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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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小さな夜会

《実樹》視点

 まだ大公様から帰ってきて良いという連絡は受け取れない。迂闊にこちらから連絡を入れることもできず、ただひたすら待つだけの時間。その間も勉強しているため暇するわけではないが少しだけ寂しい。ブリギッタ姉様の勤める北方砦はバルシュミーデ邸から通える距離ではないため、傍にいてくださらない。屋敷にいてくださる家族の皆は優しくしてくれるが、大公様の代わりになるわけではない。ベルノルト兄様とユリア姉様も自分たちの子どもに近い扱いをしてくださる。そのベティーナとベルントも姉のように接してくれる。姉というよりは妹のように扱われている気もするが、この家や近所について知らないため、教えてくれようとしているのだろう。

 そんな二人が嬉しそうに報告してくれる。近々、初めて夜会に出席するそうだ。主催はカウフマン商会の新会長夫妻。旧会長夫妻は共に六十歳を超えた老齢で、第一子夫妻がその跡継ぎ。その挨拶に他の商会や伯爵家の面々が参加する夜会を開催するという。参加者は主催の新会長夫妻、その子ら二人、新会長の妹とその娘は確定していると連絡があった。バルシュミーデ家からベルノルト兄様とユリア姉様、その子どもであるベティーナとベルントが出席する。俺も出たければベルンハルト兄様と一緒に参加できる。来る可能性のある家は商会や伯爵家の人程度らしく、御子や大公妃を間近から見たことのない人ばかり。俺が出ても気付かれる心配はない。俺の苦手なジークムントなどのいるシュプリンガー家も侯爵家のため参加の可能性は皆無。同時に大公様も出席しないため、出たとしても会うことはできない。

「気分転換に出てみるのはありだと思うよ。」

「僕も目一杯着飾ったベアタ姉様を見てみたいな。」

 ベティーナとベルントに言われてしまっては断れない。商人たちと伯爵家の子たちの夜会ならベルンハルト兄様に買ってもらった宝石の模造品でも良いだろうか。ベルンハルト兄様の瞳の色の宝石でも兄妹なら意味深に捉えられることはないだろう。俺が兄様大好きっ子に見られるだけだ。ドレスも選ばなければ。

 ベルンハルト兄様の帰宅を待ち、夜会の件を伝える。そもそも兄様は夜会に出るつもりがあるのだろうか。

「どちらでも良いな。今度の休みに服を見に行こうか。一から仕立ててもらうことは難しいが、既に出来上がっている物の調整なら間に合うだろう。」

 兄様の服はある。用意しなければならないのは俺の分だけ。夫婦や婚約者なら相手の瞳や髪の色の要素を装飾品やドレスの中に入れ込むが、兄妹なら好きにして良い。カウフマン家の主催のため、この前買った物を着けて行くことはむしろ喜ばれる。ドレスにも紅い糸で刺繍をしてもらえるだろうか。時間がないため施されている物を選ぶことになるか。

 楽しみにドレス選びの日を待つ。今はお礼も十分にできないが、事が片付き、大公邸に戻れたなら、御子としても大公妃としても親交のある家と声を大にして言える。加護は気持ちの問題。感謝の気持ちを形にしたいと強く念じれば、何か起きるだろうか。


 無事にドレスは決まった。ベルンハルト兄様のお勧めで、全体の雰囲気は可愛らしいながらも色合いは落ち着いた物にし、華やかさはベティーナやベルントに譲った。こういった夜会で結婚相手を選ぶこともままあるようで、年頃の二人は出会いを楽しみにしている。他の貴族の子にも商人の子にも同年代の子は多い。気の合う友人の一人や二人は見つかるだろう。主催のカウフマン家の子たちも同年代。共に初めての夜会だ。クラウディアさんの娘は少し幼いようだが、早くから婚約し、交流を深めることも珍しくない。

 貴族同士の夜会よりも礼儀作法は緩い。入場順も退場順も自由。細かな決まり事なく、ただ交流する時間だ。探り合いもあるそうだが、今回は特に初めての子どもが多いため、その要素は薄くなるだろうとの推測を聞かせてくれた。緊張を和らげるためにか、ベルンハルト兄様の口数は多い。彼に手を引かれ、入場する。先に来ている人たちに歓迎の拍手をいただき、まず主催の新商会長とその奥方への挨拶に向かった。

「初めまして、ベアタお嬢様。先日はご利用いただきありがとうございます。とても良くお似合いですよ。」

 結局ドレスもカウフマン商会で用意していただいた。きっとこの色合いの意図もご存知なのだろう。知った上で似合っていると言われると少々気恥ずかしいが、素直に褒め言葉は受け取る。お二人とも紳士淑女という雰囲気をお持ちで、畏まった服装のせいもあるかもしれないが、どこかの貴族と言われれば信じられそうだ。特別背が高いとか体格が良いというわけではなくとも商会長になったばかりと言われれば驚くほどの風格をお持ちだ。傍にいる息子さんと娘さんとも挨拶させていただく。背は俺より高いが、雰囲気には幼さが残る。精一杯の背伸びをしているような雰囲気だ。

「あまりにも美しくおられるので、二人共見惚れてしまっているようですね。ほら、きちんと挨拶なさい。」

「は、はい。初めまして。ベアタ様とお呼びしてもよろしいですか。」

 非常に緊張した様子で確認してくれる。特にお兄ちゃんのほうは貴族風の挨拶をしたいとお願いした。跪き、手の甲に口付けるような動きをする。それに憧れがあるそうだ。本当に口付けると勘違いしている可能性もあるため、あれは口付けるふりであって本当に口付けるわけではないと説明した上で了承する。動きはぎこちないが練習していたのか、迷うことなく丁寧に実行した。終われば照れたようにこちらを窺う。もっと成長し、この挨拶にも慣れればきっと様になる。そう褒めれば喜んでくれた。妹ちゃんのほうはお嬢様の挨拶が見てみたいとお願いする。俺も熟練というわけではないが練習はした。その成果を披露してあげれば綺麗と褒めてくれた。これらは礼儀作法として習ったものだが、やはり褒められると嬉しい。彼女の所作も褒めれば嬉しそうにした。本物の貴族と交流することのある彼らでも貴族に対する憧れも持っているのだろうか。

 新しい商会長への祝福もし、同じカウフマン家のクラウディアさん、その娘カロリーネとも挨拶する。カロリーネの容姿は肖像画だけでなく実物もエリアス様によく似ていた。二人共俺の姿を褒めてくれる。

「仲良しさんなんですね。だって、ベルンハルト様の目と髪の色の宝石着けて、刺繍までされてるんですもの!」

 大人のように振る舞っていたカロリーネだが、話しているうちに興奮した様子になっていく。こうした服に意味を込めることに興味があるのか、楽しそうだ。一目見て気付くなんて観察力の優れた子だ。決して深い意味があるわけではないが、兄様の瞳と髪の色を意識したと気付いてもらえるのも良い気分だ。

 良い気分のまま他の人にもどんどん挨拶していく。ここには商人の家の人や平民とも深い交流を持つ伯爵家の人ばかり。大公様と一緒に出席した時よりも緊張しない。伯爵家の中には交流のある商人の子と婚姻を結んでいる家もあるそうで、平民と貴族の境目は曖昧だ。俺が貴族の側の立場だからか、値踏みするような鋭い視線を向けられることもなく、みんな友好的。

「商人には愛想が重要ですからな。油断しすぎないほうが良いですぞ。綿の仮面の下には針山が眠っているかもしれませんから。」

 深い付き合いをするわけではないなら、上辺の愛想の良さが有り難い。初対面なのに上から下まで、所作の全てを監視されているような状況は御免だ。視線自体は感じるが、刺さるようなものではない。この程度は互いに見て、見られて、という場所のため許容範囲内。そう他の人との交流も続ける。

 穏やかな交流の中、やはり恋人はいないかと尋ねてくる人にも遭遇した。ここはその相手を探す場でもある。保護者として同行している親は既に結婚しているが、その他はほとんど未婚の人。気に入る人がいてもすぐさま婚約やお付き合いをするわけではなくとも、お付き合いをするかもしれない友人や新しい友人を作るように行動する。中には自分の子や親戚の子の相手を探すような人もいた。この目の前の女性もその一人のようで、俺の年齢がもうすぐ二十二歳と聞くと、この場にいない甥っ子や姪っ子の話を始めた。彼らの結婚相手も探しているそうだ。特に第一子は既に結婚している人に懸想しているそうで、とても心配されている。

「いい加減現実見てもらわないとねぇ。大公妃殿下なんて雲の上のお方だよ。反逆でもする気なのかって。あの子ももう二十二歳なのに、いつまで子どものつもりで夢見てるんだか。」

 その子は侯爵家の人らしい。特に第一子や第二子なら平民と結婚することはほぼないが、ここには伯爵家の娘もいる。彼の目を覚まさせることにできる良い人を探す。この女性のような目的で参加している人もいるものらしい。俺にぜひとも会ってほしいと頼む彼女を振り切り、他の人たちとの交流を楽しむ。バルシュミーデ家は評判の良い家のようで、ベルンハルト兄様と歩けば好意的な視線が迎え入れてくれた。会話も互いの深い話をするものではなく、気楽なものだ。兄様の手をずっと離さなかったためか、実年齢よりも幼く見られ、結婚を視野に入れたお付き合いの提案も幾つかあった。幸い簡単に断るだけで引き下がってくれたため、概ね楽しい夜会だ。ほんの少しの気恥ずかしさを感じながらのダンスにもベルンハルト兄様は応じてくれる。他の方とのダンスの時間もあった。俺に婚約者がいないためか、その時もお付き合いの提案があったが、想い人がいると言うと引き下がってもらえる。油断して良いわけではないが、少しくらい気を緩めても滅多なことは起きないだろう。

 楽しい夜会の時間は終わり、思う存分兄様や姉様にも褒めてもらい、心地良い疲れに包まれて眠る。おかげで大公様がいない寂しさを感じない夜となった。また平穏な日々が戻って来る。夢心地から現実に帰り、勉強に意識を戻そう。そんな気合を入れた日々を始めた。勉強する環境を変えることも良い影響を与える場合がある。それが本当だったのか、魔術や魔力についての書物も順調に読み進められている。

 そんなある朝、食事の間も父様の表情は思わしくない日があった。母様も何かを悩んでいるように口数が少なく、ベルノルト兄様もユリア姉様も俺のほうを見るだけで何も教えてくれない。ベルンハルト兄様も何か知っていそうだ。さすがに姪のベティーナや甥のベルントは知らなそうだが、魅力がありすぎても大変、と何かを察しているような発言をする。一体何なのだろう。何度も問い詰め、ようやく父様が口を開いた。

「シュプリンガー侯爵家から茶会の誘いがあった。これがお見合いならむしろ断りやすかったのだがな。その上、こちらに来られる予定もあるという話だ。孫ならまだ早いとでも言えたが、ベアタ、お前宛ての誘いだ。会うだけ会ってやってくれないか。ベルンハルト、お前も同席してやってくれ。理由は幾らでも作れる。」

 この前会った、大公妃に夢中の甥っ子がいると言っていた人がその甥っ子の家に伝言した結果らしい。バルシュミーデ家に可愛い年頃の女性がいる、と。その甥っ子というのがシュプリンガー家のジークムントのことだったらしく、今回のお誘いに繋がった。少々気は重いが、ベアタに恋してもらったならむしろ大公妃かつ御子である樹としての俺には興味を無くす。俺に夢中だったとは知らなかったが、実害がない間に解決するならそのほうが良い。厄介者を倒すための機会と捉えて、気合を入れよう。年齢の離れた兄にべったりということにして断っても良い。一度会って、直接話して、それからお断り。ベアタとしてお付き合いもしたくないため、納得してもらうための作戦は必要だ。

 俺が大公妃からそのシュプリンガー候の嫡子を奪ってみせる、心をこちらに移すと意気込んでみせると、父様も母様も安堵した様子を見せた。理由ももしかしたら察してくれているかもしれない。そうと決まれば早速作戦会議だ。食事を済ませ、母様からジークムント・シュプリンガーに関する情報を求める。

 ジークムント・シュプリンガー。俺も知っている通りシュテルン侯爵家の第一子であり、次期侯爵予定の男性。現在二十二歳であり、俺と同年代。好ましいジークリンデ様の兄君とは思えない人であったと記憶している。正直魅力的な人間ではない。だからこそ未だに婚約も上手くいっていないのだろうと想像させる印象だった。大公妃に夢中になっている理由は不明。これでは対策が立てられないではないか。容姿自体は悪くなかったが、性格の悪さの出た顔付きではあった。そこを度外視すれば一目見て格好良いと思ったという嘘は信じてもらえそうか。そこから攻めて、大公妃に夢中になっている理由を聞こう。ベアタに意識を向けるには彼の好みを知る必要があるだろう。大公妃の時の服装を参考に着飾るか、真逆の服装にするか。迷うところだ。

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