魔力風に吹き飛ばされて
《実樹》視点
眠る前の祈りが世界樹に届いたのか、飛鳥だけでなく彼らも看病してくれたからか、幾分体は楽になっていた。柔らかい食事をもらい、今後の予定を聞かされる。飛鳥が十分に説明してくれていたおかげで、王都に向かうことが決まっていた。彼らは王国騎士団の一員であり、周辺の見回りを行っている時に俺たちを発見したそうだ。一時的に騎士団で保護し、それから今後の処遇を相談する。馬も貸してくれるため、俺は飛鳥と同乗で、任せきって眠っていても良い。そんな説明を受け、体を支えてもらいながら馬の所に案内される。暴れるような子ではないが、気難しい子ではある。安心させたいのか注意したいのか分からない言葉を聞き、そっとその馬に触れる。
「問題なさそうだな。飛鳥も、大丈夫そうか。なら任せよう。」
この馬は俺たちを受け入れてくれたようだ。もう少し交流したい気持ちもあるが、今は先を急ぐためオスカーさんの手も借り、飛鳥と共に乗り込む。何度乗っても馬上の景色は良い。しっかりと体を支えてくれているため、何も気にせずに楽しめる。危険な動物に襲われた際にも一緒にいる他の騎士たちが守ってくれる。それぞれ自己紹介してくれたため、また話すことがあったら名前を呼んであげよう。隊長さんもいた。俺への丁重な扱いは彼の指示だそうだ。地脈花に眠っていた人間は特別。そんな言い伝えがここにもあるらしい。
「この周辺は魔力風の影響を受けた動植物、魔物が多く出現する。好戦的な魔物に関しては我々が討伐する。そのための騎士だ。安心してくれ。」
魔物の襲撃の際も俺は飛鳥やオスカーさんの傍にいる。他の人が討伐し、彼らは俺を守ることに専念してくれる。馬から降りる際も飛鳥に抱えられて飛び降りる形になるため、されるがままになっていれば良い。安心させつつ、安全を確保するための注意事項をまた伝えてくれる。それを聞き流しつつ景色を楽しんでいると、徐々に魔力風に切り裂かれたという倒木が減っていき、あまり見ることのなかった王国内の風景が広がった。守ると言ってくれるなら少しでも好印象を持ってもらいたい。適性属性が分かってからの魔術の練習は順調だ。俺も少しは彼らの役に立てる。気合を入れつつも可愛い女の子の声で何気ない会話を心掛けた。
「綺麗なお花がいっぱいですね。あの子も可愛い!ねえ、あれはなんて言うんですか?」
名前は分からない物も多いが、花や薬になる物もあるようで、その説明は聞かせてくれた。動物もどういった特徴があるのか、危険性はないとか、色々聞かせてくれた。可愛い女の子を装うための質問ではあったが、聞いていると楽しく、ほとんど一人称に気をつけるだけの会話になっていく。そうしてはしゃいでしまったからか、少し早く疲れてしまった。俺のせいで早い休憩にはできない。そう隠そうとするが当然飛鳥には気付かれ、疲れ切ってしまう前にと予定よりも早い昼休憩を提案された。
馬から降りる時も俺を軽々と抱えて飛び降りてくれる。外での食事になるため、凝った物にはならない。それでも彼らは極力柔らかい物を用意してくれ、頑張れば食べられる物だった。味は単純だがよく噛めば小麦の香ばしさが滲み出る。ピクニックに持って行けば十分なご馳走だ。
「美味しいか。」
もぐもぐしながら頷けば喜んでくれる。これはオスカーさんたちの作った保存食なのだろうか。小麦の塊のような物を食べきれば、次は小さな瓶を渡される。魔力風で弱った体のために用意されていた薬らしい。ただし、この薬は苦い。せっかく食べた美味しい食事の味が上書きされてしまう。もう体は随分楽になってきている。疲れやすいが、食べて眠ればすぐに良くなる。本当に飲まなければならないだろうか。嫌だという仕草を見せても飛鳥がその薬を受け取り、俺の口に瓶を当てる。飲めば早く楽になることは分かっている。もう数回飲めば良いだけ。一時の我慢だ。そう深呼吸をし、息を止め、一気に飲み干した。
「よく飲めたな、頑張った、偉いな。ご褒美の菓子だ。」
甘くて美味しいお菓子は薬の苦さを消してくれる。差し出してくれるそれを口で受け取り、瓶を渡す。表面にある砂糖の甘さと中から出てくる干し果実の甘さ。薬の後にだけ貰えるこれは特別な物だ。十分に苦さを消し、甘さを堪能すればふと対応に疑問を感じる。随分幼い子ども扱いだった。確かに年齢も十代に偽った。振る舞いも一部は気を付けている。それにしても幼い子ども扱いをしすぎではないか。自分で思っている以上に幼い振る舞いになっていたのだろうか。
食事の後はお昼寝の時間。食べてすぐ横になってはいけないため、飛鳥に凭れ掛かって眠る時間だ。お腹も八分目、デザートまで付いていたため気分も良い。肌寒さも全くなく、飛鳥にくっついていると暑いほどだが、寝苦しいほどではない。目を瞑り、心地良い眠りに意識を委ねた。
振動と声に目を開けば、鋭い牙と爪を持った狼がいた。これが魔物、その中でも好戦的な物だ。恐ろしい化け物のそれらに騎士たちは一切怯むことなく立ち向かう。周りに屈強な騎士たちがいてくれるから平然としていられるが、そうでなければ怯えてしまっただろう迫力だ。今も少し怖がっている様子が伝わってしまったのか、飛鳥は強く抱き締めてくれる。
「大丈夫だ。あんな物は彼らの敵じゃない。そのくらいの実力はあるよ。俺も守る。怖いなら見なくても良い。」
槍を駆使して戦う彼らの中にオスカーさんも混ざっている。魔術を使っている人もいる。俺も何かしたいが術式がない。連携を取るために訓練もしているなら、俺が手出ししないほうが良い可能性もある。だから飛鳥も俺を抱き締め、観察するだけで手は出していない。俺も大人しく見ていよう。余裕のある相手なら俺が心配する必要はない。見ているだけなのに緊張はしてしまい、気付く度に飛鳥は大丈夫、大丈夫と頭を撫でてくる。周囲の危険に集中してもらったほうが良いのだろうが、深呼吸して大丈夫と示してあげられない。まず深呼吸が上手くできない。浅い呼吸ならできる。俺が戦うわけでもなく、魔物が真っ直ぐこちらに向かってきているわけでもない。そう自分に言い聞かせても強張る体は変わらなかった。
「こっちに来ても俺が絶対に守る。戦えるだけの鍛錬もしてるし、武器もある。王都に着いたら手合わせしてもらうか。あんまり俺が戦ってる所は見たことないだろ。」
魔物の血が辺りに広がる。生暖かい空気に生臭さが広がる。飛鳥の体温が俺に冷静さを思い出させてくれるおかげでまだ怖がらずにいられている。彼も大丈夫だと言うように時折俺を見て、微笑んでくれた。人の足音が近づくと、彼は俺の目を塞ぐ。ぐしゃりという音は魔物の死体を打ち捨てた音だろうか、それとも血に濡れた地面を踏む音だろうか。
その場から離れると血の臭いも生暖かさもなくなった。髪を撫で付けるように頭を触る仕草はもう安全であることを示している。飛鳥に押し付けていた顔を上げると、爽やかな空気が肺に入る。他の騎士たちも警戒こそしているものの、今にも戦闘が始まるといった雰囲気ではない。また景色を楽しみつつの移動はすぐに終わってしまい、村が目に入った。もうすっかり暗くなっている村には人影もなく、既に眠っているようだ。小さな村に宿などあるのだろうか。今から押しかけるのも、という感覚は騎士たち共通のものだったようで、隊長の指示で村の外に野営することになった。それなのに特別にオスカーさんには俺に関する指示が出され、俺だけでも寝台に眠れるようにと宿を探し始めてくれた。飛鳥と俺も同行すると、宿らしき建物の扉に手を掛ける。
「パパ!?」
幼い子どもの声に続いて開いた扉にはその声通りの子どもが二人。一瞬にしてその喜びは消え、視線は下がった。
「パパじゃない、ね。」
父親が帰って来ていないのだろうか。疑問に思いつつも黙っていると、オスカーさんが宿泊したい旨を伝えた。夜なのにこの子たちは父親の代わりに仕事をしているのか、名簿を差し出された。彼が名前を書きつつこの村について尋ねると、子どもたちは悲しそうな顔で話を始めた。
一ヶ月ほど前から村の外に狩りなどの用事で出掛けた大人たちが戻らなくなったという。彼らを捜索するため、そして原因を探るために安全第一で出掛けたはずの大人も戻らず、体に不自由を抱えた人や老人、それから子どもしか村にはほとんど残っていない。一部村を守る役目の健康な大人が残っているだけで、子どもたちの世話の手は足りておらず、子どもたちは自分の親や年の離れた兄姉の真似をしているだけ。長く生きていくことは困難な状況だ。
なんとか助けてあげたい。そう思ったが俺も助けられている身。勝手なことを言えず、子どもたちに空っぽの期待だけを抱かせるわけにもいかない。結局オスカーさんがどう出るか様子見をし、黙るしかなかった。
「今はこの子を休ませてあげたい。君達も今夜はもう寝て、明日の朝、何ができるか考えよう。」
何かしてあげるつもりではあるようだ。部屋に案内されてからも無力な人間ばかりの村は放っておけない、少し待っていてくれ、と出て行ってしまった。隊長に伝えてくるのだろうか。明日の朝、子どもたちも一緒に話せるように、今のうちに隊長には話を通しておく。騎士団が対応してくれるなら何も心配は要らないだろう。俺も魔術でできることは協力しよう。体の怠さも和らいでいる。術式なんて空中に指で描いても良い。描いている感覚と記憶があれば、そこに魔力を残せれば、魔術は発動する。
今夜はもう寝るだけ。日課の一部である魔力操作の練習を行い、治癒術の術式を思い出す。昼間の戦闘で騎士の人たちは怪我をしていないだろうか。治癒術は弱りきった人に対して発動してはいけない。あくまで本人の治癒能力を高めるだけのため、体力を消耗してしまう。弱りきった人は治癒術で体力の全てを奪われ、死んでしまうかもしれないから。これから眠るだけの疲れ切っているわけでもない騎士の人たちになら使っても問題ない。体の動きに影響する怪我がなくなればきっと喜んでもらえる。
思い立ったが吉日。そう扉に向かえば、飛鳥に引き留められる。元気そうではあるが、まだ万全ではないはず。早めに休めるようにしてあげるべきだろうか。そう思いつつも目的を伝える。
「それなら行こう。治癒して好印象を与えるのも大事だから。無理はするなよ。」
許可を得て、野営すると言っていた場所を目指す。少し歩くくらいなら星明かりでも十分だ。そのはずなのに中々見つからない。村からそう離れていないはずなのに彼らの声が一切聞こえない。一体どこにいるのだろう。邪魔にならないよう少し離れた所に野営しているのだろうか。
「何か遭って場所を変えたのかもしれない。それなら外は危険だ。早く戻ろう。」
すぐに対応できるよう飛鳥は俺を抱え上げ、宿へと戻る。治癒術を使えることは宿で伝えても良いのだ。そう残念な気持ちを抱えつつ、宿の扉をくぐった。
「ベアタ!良かった、無事だったんだな。」
痛いほど強く手を握られる。飛鳥も一緒なのにここまで心配してくれるなんて意外だ。彼の実力が分からないからだろうか。少し出掛けただけだと説明し、俺の伝えたかったことを話す。そうして移動してしまうほど元気になっていると分かれば、むしろ彼は喜んでくれた。怪我の治癒などは専門の術士が同行しているため、心配要らないそうだ。安易に治癒術に頼らないことも必要と注意までされてしまう。俺にできる協力方法は王都についてから考えることになりそうだ。今できることは大人しく従い、休むこと。そう落ち着きを取り戻すと空腹も思い出した。まだ夕食を取れていない。
「台所を借りようか。食材も大した物はないが、柔らかく炊いてやることはできる。少し待っていてくれ。」
もう元気だからと調理場までついて行く。飛鳥と一緒に大人しくしているのならと許してもらえた。また明日も移動だ。その時に元気がないとならないよう気を付けよう。今日も馬の上に座っていただけ。それも飛鳥が支えてくれるから姿勢を維持する努力も必要ない。寝てしまっても問題ないくらいだった。できることはしたいが、勝手に動くとむしろ困ると言われてしまっている。
大人しく待ち、温かい粥を受け取る。少しだけ野菜やお肉も入っている。朝と昼も問題なかったため、少しずつ普通の食事に戻してくれるのだろう。
「美味いか。」
野菜の甘みも苦みもお肉の味も感じられる。魔力の操作だって十分。もう薬は必要ない。そう拒否し、お菓子も断る。今はお菓子よりも食事を多く、栄養を補給しなければならない体調だ。保護されている身でもある。贅沢せずに早く大公邸に帰りたい。皇国まで行ければそこから公国まで帰れる。旅費はどうしようか。身に着けている物は売れるだろうか。短期間の仕事があれば良いが、そう上手く見つけられるだろうか。
俺が自分の今後を考えている間に、オスカーさんは王都に着くまでの予定とこの村に関する話を教えてくれた。早起きして、朝食後する出発する。ここで自分たちにしてあげられることは多くないため、村人の安全のため少数の騎士のみ残し、村の状況を伝える。食料などに関する問題も持ち込むことで一時的に誤魔化す。原因究明の部隊も要請する。特に要救助者となっている俺が留まることは荷物にしかならないため、一刻も早く出て行ってあげたほうが負担は少ないだろう。




