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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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無事の帰還

《実樹》視点

 皇国での再会の時間は終わり、再びの長い船旅を経て、公国の大地を踏む。夏の終わりの時期、季節が変わる頃にようやくの帰還だ。さすがに大公様は港までお迎えに来てくださらなかったが、公都の大公邸に着けば玄関でお出迎えしてくださった。よく帰ってきたと抱き締めてくださるが、再会の喜びに浸ってばかりではいられない。大公様には確かめたいことがたくさんあるのだ。仕事もあるだろう。早く仕事に戻っていただき、空いた時間に尋ねよう。そのつもりだったのに無事で良かったと言う大公様はすぐに時間を用意してくださった。すぐに執務室に行こうと手を引かれる。

「向こうでは誰がその服を選んでくれたんだ?」

 皇国でも宿泊し、少し休んだ。その際は一ノ瀬家のお世話になった。そこで服も用意してもらっている。選んだ人は誰だろう。光さんも少しは関わっていると思うが、尋ねても認めてはくれない。他は一ノ瀬家の使用人か。会った時にもスカートだったため、それに近い服を選んでくれたのだろう。着心地は大きく変わらない。一見して誰が選んだか気になるほどの見た目なのだろうか。

 俺の疑問は躱され、膝の上に座らせられる。他の質問には答えると仰ったため、まず俺を大公妃にという話から聞いてみよう。

「こちらの事情だ。いつまでも妃を迎えないと文句を言う貴族がいてな。息子はいるから世継ぎの問題はない。それでも不満らしくてな。大方自分の娘を妃にしたいだけだろう。」

 大公様は妃を迎えたくない、世継ぎ問題は養子で対処済み。貴族を黙らせるための妃として御子である俺を迎えるつもり。確かに御子なら他の貴族たちも文句を言えないだろう。それよりも息子がいたとは初耳だ。その割に転移してしまう前は俺に時間を使ってくれていた。俺よりも自分の子を優先すべきだ。その子との時間は十分確保できているのだろうか。

「心配は要らない。あれも国を背負う身として御子の重要性は理解しているだろう。」

 そういうことではない。何歳なのか知らないが、自分の子どもなら顔を合わせて話す時間は必要だ。俺の親だってどんなに忙しくとも、家事や妹の世話を一部俺に頼むことはあっても、その間のことや学校に行くに当たっての話をする時間は確保してくれた。同じ部屋に眠り、寝る直前まで話す日も多かった。そうやって俺のことも気に掛けてくれていたから家事も妹の世話もでき、寂しい思いをすることがあっても一時のことと思って頑張れた。もちろん身の回りの世話をしてくれる人はいるのだろうが、親との会話の時間はまた別だ。第一、大公様が妃を迎えたくない理由も分からない。大公様の家族の話も聞いたことがない。

「聞いて楽しい話ではないが、聞きたいなら話してやろう。」

 そうして始まった話は宣言通り楽しいものではなかった。まず大公様の父君、先代大公について。彼は病気で既に亡くなっているのだが、大公様は父君と仲が悪かったのか、不摂生で死んだと冷たい言い方だ。母君は大公様を出産する時に亡くなったそうで、特に何の感情も見えない。父君と不仲だったなら生前の母君について聞くこともなかっただろう。それから先代大公の側室の話にもなるが、凄惨な内容になると前置きされた。側室は大勢抱えておられたそうだが、現在大公邸には一人も残っていない。正妃が亡くなったせいか寵愛を競い合う、その実権力を求めた闘争は激化し、殺し合いにまで発展した。犯人不明のままのものもあるが、発覚した場合には処刑になり、大きく数を減らしたそうだ。そんなことが続きうんざりした先代が言い掛かりのような内容で処刑した人物もおられる。先代の死亡後は大公様が遠方に追いやった。

「だからお前は何も気にしなくて良い。生きているのは元々乗り気でなかった側室たちだ。遠方で静かな暮らしを楽しんでくれていることだろう。」

 女性がお嫌いなのだろうか。乗り気でないなら近くに残されても彼女たちも嫌か。そう考えると優しい対応とも思える。

 ともかく大公様自身がご家族との関係を築いておられないから、ご自身の息子さんに関しても交流の必要性が分からないのだ。その子は寂しがってはいないだろうか。何が好きな子なのだろう。どんな遊びが好きで、どんな味が好きで。年齢も名前もまだ聞いていなかった。

「エリアス、十歳だ。勉強は順調で、剣術の稽古も進んでやっている。」

 他の遊びは好きではないのだろうか、それとも知らないだけだろうか。俺が十歳の時は何をしていただろう。まだ彩羽には入学していなかったが、もう勉強は始めていた。妹が生まれた年だ。あうあう、としか言えないのに俺のことを分かっているように傍に行くと喜んでくれた。あの時は妹の観察や相手をすることが遊びの一つになっていた頃か。毎日見ているはずなのに毎日新しい発見があって可愛かった。その妹が十歳の頃には一緒に過ごせていない。その年頃の子どもとはどんな遊びができるだろう。

「興味があるなら会ってみると良い。」

 今は勉強中だろう。また後で行くと許可を貰い、その時は案内もすると約束してもらう。次に聞きたいのは俺に可愛い格好をさせている理由だ。確かに大公様や光さんと比べれば小柄だが、そんなに似合うだろうか。結局走り回ることは難しいため装飾の多い格好でもさほど困らないが不思議ではある。

「魅力的な人間のほうが妃として認められやすいだろう。文句を言う輩がいても俺が黙らせる。お前は何も心配しなくて良い。」

 可愛い格好をさせて、他の貴族からも魅力的に見えるように、ということらしい。可愛い服装と俺が魅力的になることが直ちに繋がることなのか疑問だが、大公様にとっては同じことのようだ。魅力的という言葉は嬉しいが、可愛い格好は嬉しくない。複雑な気分だ。嬉しくないだけのため許容範囲内ではあるが、可愛い服装をさせたい気持ちは理解できそうにない。本当に魅力的なのかも分からない。大公様の目が壊れているだけの可能性もある。他の人は気を遣ってくれていたのだろう。大公様が好んでさせている格好なら滅多なことは言えない。

 ともかく大公様の言い分は分かった。俺に可愛い服装をさせたい、それを変えるつもりはない。俺が本気で拒否すれば聞き入れてくださるだろうが、そこまでのことではないため良いだろう。お願いしたいことは他にある。椋様と一華様に手紙を出したい。代筆してもらい、返信は読み上げてもらう形になるが、それでもやり取りできれば楽しいだろう。

「もちろん構わない。その時はまた言うと良い。」

 無事に到着したことはまず書こう。エリアス様との交流のことも書きたい。お話できてから内容は考えよう。他にも尋ねたいことはある。もう一つの姿に変化できる変化の術についてだ。緋炎から術式を教えてもらうと彼も変化できると気付かれる危険があるため、教えてもらえなかった。彩羽学校の図書館でも調べられたという話のため、隠されている情報ではない。公国でも分かるだろう。

「魔術研究院に聞いてみると良い。何か分かるだろう。」

 彼らも仕事中のはずだ。急に行って良いものでもないだろう。そう思ったのに大公様から許可は得られた。光さんもそれではと案内してくださる。御子であるからの優遇なのか、光さんも魔術研究院に出入りすることがあったからこその気軽さなのか。疑問に思いつつも誘導してくださる光さんに従い、廊下を歩いた。

 これから向かう魔術研究院はどういう場所なのだろう。魔術研究院というからには魔術の研究を行っている場所なのだろうとは推測できるが、光さんは何か関係していたのだろうか。

「こちらに来てからできた友人が一人異動していきまして。騎士団としても魔術の研究が進むことは安全な任務遂行が容易になっていきますし、話を聞くことはありますよ。実験にも協力していましたね。」

 騎士団には主に剣や槍を用いて戦う戦士と、主に魔術を用いて戦う魔術士が所属している。光さんは戦士のほうだ。研究院では魔術に関する様々な研究がなされており、魔術の効率化や適性属性でなくとも簡単に発動する方法、魔道具として誰でも迅速に使えるようにすることなど、戦闘に役立つものから遭難者の救助に役立つものまで幅広く対応している。大陸には魔物と呼ばれる、時に魔術を発動することもある危険な野生動物が生息しており、それらの討伐にも研究の成果は役立っているそうだ。

 そんな説明を受けながら、魔術研究院に到着する。人の声はするが小さく、それよりも紙の擦れる音のほうが目立つ。誰にいつ話しかけて良いのか分からないため、ここは光さんに任せよう。ここでお待ちくださいと言われ、おそらく入口付近で立っていると、すぐこちらへどうぞと光さんが戻ってきてくれた。ゆっくり座って話せる部屋を用意してくださったそうで、研究員の一人がここで対応してくださる。あまり無駄に時間を取ってもいけない。そう早速本題に入る。

「変化の術ですね。こちらが術式になります。属性の関係ない魔術ですので、このままお使いになれますよ。ただ誰でも使える魔術ではありませんので、難しいとは思います。心配は要らないと思いますが、使えるようになったらお知らせを。何に変化できるのか登録する必要がありますから。」

 動物に変化した場合、悪用できてしまう。そのための登録らしいが、役に立つことは稀だという。そもそも変化できる人が希少で、悪用せずともお金は稼ぎやすくなる。尊敬もされやすくなるため、わざわざ悪用する人が現れにくいらしい。上手くもう一つの姿を活用していて発覚していないだけの可能性もあるが、大問題として取り沙汰されるようは犯罪はないとして深く調べるようなこともされていないそうだ。術式を描いた紙も頂いた。ここでの用事は終わりだ。邪魔にならないうちに退散しよう。

 お礼を伝え、自室で術式を確認する。光さんに手を握られ、術式を指でなぞる。何重にもなった円があることはどの魔術も同じ。その中に書き込まれる文字はなぞりつつ読み上げてくれる。使うためには世界樹に思い出させてもらうことが大切。今度は術式に魔力を込めながらなぞらせてもらう。記述内容を意識するだけでなく、十分に理解し、発動のための意思を魔力に伝える。世界樹にもう一つの姿を思い出せさせてもらえるように意識することも忘れない。何かになりたいという思いは邪念だ。そんなことをすれば世界樹はもう一つの姿を思い出させてくれなくなる。

 願って、祈って、何分経っただろう。意識が薄れてきた。ふわふわと漂うような、布団の中に潜っているような。光さんの手だけが俺をこの場に留めている。そのはずだったのに、その手すら消えてしまった。そうかと思うと見知らぬ男性の顔が目の前にあった。誰かと問えば、見知らぬ女性の声が出る。

「おめでとうございます、御子様。成功ですね。」

 声も手も光さんだ。こんな顔をしていたのか。優しそうな雰囲気は声の印象そのままだ。目が見えていることも言葉で伝える。自分の姿も見てみたい。女性の物になっていることは声と胸などから分かるが、顔はどうなったのだろう。少し大きな服でもスカートなら裾を摘んで動ける。

「御子様、急に動いては危険です。」

 見えているのだから何も心配は要らない。正面に何かがあっても自分で避けられる。何年ぶりの光だろう。見た物は覚えていた。見えていた時の感覚だって忘れていない。それでもこうして実際に見るとどこか懐かしい気分だ。

 脱衣所の全身鏡に向かい、少し大きさの合っていない服を着ている女性を見る。これが俺か。髪や瞳の色は変わっていない。自分であると認識できる程度には同じだが、顔もどこか女性的になっているような気がする。確かにこう見えていたのなら、可愛いという評価も仕方のないものだ。くるりと回ってみても胸やお尻に膨らみが見える。令嬢の礼を遠い記憶から掘り起こして真似してみると自分もお嬢様になったような不思議な気分だ。部屋の中をゆっくりと歩いてみても、なんだか自分の体が揺れているような不思議な感覚。違和感が強くともこれが俺のもう一つの姿と受け入れるしかない。結局、格好良い生き物にはなれなかった。同じ人間のままだ。少し残念だが、これはこれで周囲の反応が楽しみでもある。何より目が見えるようになった。見えていた頃も思い出させてくれたのだろうか。

 大公様にも見せてあげよう。そう俺が先導して執務室へ向かう。方向には自信がないが、おそらくこちらだ。

「見えていなくとも分かるものなのですね。歩く速度にはお気をつけください。」

 何回同じような注意をするのだろう。そう反論しようとした矢先、膝が抜け、光さんに支えられてしまった。そんなに動き回ったわけでもないのに何故か疲労まで感じ始める。

「同じ人間のものとはいえ、男女で骨格も異なります。その体に最適な動きをまだ習得されていないのでしょう。そのうち慣れますよ。あと、先程から動き回ってはおられますね。」

 自分の体を確かめる間に意外と動いていたようだ。光さんに抱き上げてもらい、安定した腕の中から廊下を観察する。細かな装飾の施された壁掛けが光さんの頭よりも高い位置にあり、床の絨毯も温かみのある色と柄だ。観葉植物などは一切置かれていない。そういえば壁伝いに歩いている時も何かに引っかかることはなかった。見えない俺が歩くことのある場所のため配慮されていたのだろう。考えれば分かったことのはずなのに意識の外にあった部分だ。床や壁の柄をよく見ようと身を乗り出してしまっても、落ちないよう光さんがしっかりと支えてくれる。何も気にせず観察が可能だ。

 安心できる場所なのに初めて見る不思議な感覚に浸りながら、大公様の所に到着する。光さんがこの可愛い少女は御子だと説明し、大公様の膝の上に座らせた。大公様の腕も光さんのような戦士の腕ではないが大きく逞しい。男の姿の時にも感じていたが、自分が柔らかくなったせいかそれをより強く感じる。そして初めて見るお顔は少し渋みを含む男性だ。十歳の子どもどころかもう少し大きな子どもがいても不思議ではない。実際の年齢はお幾つなのだろう。

「三十五だ。二十五歳の時にエリアスを養子に迎えてな。」

 俺より十四歳も大人だ。目で見ても俺との体格差は明らかで、並べば俺が男の姿の時でも可愛く見えてしまうことにも納得できる。その時よりも可愛くなっているのなら、大人の女性ではなく少女という表現になるのも仕方のないことなのか。もう何年すれば俺は大人の男性に見えるのだろう。

「樹、これを羽織ると良い。」

 服装は変化する前のままだが、特にはだけるようなことは起きていない。それなのに大公様の上着を被せられた。大きさが少しでも合っていない服は見苦しかっただろうか。それなら大公様のこの上着でも変わらない。またこの姿に合う服も用意してくださるのだろうか。大公妃として隣に立つならこの姿は都合が良い。少しずつ慣れていくことにしよう。

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