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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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夢見の少女

《実樹》視点

 ジークリンデ様が魔術研究院で研究に協力されるようになってから、ほとんど毎日会うようになった。彼女は研究院にいることもあるが、一緒に勉強することもある。彼女が大公邸に出入りすることは難しいが、俺の研究院の出入りは自由だ。たまにはこっそり訪ね、驚かせてみようか。

 魔術研究院には休憩するための区画が存在する。細かな文字を見るような作業や術式の作成などが多いためか、庭は大公邸に並ぶほど整えられていた。座ってお茶や会話を楽しむことのできる場所も用意されている。その中の一つにジークリンデ様も座っていた。ここにいるということは休憩時間のはず。それなのに彼女は難しそうな本を読まれている。ずっと読まれているのだろうか。勉強熱心な方だ。

 俺が来たことを喜んでくださるジークリンデ様は新たに思い出した夢の話をしてくださる。農機具の夢を見たそうだ。普段から土や作物に触れることがなければ見ることはないだろう無関係な道具。家に閉じ込められていた彼女は見たことがないだろう。きっとこれも現実の風景を夢という形で見たものだ。思い出していく作業は一人で考えていても上手くいかないことが多いと聞いた。一つ一つ質問してみようか。そうどこにあったか問うと次々に情報が出てきた。薄暗い地下、何故かすぐ近くにある星が地面を照らす場所。車軸に太い車輪が付いたような形状の物を縄で人が引っ張っている、硬い土を耕しているようにも見える、との説明だけでは簡単に再現できそうだ。重さは魔術で解決できる。本当に簡単に作れる、使える物なら開墾にも役立つだろう。それとも既に公国でも使われているだろうか。

 車軸に太い車輪が付いたような形状の物を縄で人が引っ張っている、硬い土を耕しているようにも見える、との説明だけでは簡単に再現できそうだ。重さは魔術で解決できる。本当に簡単に作れる、使える物なら開墾にも役立つだろう。それとあれ以来一度も俺の夢は見ていないとも教えてくれた。大公様との私生活を覗き見される心配はないと考えて良いだろうか。そんな交流をシュプリンガー侯爵も知ったのか、瘴気の浄化は一箇所でなく様々な場所を回ると良いだろう、御子は自分の家で預かると提案も届いている。そんなものに乗るはずはなく、大公様も断っていたのに何度もその提案は届く。一体何を企んでいるのか、ジークリンデ様はご存知だろうか。

「何も聞いてはいません。ですが、父なら御子を我が物にしようとしていてもおかしくはないと思います。余計なお世話かもしれませんが、決して受け入れないでください。」

 元より受け入れるつもりはない。我が子にもこんなふうに言われてしまう人柄か。これなら大公様も予想しているかもしれないが、念のため伝えよう。そうジークリンデ様に別れを告げ、魔術研究院を後にする。入口を出て馬車乗り場に向かえば、偶然ジークハルトに遭遇する。ジークリンデ様を魔術研究院に連れて行った理由はご家族がいないからということもあったはずなのに、どうして彼がここにいるのだろう。

「用事がありまして。ついでに妹に会おうと思って参りました。」

 俺は止められる立場にない。これも大公様に早く伝えようと立ち去ろうとすれば、呼び止められ、手に触れられた。握られてはいなかったその手を振り解けば挨拶がしたかっただけだと嘯く。手を取る前に挨拶したいと言うべきであり、無断で触れることは失礼に当たる。俺が全力で拒否する姿勢を示したため、飛鳥も武術で以て守る姿勢を見せてくれた。それも見えていないかのようにジークハルトは振る舞う。貴族では珍しくない行動だ。護衛はいてもいないように振る舞うものと俺も教わった。ただし俺から話しかける分には問題ない。今は飛鳥を頼る時だ。

 これ以上の交流を拒み、走って馬車に連れて行ってもらう。追いかけて来るようなことはなく、一安心だ。この一件も大公様に報告しよう。焦る気持ちを馬車の中で落ち着けたつもりが、大公邸に着くと同時に走り出してしまう。屋敷の中は走らない。そんな約束を思い出し、精一杯の速度で歩くことに変える。執務室への入室許可を得れば、入りながら先程の出来事を伝える。異常事態を察知したのか、大公様も仕事の手を止め、俺を腕の中に受け入れてくださった。きっと大公様なら俺の感じたものを読み取ってくれる。

「なるほどな。数週間、大公邸から出ないでくれ。その間に解決の目処を立てる。」

 そこまでのことを要求していたわけではないが、大公様には何か考えがあるようで、決定は変わらない。ジークリンデ様に会えなくなってしまうが、そちらには伝えてくださるなら問題ない。大公邸は広く、庭には好きに出て良い。寒い今は窓から眺める程度に留める日も多いが、それは自分で出ないだけだ。屋内にも書庫や遊び部屋がある。エリアス様とも一緒に過ごせば数週間なんてあっという間だろう。


 きっとすぐ。そう思いながら数日も過ごせば、新しい人を紹介された。大公様からの紹介なのに相手は女性。それも魅力的な、自信のありそうな堂々たる様子の格好良い女性だ。ブリギッタ・バルシュミーデ、大公様の異母妹。騎士のような雰囲気を纏っているが、ただ名前と肩書しか教えられていない。

「来る前に説明していないのか、呆れたな。御子様には説明するべきでしょう。この調子では今後の予定など聞いていないでしょう?」

 数週間大公邸から出ないことしか聞いていない。ブリギッタ様の説明では、数週間一緒に過ごす、その後、妹としてブリギッタ様の家に引っ越す、数ヶ月そちらで過ごす、問題が解決したら大公邸に戻る。バルシュミーデ領にいる間は大公様と連絡を取ることは難しい。それでもシュプリンガー一家に対応することで俺もジークリンデ様も安心して過ごすために、より良い手段だと言われてしまった。

 バルシュミーデ領にいる間のことも大公様から説明される。その間、俺は行方不明という形になる。小さな領地にある伯爵家にもう一人子が増えても気付かれない。男の姿で向かうのか、女の姿で向かうのか。お披露目の際は女の姿だったが、それ以降は男の姿で出歩くことが多い。荷物に紛れるならより小柄な女の姿のほうが好ましい。バルシュミーデ伯爵家の人々により好印象を持ってもらいやすい姿はどちらだろう。そんな迷いは既に娘として受け入れてもらう予定だという大公様の言葉で無意味なものと化した。

「行くかどうかはすぐに決めなくても構わない。数週間の交流を経て、結論を出してくれ。断った場合も別の方法を用意している。」

 いきなり断る必要もない。まずはブリギッタ様の話し方を御子様への対応ではなく、友人のように、あるいは妹に対するもののように変えてもらおう。大公様の妹にあまりに丁寧に接せられても緊張してしまう。外に出ないならもう姉妹のように過ごしてしまっても良い。新しい名前ももう先にもらってしまおう。折角なら大公様に付けてほしい。大公様は俺にどんな名前を付けてくださるのだろう。

「ベアタにしよう。ブリギッタの妹らしいだろう?」

「こんなに可愛らしい子が妹になってくれるなんて嬉しいな。できればお姉様と呼んでくれると嬉しい。」

 バルシュミーデ領なら公都から遠く、姉妹として町へのお出掛けも自由になる。大公様ともエリアス様とも会えなくなるが、数ヶ月我慢すればまた一緒にいられる。お姉様と呼ぶくらいお安い御用だ。呼び方一つで少しでも好印象を持ってもらえるなら儲けもの。精一杯可愛い妹になってさしあげよう。それなら変化の術を使い、お着替えをしよう。どれを着よう。男の体の服のままでは大きさが少し合わない。ブリギッタ様は花火のように美しい瞳と日の出のような紅の髪をお持ちだ。彼女のご家族はどのような容姿なのだろう。彼らに並ぶと美しい服装はどれだろう。俺の髪は茶色と地味で、瞳も緑と目立つものではない。大公様はどちらも世界樹の色と褒めてくださった。紅い服にすれば格好良い雰囲気になるだろうか。飛鳥にも手伝ってもらい、服を選び、着替える。全身鏡で確認すると少々想像とは異なる。もっと格好良い雰囲気になっているつもりだったが、どこか可愛い雰囲気が残ってしまった。これ以上どうすれば良いか分からないため、ひとまず二人にお披露目しよう。

 見た瞬間可愛いと感想を述べ、じっくり観察した上でもう一度言ってくださる。褒められて良い気分だ。

「姉の真似をして背伸びしている妹のようだな。似合っているよ。」

「私の妹か。良い気分だ。姉様と呼んでみてくれないか。」

 ブリギッタお姉様。お姉様だけでも良いだろうか。バルシュミーデ家の家族構成はどうだっただろう。復習が必要だ。大公様のお仕事を邪魔しないよう、静かにお姉様から教えていただく。まずバルシュミーデ伯爵、俺ベアタのお父様になる方。次にその奥方、俺のお母様になる方。それからお二人の間の子ベルノルト様、俺のお兄様になる方。お兄様の奥様はユリア様、こちらもお姉様と呼べば良いだろうか。もう一人のお兄様はベルンハルト様、騎士をされているそうだ。お姉様のお母様はお父様の妹君、俺からは叔母様になる。この形にするため、正確にはお姉様は従姉に当たるが、頼まれているならお姉様と呼んでも良いらしい。

 気を取り直してブリギッタお姉様とのお話だ。騎士のような逞しい体をされているが、お仕事は何をされているのだろう。きりりとした顔立ちも普段から誰かを守っている光さんのような仕事を想像される。

「大当たりだ。北方砦にて魔物の討伐を行っている。寒さから逃れるためか南下してくる物もいるからな。冬の始めは特に忙しい。」

 今はもう冬も深まっている。忙しい時期は過ぎた後なのだろう。本当に騎士をしている人か。それならこの逞しさも一朝一夕に真似できるものではないと分かる。姉妹ならこういったこともよくあるとお姉様は隣に座り、抱き締めてくださった。逞しさと同時に柔らかさも感じられる。光さんや飛鳥とも違った温かさだ。ブリギッタお姉様も可愛い妹ができたと喜んでくださっている。

 エリアス様にも会いに行こう。大公様の異母妹ならエリアス様にとって叔母に当たる。お会いしたことはあるのだろうか。

「いや、子に会うと邪推されるのでな。バルシュミーデ家が権力欲に取り憑かれていると思われても困る。」

 とても良い子だ、勉強熱心で優しい、など簡単に紹介しつつエリアス様の部屋を訪ねる。俺との初対面の時同様、非常に丁寧で礼儀正しい挨拶をしてくれた。お姉様もエリアス様を褒め、相好を崩されている。可愛いものがお好きなのだろうか。本人はあまり可愛らしいものを着けていない。見ることと身に着けることは別か。

 一頻りブリギッタお姉様とお話したからか、今度は俺に褒め言葉をくださる。いつもと異なる雰囲気だと興味を持ってくださった。彼から見ても俺とブリギッタお姉様は姉妹に見えるそうだ。これはお世辞だろうか。数週間で親しくなり、本当に寄り添うように歩けば姉妹に見えるようになるだろう。ブリギッタお姉様は良い人のようだから親しくなれそうだ。

「二人とも嬉しいことを言ってくれる。エリアス様も私にとっては甥っ子か。適切な距離を保って親しくできることを期待しているよ。」

 親しくなりすぎることの危険をブリギッタお姉様もご存知だ。エリアス様も勉強されている。人柄が良くてもとても親密になって良いとは限らない。難しいことだ。もしかしてジークリンデ様と会わないようにされたことも、俺が親しく寄り添い過ぎたからなのだろうか。今彼女はどうされているだろう。ご実家関係の問題は解決しただろうか。気にはなっても訪ねることもできない。バルシュミーデから戻った際には俺にも教えてもらえるだろうか。

 エリアス様のお勉強の邪魔をしないよう、一度切り上げる。俺が行方不明ということにするなら移動の際も細心の注意を払うことになる。荷物の中に紛れるのだろうか。少女のふりをし、小首を傾げてみせる。万一見られてもこれなら俺と気付かれないだろう。

「なんて愛らしいんだ。もちろん特に意識していない動きも可愛らしいが、意識したそれもまた魅力的だ。」

 撫で方は少々荒っぽい。ご令嬢としての礼儀作法より戦士としての戦い方を教わってきた方なのだろう。大公様より光さんや飛鳥に近い安心感のある手だ。前大公の側室の子であれば社交界にも出にくかっただろう。伯爵家であれば夜会に出ることもあるだろうが、他の人でもできる。ブリギッタお姉様もダンスはできるのだろうか。

「苦手ではあるが練習はした。町のお嬢さんに誘われて相手したことはあるよ。君の相手もしてあげようか。」

 これだけ格好良い女性だ。少女の憧れになることも理解できる。ダンスのことを聞きたかっただけなのに俺が踊りたいと判断され、飛鳥も進んで練習部屋に案内した。ブリギッタお姉様が相手なら女性の姿でも身長差が大きすぎることはなく、踊りにくくない。自分より小柄な女性の体を扱うことにも慣れておられ、俺が意識せずとも体は動く。確かに本人が言うように大公様や夜会での動きのような繊細なものではなく、大胆な動きが多いが、町娘と楽しんで踊るには良い、見栄えのする動きだろう。

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