魔力風のおかげの再会
《実樹》視点
後ろ髪を引かれつつ、小さな村を後にする。道中も何度か魔物に襲撃されたが、難なく騎士の方々が倒してくださった。安全な場所に近づいているはずなのに不安は大きくなっていく。神殿関係者に見つかってしまわないだろうか。いや、見られたとしても問題ない。王国にいた頃はもう一つの姿に変化できなかった。この女の子の姿では御子だと分からないはずだ。きっと何も心配要らない。
自分に言い聞かせつつの道中が過ぎ、来たことのあるはずの見慣れない場所を通り過ぎる。移動しつつではあるが、俺に負担がないよう気遣ってくれていたおかげか、体調が悪化することはなかった。それでもオスカーさんはとても心配し、自分の家まで連れ帰ってくれた。とても優秀な人なのか、ご自宅には使用人こそいないものの医師を呼べるほどだ。医師を待っている間にシャワーも浴びせてくれた。もっとも、その時にオスカーさんが入れると一度言っただけで飛鳥が怒るという一悶着はあったが、体を綺麗にさせてくれたことには感謝している。飛鳥も一緒に入らなくて良かったが、言えばより面倒になると黙って一緒に入った。女の体に変な気を起こさない奴で助かった。
お風呂上がりの着替えも買ってくださったため、清潔な物を着られた。野菜や肉を細かく刻んだスープも用意してくれた。少しずつ形のある食べ物に変えていけば体調も戻っていくだろう。医師の診察も緊張はしたが、無事に御子だと気付かれることなく終わった。魔力風で弱ってしまっただけとの話のため、休めば良いだけ。俺の自己申告ではなく医師の言葉だからか飛鳥もオスカーさんもようやく一安心してくれた。これで軽い運動も許してもらえるだろう。少なくとも自力での歩行は怒られなくなる。
一つ問題は解決した。体調も改善していく。もう先延ばしにはできない。どう公国に帰るのか考えなくてはならない。似たようなことは彼も考えていたのか、話し合いの時間は設けられた。
「君はどこの子だ?身寄りはあるか?」
公国とは答えられない。代わりに気付いたらあの場所にいたと伝える。飛鳥も言えない、と苦しい返答だ。納得はしていない様子だが、俺のいた地脈花の近くの様子を教えてくれた。最近あの周辺では魔物が出現し、魔力風の発生が疑われていた。その調査のため、オスカーさんたち騎士の方々は遠征していたのだ、と。今回は調査が目的だったが、魔物討伐や人々の保護が目的のこともある。何かが起きる前の見回りも常時行っている。
その見回りの時の話も聞きつつ、どうやって帰る場所を伝えようか考える。やはりまず皇国に帰還する。頼る相手は十六夜家が良い。飛鳥が十六夜家出身であることを伝えれば、より頼る先として適当と言える。御子だと気付かれる危険を冒すわけにはいかない。実家は伝えるべきではないだろう。椋様ならきっと上手く話を合わせて、無事に大公様の下まで帰れるようにしてくださるだろう。
「疲れたか。もう寝ると良い。」
移動中もずっと眠っているようなものだった。そろそろ散歩もしたい。心配そうではあるが、いざとなれば飛鳥にも頼れると許可はくれた。喜んで飛鳥の手を引いて外に出れば、オスカーさんも花畑まで先導してくれる。大きなその背中は飛鳥や光さんにも似た騎士のものだ。彼は信頼して良い人だろう。
花畑はそう遠くなかった。人と呑むことも好むそうだが常に誰かといたいというわけでもないらしい彼は郊外に家を購入した。夜中や早朝の鍛錬のため、近隣住民に配慮し、町中は外したそうだ。そのおかげで周囲の自然は豊かで、花畑もその中の一つ。夜でも寒さを感じないこの季節、花々は暑さに負けず咲き誇っている。淡い色も濃い色もあり、見ていて飽きない。花びらにそっと触れると香りも仄かに広がる。目を瞑ればより一層香りを感じられた。しかしそんな楽しんでいるところを邪魔される。いやこの言い方は失礼か。それでも何故、と思ってしまうほど強く手を握られた。
「消えてしまいそうだった。突然現れた君は、突然消えてしまってもおかしくない。」
飛鳥も同じ状況で現れているのに、俺にだけオスカーさんは言う。そのことを疑問に思いつつ、どこまで説明したものか思案する。地脈花を通じての転移だ。傍にそれがないなら消える心配はない。近くでも触れなければ転移はしない。調子に乗って触れてしまったから、また王国まで転移してしまっただけ。しかしそれを言うわけにもいかない。オスカーさんには飛鳥がいるからどこへ行っても大丈夫としか伝えられない。それだけの言葉で納得などしてくれない。まだ全く健康体に戻っていないと言いつつ、俺の体を確かめようとする。当然のように飛鳥はその手を弾いた。異性の体にみだりに触れようとするなんて、オスカーさんにはそういった意味での警戒が必要だ。体を確かめても分かることなど少し痩せてしまったことくらい。体力や体調面はここまで歩いて息切れしていないことから把握できるだろう。オスカーさんのおかげで休めている。今の生活をもう数日続けるだけで完全回復するだろう。それなのにまだ心配のようで、持ってきてくれていた上着を羽織らされる。この人はどこまで心配してくれるつもりなのだろう。
この人をあまり心配させるのも悪い。十分楽しめたなら家に戻って、ゆっくり休もう。早く元気になることが一番だ。帰るにしてもオスカーさんを頼らざるを得ないのなら事実も話してしまって良いかもしれない。これだけ心配してくれている彼なら悪いようにはしないだろう。飛鳥は反対するかもしれないが、飛鳥一人で二人分の旅費を稼ぐつもりでないなら、俺も一緒に危険を冒すか誰かの協力を得る必要がある。通りすがりの他の人には聞かれたくないため戻れるまで我慢し、それから時間を作ってもらう。それでも真っ直ぐに事実を言葉にすることは難しく、結局誤魔化して伝えてしまった。守ってくれる人が他にもいたこと、自由を許してもらえていたこと、学ぶための協力もあったことなどは伝えられた。話しているうちに帰りたいという思いが強まっていく。まだ船には乗れないだろうか。お金の問題は帰ってからなんとかしてもらえるだろうが、それをオスカーさんに受け入れてもらえるだろうか。公国に帰りたいとはまだ言えていない。彼個人が信頼できても立場上、上に報告しなければならないことはある。
「君は強いな。それとも傍に彼がいるからか。あんなことがあったのに、もう落ち着きを取り戻している。それなら、そろそろ聞いても良いか。君は何を隠そうとしているんだ。君の本当の立場は何なんだ。」
何らかの立場にあることを隠しきれなかった。どこまで話そうか。迷いながら口を開けば、うっかり御子のことから話し始めてしまった。御子を知っているかなど馬鹿な質問だ。知らない人がいるはずない。しまったと思った時にはもう遅く、君が御子なのか、何故ここにいるのか、護衛はどこにいるのかと質問攻めにされてしまった。これは俺の失敗だ。口から出てしまった言葉を戻すことはできない。飛鳥が怒れば事実だという認識を相手は深めることだろう。彼も何も言えずに、ただ俺が話す言葉を聞くだけにしてくれた。俺も後で怒られる覚悟を決め、素直にエーデルシュタイン公国にいた、そこで保護され、大公妃として受け入れてもらっていると白状する。敵対国と知って戸惑っているのかと思いきや、どうすれば無事に送り届けられるのか一緒に考え始めてくれた。
「報告は、すべきではないな。帰らせないと監禁される恐れがある。」
彼は俺を捕まえない。王国への忠誠心を示すためには捕らえ、報告し、逃さないようにするだろう。捕らえる方法には気を付けるかもしれないが、黙って返す理由はない。それを自覚はしているのだろう。報告すべきでないと一度結論を出したが、まだ迷ってもいる。
「貴族の友人には会ってくれるか。フェリクス・フィヒターという人物で、彼は信頼に値する。」
会ったことのある人だ。神殿勢力からの救出に協力してくれたと聞いている。公国に行くことは伏せられていたそうだが、閉じ込められていたどこかの屋敷から連れ出してくれた。元気になった姿を見せて、お礼を言いたい。御子であることは伏せて会っても良いと言ってくれたが、既に知っている相手だ。お礼を伝えるなら御子であると開示する必要もある。それでも知られることの危険性を理解し、配慮してくれる優しさには安心感が覚えた。
フェリクス様に会う。次の行動が決まればどこか肩の力も抜けた。帰るためにすべきことが見つかったからだろうか。ほっとして欠伸も出た。大丈夫、元気になったとは言いつつもまだ万全ではないのだろう。勧められるままに水を貰い、寝台に寝かせてもらう。帰るまで時間がかかるならその間のお金の問題は考える必要がある。眠気に抗い、オスカーさんに手伝えることを尋ねる。外で何か仕事ができれば良いのだが、神殿関係者には見つかりたくない。家でできる仕事か、せめて家の事くらいは手伝いたい。
「俺の趣味はあまり金が掛からなくてな。自分ともう一人養うくらいの余裕はある。医者を数回呼んでもな。」
仕事をすることには反対された。やはり御子であることを知ったなら迂闊に外には出せないという判断になるのだろう。家の事を手伝うに留めよう。飛鳥はこちらで近辺の魔物討伐や魔物のいる所にしか生えない植物の採集を行うそうだ。それだけで生計を立てている人もいるため、稼ぎとしては十分なのだろう。
ゆっくり眠り、食事ももらい、体調はほとんど改善した。もう走っても問題ないほどに回復した頃、フェリクス様が家にやって来られた。オスカーさんとは同じ騎士とも言えるが、異なる立場とも言える。王国唯一の公爵家第一子、王に重用される騎士であり、王妃の兄でもある方だ。贔屓されているわけではなく、この優しく頼りになるオスカーさんから相当な実力と評される。
事前に少しだけフェリクス様のことを聞いていたが、聞いていないふりをして挨拶をする。俺からは初めましてではないが、フェリクスからは見ても分からない。そう姿は変わっているが、以前助けていただいた御子の樹であると名乗った。
「ああ、話には聞いていたよ。」
周囲に誰もいないとはいえ、魔術を使うなど本気を出せば盗み聞き程度簡単にできてしまう一般家庭の自宅だ。警戒して貴族からただの平民に対する言葉遣いにすることも理解できる。気になる点はそこではなく、どこか俺のことを探るような目付きと聞いた内容。御子であることは既に知っている。大公妃であることは聞いたのだろうか。むしろ聞いていたほうが良いかもしれない。おかしな扱いをすれば外交問題になりかねない。
「今はどうしているんだ?」
特別な立場にないオスカーさんと素性の分からない俺や飛鳥の三人なら盗み聞きしようという人もいないだろう。一方でフェリクス様もそこに加わるとなれば誰かに見られている、聞かれているという可能性は高まる。その意識を常に持っておられるような対応を受ければ、こちらも内容には気を遣う。しかし言わなければ伝わるものも伝わらない。大公様の所に帰りたいという希望を伝えれば、前回の転移先が公国であると知られてしまうが、その辺りへの言い訳は果穂さんや一葉様に任せよう。
王国に敵意があるわけではないが、王国内に本体のある神殿は嫌い。だから一刻も早く王国を離れたい。これはきっとフェリクス様も受け入れてくれる。
「以前の事件に関しては改めて俺からも謝罪を。神殿の愚行を見過ごし、君を危険な目に遭わせた。」
謝罪すべきは神殿の人たちと痛めつけてきた貴族の親子であり、フェリクス様ではない。外部の人間が内部に隠された事態を把握することは困難だ。彼を責める気はない。この話をするくらいなら早く大公様の所に帰りたい。事態を把握したならフェリクス様たちも俺の安全に配慮してくださるだろう。それでも俺の居場所はここではない。帰るまでの間に治癒術など協力できることは協力しよう。地脈花と神殿に近づかなければそれで良い。神殿関係者にも関わりたくない。飛鳥ともできる限り一緒にいたい。だけ、と言えるほど要望は少なくないかもしれない。それでも特に神殿関係は細心の注意を払うと約束してくれた。俺自身、迂闊に出歩いたり、自分の立場を話したりしないよう気を付けよう。
「陛下に伝えることは許してくれるか。」
以前も俺の安全のため、王国からの脱出に協力してもらえたと聞いている。伝えても悪いことにはならないだろう。公国と敵対している点が気に掛かるが、王様と大公様の仲が悪いのかは分からない。大公様は、御子は何よりも優先される、と仰っていた。大公妃でもあるがきっと攻撃されることはない。
「事後報告という手もある。そうすれば俺がちょっと長期休暇を取れば良いだけになる。」
御子のことは隠した場合、フェリクス様が罰せられることはないのだろうか。彼は王様の専属騎士だ。それとも御子を優先することが王様の意向なのだろうか。監禁された直後の最も酷い体調の俺を見たことがあるからかもしれない。
隠す必要はない。ローデンヴァルト王とも話し、国として敵対している理由も聞ければ、和平のために協力できるかもしれない。その前に神殿への処罰などに関して話を聞こう。隣国との関係が改善されれば大公様の忙しさも少しは軽減されるだろう。
今後の予定が少しでも決まれば、体力を戻すことに意識を向けられる。詳しいことはローデンヴァルト王からの回答待ちになる。少し運動でもしてみようか。むしろ公国にいる時よりも運動を許してもらえるかもしれない。大公様も光さんも心配し過ぎなのだ。オスカーさんも心配はしてくれているが、散歩して以降少しずつ運動量を増やすことも良いと言ってくれている。飛鳥もこっそり遊び相手をしてくれるくらい、運動には寛容だった。
「ベアタも夜会に出ることはあるのか。」
大公妃という話をしたからだろうか、オスカーさんは公国での俺の生活を尋ねた。当然大公妃のため、大公様と共に夜会に出席したことはある。婚約や結婚を知らせるためにも必要なことだった。男の体でドレスを着ても可愛いと言われてしまうほど、大公様を始めとした周囲の人たちは背が高く、体格も良かった。踊りの練習もした。大公様は上手と褒めてくださったが、実際に上手かどうかは分からない。
「一度踊ってくださいませんか。」
急に畏まった態度で跪く。まるで姫扱いだ。その手を取ろうとすればまた飛鳥が阻止した。やはり俺とオスカーさんとの接触は駄目らしい。しかし目の前で踊る俺の姿を見たいというオスカーさんの要望には応え、飛鳥と踊ることになった。貴公子のように飛鳥も俺に跪き、手の甲に口付けるふりをする。大陸の礼儀作法なんていつの間にか習っていたのだろう。その手を取れば自然な動きで庭まで誘導される。踊るための密着も違和感なく、いつも以上に逞しい武人の体を感じる。ダンスの動きも力強く、引っ張られるように俺の体も動いた。足が縺れ、何度も飛鳥の足を踏んでしまったが気にした様子もない。
「ベアタは軽いし、底の平らな靴だからなんともないよ。俺のリードが下手くそでごめんな。」
飛鳥の下手さ加減は見ているフェリクス様にも分かったのか、少しおかしそうにされている。それならとフェリクス様に俺から誘いを掛ければ、それは許容された。飛鳥からフェリクス様に俺の手は渡され、今度はくるくると回される。引っ張られるように動く点は同じだが、上手く誘導されているのか足を踏んでしまうことはない。上手だと自分の足を踏まれないようにもできるのか。半分体が浮いているような感覚の中、ダンスの時間は終わり、フェリクス様はお土産の菓子を食べようと提案してくださった。フェリクス様が持ってきてくださったお菓子はゼリー。透き通った橙が美しい。口に入れた瞬間に広がる甘みと、さっぱりと口の中に残る仄かな酸味が心地良い。一口一口じっくり味わいたい良品だ。公国でも探せば似たような物は見つかるだろうが、王国の町並みも物も楽しんでみたい。先程は今でなくとも帰ってからで良いと答えたが、フェリクス様やオスカーさんに案内してもらえても楽しいだろう。外出には慎重になるべきという考えは変わっていないが、安全に気を付けた上でなら出掛けられる。
俺の態度の軟化を感じたのか、また時間があれば、帰還までの間にお出掛けしようと約束した。逞しい騎士の二人と飛鳥が傍にいてくれるならきっと安全だ。王国のこともこの目で見られることを期待しよう。




