰めている。花梨が何か邪推しているのか、光が樹に触れないよう気を回しているため、こうした機会にしか触れられなくなっているのだ。小さな犬猫を可愛がるような感覚だろう。そこまで心配することはないが、こうした花梨の対処には賛成だ。無闇に触るものではない。
血を一滴残らず抜き、火をしっかり通せば食べられる。そんな果穂の言葉に休憩が決定された。処理も果穂と光が主となってしてくれる。《豊穣天使》として地上に卸している生産物は農作物のみだが、地下では肉や乳も流通させている。捌き方も学んだそうだ。担当ではなかったのか二人とも慣れない手付きだが、一つ一つ手順を思い出すように作業を進めてくれる。燐もそれを見ながら頷く。捌いた経験があるのだろうか。
「仲間と旅をしていた頃にね。懐かしいわ。」
ローデンヴァルト王国建国の頃の話だろう。それなら仲間は全て亡くなっている。建国の話を当事者から聞くなど基本あり得ないことだ。なにせその当時から生きている人が導師だけなのだから。こうして待っている時間になら聞かせてもらえるだろうか。
「私の心の内に留めるの。奇跡と呪いによって私は生きているだけ。本来人間が知るはずのない知識を与えることはしないわ。」
彼女が当時の記憶を話すなら、王国の歴史は群を抜いて詳細になるだろう。証言があれば他の歴史書や各地の遺跡などからも証拠を集めやすい。それに協力する気はないらしい。それなのに今回の東の大陸については伝え、自ら動いた。力の出し惜しみと罵られたと言うが、一体誰が導師に向かってそんなことを言えるというのか。
「果穂よ、度胸のある人ね。それと天啓かしら。私もこの世界に生きる人間なのだからと、私にもいずれ寿命が訪れるのだからと。寿命があると知れたことは良かったわ。永遠を孤独に生きなくて良いと分かったのだから。」
ローデンヴァルト王国に寄り添い続けていると聞いた。時代によって王であったり王弟であったり王子であったり王女であったり様々だが、王族の傍にある。それでもその全てを看取って感じる孤独は想像も及ばない。自分から尋ねておいて返事に困り黙ってしまうと、燐は樹の様子を気に掛けるよう話を変えられた。肉の処理に向かった光に置き去りにされたためか、俺の腕にしがみついて必死に目を瞑っている。よほど見たくないらしい。花梨も直視はしないようにしているが、ここまで必死ではない。最もご令嬢らしい行動を男性の姿も持っている樹がしている。
「私たちが生きるために誰が何をしているのか。お父様やお姉様に沢山教えていただいたから。食卓に上るお肉の話だって学んだわ。それらの命を頂いていると認識することが、世界樹や私たちの生活を支えてくれている民への深い感謝と理解に繋がるの。」
理解はしているが見られるかどうかは別、と目は逸らされる。誰しも苦手な物はある。樹も苦手なだけだろう。戦闘中目を瞑って動き回るわけでないなら助けてあげよう。大公殿下に寂しいと甘えていた時のように片腿の上に座らせ、抱き締める。口付けは要らないだろう。あれは夫婦だからやっていたことだ。光なら喜んで額や頬に口付けただろうか。樹も姿勢が変わったことに対応し、服にしがみついている。調理が終わるまではこうしてあげよう。
食事は小型の鹿型魔物の焼き肉と周辺の植物の付け合わせ。葉も食用できると確かめてくれた物だ。念の為毒見と称して先に味わう。本来時間の掛かる処理も魔術を併用することで大幅に短縮され、おかげですぐ食べられるようになった。味も魔術を使わない場合と比べて少し落ちる程度らしい。この魔物の肉は初めてのため味の違いは分からない。家畜の肉より癖が強いがその分味も濃く、癖も少し刺激のある葉が誤魔化してくれている。危険な味どころか旅の間の食事としては十分ご馳走だ。そう樹にも勧める。
「美味しい!ちょっと硬いけど全然食べられる。」
しっかり噛んでお腹を膨らせる。量も十分にある。そんな満足の行く食事を終え、いつまで続くか分からない旅路を続ける。こんな道のりでも西の大陸と同程度の大きさなら一年あれば十分。暗い空の下で一年の旅は気分が滅入るかもしれないが、九人と一匹いれば気分も誤魔化しやすい。果穂と緋炎は相変わらず喧嘩をしつつ楽しそうだ。光と燐も平然としている。燐はともかく光は地下で生まれ育っているため暗い空に慣れているのだろう。花梨や知花もシュテルンに癒やされているのかまだ明るい雰囲気を保ってくれている。樹も一人で寝たくないと言うくらいで通常通り。たった数日でどうにかなられても幸先不安になるが、少しでも無理をする様子を見せないか、引き続き気に掛けよう。リーベは母親と一緒に過ごせるだけで良いのかむしろご機嫌だ。
探知術の担当を交代してからは魔物に遭遇する頻度も下がり、ただのお散歩が続いた。虫のような魔物は出現するが、手足で対処するだけで簡単に息絶える。その間も花梨は何度も少し大きな虫型魔物に遭遇しては雷を落としていたが、概ね問題なしだ。誰かのすぐ横に雷が落ち、体が焦げるのではないかと恐怖を覚えても問題ない。今最も警戒している対象は魔物よりも花梨の誤射かもしれない。
「揚げたら食べられるかな?」
「やめて、そんなの食べたらお腹壊すよ。」
「解析結果は問題なし。お腹は壊さないよ。」
「そんな問題じゃないの!やだよ、虫食べるの。」
果穂はもうお腹が空いたのだろうか。俺もよほど飢えたなら選択肢に入れるが、周囲の植物や鞄の中の肉もある状態で食べたいとは思えない。魔物を狩ることだってできる。好奇心から食べるなら一人で試してもらおう。大きな虫が近づいただけで雷を落とす花梨に同意を得られるはずもないのに解析係になっているからか果穂は話しかけている。ただ歩くだけの今が暇なのかもしれない。会話で無駄な体力を消耗することは得策でないが、二人の体力と樹の体力を比べれば、彼女たちが雑談していても余裕なのかもしれない。いざ戦う時に余力があるなら良しとしよう。
「御子様も虫は流石にお嫌ですよね?」
「そうだね。さっきのも自分が最初に食べるのは怖かったし。飛鳥が美味しいって言ってくれたから平気だったけど。」
ほら、と言わんばかりに果穂に訴える花梨。果穂もただの話題の一つにするつもりだったのか、強く反論することはない。本当に試す気もなかったのかもしれない。
周囲の風景が徐々に変わっていく。同じ風景に飽きて増えていた雑談も減り始めた。紫の混ざった風景は灰色と暗い緑が大半を占める風景に変わり、毒々しさは控えめに。あの毒々しい見た目でも食用にできたのだから、これらも食べられるだろう。本当に食べられるかは解析結果次第だ。
「何か近づいてる。」
リーベの言葉に緩んだ空気が引き締まる。少しすれば何かの影が見えた。大きさは俺たちと同じ程度、歩く速度もそう変わらない。近づくにつれ双方速度が遅くなっていく。姿が見えるほど近づけば、人の形をしており、二足歩行していることも確かめられた。俺たちより少し大きい程度のものから半分程度のものまで様々だ。全身が鱗に覆われているが、頭部は一部鱗のない箇所もある。警戒しているようだが、突撃してくるわけでも、敵意を剥き出しにしているわけでもない。こちらも武器に手を掛けるが抜きはしない。無駄な戦闘は避けたい。攻撃性の低い魔物なら戦闘することなく通り過ぎたい。そう注視しながらこれ以上接近することのないよう努める。しかし露骨に距離を取ることも相手を刺激することに繋がりかねないと、進行方向の変更は迂回する程度に留め、引き返すような動きは避けた。
さらに距離が近づく。人型の生き物は全身を鱗で覆われているが、二足歩行のせいか動きは俺たちによく似ていた。頭部も明らかにこちらをずっと見ている。鱗の色は風景に溶け込む濃淡様々な緑、青、目立つ赤、黃と彩り豊かだ。武器を持っているようには見えないが、爪や牙が鋭い可能性は大きい。戦闘になれば互角と考えて良いだろう。しかしそんな緊張の中、静かに、そして呑気に果穂が口を開いた。




