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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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秘密の地

《紅炎》視点

 何故急に案内しようと思ったのかなんて分からない。ここには《林檎》を一度連れてきただけで、その時も自分の素性と、二度とここには戻らない決意を伝えるために過ぎなかった。彼女は俺の話を聞いた上で、《果実姫》にも伏せる決断を下してくれた。それなのに今、俺は今日始めて会ったリーベという子にも教えようとしている。自分の子どもたちはまだこうした話をできるほど成長していないが、一体どうしてしまったのだろう。

 自分に戸惑いつつも《林檎》と共に転移術の準備を完了させる。実際転移するには彼女の力が必要不可欠だ。俺に転移術は使えない。補助ができるだけだ。それで少しでも負担が軽減できるなら良いが、今回は前回よりも転移人数が多い。この前まで乳児を二人も育てていた彼女の体力は足りるだろうか。彼女の主人の力添えもあって彼女の子も世話係に預けられたとは言え、体力に余裕がある状況ではなかっただろう。

 転移に邪念は禁物。集中して魔力の供給を行う。意識して彼女が操作しやすいよう優しく送り込む。本当に細心の注意を払わなければ、彼女は俺の魔力で火傷してしまう。相性が良いのか悪いのか、高い効果を得られる代わりに体への負担が大きく、多用できるものではない。転移させる人数は発動する果穂と俺、燐、樹、飛鳥、光、リーベ、花梨、知花、シュテルンの九人と一匹。慎重に慎重を重ねて転移術を発動した。

 激しい目眩に頭痛だが、ゆっくり休んでいる場合ではない。俺がこの状態ということは発動の要となった《林檎》はもっと酷い状態のはずだ。魔力不足の傾向も感じられる。彼女の体に触れ、意識と呼吸、魔力の状態を確認する。魔力は減っているが魔力欠乏と言うほどではなくこのままにして問題ない程度、意識はないが呼吸は安定しており、休ませれば良さそうだ。傍では《公爵》が《実樹》を、《小精》が《雷精》をそれぞれ介抱しており、その他の人も体調が悪そうにはしているものの意識はある。少しここで全員休んだほうが良さそうだ。ここはこの集落の人間も立ち入らない。見咎められることはないだろう。

 全員の体調が戻るまで待ち、目的の場所に案内する。集落は迂回したいため遠回りだ。以前一度会った時に《林檎》が打ちのめしてくれたおかげで会っても良いと思えるほどにはなっているが、積極的に会いたい相手ではない。避けられるなら避けよう。

 案内したことのある相手は《林檎》だけのここは俺の生まれた場所だ。厄介払いのように入学手続きだけしてもらえたが、学校に通いながら学費を稼ぐくらいにはなっていた。高額な学費を集落で賄うことは難しかったのだろう。村を燃やされるよりはまだ良いという判断だったのだろうか。良い思い出のなかった場所だが、たった一つ勇気をもらえたことはある。それが俺の生まれた地脈花の前で《林檎》に告白した時だ。今回もその地脈花に力を借り、西の大陸について知る限りを伝えよう。《公爵》も知っているかもしれないが、少なくとも俺がいた頃、導師は千年前に一度来たきりと言い伝えられていた。その頃からの変化はあるだろう。

「懐かしいね。そっか、君はここの子だったんだ。」

 千年ぶりになるだろう。この集落は千年の昔、導師より使命を与えられた。その使命の内容は簡単なたった一つ、東の大陸を見守ることだ。当時既に東の大陸は瘴気に冒され始めていた。土地は穢れ、生命の存在する地域は大きく限られる。浄化は御子のみであり、俺たちにできることはない。だから見守る。浄化のために努めることも、誰かに伝えることもせず、ただ観察し、記録を残す。ただそれだけ。全てが瘴気に包まれた時、無意味な物と化す記録だけを残すのだ。

 西の大陸よりも遠い場所にある東の大陸は、真っ先に瘴気の影響を受けている。西の大陸に魔物が存在し、皇国には魔物が存在しない理由も同様だ。皇国は世界樹に最も近く、瘴気の影響が最も小さい。それでも召喚術などに影響が出ているという話もある。だから俺たちの学生時代、召喚術を専門とする千秋先生だけが焦っていたのだろう。

 東の大陸の覗き方は俺も学んだ。教えてもらえることはなかったが、他の誰かに教えている所を盗み聞きすれば簡単にできる程度の技術だ。魔力を感じ、意識を世界樹に向け、さらに東へと向かわせる。魔力の性質を、瘴気の糸を辿り、不快感に身を委ねる。断片的にしか見えないが、呪いに蝕まれたように暗い空と枯れた大地は俺にも感じられた。

「私は、見ないことにした。もう頑張ったよね、少しくらい休んでも良いよね、って。何も解決していないと知りながら、私の役目を彼らに預けたからって言い訳して。でも、見てるだけじゃ何も解決しない。私に浄化の力はなくとも、この永い命を使って、研究することくらいはできたはずだから。」

 今を生きる集落の人々との面識はない。それなのに燐は会いに行くと言う。会っても彼らには導師だと分からないだろう。姿も声も言い伝えられていない。ただ与えられた使命を盲目的に、信仰するように全うしていただけ。ここにあったのは停滞だ。

 気は進まない。しかし《公爵》は勝手知ったる他人の家とばかりに我が物顔で歩いていく。別行動で良いだろうか。ここは俺の生まれた場所だが、帰る場所ではない。入りたい場所ではないが、《林檎》に手を引かれてついて行く。《氷愛》は導師の護衛のつもりなのかぴったりと傍に付いており、《小精》は好奇心からか《公爵》にとてとてとついて行っている。彼女の母親のように《雷精》も手を繋いでおり、みんな行くつもりのようだ。いや、《夜鳥》と《暁光》は警戒しつつの移動だ。御子の護衛としての意識が高いのだろう。今回の俺たちはその意味では気楽だ。休暇を取って来ているため、誰かの護衛という立場ではない。主に《林檎》を同行させたい《果実姫》が、彼女が無理をしないようお目付け役として俺も送り込んだのだろう。子どもたちを全て置いて行けという非情な命令だ。下三人の子は帰って来る頃には俺たちの顔を忘れてしまっているだろう。

「《紅炎》、ここは安全な集落なのか。どこまで信用できる?」

 全く信用できない。物心付くまでは辛うじて食事を与えられていたようだが、気が付いた頃には地脈花の近くを拠点として生活していた。食事も残飯を漁ったことがあるほどで、お手伝いで衣食を得ることもままならなかった。そもそも村に近づくことを拒否されていたのだ。何故そのようにされているのか最初は分からなかったが、断片的に投げつけられる言葉から、おそらく物心付く前の魔力暴走で村を一部燃やしたと気付いた。焦土と化している場所はきっと俺が燃やし尽くした場所だ。殺されなかっただけ感謝すべきなのかもしれないが、どうしてもそう考えられはしない。彼らにとっても俺にとっても、俺がここにいることは望ましくないことだ。そんな俺の仲間と見做されれば、どんな対応をされるか分かったものではない。

「《実樹》をそんな場所に近づけたくない。東の大陸の話はもう済んだな?なら、俺たちは集落の外で待機しよう。」

 導師のことはこの集落でも言い伝えられている。悪いようにはならないだろう。何かあっても《公爵》と《小精》なら無限の対応ができる。《雷精》だって魔術の天才だ。《氷愛》の実力は不明だが、《公爵》が信頼しているのなら何も心配は要らないだろう。救世の旅、浄化のための旅に必須の人物は導師でなく御子だ。より守るべきは戦う力を持たない《実樹》。《夜鳥》と《暁光》への強い信頼はあっても二人だけより俺も加わったほうがより安全。共に集落から少し離れた場所にいよう。《林檎》にどの辺りに行くか伝え、集落内に向かってしまった《公爵》たちへの伝言を頼む。

 待っている間にすることはない。今夜ここで泊まるつもりもなく、世界樹の島に帰還予定のため、野営の準備もない。今のうちにいる面子だけでも戦い方や連携の話をしておくべきか。この二人には俺と《林檎》の実力も伝わっているが、最新の状態を伝え、《林檎》にはあまり無理をさせたくないことも共有したい。

「危険なことは分かってるだろ?無理させられない人間を複数連れて行くのは難しい。《実樹》は必須、でも戦闘は期待できない。これ以上護衛対象を増やしたくない。」

 《夜鳥》の言い分も分かる。何より無理させない方針は《林檎》本人が最も嫌がるだろう。しかし数ヶ月前まで授乳していたような体で全力の戦闘は不安だ。既に体型も体力も妊娠前まで戻したと言い張る彼女を説得しきれず合流しただけだ。体型はともかく本当に体力まで戻っているのか分からない。むしろ体型は戻そうとしないほうが体力に余裕が出るのではないか。

 全員の武器や不得手を確認してからでも遅くない。そう促され、知っている範囲でまとめる。まず御子たる《実樹》は武器を持っていない。包丁代わりにも使うようなナイフはあるが、戦うことは想定されていない。体力面も最も心配な人だ。魔術は得意だそうだが、《雷精》には遠く及ばず、《林檎》と比べられる水準かどうかも怪しい。支援や回復はできるそうだが、戦闘中の支援は期待すべきではないだろう。十分余裕のある状態で怪我を治してもらえるだけでも旅程には大きく影響する。基本的には護衛対象だ。申し訳なさそうにしているが、彼女を失えば今回の旅の意味も失われる。大人しく守られていてもらおう。男性だったと記憶しているが、今回は女性の姿で移動するのだろうか。大公妃の役割はないため、女性の姿の必要は全くない。気に入っているのだろうか。

「そういうわけじゃないけど、体は小さいほうが良いかなって。」

 的は小さくなる。重さも変わっているならいざという時抱えて逃げやすくなる。寒い場合も他の人を風除けにしやすく、包みこんで暖も取らせやすい。利点は大きいか。歩幅も小さくなるが、もっと小柄な花梨や知花もいるため、問題ではない。

 《夜鳥》も《暁光》も俺と似た戦い方で、剣を基本に魔術を併用する。戦闘専門の予定で鍛錬を積んだことがあるため、実力では彼らのほうが上だろう。三人とも指揮を取った経験はないが、指揮官になるための勉強も彩羽学校でしている。今回は《公爵》を中心に俺たちが補佐となるだろう。《公爵》は最も指揮官の経験が豊富なはずだ。《林檎》も大規模な戦闘はないが、指導的立場にある。彼女も頼りにして良い。

「《氷愛》もしっかり者だし、護衛として色々頑張ってたって聞いてる。」

「彼女は現場での対応に長けているほうかな。事前に考えるのは苦手だった。」

 評判を聞いただけの《実樹》と指導もしており色々と情報共有も行ったらしい《暁光》では認識が少々異なる。ここは《暁光》の意見を重視しよう。その場での行動や実力に関しては《氷愛》も頼りにして良い。俺も一度戦っている姿を見ればより安心だろう。《氷愛》も主に剣を用い、魔術も併用する。魔術も使い方が上手いそうで、一つ一つは簡単で威力は低いものでも、最も効果的な時を狙い、効果的な魔術を選択できる。戦闘において重要な部分が信頼できるなら頼もしい味方だ。

 《公爵》は導師であり、その戦闘の様子を見た者はここにいないが、歴史書にはその記述もある。剣と聖属性を除く全属性魔術、そして指揮官としての能力。今回の旅では中心となってくれるだろう。実際の戦闘能力はすぐ分かる。戦いの感覚を既に忘れてしまっているなら指揮だけお願いしても良い。《実樹》を守ることに専念してもらうというのも一つの手だ。

 《小精》も世界樹の化身のため、聖属性を除く全属性魔術を使用できる。武器は《実樹》同様持っていないが、攻撃も支援もできるだろう。小規模な魔術ならほとんど詠唱なく発動できることは万城目家から一葉殿下にも伝わっている。調子の良い時は花梨と共に皇家直轄領を巡回することもあったそうだ。その《雷精》は魔術の天才であり、小さな杖で少し防御するくらいで、殴るような使い方は基本的にしない。後方からの魔術による援護射撃を期待しよう。

「《星》のことだけど、《林檎》から聞いてない?彼女も人の姿を取れる。」

 合流してから一度も人の姿になっていない。戦闘技術に関しては全くの不明。戦いになることが予測されるのに猫の姿のままということは、声に出した詠唱なしに魔術が使えるか、全く戦う気がないか。戦う気がないのなら《実樹》と一緒にいてもらうことが最も守りやすい陣形になる。

 一通り戦力を確認できたところで、集落探索に満足したらしい《公爵》一行が帰って来た。一度世界樹の島へ戻り、陣形などを《公爵》にも相談しよう。

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