皇国での交流
《実樹》視点
ここからは緋炎との交流だ。ここでも時間をいただいているため、彼とも触れ合える。そう彼からも許可をもらいその体に触れる。侍従という立場だがしっかりと鍛えているようで、武人のように逞しい。学生時代より大きく、細身だが筋肉の付いた体だ。飛鳥や光さんより小さく、筋肉も少ないように感じられる。それでも少年ではなく大人の男性だ。俺はそうなれているだろうか。少なくとも光さんや大公様にはそう見えていないのだろう。そうでなければスカートなど履かされ、可愛いなんて言われない。
「少年的には見えますね。今のような格好だと女性にも見えるかもしれません。肩回りや腰回りは隠されているので、男性の特徴が出にくいのでしょう。」
ふんわりとした服であり、肩回りは布を羽織っている。胸回りもふわりと何重にもなっており、少し膨らみがあるようにも見えるかもしれない。これらは女性的に見せるためなのだろうか。鏡で自分の姿を確かめられないことが残念だ。大公様にどう見えているのかは本人に聞かなければ分からない。初めて会った時はスカートでなかったはずだ。女性的に見せるための服装でもなく、裸体も見ている。女性と勘違いして大公妃という話をしたわけではないだろう。これも戻ったら確認しよう。
こんな話をしたいのではなく、榴さんに会えるかどうかが聞きたかった。ピアスの話はここでしないほうが良いだろう。召喚防止の話もまた地下に入ってからだ。迂闊に話して一華様たちに知られて良いことかどうか俺にはわからないから。
「一葉様から時間はいただいておりますから、会いに行きましょうか。ご案内致します。」
緋炎は榴さんとの会い方を知っている。一葉様がご存知なかったのは何故だろう。一華様の手前、知っていて隠しただけだろうか。一華様もご存知だろうか。榴さんは一葉様より一華様とのほうが交流があるのではないだろうか。その辺りも会った時に聞いてみよう。
案内される先は秘密なのか、途中から牛車ではなく乗馬になり、最終的には徒歩になった。他の人の気配もない場所、土の足触り、涼しい日陰。立ち止まったかと思うと緋炎が魔術言語で何か呟き、また進んだ。魔術言語で再び何か呟くと暗くなり、静かにと注意される。
「お待たせ、《実樹》。もう普通に喋って大丈夫。今から《果実姫》の場所まで案内するよ。いや、転移しないほうが良いから、秘密基地で待っててもらったほうが良いかな。」
ここは地下の領域。そうと示すための名前を呼ばれ、少しだけ特別な気持ちになる。これは大公様にも言ってはいけない秘密だ。《暁光》も《夜鳥》も俺の騎士でも侍従でもないが、変わらず支えてくれている。呼び方が変わるだけだ。
皇都における秘密基地の一つ、地下に穴を空けただけのようになっているらしい部屋で待たせてもらう。風もないのに涼しく過ごしやすい場所だ。ここは誰かの秘密基地というわけではなく、こうして地上から入り込んで秘密の会話をするために用いられる場所らしい。来やすい人が管理することになっているため、清潔さは保たれている。地上からの出入りは頻繁にしないことという決まりもある。あまり頻繁に行き来するとこの場所、そしてここから繋がっている地下について知られてしまう。それを避けるための決まりだ。
そんな説明を受けつつ待っていると、そう長くならないうちに《紅炎》が彼を連れて戻ってきた。彼、《果実姫》にも事前に俺が来ると知らせてくれていたそうだ。学生時代以来の再会で、お互い成長している。しかし武人ではないのか、抱き締めてくれた体には逞しさより優しさが感じられた。
「久しぶりだね。ここでは初めましてか。《林檎》にも会ったって聞いてるよ。大丈夫だった?俺の頼りになる右腕ではあるんだけど、ちょっと異性関係で心配な部分もあるからさ。」
「そのおかげで得られる伝手もあるんだから良いだろ。相手は選んでるみたいだし。」
良いと言いつつ《紅炎》は少し不服そうだ。ここは話を変えよう。《金声》の姉君とは俺も親しいが、ピアスのことを秘密にするのだろうか。《果実姫》は《金声》より彼女と親しかったように記憶している。それが《金声》だけ《果実姫》の配下の一員というのも不思議だ。
「そこが《林檎》の心配な部分だよ。上手く惹きつけて、もちろん信頼関係はあってのことだけど《金声》を仲間に引き入れた。だから《金声》だけでお姉さんはただの地上の人間ってわけ。」
つまり彼の姉君には何も教えてはいけない。少し寂しいが、これは俺の決められることではない。地下での繋がりはなくとも地上での繋がりがある。会って話す機会は得られるだろう。それとも次期皇帝の立場では公国まで来られないだろうか。俺も気軽には皇国に来られないだろう。できて手紙のやり取りになってしまうかもしれない。その辺りも大公様に相談しよう。
この話は保留にして、本題に入ろう。彼に最も聞きたいことは召喚防止のピアスのこと。着けていたのに地脈花を通じた転移をしてしまった。御子として浄化をするならこれでは困る。世界中の全ての地脈花に信頼できる人を配置できるわけがなく、そもそも全ての地脈花を把握できているわけでもない。今回はロザリー様が発見してくださったためこうして帰還の目処が立てられたが、次もそうとは限らない。このピアスを強化するか何かして、地脈花を通じた転移も防止できないだろうか。
俺の問いに《果実姫》は答えられない。彼はこのピアスの使い方や効果を知っているだけで、術式作成の専門家ではない。だから、とこのピアスや世界樹、地脈花についてもっと詳しい人を紹介してくださった。実権のない上位者の一人《王》の配下である《探偵》。彼女が様々な物を開発しているため、こうした魔道具への理解も深いそうだ。そんな彼女の身柄も現在は《豊穣天使》の果樹園にあるということで、すぐに会わせていただけた。新しい果実や農機具の開発も行うため、よくこうして訪れているとか。
仕事の最中だったのに時間を作ってくださった。その仕事を頼んでいる《果実姫》からのお願いだからだろうか。そんな彼女に挨拶すれば落ち着いた声で返してくださった。
「初めまして、《実樹》。お綺麗な方ね。これは《果実姫》の趣味かな?」
「彼に女装させる趣味はないよ。《暁光》じゃないか?」
半分正解だ。残りの半分は大公様だが、ここではなんと呼ぶのだろう。興味深く聞いていると「地上の御主人様」と言い訳した。《暁光》自身は俺の服装をスカートにする気はないような言い方をしているが、着せ替えやすいの言い訳は大公様ではなく世話してくれている《暁光》のものだろう。《夜鳥》も言っていたが、雰囲気から察するに大公様と《暁光》が積極的に可愛いワンピースやスカートを選んでいるようだった。ふわふわの服は大公様のせい、ということだろうか。
《探偵》に《果実姫》から用件を伝えてくれる。このピアスを着けていたのに地脈花を通じての転移は起こってしまった。それを防ぐため、このピアスを強化できないかという相談だ。
「うーん、すぐには難しいね。そもそもそんな事故が起こることが稀だし、実験もしにくいし。研究はできるけど、すぐには結果が出ないと思うよ。」
仕方のないことだ。依頼料などの心配はしなくて良いと《果実姫》が仰った。《探偵》も全員の利益だ、上位者たちに任せて良いと言ってくれる。ここも甘えてしまって良いだろうか。彼らに何も返せないのに、お願いだけしてしまっている。彼らは俺に何を期待しているのだろうか。大公様には大公妃として仕事を手伝うことも可能だが、彼らには何もない。
「御子を手中に収めていることが重要なんだ。大公にも繋がりを持っているという点もかな。裏切るような真似は頼まないから安心して。」
《暁光》も公国、大公様の傍にいる。俺が返せるものに入れて良いか分からない。大公様周りの情報など勝手に話してはいけない。得られる情報も限定的だ。いや、《暁光》は元々大公様の近くの勤務ではなかった。俺と白炎の影響で御子付きの騎士として大公様の近くに移動になっただけ。その点は協力できたと言って良いだろうか。
相談したいことはこれで終わり。転移の心配がある間は地脈花に触れないと決め、《探偵》の研究成果に期待する。地脈花に触れなくとも瘴気を体に取り込むことはできるため、御子として瘴気浄化の務めを果たすことはできるだろう。
次の目的地の話も始まる。椋様に会いたいという思いは《夜鳥》の実家に行きたいという言葉に代えた。《紅炎》も《炎鳥》に、と補足してくれる。椋様の地下名は《炎鳥》。やはり兄弟だから同じ字が入れられているのだろうか。《炎鳥》も《果実姫》の一員になっており、その妻の《六華》も同様。地下で会う際は男性の姿を取っているという話だが、次期領主なら異性を伴侶にするだろう。これはどういうことなのだろうか。
「俺と同じだよ。もう一つの姿が俺は白犬だけど、彼は女性というだけ。生まれた時がどちらの姿だったのかは誰も知らないけど。」
そのことは結婚報告と併せて《果実姫》一派の全体に本人が知らせた事実だそうだ。今までの姿と全く異なる姿に変化できる変化の術。珍しく詠唱の一切要らない魔術とも教えてくれるが、俺にも使えるだろうか。公国に帰ったら練習してみよう。それとも今練習する時間はあるだろうか。
「帰ってからのほうがいいんじゃないか?コツは世界樹に思い出させてもらうこと、だから。それを意識すればそんなに難しくないと思う。何かになりたいと思ってると難しいってさ。」
格好良い龍や虎になりたいと思っていてはいけない。今可愛いと言われてしまうから格好良い生き物になりたいが、練習する時はそんな邪念を捨てなければならない。少しずつ意識を邪念から切り離すよう、公国に戻ってから練習しよう。
地下でなければならない用事は終わった。地上に帰還し、十六夜邸へと案内していただく。出迎えてくださる相手は椋様とその奥様。緋炎は皇国の船に乗せてくださる時まで同行してくださるそうで、ここでも別室待機になる。光さんも親しい者同士の席になるようにと席を外してくださった。補助は飛鳥に行ってもらい、俺から椋様に目が見えなくなっていることなど説明を行う。それを受けて椋様が俺と手を繋いで久しぶりと挨拶してくださった。奥様も初めましてと手を取ってくださる。彼女は地上での名も六華と地下名と同じ意味の名を持っておられ、この名は幼い頃に出会った椋様から頂いたのだと教えてくださった。
「白く美しい肌と髪を持っていたことが子ども心に印象的でね。必死に調べて、美しく見える雪の異称を見つけたんだ。」
夫婦の話が始まるのかと思いきや、それよりも俺の話を聞きたいと椋様は話を変えられた。心配していた、公国ではどうだ、と一華様と話した時のようなことが続く。彼は地下の人間でもあり、一華様以上に話せることがあるのではと思うが、地上で地下の話をしてはいけない。椋様にも《炎鳥》の名を誰から貰ったのか聞いてみたい気持ちはあるが、ここでは聞けない。これもいつ来るか分からない次の機会を待つしかないのだろう。大公妃という驚きの提案を大公様から受けたこともできない。お菓子を作った話はできる。どの話をするのか、しっかりと考えて選ばなければならない。彩羽にいる頃は最も親しかった人相手でも秘密にしなければならないことがあるなんて、当然なのかもしれないけれどどこか寂しい気分にもなる。地下に入れば話せることが増えるとはいえ、大公妃の件はまだ内緒のまま。まずは大公様と話し合ってからでなければ何も言えない。うっかり話して大公妃になる前提の話を進められても困る。
慎重に話題を選び、寂しい気分は忘れられていく。相手によって話す内容を選ぶなんて当たり前のことで、それは家族が相手であっても同じこと。友人相手でもその人と最も楽しく話せる内容を選ぶことはより良い時間にするための行動に過ぎない。その時間は俺が話すだけでなく、椋様のほうの話も聞きたい。そう六華様とのことも尋ねさせていただいた。
「六華は両親と面識もあるし、大歓迎だったね。周囲の目も花一郎様が先に《春一番》商会の鳴海春仁さんと結婚してくださったおかげで目立たなかったし。有り難かったよ。」
花様は卒業前に春仁さんとご結婚され、同時に二条領の領主になられた。まだ若く、その上二条家なのに数字の付かないお家の方を伴侶に迎えるという点で反発が大きかったそうだ。それを強引に押し切る形で結婚された。話題性は抜群だ。既に卒業され、家格も二条家よりは低く、すぐ領主になるわけでもない椋様のご結婚はそれに隠れる形となった。ご家族の反対があったらしい花様と異なり、椋様のご家族は歓迎されていた点も影響しているだろう。声の雰囲気もお二人は幸せそうに感じられる。良い人と良い時間を過ごせているのなら喜ばしい限りだ。羨ましい気持ちもあるが、俺にはそんな相手が現れないだろう。そもそも俺自身にそうしてずっと一緒にいたいと思える相手がいない。自分がどうやって安全に過ごせるかだけを考えている。そんな自分本位の人と寄り添っていたいと思う人などいないだろう。