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《実樹》視点

 俺が浄化の務めを始め、大公妃としての仕事も少しではあるが始めたからだろうか。周囲の視線を感じなくなった。たまに見られてはいるが不快感はない。使用人たちも認めてくれたのだろうか。聖獣としてヴァイスを招き、それを従えていることも影響しているのかもしれない。エリアスが母と慕ってくれているからかもしれない。あれほど抵抗を感じていた母上という呼び方にも慣れ、リーベまで自分から招いてしまうほどだ。リーベの教育も順調に進み、エリアスも学校に通い始めた。俺も子どもたちも成長している。皇国にいた頃からは考えられないような変化もしている。日常的に生まれた時の姿ともう一つの姿を行き来するなんて、いったい誰が想像できるだろう。

 大公妃としての生活にも慣れ、貴族の茶会にも当たり前に参加する。今回の茶会は気楽なものだ。ベアタとして交流したベティーナとベルントが訪問してくれたのだ。ベティーナももう十六歳、数年の学校生活も終わり、すっかり大人の女性の体付きになっている。ベルントはまだ十四歳で、子どもの体と顔付きだ。エリアスと同級生で、元気に遊び盛りを過ごしている。

「妬み嫉みが多くて大変なんですよ、もう。ベアタが樹様だって、御子姫様だって明かしちゃったから。」

 シュプリンガー家の面々との問題は大公様が解決された。ジークリンデの成長を待ち、彼女に侯爵位を継いでもらうつもりらしい。だからこうして学業の合間に訪問して、お話相手になってくれている。今は長期休みでエリアスも帰ってきており、大公様とリーベと交流中だ。ベルントとは学校で交流しているから良いらしい。

 学校には若い子が多く集まり、貴族社会の予行練習のようなことが行われている。大人の悪い部分も真似しており、互いの家の評判なども話題の一つだ。ベティーナは既に卒業し、この春からジークリンデが研究されている研究塔に配属され、仕事に励んでいる。ジークリンデは大公妃である俺が気にかけていると知られており、ベアタの話も知られているため、バルシュミーデ家全体が大公様の覚え目出度いという話になっているそうだ。

「姉上は就職して半年足らずで高く評価されているというのに、僕は学校の成績すらいまいちで。エリアスも成績優秀なのに。」

 ベルントも頑張っているような話はエリアスから聞いた。しかし無関係な人間から見て納得の優秀さではないようで、色々と悪口を言われているそうだ。剣術には長けると聞いているが、それは彼らの求める優秀さとは別なのだろう。

「あんなの気にすることないのよ。」

 まだ十六歳なのにすっかり大人の女性の風格をお持ちのベティーナは、もう「ちゃん」などと呼べない美麗さを醸し出している。それが余計にたった二歳違うだけなのに、とベルントも自信を無くす要因となっているのだろう。

「でも、僕は姉上のように賢くない。勉強も魔術も得意じゃないんだ。得意な剣術だって一度も父上に勝てたことがない。」

 慰めの言葉も上手く届かない。気にすることないと言われても、気になってしまうものは仕方ない。どう言葉を掛けたものかと迷っていると、ベティーナは紅茶のお代わりを淹れてあげ、角砂糖と一個、二個と落とした。ついでに俺の分も用意してくれ、静かに話を聞く姿勢を整える。しかし彼が話し始める前に、大公様とリーベがこちらに来られた。エリアスは一人で宿題だろうか。ベティーナも喜んで臣下としての礼で彼らを迎える。これの何が問題なのか、ベルントは面白くなさそうな表情をした。姉の興味が他に移っているのが気になるのだろう。

「ベルント、顔に出しすぎよ。失礼だわ。」

「若いうちはよくあることだ。気にしなくて良い。」

 特にベルントはベティーナが大公様と話している時に不機嫌そうだ。バルシュミーデ家は南下してくる魔物から公国を守ってくれている。ベアタとして匿ってくれていたこともあり、大公様からもお礼をする気持ちがある。あからさまな贔屓はできないが、こうして交流の機会を設ける程度なら許容された。リーベも礼儀作法を順調に学び、こうして親しい相手との茶会になら同席できるようになっている。

「相変わらずだな、ベルントは。」

「大公殿下。ですが、姉上が」

「ごめんね、御子様や大公殿下とお話しできるのが嬉しくて。」

 ベティーナはお茶をするようになってから特に大人になった。動きや言葉遣いも気を付けられているそうだ。俺も何度か助言を求められ、それ以来油断できないお茶会となっている。俺も手本となれるよう言動に気を付けなければならない。そう大公妃に相応しい、淑やかな動きを心掛ける。寄り添う動きも大公妃らしいだろう。しかし何か違う意図が伝わったのか、膝の上に乗せられた。本当に大公様はこの距離感が好きだ。話しているといつもこうして座らされる。そろそろ俺の年齢も考えてほしい。娘だって見ているのに、大公様は何も気にされない。

「私も気を付けなければならないな。御子が嫉妬してしまいそうだ。」

 そんなことしない。俺は大公妃という立場や母という呼び名を受け入れただけで、嫉妬はしない。あまり必死に訴えても信じてもらえない。澄ました顔して、視線を逸らす。大人の対応なのに何故かベルントにもベティーナにも笑われてしまった。リーベもどこか呆れたような表情を浮かべている。何かおかしかっただろうか。

 緩んだ空気も一変し、ベルントは真剣な表情で大公様に問いかける。それは最近また話題になっている、大公様の側室の話だ。俺が大公妃として立っているが、毎回女性の姿というわけではない。それが気に入らない一部の貴族が世継ぎの問題を蒸し返し、大公様の血を引いた子を、と側室を勧めているのだ。エリアスも先代大公の血を引くと公表されている。具体的に誰の子であるかは伏せられているが、素性を探ろうとする者は現れるだろう。しかし娘の前でそんな話をするなんて、少々気遣いの足りない子だ。

「私は御子様と大公殿下のお傍でお仕えしたく思っております。娘ほどの年齢の人間しか御子様の他には受け入れないとなれば、嫌がる令嬢が大半でしょう。」

「魔術士という形で仕えることを期待している。一つ例外を作れば、次も次もと来るだけだ。ベティーナ嬢もご自身の相手を探されると良い。」

 幼い頃からの教育の賜物なのだろうか。好きな人と結婚しようなんてつもりが一滴もない。誰とも結婚したくないから実際の夫婦生活がなさそうで安全そうな大公様と、と言っているのだろうか。大公様は俺以外を大公妃にすることも側室を迎えることも決してないと仰った。その約束を違えるような方ではない。先代大公の血を引く、エリアスと同年代の子は他にもいる。第一はエリアスということで異論はなく、身辺の警護には細心の注意が払われている。悪巧みする者もエリアスを殺せば解決ではない、とまず自分の娘を勧めることから始めているようだ。

 楽しい茶会にしては真剣な話が続き、少し話題を変えたいと思い始めた頃、遅れてジークリンデが到着した。ベティーナは一部仕事で関わっているらしく、親しげな様子で挨拶を交わした。ベルントは直接の面識はあまりないのか、少々緊張した様子だ。そんなベルントにジークリンデは柔らかな笑みを浮かべて対応している。家の問題が解決の方向に向かっているからか、以前よりも笑うことは増えられた。もう笑わない不気味な少女などここにはいない。そんな彼女だが不気味な笑みを浮かべることはある。今も秘密を見せびらかすように両手を開き、建物の影から出てくる男の子を迎えた。エリアスだ。勉強は一段落着いたようだ。

「ベルントの秘密を話すために急いで今日の分を終わらせてきたんだ。」

 教えてくれる秘密は上級生の女の子を見た時の反応だ。ベルントは慌てて止めようとしているが、エリアスはお構いなしに話し続ける。上級生の女の子はもう大人の女性と変わらない体型だ。そのせいで年頃の男の子の一部は不躾な視線を向けているらしい。ベルントもその一員だ。意識してみると女性の姿の今日、ベルントの視線が胸元に吸い寄せられていることに気付く。ベティーナが青筋を立てていることから実家でも教育を施されていたのだろう。教育された通りに動くとは限らない。ベルントは周囲に勘付かせる点も含めて、まだ子どもなのだろう。

「申し訳ありません。愚弟が失礼いたしました、御子様。」

 全く露出していなくとも、目立たない大きさでも、自分に付いていない物が付いていると気になってしまうのだろう。自分の隣にもっと大きな物が付いている姉がいるのに、他人の胸ばかり見る点は不思議だ。以前怒られたことがあるのだろうか。

「身内だからどうでも良いのでしょう。だからと言って他人の胸元を凝視して良いわけではありません。しばらく股間を凝視して不快感だけでも味わってもらい、躾け直します。ですので今日のところはどうかご容赦を。」

 大公様が睨んでいることのほうが効果がありそうなほど既に小さくなっている。俺の胸も既に布で十分に覆われているのに大公様がさらに隠した。それを受けてか今度は胸元以外を見る。何を怒られているのか理解していないのだろうか。足はドレスで覆われており、露出していない。腰も大公様の腕が巻き付いているため、よく見えないだろう。まだリーベのほうではなく俺のほうを見ているなら許してやるか。リーベも何を思ったか俺の胸に顔を埋め、ベルントににやりと笑ってみせる。令嬢の動きではないが、これは今日だけ許してあげよう。彼女なりに俺を守ろうとしてくれている動きだ。顔を赤らめるベルントはもう少し表情や視線を隠すことを覚えたほうが良いだろう。

「ベルントさん、今何を見ていたのか聞いてあげます。」

「髪と目と、腕と胸と腰と。いや、あの以前にも増してお綺麗で可憐な方だという話で、別にそういう意味で見ていたわけではありません!」

 言いながらも視線はその部位に向いていく。自分で言っていて何がまずかったのか分かったのか、慌てた様子で弁明を始めた。他人の体をじっくりと舐め回すように見るなんて失礼極まりない。理解したのなら笑って許してあげるべきなのだろう。相手は子どもで、俺も交流のある子。それでもあまりに見られることは不快だ。そんなに俺の体を見て良い人は大公様や飛鳥、光さんくらいだ。飛鳥はあまり見ないが、光さんは時折見てしまうのか謝罪してくれている。そういった関係性でも他人の体など凝視しないものだ。

 自分からも進んで大公様の上着に身を隠す仕草を見せれば、ベルントはさらに必死に言い繕う。問題点は分かったようだが許すか否か迷うところだ。許さない姿勢を取ることで教育する手もある。外ではこのようなことがなかったようなふりをして接すれば、彼らにとっての不利益もないだろう。大公妃が他の男性との交流を控えめにすることなんて批判されるものではない。ベルントは必死になりすぎているのか、ジークリンデの鋭い視線にも気付いていない様子だ。この惨状を生み出した一員のエリアスは涼しい顔をしており、将来有望だ。友人の将来を思っての行動だったのかもしれない。ここでこの不躾な視線を修正できれば、大人になってからまだ挽回できる。

 一通り弁明を聞いてもらえて安堵したのか、ベルントは紅茶を口に含む。まだ許されたわけではないということには気付いていないのだろう。弁明できただけで解決していないというのに、女性陣の鋭い視線にも無頓着だ。大公様も思う所があるようで、リーベとの試合を提案された。

「リーベも剣術に長ける。ベルント、お前も得意だったな。」

「面白いね。私も手合わせしてみたいな。」

 俺を守ると言ってから令嬢としての守り方だけでなく剣術の鍛錬にも力を入れているリーベは俺よりももう動きも機敏で、目も育っている。十分戦えるだろう。この話題の転換にベルントも喜んで乗り、木剣を借り受けて対峙する。最も自信のある科目という言葉に違わず、堂々たる立ち姿だ。俺の娘だって負けていない。体の大きさでは負けていても視線の強さや風格では勝っている。先手を譲る余裕も十分だ。ベルントも舐められていると感じたのか素早く何度も打ち込んでいく。しかしその全てをリーベは難なく受け止め、あるいはいなし、一撃として当たらない。ベルントは手応えのなさに戸惑い、躍起になってさらに打つも変化はなく、最後の一撃に全力を込める。その一撃をリーベは少し体をずらすだけで躱し、流れるように彼の体に木剣を添わせ転ばせた。

 ベルントは尻もちを付き、悔しそうな顔をする。まだ鍛錬中の子だ。目的が明確で、自分から進んで必死に鍛えているリーベに敵わないことも仕方ない。腕相撲など純粋な力勝負なら勝てるだろうが、こうした試合には勝てない。力の使い方を学んでいる途中なのだから、これから励めば良い。

「緊張感のある試合だったね。」

 手を差し出し、リーベはベルントを引き起こす。余裕の態度のリーベの後ろ姿を見つめ、彼も自身の席に戻った。ベティーナが過剰な自信に良い薬と辛辣なことを言っている。学生の中では本当に優秀と聞いているため、リーベがそれ以上だっただけの話だ。ベティーナの言葉にさらに悔しそうにしたベルントはこともあろうか木剣を手に取り、俺に向かって投げたかと思うとこちらに手を伸ばしてきた。当然そんなことが許されるはずもなく、飛鳥の手で木剣も弾き飛ばされ、リーベの手で本人も取り押さえられる。悔しさなのか傷みなのか、その目は涙で滲んでいた。

「処遇は如何いたしましょう、殿下。」

「そうだな、樹に任せたいが、どうする?やんちゃで済ませられる程度でないことは確かだ。」

 ベティーナは青ざめながら弟の代わりに許しを請う。大変なことを仕出かしたとベルントも理解し、言い訳をさせてほしいと保身に務めた。言い訳をここで聞いても良いが、別の場所で聞いても良い。少なくとも和やかな茶会の雰囲気ではなくなっている。そうジークリンデに謝罪し、今日はお開きとした。ベティーナとベルントにも同行してもらい、別室にて話を聞く。二人は死刑宣告でもされるかのように顔の色を失くし、小さくなってただついてくる。ベルントは拘束されているため当然だが、ベティーナにも抵抗する意思は見えない。リーベとエリアスが大公様の真似をして威圧感を頑張って出しているからだろうか。

 不安そうな二人にソファを勧め、応接間に座らせる。一旦お茶を出し、甘い菓子も出し、それから話を聞く。これで言い訳も落ち着いてしてもらえるだろう。

「ただ、勝ちたかっただけなんです。その、御子様に剣を向ければ、たとえ木剣でもそちらに意識が向くから、そうすれば、リーベ様に一矢報えるかな、って。」

 リーベに勝つための手法。しかしあれでは良くてただの暴力的な人間だ。悪ければ反逆者。今までの付き合いがあるからこうして話せているが、そうでなければ大公様も俺に対応を任せるようなことはなかっただろう。

「樹、すまなかった。すぐにベルントは下がらせる。沙汰は追って伝える。」

 手を握りしめられ、震えていることに気付いた。素早い動きすぎて、見えてはいたがあまり理解できていなかったのかもしれない。大公様も飛鳥も傍にいるのだから大丈夫と言い聞かせても、既にベルントが退室したのに、少しの間震えは収まらなかった。

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