雪解け祭り
《実樹》視点
数日ゆっくり休み、町の案内をしていただく。今日の案内はブリギッタ姉様。叔母様とベルンハルト兄様は今日が特に忙しい日らしく、一緒にお出掛けはできなかった。なんだか町の人も多い。小さな伯爵家領でも領都ならいつもこんなに沢山いるのだろうか。
「雪解け祭りだ。警備の仕事に忙しいのだろう。混雑し、酒も入れば喧嘩は増えるからな。」
これを経て春という実感を得るそうだ。種植えもここから。季節の変わる大切な行事。どんどん暖かくなってくるからか、皆の表情も明るい。厳しい冬を乗り越えた喜びもあるだろう。それ以上に盛大に振る舞われる肉類が人々を喜ばせているかもしれない。屋台で焼かれる肉は既に食べられる大きさに切られているため何の肉か分からないが、香ばしい良い匂いだ。爽やかな香りの物もある。ハーブで味付けされているような見た目の物もある。大きな肉の塊から切り落として売ってくれるお店もある。切り落として、それを野菜と一緒にパンに挟み、お客さんに渡している。だから朝食は軽くにしようとブリギッタ姉様は言ったのか。
私の朝食はこれにする。そう話し、お小遣いからサンドイッチを購入した。至る所にベンチが用意されているため、すぐに食べられる。甘みのある野菜に、塩味のしっかりと付いた肉、表面だけ軽く炙られたパン。肉はどう工夫されたのか、分厚い一枚が入っているのに簡単に噛み千切ることのできる柔らかさで、サンドイッチに挟まれていても食べやすい。
「本当に美味しそうに食べるな。我が故郷の定番の味を気に入ってくれて嬉しいよ。冬のために蓄えていた保存肉や野菜を使って雪解けを祝っているんだ。雪の下に保存されていた野菜は最高だろう?」
越冬野菜と呼ばれるそれらは時には採れたてより甘くて美味しいと称される物らしい。特に冬から春に変わる喜びも合わさり、さらに美味しく感じられるのだろう。純粋に味も良い。肉の塩味が強い分、その甘さがなお強く感じられ、塩味も塩辛いではなく美味しいと感じられる範囲に収まる。パンで上手く調整されているのだろうか。美味しい、美味しいと食べているとあっという間になくなってしまった。もっと食べたい気持ちもあるが、他にも美味しい物はたくさんあると言われ、我慢する。色んな物を食べてみたい気持ちもあるのだ。
あれも美味しそう、これも美味しそう、良い匂いと迷いながら歩いているだけでも楽しい時間だ。塩漬け肉でも塩抜きを十分にすれば塩辛くない。そんな説明も聞き、串焼き肉も食べてみる。言われた通り後から足されたハーブの風味が強く、先程のサンドイッチほど塩味を感じない。あれは塩抜きの時間を調整し、それそのものを味付けとして利用している物だったそうだ。そんな説明を受けながら購入したためか、お店の人も気さくに最近の噂話について教えてくれた。
「御子姫様が行方不明らしい。何故かシュプリンガー候が必死に捜索の指示を出しているとか。色んな人に狙われる立場で警戒や勘違いして抵抗するだろうから、力尽くでも捕らえるよう依頼があるそうだ。」
行方不明ということにしているのは知っている。このシュプリンガー候の動きを大公様が対応されるのだろう。捜索していること自体は問題ない。協力的とも取れる。強引にでも捕らえろは問題だ。このために俺は身を隠している。俺の女性の姿を見たことがある者もいるが、声を掛けられても人違いで逃げよう。今の俺はベアタ・バルシュミーデ、ブリギッタ姉様の従妹で、ベルノルト兄様とベルンハルト兄様の妹だ。
「全くお偉方も無茶を言うもんだね。御子姫様を力尽くでも捕まえろ、なんて。畏れ多いよ。」
一般の感覚でもそうなのか。むしろ関わることのある人間だから相手もただの人間と考えられるのかもしれない。侯爵家なのに最近注目されるようなことがないから不満という可能性もある。そんな単純な問題だろうか。
噂話に俺が御子だと答えるわけにはいかず、その場を離れる。お菓子を楽しみつつ、祭りの雰囲気も楽しむ。小物を並べている屋台も多く、空腹時には目に入らなかったものが見え始めた。美しい装飾品と知育玩具が同じ場所に並べられているなんて不思議な光景だ。
「妹へのプレゼントを探してるんだ。」
「優しいお姉ちゃんだね。これならどうだい?絵合わせだ。絵の一部が描かれた木片を繋ぎ合わせて、一つの絵にするんだ。小さい物なら嵩張らないし、細かく分かれた物なら繰り返し遊べる。俺の一推しさ。」
従妹でもとても親しければ妹と短縮して呼ぶこともあるか。俺の年齢なら細かな物でも使えると判断されたのか、一つ一つの木片が小さな物をお勧めされた。これとは異なる一つ一つの木片が大きな物は小さな子ども向けだろうか。口に入れられないほど大きく、角が丸くされた物も並んでいる。他にも綺麗な宝石もある。不気味にも見える紅い宝石に何故かブリギッタ姉様は興味を示した。
「こっちを貰うよ。」
「姉さん、見る目があるね。そいつの台座もよく出来てるだろう。こっちのお嬢さんももう玩具よりお洒落に興味があるのかな?」
答えても良いが、御子の話を知っている彼は俺のことにも気付くだろうか。ベアタという名を貰っているのに不安になり、黙り込んでしまう。顔も隠したくなってしまい、ブリギッタ姉様に隠れてしまった。
「ははっ、知らない人とは話せないってか。お礼にお姉さんに良いことを教えてやろう。」
声を潜め、御子が誘拐されたという噂についてもっと教えてくれる。しかしその噂は嘘だとも思っていると言った。
「大きな声では言えないがね、本当なら大公殿下が捜索するはずだ。むしろシュプリンガー候が狙ってるんじゃないか。御子姫様は本当は大公殿下の手の内、ってね。」
鋭い推測だ。ほとんど正解している。大公様の下にいるわけではないが、彼の指示でこの場にいる。ただの屋台の店主がここまで推測できるなんて、バルシュミーデ領の教育水準は高いようだ。
その他の屋台も見て回り、屋敷へと戻る。ブリギッタ姉様は部屋で可愛らしい花の髪飾りを出した。これも祭りの会場で購入した物らしい。俺が他の物に夢中になっている間に買ったのだろうか。今の俺の姿にはきっと似合うのだろう。彼女の言葉を信じ、その髪飾りを着けてもらう。彼女の目から見ても似合っているだろうか。
「可愛いよ、とっても。」
面白がっているようにも感じられる。本気で褒めてくれたのだろうか。帰ってきたら他の家族にも見てもらおう。
雪解け祭りが終わり、ブリギッタ姉様は北方砦に帰ってしまわれた。その代わりベルンハルト兄様も仕事に余裕ができ、俺とも話してくださる機会が増えた。忙しくされていたはずなのに、もう十分休んだと元気そうだ。今なら祭りの前に言っていた腕にぶら下がる遊びもできるだろうか。小柄とは言え、大人の女性の体になっている俺でも持ち上げられるのだろうか。そうだとするなら力持ちだ。
「遭難者の救助を行うこともある。魔術に頼らずとも大柄な成人男性を持ち上げられる必要もあるからな。君くらいなら軽々だ。」
二の腕にぶら下がる形になり、恐る恐る足を浮かせる。一切動じる様子はない。本当に軽々だ。ゆっくりと力強さを感じ、筋肉も触らせてもらう。ぶら下がった二の腕も、首周りも驚くほど太い。見るからに筋肉の付いた体だ。同じ人間の体でこんなにも逞しく成長させられるのか。光さんや飛鳥以上だ。彼らはもっと細く、目立たない筋肉だった。
「貴族の令嬢に半裸など見せるものではないが、自分の妹なら良いだろう。」
上半身の服を脱ぎ捨て、その筋肉を露わにする。服の上からでも分かったが、脱ぐとより密度が感じられる。布の分膨らんでいたはずなのに、むしろ脱いでからのほうが質量が増したような圧迫感がある。確かにこの体なら子ども二人と俺を合わせた三人程度同時に持ち上げて遊ぶくらい簡単そうだ。
少し見惚れてしまったが、いくら雪解けも済んだ春、それも室内と言えどいつまでもこんな格好をさせるなんて申し訳ない。服を着てもらい、俺もこの前の雪解け祭りでブリギッタ姉様に買ってもらった花の髪飾りを見せる。少しはしゃいでしまったが髪型は崩れていないだろうか。見せてから気になってしまい、自分の髪飾りに手を伸ばせば、代わりにベルンハルト兄様が着け直してくださった。
「すまない、俺では上手くできなかった。鏡があれば自分で着けられるか?」
直す前の状態がどのようなものだったのか分からないため何とも言えないが、着けてすぐの状態には戻っていない。ベルンハルト兄様の大きく力強い手で繊細な髪飾りの装着は難しかったのだろう。借りた鏡を見て自分で最も可愛く見える角度に着け直す。今度こそブリギッタ姉様に選んでもらった髪飾りを見てもらおう。
どうだと言わんばかりの態度になってしまったのか、軽く笑いながらの褒め言葉を貰った。ブリギッタお姉様本人はあまり可愛らしい物を身に着けておられなかったが、俺に似合う可愛い小物は選べたようだ。自分で見ても悪くなく、ベルンハルト兄様から見ても可愛い。これなら大公様にも見せて良いだろう。
「それなら今日はそれを着けて外出しよう。カウフマン商会に予約を入れているんだ。」
カウフマン商会は公国内で知られている商会の一つで、一部貴族も利用しているそうだ。頻繁に話題に上がるようなこともないが、悪い評判もない。バルシュミーデ家でも度々利用している商会の一つになる。そこだけで全ての要求を満たせるわけではないが、話してみると想定以上の良い結果を齎してくれることもある。そんな位置付けらしい。何よりお金が有り余っているわけではない家の人間にとっては予算内で最良の物を用意してもらえることが大変有り難いのだとか。
説明を受けつつ屋敷を出て、カウフマン商会まで向かう。出迎えてくださった方は現商会長の第三子クラウディアさんとその夫フィリップさん。今日はベルンハルトお兄様が俺に贈り物をしたいからと予約を入れていたそうで、贈り物に適した小物や装飾品を並べてくださっていた。好みが分からないからと可愛い系から格好良い系、荘厳系と幅広く用意してくださっている。物も小さな鞄や髪飾り、ブローチ、ハンカチ、ブレスレット、と種類が豊富だ。装飾品を飾って入れられるような小さな箱まである。小さな頃だったら宝物入れと呼んだだろう小箱にも宝石などの装飾が施されている。
「実はほとんど本物のそっくりに作られた模造品なんです。強度は本物以上になります。」
「初めての贈り物にあまり高価な物を選ぶのもどうかと思ってな。ベアタ、今回はこの中から選んでくれ。」
一部は並べられておらず絵の中から選ぶ形になるが、並べられているだけでも何段もの棚になっており、全てを丁寧に見ていては何時間も掛かりそうだ。模造品とは言うものの本物と遜色ないほど美しい物ばかりであり、貴族同士の夜会ならともかく、他の場所に着けて行く程度なら恥ずかしいこともない。貴族の子でも気の知れた間柄なら本物に見えるけど模造品という会話のきっかけも得られる。小ぶりの物なら俺でも抵抗なく着けられる。どれが良いだろうか。大公様や光さんはお花の飾りやレースを贈ってくれることが多かった。このことを言うわけにはいかないが、俺に宝石も似合うのだろうか。鏡を借りて見ても、見慣れないせいか合っていないようにも感じられる。レースは可愛いだけでなく美しい物もあり、お花の飾りも見慣れている。
「宝石も似合っている。確かに君には小ぶりの物のほうが似合っているな。」
小ぶりの物なら一部本物と説明されてもどれが本物でどれが模造品なのか分からない。壊してしまうような遊びもせず、危険な場所に行くこともない。強度はあまり必要ない。淡い色の服が多いため、装飾品は濃い色にしようか。バルシュミーデ家の人たちはみんな赤みがかった髪や瞳をしている。俺の髪は茶、瞳は緑と正反対の色だ。宝石くらい彼らの髪や瞳の色にしてみようか。小指の爪の半分もないほど小さな赤い宝石に親指の爪ほどの台座が付いているネックレスが特に魅力的だ。
これにしよう。そう伝えようとするが、カウフマン商会のクラウディアさんとフィリップさん、ベルンハルト兄様の話は盛り上がっているようだった。内容はお二人のお子さんに関して。とても大切にされているようで、娘が描いてくれた自分たちの絵と画家に描かせた娘の肖像画を持ち歩いているようだ。俺も覗かせてもらえば、とても可愛らしい女の子が微笑んでいる。どこかエリアス様に似た顔付きだ。そう思えばクラウディアさんとフィリップさんもどこかエリアス様に似ている気がする。エリアス様は養子だと聞いている。次期大公になるのに全く血縁関係のない子を迎えるのだろうか。皇国でも養子を迎えている家はあったが、それでも話題に上るほど少数派。それも大公なのに反対する人がいなかったとは思えない。大公様が黙らせたのだろうか。少なくとも俺の接した範囲ではエリアス様も気にされている様子はなかった。エリアス様が養子だという事実は明らかにされているとはいえ、彼らに実父母のことを尋ねるわけにもいかない。そもそもただのバルシュミーデ家の娘、それも今まで閉じこもっていた娘が大公やその息子と接点があるわけがない。気にはなっても黙っているしかないか。
話の区切りを待ち、選んだ装飾品を見せる。着けてもらい、鏡を見る。小さければ深い赤も浮いては見えず、可愛いさくらんぼのようにも見える。少し色が濃すぎるだろうか。台座の部分に反射した色も合わせて、良い雰囲気だ。
「よく似合ってるよ、ベアタ。」
「お兄様のことがとてもお好きなのですね。可愛らしいですよ。」
褒めてくれたベルンハルト兄様の瞳は俺の選んだ宝石と同じ深い赤。大切な人の瞳や髪の色を意識してドレスや装飾品を選ぶことがあるとは知っている。知ってはいるが意識はしていなかった。大好きな兄様の瞳の色を選んだと思われたのだろうか。選んだ色が結果として同じだっただけだ。そう主張することも照れ隠しのようになってしまう。ベルンハルト兄様が喜んでいるから良いのだろう。帰ってから大公様の瞳と同じ色の宝石が欲しいと言えば、大公様も喜んでくださるのだろうか。海のような深い青の宝石もきっと美しい。
少々照れくさい思いをしつつもベルンハルト兄様の瞳色のネックレスを着け、町を歩く。周囲からの視線に変わった点はない。それぞれの日常を送っている。ベルンハルト兄様に声を掛ける人がいることもいつも通りらしい。領主軍の一員で、日々の見回りも行っているため、親しみを持ってもらえているのだろう。
散歩を楽しみ、屋敷へと帰る。カウフマン商会の二人とエリアス様との関連について尋ねても良いだろうか。
「よく知らないが、フィリップさんは先代大公の子だ。」
前大公については一部学んだ。多くの側室を抱え、何人も子を孕ませた。しかし正式に公子としての教育を施した子は今の大公様ただ一人で、他は側室の実家に教育を任せたそうだ。フィリップさんもそうして母の実家で育てられた一人。つまり大公様とは異母兄弟の仲になる。そちらとは似ていても自然で、その娘のカロリーネさんに関しても同様だ。エリアス様と似ている件に関しては一度忘れよう。俺に言わないことはきっと知らなくても良いことだ。




