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芸術的な感性

 彩羽での生活も早三ヶ月。今月末には夏休みがやってくる。そのせいか一部授業では早めの夏休みの課題が言い渡された。それなのに日々の授業は当たり前のように進んでいく。渡し忘れないよう先に課題が出されているだけなのだろう。特に話題に上る課題は芸術科目のもの。美術や工芸は作品を一つ完成させなければならないため、大変そうだ。書道も作品の提出が求められるが、字を選んで書くため、まだ片付けられそうと緋炎は言っていた。俺の取っている音楽は自分に関係する曲の演奏や歌唱を行うだけ。この「自分に関係する」は広く取って構わないと言われており、既に知っている曲の中から選べる。一から覚える必要はないため、そう難しくはないだろう。しかし植物園に行くと珍しく果穂さんと樹さんが唸っていた。

「別の学年でも同じ課題だったんですよ〜。難しいですよね、自分に関係する曲って。」

 それで二人して悩んでいたらしい。先生は名前に関係する曲でも実家に関係する曲でも良いと言っていた。果穂さんなら実家の果樹園関連で果実の曲、樹さんなら世界樹の曲。それらなら簡単に見つかるだろう。幼い頃に歌ってもらった思い出の曲でも良い。

「お兄ちゃんが歌ってくれた童謡っぽいのはあるんですけど、勝手に節つけて歌ってただけのような気もするんですよね。」

 幼い頃から林檎が好きな彼女を林檎の姫と称し、歌詞を作ってくれていたそうだ。可愛い思い出だが、歌詞も旋律も曖昧な彼女にはそれがその地方の童謡なのか、榴さんが勝手に作った歌なのかの判別すらつかないと困っている。同じ学校に通っているのだからすぐに聞けに行けるだろう。

 樹さんは妹と仲良しだった。少し年齢が離れていたため、子守唄などを歌ってあげたことはないだろうか。両親との関係も良好そうだった。歌ってもらったことはあるだろうか。あっても覚えているかは分からないが、妹に歌っているところを聞いている可能性もある。

「子守唄はちょっと避けたいので、世界樹関連でも調べようかと考えています。」

 夏休みはまだ始まってもいない。いくらでも考える時間も調べる時間もある。俺もまだどれを歌うかまでは決めていない。幾つか曲を書き出し、それからゆっくりと考えよう。今後の目処が立ったからか果穂さんも樹さんも悩んだ様子を引っ込めた。代わりにするのは思い出話だ。果穂さんは幼い頃、木登りをしては榴さんに下ろしてもらっていたとか、果樹園の果実を盗み食いをして怒られたとか。しっかりやんちゃをしていたようだ。そうやって動くことを好んでいないと、武術の授業でも機敏な動きはできないか。一方の樹さんは俺も知っての通り、よくお菓子を作っては妹や友人に振る舞っていた。その菓子の材料には果穂さんの実家《豊穣天使》の果実が使われることもあった。果穂さんも実家の果実に愛情があり、そのことを喜んでくれる。そのくらいでなければ跡を継ぎたいとは思わないか。

 盛り上がっている所に珍しい組み合わせと声をかけてきた彼女は五十川(いそかわ)吟香(ぎんか)さん。樹さんや兄と同じ学年で、俺と同じ学年に弟がいる人だ。樹さんは彼女とも親しそうに話している。果穂さんは交流の機会がなかったのか、自己紹介から始めた。吟香さんは果穂さんのことを知っているようだ。やはり属性不明は他学年にも知れ渡るほどの話題性を持っている。

 吟香さんは美術を選択しており、ただ作品を完成させるだけでなく、自分の目で見た光景を描くという指定があると言う。自然の風景でも建造物でも人物でも構わないが、絵の模写は禁止。やはり学年が上がると多少の縛りは設けられていくのだろう。

「戦うシーンが良いかと検討中だけど、実際見なければならない点が難しくて。飛鳥は得意だったか。果穂はどうかな。」

「得意です!お見せできますよ!」

 考えても思いつかないからか、果穂さんは体を動かすことに積極的だ。武術の授業では武器のみ、魔術の授業では魔術のみとされているが、実戦になれば併用することになる。絵にするなら実戦に近いほうが良いだろうが、果穂さんは魔術を使えない。本当は使えるが使えないことになっているため一緒だ。武器だけになることは吟香さんも分かっており、それでも楽しみだと言ってくれる。

「私は槍だから。君たちの試合が楽しみだ。強い人同士の戦闘になるなら静かな緊張感が描きたいね。」

 練習場にて、二人には少し待っていてもらい、準備運動を始める。樹さんは心配そうに見てくれているが、彼も武術の授業は受けているはずだ。心配要らないと訓練用の武器も用意し、果穂さんに刃を向ける。果穂さんからも同じように剣先を向けられた。姿勢が整えば吟香さんの合図で試合が始められる。

 まず一撃。果穂さんの細剣がそのまま俺に向かってくる。半身翻すだけで流し、空いている手が彼女の体に伸びる。しかし彼女も大人しく掴まれてくれるほど弱くはない。砂を軽く蹴り上げ、彼女と距離を取る。次は俺の番だ。胴体を狙い、刃を振るう。これも彼女に難なく躱される。次は彼女からの突きを払い上げ、足も使って勝利に近づけた。

 決着し見学者のほうを見ると、樹さんは祈るような表情で手を合わせていた。本当に武術の授業はどうしているのだろう。吟香さんは視線を手元の紙に落としている。さらさらと何かを書き付け、満足そうだ。良い場面を見せられただろうか。

「戦闘も良いですけど、綺麗な風景もどうですか?私、良い場所知ってるんですよ。」

 故郷とは自然に生えている植物も異なると散歩している時に見つけたそうだ。その場所に吟香さんも興味を持ち、すぐに向かうことになった。校舎群とも寮とも異なる方向、緑に満ちた場所だ。まだ明るい時間のはずなのに、何故か薄暗くなってくる。幽霊が出ないだろうか。同じ不安を樹さんも抱いているのか、俺にしがみついている。

 そう長く歩くことなく、木漏れ日が差し込む空間に出た。心地よくお昼寝もできそうな場所だ。暗い森の中に現れる木漏れ日差し込む空間。これだけで既に絵になりそうだ。しかし目的の場所はここでないようで、さらに先へと進んでいく。その道中も吟香さんは木の一本一本、葉の一枚一枚、花の一輪一輪を目に焼き付けるように何度も立ち止まる。果穂さんはそんな吟香さんを夜になってしまう、夕暮れまでには着きたいと急かして先へと進んだ。

 ここだと言われた場所は教室ほどの広さの泉。夕日が木々の影を落とし、泉に炎を映す。果穂さんはこれを見せたかったのか。納得の幻想的な風景だ。吟香さんも惚けたように見つめている。その手の紙に描き写すことも覚え書きもされない。

「違うよ、飛鳥。こういうものは自分の目と頭に感動を残すことが大事なんだ。それが絵に現れる。忘れないために書くだけさ。まずは感じないと。」

 感じられるものは涼しい風、葉の音、花々の彩り。朝霧も美しいだろうと空想する吟香さんにやってみるかと提案する果穂さん。魔術を利用するなら少なくとも吟香さんには言えない。それなのに簡単にできると言い切った。続く説明は水属性の吟香さんと火属性の俺が協力することから始まる。彼女が魔術を行使するわけではないなら心配は要らないか。最初は吟香さんが雨を降らせ、その雨を俺が蒸発させる。上手くやれば朝霧のような風景を生み出せるだろう。

 吟香さんと俺はそれぞれ術式を描く。彼女の魔術に合わせ、俺も発動する。雨が池の全体、周辺の木々にまで広がっていく。空気が揺らめき、霞に包まれたような空間へと変わった。魔術でこんなことまでできるのか。俺の想定よりもずっと美しい。魔術の効果も想像以上だが、この点は追求せずにいよう。

「霧、晴れないですね。」

 ほやけた星が水面に落ちる頃になっても霧はそのまま。気温もいつのまにか下がっていた。そろそろ帰ろうと泉に背を向けると木々の影が揺らめく。帰りも行き同様果穂さんが先導してくれようとする。吟香さんも平然と続く。晴れない霧の中を行くことになるというのに何も感じないのだろうか。樹さんも怖がっているように俺の腕を掴んでいる。いつまでもここで立ち止まっていても仕方ない。そう一歩前へ踏み出すが、後ろに引かれる感覚に引き止められる。樹さんが首を横に振った。ここにずっといるほうが怖いだろうと少し強引に手を引いていく。俺なら寮まで一緒に行ってあげられる。怖い場所を一人で歩かせる必要もない。

 季節外れの冷たい風、パキパキと枝の折れる音。俺だってこういった場所が得意なわけではないが、自分より怖がっている人がいるならまだ歩ける。手に力が入ってしまうのは安心させるためであって、俺が安心したいがためではない。先を行く二人の姿は見えなくなった。そうかと思うと人影が近づく。

「相変わらず可愛いねぇ、樹ちゃんは。ほらおいで。」

 反対の手を吟香さんが握り、樹さんを連れて行く。こういった様子は珍しいことではないようだ。分かっていて一度は先を歩くなんて、吟香さんは少し意地悪なのかもしれない。それでも人が増えればこの場の雰囲気も少し賑やかになり、怖さは軽減される。ただ吟香さんは風の音が声のように聞こえるとわざと怖がらせるようなことも言う。数秒怖がる様子を見て、それからその原理の説明をして、怖さを和らげる。そんなことを繰り返しつつ、校舎の近くまで戻れば、一人の先生が待ち構えていた。

「数人の学生が向かった方向から、霧が校舎近くまで広がった。何か知らないか。」

 そんな所まで異変が広がっていたのか。俺たちがその原因と疑われているわけではなさそうだ。果穂さんと顔を見合わせて、どう誤魔化すか相談しようとしている間に、吟香さんが本当のことを説明してしまった。また反省文かと思いきや、先生は冷静に話を聞いてくれている。これは上手く言い分を聞き入れてもらえるかもしれない。しかし話が終わると明日一限目前に職員室に来るよう指示された。話は聞いてくれるがお咎めなしとはいかないようだ。

 樹さんと共に寮まで戻れば、放送が入った。原因不明の霧は学生の悪戯によるものだった、明朝までに消す、との連絡だ。これは大人しく反省文を書くとしよう。樹さんももう怖がっている様子はないが、一人で眠れそうだろうか。

「飛鳥様より大人ですから。どうしてもと言うなら一緒に寝てあげないこともないですけど。」

 少し怖いようだが、強がりを言える程度には怖くない。明日は部屋まで迎えに行ってあげよう。


 樹さんの部屋を尋ねるとはっきりとしない声に続いて物にぶつかるような音が聞こえた。出てきた彼の髪は乱れており、服も寝間着のまま。眠そうにしているのは寝起きというだけだろうか、それとも本当に一人では眠れなかったのだろうか。先生から呼び出しを受けているため、いつもより早起きしていることも事実だが、それは昨日の時点で分かっていたことだ。その分早く寝られるくらいの時間ではあった。

「別に、寝られなかったとかじゃないですから。先に行っていてください。」

 不服そうに口を尖らせたこの拗ねたような話し方は一人で眠れなかったと言っているも同然だ。それともその場にいただけなのに一緒に呼び出されたことへの不満だろうか。ともかく着替えを済ませて出てきた樹さんを連れて職員室へと向かった。

 同じように呼び出されている果穂さん、吟香さんも先に待ち受けており、四人揃ってお説教を受ける。最初は危険を生じさせた吟香さんと俺に対する叱責。魔術を発動する前に何が起こるのか熟考しろ、と。今回は自分たちも無事に帰還でき、他の学生も遭難することはなかったが、その危険性はあった。提案を受けたとしてもそれを本当に実行して良いか自分たちでも考えるべきだった。続いて果穂さんには学生たちを危険に晒す提案を行ったとして怒られている。口に出す前に危険が伴わないかを一度自分の頭で考える必要があった。そしておまけのように樹さんにも注意がされる。提案がされる様子、その提案が実行する様子をただ見ていた。止められる立場だったのに止めなかった。その点を軽く注意されるに留まった。最後に四人ともに向けて、提案した人、実行した人、見守っていた人の誰も危険だと指摘できなかった点、勢いに任せてやってしまった点が特に問題だと締められた。

 お説教が終わり、反省文も書き、息苦しい職員室を後にする。反省文の時間が長引いてしまったため、一限目が既に始まっている。急いでも結局遅刻。ある程度話は伝わっているはずのため、遅刻を叱られることはないだろう。吟香さんと樹さんを見送り、俺と果穂さんは同じ授業に向かう。その道中、果穂さんは一葉から聞いた噂話を嬉しそうに聞かせてくれていた。

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