一時の引っ越し
《実樹》視点
春を迎え、バルシュミーデ領へと移動する。女の姿での移動だ。ブリギッタ姉様に隠されるように抱き締められ、馬に揺られ、馬車よりも速く進んでいく。男の姿も知っているブリギッタ姉様の胸元に顔を埋める形になるなんて気まずいが、彼女は気にする様子がない。男の姿でも可愛らしい格好をしていたからだろうか。疑問を抱きつつも今は俺も女だとブリギッタ姉様にも言うことなく移動の時間を終えた。
バルシュミーデ領、その領主邸に到着すればご家族の方々は大歓迎してくださった。簡単な挨拶を終え、自室に案内していただく。用意されている服の色柄は様々で、手伝いの侍女も控えていた。いつも傍にいてくれる飛鳥や光さんも今はいない。この屋敷にいる間は彼女が俺の傍にいてくれるのだろう。その侍女の手を借り、美しいスカートを身に着けた。改めて娘としての挨拶に向かおう。
最初はお父様だ。初めましての挨拶だが、これからは親子として過ごすことになる。どんな接し方をすれば良いのだろう。迷いながらもスカートの端を摘んで挨拶をする。ブリギッタ姉様も一緒のため、諸々の説明をしてくださった。これから娘としてお父様は接してくださる。今までベアタが表に出てこなかった理由を設定しなければならない。人見知り、病弱、など色々あるが、人見知りにしてしまうと外を歩いた時に俺の行動が制限される。病弱であった、今は改善した、という設定が動きやすいだろう。
「体の調子はどうかな、ベアタ。妻も子らも心配していた。元気な姿を見せてやってくれ。こんなに可愛い子なら孫たちもきっと喜ぶ。あの子たちにも声を掛けてやってくれ。」
優しそうな雰囲気を纏った渋い男性だ。仕事の時は厳しい表情も浮かべられるのだろう。お父様という呼び方には何も言われず、目尻の皺を深めてくださっているため、問題なさそうだ。次はお母様への挨拶に行こう。
細身の厳格なおばさんといった雰囲気だ。しかし俺とブリギッタ姉様の姿を認めると微笑んでくださる。厳しい雰囲気は一変し、立ち上がって俺の両手を取ってくださった。本当に心配していた雰囲気を出しており、知らない人が見れば親子に見えるだろう。
「今日は元気そうね。ベルノルトも貴女とゆっくり話す時間を楽しみにしていたわ。ユリアも一緒に遊べるかしらって待っておられるから、早く行ってあげて。」
ブリギッタ姉様に案内されて向かう先は二人の部屋。今日は休日にされているそうで、お二人とその子どもたちが揃っている所に挨拶する。細身だがしっかりした体つきのベルノルト兄様と柔らかな雰囲気に綺麗なお姿をお持ちのユリア姉様、それから長女のベティーナ、長男のベルント。四人とも歓迎の雰囲気を出してくださる。子どもたちもエリアス様と同じくらいか、もう少し大人。ベルノルト兄様は次期バルシュミーデ伯爵、ユリア姉様はその夫人だ。おいでと招いてくださるベルノルト兄様に従い、正面に腰掛ける。お二人とも体の大きな方だ。外でも家族として話せるように今も妹として接してくださった。子どもたちもこれから大きくなりそうな逞しさを持っており、叔母として接してくれる。しかしあの両親から生まれたこの人の妹が俺の女の姿と言って疑われないだろうか。むしろ彼らの娘と言ったほうが信じてもらえるかもしれない。体格も違いすぎる。妊娠期間の問題もある。養子ということにするのだろうか。
「二十年以上前のことだから大丈夫だろう。うちは頻繁に夜会に出る家でもない。上手く期間を調整すれば不自然さを消せる。」
その点は俺が言う必要はない。彼らの中で上手く言い訳を用意してくれているなら任せてしまおう。ベルノルト兄様やユリア姉様とも趣味や普段の生活について聞いて、兄妹に見えるよう俺も努めよう。仲良くなりたいと伝え、俺は菓子作りが好きと教える。
「ユリアの話を聞くことだな。軽々と支えられる程度には体も鍛えている。それから子どもたちと遊ぶことだ。今はあまり相手してくれなくなったがね。」
「歌も聞いてくれるわよね。私は歌うのが好きよ。この子たちは色んなことに興味があるみたいで、たくさん挑戦しているわ。」
歌は俺も練習したことがある。この国の歌は少ししか聞けていない。その少しだけでも異なる雰囲気を持っていたことは感じた。もっと互いに教え合うのも楽しそうだ。お菓子は二人とも食べる専門のようで、作った経験はない。貴族なら自然なことか。子どもたちも二人で何かを見て楽しそうに盛り上がっている。そうかと思えば外で試してくると早足に出ていってしまった。元気なことだ。それとも俺が話したそうにしている雰囲気を感じ取って気を遣ってくれたのだろうか。
少しだけ話し、次はベルンハルト兄様への挨拶だとブリギッタ姉様に案内を求めた。しかし彼はバルシュミーデ領主軍の一員として仕事をされており、今も勤務時間。彼への挨拶は帰宅後になる。ブリギッタ姉様のお母様、俺からすると叔母様も同じバルシュミーデ領主軍の一員らしく、現在不在。彼女への挨拶もまた後に回された。夕食までの時間もまだある。書庫も好きに使うと良いと聞いている。ここに滞在する間も勉強は怠れない。どんな書物があるのか興味もある。ブリギッタ姉様とは別れ、書庫を歩く。どれほど体調が良くとも瘴気を取り込むことは大公邸に戻ってから始めることになっている。そもそも一日で行き来できるほど近くに地脈花も見つかっていない。ここで何か得られるだろうかと勉強半分、好奇心半分の時間を過ごした。
気付けば夕食の時間になっていた。ベルンハルト兄様と叔母様との初対面が食事の時間になってしまった。ベルンハルト兄様はこの家の誰よりも体が大きい。叔母様も純粋な体の大きさでは彼に負けるものの、迫力はそれ以上。少々怖いと言えそうなほどだが、こちらに気付くと表情を緩めてくださった。
「叔母様は怖いお顔だけど優しいんだ。ねえ、姉上。」
「そう、カッコ優しくて、「みな、覚悟は良いか。私に続け!」って言うんだ。」
先ほどはあまり話せなかったベティーナとベルントが叔母様を紹介してくれる。優しさの滲む雰囲気は俺にもすぐ感じられた。これは頼りになる騎士様、いや軍人様と慕われているのだろうと想像に難くない。二人共体格も立派で、うっかり見惚れてしまいそうだ。
「筋肉に興味が湧いたのか。後で見せてあげよう。ベアタなら腕にぶら下がってくれれば持ち上げて遊んであげられるぞ。」
いったい何歳に見えているのだろうか。二人も幼い頃には同じ遊びをしたと言うが、今の彼らもしないなら俺もその遊びはしないと分かるだろう。そんな反論をしつつもその遊びに興味があることもまた事実。そんな様子で遊ばないとは明言せずにいれば、食後すぐは駄目だが、少し休憩してからなら良いと許可をくれた。楽しみにしながら美味しい夕食に舌鼓を打ち、内心うきうきと四人一緒にベルンハルト兄様のお部屋に向かう。少し休憩の時間には俺からの質問の時間にしてくださった。それなら軍人として普段の仕事を尋ねさせてもらおう。
「領地の巡回や軍人たちの予定、鍛錬日程の調整などを行っている。将来的に上に立つ人間になれるよう、調整などの仕事にも関わっているんだ。」
今はまだ領主軍の一番上ではない。領主家の子だからと言ってすぐに人を率いることができるわけではない。そのための勉強を重ねていても現場の仕事を知らない人間に的確な指示はできない。今は勉強の時間らしい。彼自身も軍人として巡回や危険生物の討伐に関わることに積極的。やり甲斐のある仕事だと良い表情をされている。戦うことになる危険のある仕事だが、恐ろしくはないのだろうか。
「恐れも必要だ。危険を察知する能力と同義だからな。どうその危険を回避しつつ、敵を排除するかが重要だ。」
武器の使い方なら少しだけ習った。実際の戦闘でどうするかは学んでいない。高学年になれればそれも経験したのだろうか、それとも学校で習う類のものではないのだろうか。恐ろしいと思いつつ戦う勇気。俺には到底持てそうにない。魔術も戦闘に適した物をすぐに出すなんて難しい。術式を用意していても魔力を込め、発動する過程が困難だ。恐ろしいと感じつつ集中することなどできるのだろうか。それが訓練や鍛錬を必要とする理由なのかもしれない。
今は薄着をされているため、しっかりと鍛え上げられた筋肉が服の上からでも分かる。俺も真面目に毎日鍛錬したら逞しい体になれるのだろうか。
「なれないことはないが、困難な道だ。ベアタは魔術が得意だっただろう?俺はそちらが不得手だから腕力を鍛えている。得意や興味関心を鍛えたほうが効率は良いだろう。」
武器を手に取る戦いは大公様もきっと心配される。魔術ならそういった危険な場所でも離れた場所からの援護が可能だ。具体的にどんな魔術で援護するかはこれから勉強だ。戦闘でなくとも魔術を使える機会は多い。繊細な扱いができるようになれば、もしかすると地脈花に触れても転移してしまわないよう抗えるかもしれない。魔術の練習も明日からだ。暗い時間や付き添いのない状態での練習は危険。何かあっては大公様もここの家族のみんなも心配する。安全最優先に、無理をしないよう気を付けよう。
「久しぶりに私達もその遊びしたいね。」
ベティーナとベルントも本当はまだその遊びをしたかったのか、ベルンハルト兄様に飛びつく。俺も混ざりたいがやはり少々恥ずかしい。同じ遊びはまたの機会、こっそりと、にしよう。そう兄様には伝え、叔母様とも話したいからと子どもたちにも手を振る。夕食も終わった時間なのに元気なことだ。
気を取り直して叔母様の部屋を尋ねる。近くから見てもブリギッタ姉様によく似た格好良い女性だ。体もしっかりしておられる。
「興味があるのかい?遺伝の問題もあるからね、同じようにと言えるかは分からないが、君も鍛えれば逞しくなれる。見てみるかい?」
脱ごうとされる叔母様を慌てて止める。私のことは叔母様には伝えられていないのだろうか。それとも今は女の子だからと気にしない人なのだろうか。娘と同年代の男の子、と見ていても気にしない人はいるか。同性であってもすぐに脱いで体を見せることはしない。そう前大公の側室だったと聞いたと話を変える。
「今は領主軍に勤めている。側室になる前も勤めていたおかげもあって、特に混乱も起きなかったよ。兄のおかげでもある。もちろん側室をしている間も日々の鍛錬は怠らなかったが、実戦からは遠のいていたからな。」
混乱もせず、今の指揮系統にも問題が生じず。叔母様は慕われている方なのだろうか。大公様も帰す時に気を遣ったのだろうか。側室と言われて想像する女性的な部分を強く感じることのない方で、むしろ警護に当たっていたと言われたほうが信じられる威厳のある風貌だ。
「私はおまけだったからね。友人のご令嬢の護衛を兼ねて、求められて一緒に側室になっただけのことさ。何の因果か、私だけが妊娠してしまったけどね。ブリギッタが捻くれることなく育って感謝しているよ。」
お二人共力強い体格と雰囲気をされている。俺も特に今はか弱い女の子の体に変化してしまっているため、隣に並んでは如実になってしまう。身長や肩幅だけでなく、腕の太さまで明らかに違い、やはりベルンハルト兄様の言う通り、俺は魔術の技術を磨いたほうが良さそうだ。ここには戦闘に出向いた経験のある人やそういった魔術に常日頃接する人がいる。彼らから助言は得られるだろうか。
「時間のある時に教えよう。私も少し前から魔術に凝っていてね。」
剣術に集中していた若い頃から魔術にも関心を持ち始めた。基礎的な部分は当然のように把握されているが、実用的な部分は数年前から勉強されている。最低限は俺も学んでいるが、それは彼女の言う基礎的な部分に該当するだろうか。もう一つの姿は無闇に見せないよう言われている。家の中なら見せても良いだろうか。
「もう一つの姿も可愛らしいじゃないか。お姉様方から人気になりそうだ。変化の術が使えるならその他の術も練習さえすればできるようになるだろう。世界から記憶や力を引き出す方法を知っているのだから。」
女の時の髪の美しさは男の時の髪にも反映される。常に綺麗に手入れしてくださっているため、さらさらの状態が維持されている。自信のある部分の一つだ。手入れはお任せになっているため、この美しい髪も他人の協力あってこそのものだが、姿を変える術は俺の力だ。助言は得たが、その感覚は俺のものにした。他の魔術だってきっと上手く使える。本を読んでの勉強も、目で見ての調整もできる。もっと力を入れての勉強に励もう。戻った時に大公様を驚かせるのだ。




