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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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作戦成功

《実樹》視点

 夏は過ぎ、秋が訪れた。その間もジークムントとの交流は続いたが、直接会うことはなかった。手紙の頻度も徐々に下がったが、その熱量は相変わらず。こちらは無駄な情報を与えないように気を付けつつ、関係が一歩ずつ進んでいると錯覚させるよう意識しつつの返信なのに、あちらは愛情まで芽生えているように感じられる返事を送ってくる。大公妃として会った時やジークリンデ様に対する言動とは大きく異なる様子だ。親しくなれば家族のことだって聞いて良いだろうとジークリンデ様のことも尋ねてみれば、やはり辛辣な言葉が返ってくる。家族にそんなことを言うなんて、と返せば家族の印象が下がるようなことを書く頻度は下がったが、やはりあのジークムントだと思えるような言葉もあった。ベアタとして彼を知れば知るほど分からなくなってしまいそうだ。

 彼とのそんなやり取りもここまで。俺は大公邸に戻り、シュプリンガー家関係の話を大公様から聞く。ジークリンデ様へのご家族からの干渉の心配はもうない。大公様が交渉されたそうだ。そのせいでシュプリンガー家は少々苦しい立場になり、大公妃が目に掛けているジークリンデ様を無下に扱うことが難しくなった。それに加え、ジークムントの対応も変わったことで、現侯爵は動きにくくなられたそうだ。返事の間隔が開くようになっていた原因はお家のほうで色々とあったからなのだろう。俺からもジークムントとお茶をした話を伝える。大公妃への興味の話もその前の夜会で聞いたため、少し気を惹くように、妹君であるジークリンデ様の話の時にそんなことを言うなんてと批判したという内容だ。興味のある女性から指摘されて行動が変わる人なら、良くも悪くも他人の影響を受けやすい人なのだろう。それで侯爵が務まるのかは疑問だが、単純に悪人というわけではなさそうだ。誰か良い人が手綱を握っている状態なら彼自身も良い人になれるのかもしれない。

「現状ではそれがベアタということになってしまうな。二重生活を送らせるつもりはないぞ。」

 俺も彼とこれ以上親しくなるつもりはない。そもそも大公邸に戻った時点で交流を断つつもりだ。また病床に伏していると伝えてもらうことになっている。その後、他地域へ移ったとも伝えてもらうため、連絡を一切断っても問題ない。改善の方向に向かっているなら離れてしまっても良い。その後、ジークムントが悪い方向に戻ってしまったとしても俺には関係のない話だ。その時起こした事件によって正しく裁かれることだろう。

 ジークリンデ様周辺の問題は詳細を聞かせたくないのか、何度も追求してようやく少し教えてくれた。特別に処罰を与えることは難しい。それでも大公妃が気にかけていたことを理由に大公様も接触を図ることができる。その中で話を聞き、思うところがあると伝えること程度ならできる。調査させるのではなく、自ら白状するように圧を掛ける。そうしている間にジークムントの態度も軟化し、侯爵本人は動きづらくなり、ジークリンデ様への干渉をしている場合ではなくなった。時間ができたらジークリンデ様にも会い、話を聞こう。聞かせてくれるだろうか。

 シュプリンガー家の話はひとまず横に置く。もう一つバルシュミーデ家滞在中に気になったことを尋ねる。エリアス様によく似た少女のことだ。エリアス様は養子という話だった。実父母は他にいる。忘れたほうが良いと分かりつつ、やっぱり気になってしまう。

「知らないほうが良いこともある。そのために実父母とは合わせていない。」

 よく似ていたカウフマン家のカロリーネちゃん。母親のクラウディアさんがカウフマン家の生まれで、夫のフィリップさんが他の家から入ったお人。親しくもないのに根掘り葉掘り聞くわけにもいかず、何も分からないままだ。エリアス様も養子であること自体はご存知で、気にした素振りもなかった。俺が追求するべきではないのだろうか。少なくとも引き取る際に実父母とは相談しているはずであり、やはり特段問題がないなら後からやってきた俺が口を出すべきことではない。好奇心で足を踏み入れて良い領域ではないのだ。

 多くを語るつもりがないなら話題を変えよう。ジークリンデ様に会える日はいつだろう。しかし大公様はエリアス様と実父母を会わせるべきではない理由と実父母が誰であるかすら教えるべきではない理由を語った。実父母の家に権力が偏れば、また側室に子を産める娘を勧める家が現れる。それを避けるための養子だったはずなのに、それが厄介事を招きかねない。エリアス様自身の心にその存在が入れば、否応なく意識する。本人が贔屓を拒んだとしても、周囲はそこを疑い、妥当であったとしても苦情を入れる。特にその苦情を入れることで得をする人物は強く主張し、周りにも悪評を広める。エリアス様にとっても苦しい状態を招きかねないのだ。だから会わせないだけでなく、誰が実父母であるかも教えない。

「お前は何も気にしなくて良い。ジークリンデには会いに行けるよう手配する。心配するな。」

 大公様は俺を守ってくれるつもりでいる。御子であり、大公妃にもなったから。俺はそのどちらの仕事も十分にこなせているのだろうか。大公妃としてはお披露目しただけ、御子としても浄化が不十分。まだお勉強の時間と言われているため、大公妃としての仕事はさせてもらえない。御子としての仕事なら今からでもできる。問題はまた地脈花を通じての転移をしてしまわないかどうかだ。俺も魔力の扱いに少し慣れた。地脈花を通じての転移も経験した。今度は似たようなことになっても抗えるのではないだろうか。それでも大公様も光さんも飛鳥ですら説得できないだろう。行くなら黙って、こっそりと。

 これ以上大公様の仕事の邪魔をしないように、という言葉を言い訳にその場を離れる。地脈花に近づこうとすれば、容赦ない力で腕を掴まれる。今日の日中が光さんなら振り切れただろうが、生憎今は飛鳥の担当。そんな遠慮など存在しない。距離を保って見るだけ。そう許可を得て、飛鳥に体を拘束されたまま、美しい宝石の花を見つめる。身長の二倍ほどの距離からなら体調の変化も何もない。もっと近づけば瘴気がこの体に流れ込み、体調を崩すのだろう。そうなっても大公邸なら看病してもらえる。大公様も飛鳥も光さんも心配してくれる。体調が悪いとはいっても勉強する時間くらいなら作れる。幸せだと感じられる落ち着いた環境なら瘴気は浄化されていく。大公邸なら瘴気をこの体に受け止めても何の問題もない、それどころか御子としての務めを果たせる。じっと見ているだけの俺に油断した飛鳥の手が緩んだ瞬間に地脈花へ向けて駆け出した。

 魔力が体に纏わりつく。これに身を任せてはどこかへ連れて行かれてしまうのだろう。必死に抗い、不快感を押し流すよう自分の体と魔力に意識を集中させる。この体を飛鳥が抱き締めていることは分かる。それがどれだけこの場に留まるために効力を有するのか分からないが、俺の意識をこの場に引き戻す役割は果たしてくれている。ちらりと覗く導師の姿は一体何なのだろう、荒れた土地はどこなのだろう、不気味に紅く光る宝珠を飲み込む導師は一体何者なのだろう、真剣な表情で見つめる先には何があるのだろう、見たことのない魔術は何なのだろう。色んな風景が一瞬で流れていくが、それに流されてはいけない。自分の魔力と世界樹の魔力の境界を忘れてはいけない。優しいそよ風から激しく乱れる風に変わっても、自分の位置を覚えていなければならない。

 急いで目を開け、地脈花から手を離す。美しかった風景は切り裂かれ、地脈花の色も青主体から緑主体へと変わっていた。木々が倒れ、兎の半身が転がっている。果実の強烈な甘い香りと地脈花から漏れ出る冷たい空気、そして地面に広がる紅い血から漂う物騒な臭い。思わず後ずされば自分の体にも痛みが走った。服も一部切れている。一体何が起きたのだろう。飛鳥も血塗れなのに俺の無事を確かめている。何かが起きていることは確かだ。俺もと周りを確かめる頭がぐらつき、そのまま意識を失った。


 気が付けば見知らぬ小屋に眠っていた。誰かが見つけてくれたのだろうか、飛鳥が助けを呼んでくれたのだろうか。体を起こし、横を見れば彼も静かに眠っている。呼吸は一定で、苦しそうでもない。ただ眠っているだけのようだ。窓から見た景色も青々とした木々が視界を遮り、すっかり夏の陽気だ。

 飛鳥が起きてから現状の確認をしよう。そう再び横になると、扉が開かれた。戦いを生業としているのだろう逞しい風貌の男性だ。彼が助けてくれた人だろうか。ここはどこだろう、彼は誰だろう。

「俺はオスカー・オスヴァルト、ここは避難小屋。君たちは魔力風の中に倒れていたんだ。」

 詳しく場所を聞けば、ここはローデンヴァルト王国内だった。御子であることは隠したほうが良いかもしれない。まさか大公妃となった御子姫がこんな所にいるとは思われないだろう。名前もベアタのほうを名乗ろう。飛鳥とは上手く話を合わせられるだろうか。

 魔力風についても教えてもらう。この辺りでは度々地脈花を中心とした強風が吹き荒れる。その風には魔力が多分に含まれており、人によっては転移した時のように酔ってしまう。確かに体は怠く、元気に走り回ることは難しそうだ。歩く分には問題ない。軽く立って確かめる間もオスカーさんは支えられるよう身構えてくれていた。きっと信じて良い人だ。座って一息吐けばお水も勧めてくれた。飲んでいる間も観察されている。

「食欲はあるか。難しいなら果汁を絞ってこよう。」

 まだ食欲はない。食べたほうが良いことは分かる。体の怠さは転移の影響や魔力風のせいもあるだろうが、きっと瘴気の影響もある。体を元気にし、十分に休んで、瘴気が浄化できる状態にしたい。今は目も見えており、以前の場所よりも安全だ。焦らず安全に大公邸まで帰る方法を考えよう。前回の転移と異なり今回は一人ではない。飛鳥が一緒だ。彼が起きるまでオスカーさんに頼り、体を休めよう。御子であることを隠した上で帰る方法なんて一人では思いつかない。

 横になってオスカーさんを待っていると、飛鳥も目を覚ました。誰が聞いているか分からないここでは大きな声で相談ができない。そう小さな内緒話を行い、御子であることも大公妃であることも伏せる、ベアタと名乗ったと情報共有を行う。どこまで信用して良いか分からないため、飛鳥のことを俺の特別と伝え、片時も離れない。それが最も身の安全を確保する方法になる。

 相談が終わって程なく、オスカーさんは柔らかく炊いた粥を持ってきてくれた。器も自分で持てる。立てたのだから座るのだって問題ない。それなのにオスカーさんは俺の体を支えてくれる。心配してくれる良い人なのだろう。彼の心配に満ちた視線と飛鳥の警戒を隠さない視線を感じながらゆっくりと食べ進め、時間を掛けてなんとか半分は食べた。無理して食べても吐いてしまいそうなためここでご馳走様にする。食後はしばらく座ったままになるため、オスカーさんの優しさに甘えて凭れさせてもらった。同じ魔力風に巻き込まれたはずの飛鳥は硬い保存食を食べているが、お腹を壊さないのだろうか。

「元の出来が違うから俺は大丈夫。少し休めば普通に歩けそうだ。だからオスカーさん、その役割は俺ができますよ。」

 羨ましい体だ。それとも日頃の鍛錬の成果だろうか。既に警戒心を露わにし、俺の背もたれになる役割をオスカーさんから奪い取った。俺たちの関係性は正しく伝えていない。これも誤解を招き、離されずに済むための一つだろう。何を察したのか、オスカーさんも俺にみだりに触れないよう配慮してくださり、席を外してくださった。

「眠っている間に色々とすることがあるから、少し外出する。水は置いておくから、好きに飲んでくれ。」

 注意事項を聞きつつうとうとし、大人しく眠る。先程まで眠っていたはずなのに、すぅっと意識は簡単に沈んでいった。


 カタンと扉の開く音がした。重い瞼を開け、体は起こせないまま人の気配を感じる。飛鳥はもう体調も問題ないのか、素早く体を起こし、俺を背後に隠した。入室してきた彼らは先ほどの男性ともう一人見知らぬ男性。そちらも体格が良く、騎士や戦士か、戦いを生業としている人のように見える。おはようと掛けてくれる声は優しさに満ちており、さほど警戒しなくても良いのではないかという気になってきた。

「王都に戻れたほうが落ち着いて休めるだろう。まだそこまでは回復していないか。」

「それもあります。けど、それ以上に彼らにとって落ち着ける環境かどうか分かりません。」

 ここが一時的な滞在場所ならそんなことも言っていられないだろう。王国と公国は敵対国。簡単に帰りたいとも言えない。皇国に行きたいと伝え、そこから公国まで帰ろうか。飛鳥の素性を明らかにしても良いだろうか。具体的な方法は休ませてもらってからでも良い。神殿関係者に見つかりたくはないが、ここに隠れていても安全とは限らない。王国での立場を持っている人が守ってくれようとしているなら、その人の傍にいたほうが安心だ。飛鳥も俺を守るために必要以上の警戒しているのなら、俺が大丈夫と伝えてあげなければ。そう必死に声を上げ、身動ぎする。しかし眠っていたせいで上手く声が出ず、代わりに咳が出てしまった。

「大丈夫か。」

 水が飲みたい。そう手を伸ばせば体を抱え起こしてくれる。呼吸が整うまで待ち、それから水を飲ませてくれる。警戒より俺の世話を優先する程度には彼らのことを信頼しているようだ。彼らもこうした状況に慣れているのか、飛鳥の意識が完全に自分たちに向いている時以外は動かないように気を付けてくれている。彼らについての詮索は後だ。今は自分の身の安全のために我が儘にもお願いさせてもらおう。俺は女の姿で、幼くも見える。こうしたお願いも聞いてもらいやすいかもしれない。一緒にいたい、一番は飛鳥も一緒に、二番に王都でもどこでも良いから彼らのいる所に、と。何故か掠れたままの声で頼めば、大丈夫と慰められた。飛鳥も後は俺が話すからと俺を寝かせようとする。言いたいことは伝わっただろうか。眠り始めた時よりも体が怠い気がする。動いたほうが楽になるだろうか、それとも眠っている間に何かが悪化したのだろうか。答えも出せないまま彼に凭れ掛かり、目を閉じる。また眠い。起きていられない。次に目が覚めた時はもう少し話せる状態になっているだろうか。

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