長い帰路
《実樹》視点
俺が従う姿勢を見せたからか、同行の信頼している人もそう指示した姿を見たからか、それとも別室だったレーヌとルネ、ロザリー様が同じ説明をしたから嘘を言っていないと判断してくれたのか。いずれにせよ引き続き俺のことは保護するという方針で、医務室で体調を診てもらおうと連れて行かれる。
怪我の有無も見るからと脱がされそうになるが、名前も分からない相手には抵抗がある。そう医務室にいる人、以上の情報を求める。
「そうだよね、知らない人は怖いよね、ごめんね。私はイメルダ・イングレース。治癒術士だから外傷専門。骨折くらいなら治せるけど、病気はお医者さんにお願い。最低限の診察はできるように資格は取ってるけど、悪化させない程度の役割だね。」
ロザリー様以上に落ち着いた声の女性だ。子ども扱いに感じるが、診察と言っているのにまず拒む行動はそう見られても仕方ないかもしれない。それでも大公様が呼んだわけでもない医師か治癒術士なら警戒しても仕方ないと思ってほしい。
気を取り直して診察を受ける。俺が警戒していることを知ってか、触れないよう、何をしているか口頭で伝えるようにしてくれた。怪我している部分を調べる時も触れると先に言い、俺がどうぞと答えてから触れるようにしてくれる。押さえられたり擦れたりすると痛いが、我慢できないほどではない。そんな診察で十分だったのか、大きな問題はないと結論付けてくれる。弱っているとは言われたが、病的というほどではない、休めば心配要らないとのことだ。傷もそのうち治るだろう。
「君の状況を書類にも残したい。公国から地脈花を通じて転移したのなら、国を跨いだ連携も必要になる。多くを聞くことになるが、協力してくれるか。」
勿論だ。むしろ彼らに話し、協力してもらわなければ俺は公国に帰れない。地脈花を通じた転移も今はひとまず追求されていないが、詳細を話すならどういうことか聞かれるだろう。御子であることも言わざるを得ないかもしれない。大公様にと言って信じてもらえるかどうかも怪しい。一般の人々はともかく国の上層部は大公様やそれに並ぶ人のことくらい把握しているだろう。俺のようなともすれば子どもに見える人間が大公様に庇護されていると言って信じてもらえるだろうか。
心配は話してからしても十分だ。そう案内を求めると、今度はライネスさんが手を引いて連れて行ってくれる。ここも船であるため揺れ、一人で歩くことは難しそうだ。手を繋いでいても足元が覚束ない。それはライネスさんにも分かったのか、腰を支える形に変えてくれた。そんな気遣いに甘えて誘導に従う。
執務室だと言う場所に着くと柔らかいクッションの椅子に座らせてくれるが、すぐに離れてしまう。話すと言っているのだから近い距離と分かってもこの手は伸びた。少し触れている程度では表情も何も分からないが、何もないよりは雰囲気を感じ取れる。そう椅子の位置を変えてもらい、隣で話を始めた。
最初は俺の名前と年齢、出身地の確認から。大空樹、二十一歳、出身は皇都だが、今は公都にある大公邸に住んでいる。
「二十一歳?十五歳の間違いじゃないのか。」
自分の年齢をどう間違えると言うのか。俺はそんなに幼く見えているのか、態度がそんなにも子どもだったのか。確かに頼ってばかりだが、もう少し大人のつもりで冷静に話しているつもりだった。年齢について背伸びしているわけではないと信じてもらうため、自分の経歴を簡単に説明する。皇都で生まれ、彩羽学校に数年通い、王国に誘拐され、公国に保護された。今はもう皇国の家族とも一度会い、大公様の所にいると決めたため、帰る場所は大公邸だ。その点にもやはり疑問を呈される。ただの子どもが王国に誘拐された点。ただ彩羽学校に通っていただけの子どもでは通らない。御子であることは伝えるべきだろうか。
海洋連盟は王国と国交がある。公国とは異なり、戦争状態ではない。公国はその国の成り立ちからして王国とは敵対関係にある。王国から独立し、その後繰り返し戦闘している。和平が結ばれた時期もあるが、今は結ばれていない敵対国だ。公国と連盟は国境を接していない。連盟にとって敵に回したくない相手は公国より王国だろう。王国からの求めがあれば俺は差し出されてしまうかもしれない。
「王国からも求められ得る立場なのか、君は。」
いざとなれば《果実姫》も頼れば良いとは言ってもらえている。しかし頼る相手がどこにいるのか分からないのに、どうやって頼れば良いのか。大公様は俺を何よりも尊重すべきと仰った。それは御子だからだが、その理由を伏せた場合、他に何か特別と言える理由があると推測するだろう。その理由は後で考えよう。
大公様が俺を大切にしてくださっている。専属騎士と侍従を付け、手ずから食事を与えてくださり、その手で身を清めてくださり、とそのくらい特別扱いだった。そのことだけを伝える。
「だから公国に帰りたい、と。では今に至るまでの経緯も教えてくれ。」
地脈花の近くに行くと、転移酔いのような症状があり、気付けばロザリー様の所にいた。おそらく地脈花を通じて移動してしまったのだろう。そんな推測の伝え方なら御子であることを伏せられる。御子ならそんな能力があると言われたが、御子以外には不可能と知られているわけではない。
ロザリー様と合流してからのことも伝える。何故か手足を拘束され、ロザリー様に助けてもらったのに、また突き落とされそうになった。レーヌとルネが助けてくれたため、彼女たちも一緒に逃げ出してきた。言葉にすれば短い出来事だが、心臓の音が鳴り止まないほどの衝撃だった。三人がいてくれなかったら俺はここにいなかっただろう。俺が公国に行きたいと言ったことに応え、まずは最寄りの港に連れて行ってくれた。そこからお金もないため、お金を稼ぎつつ移動するつもりであの船に乗った。乗る前の面接や話し合いでは海賊船や犯罪組織と推測できる情報など何もなかった。
「なるほど。本部に帰還し次第、公国への連絡を依頼しよう。」
ひとまず安心か。同じ船に乗っていた他の人たちは賊の疑いがあり、ロザリー様たちに関してもそれを認めているため、一時収容所に移送されるそうだ。刑が確定した人の行く場所ではないため酷い扱いではないと言ってくれた上、ロザリー様たちとも話し、心配要らないという言葉を聞けた。俺は公国に帰ることだけを考えさせてもらおう。
一時収容所で別れる際にもまた少し話し、次の機会があれば話せると良いと来ることのないだろう希望を伝える。問答無用で船を沈められなかっただけ感謝すべきなのだろう。詳しく調べれば彼らは賊に運悪く雇われてしまっただけということも分かる。強い彼女たちなら次の仕事も見つけられる。きっと無事に生きていられると信じよう。
本部に着けばアルフテルさんたちとはお別れだ。ライネスさんは一時的に乗船していただけのようで、俺のことを本部の人に伝えてくれた。結果は公国に連絡して、返事を貰って、それからだ。その間はライネスさんが面倒を見てくれると言う。女性のほうが良ければという提案はあったが、異性では風呂や着替えの手が借りられないと断らせていただいた。急に知らない人が担当ですと言われても緊張する。それなら迷惑かもしれないが、ここまで一緒に来たライネスさんのほうが良い。
海洋連盟軍本部のある島にて、しばし休息の時間となる。海に囲まれている点は皇国と同じだが、海風の質感が異なるように感じられる。海に囲まれているのだから同じ潮風、湿度を伴った風のはずなのに、こちらのほうが軽く爽やかな風だ。雪に囲まれた公国から移動してきたからそう感じるだけだろうか。
「お前は公国にいる時は何をして過ごしていたんだ?」
体力がある程度戻ってからは散歩をしたり、勉強したり、お菓子を作ったり、覚えている歌を歌ったり。大公様や光さん、飛鳥にも教えてもらった。見たことのない物は花でも野菜でも触って確かめさせてくれた。この部分はこの色で、と教えてくれた。初めての物の把握には見えている頃より時間が掛かる。服の話もした。こういった服が似合うとか、こういった物を着けてみてほしいとか。自分では見えないが、大公様や光さんは俺を着飾りたいと思っていたようだ。
真似してくれるのだろうか。ライネスさんは迎えが来るまで俺の面倒を見ることが仕事と言ってくれているが、本来の仕事は人の世話をすることではない軍人さんだ。これは彼にとって不本意な仕事なのではないだろうか。
「本当に大公邸にいた貴人ならその世話役になることは名誉なことだ。良い人がいたと大公殿下にもお伝え願おうか。」
冗談として言うそれは俺が本当に大公邸にいたとは信じていなさそうな口ぶりだ。目が見えないなら書類仕事の関係ではない。他の人の世話だって難しい。庭の管理もできない。血縁では当然ない。そうなるとどういった関係で、どんな立場で大公邸に居られると言うのか。御子であることを伏せてしまった以上、その点を上手く説明できない。連絡は取ってくれると言っているため、疑われることは受け入れよう。酷い扱いどころか丁寧に対応してもらえて、面倒まで見てもらえているのだ。現状でも何ら不満はない。
大公様との関わりについても尋ねられる。寝食を共にしていることは既に話した。大公様の仕事中は別行動が基本だが、執務室にはいつ行っても良いことになっていた。来客中でもいつでも良い。膝の上に座って眠る日もあった。元気になってからは恥ずかしいため減っていたが、お茶の時には呼び寄せられることもある。菓子の種類によっては食べさせてもらうためという理由もあったが、必要ないのに膝の上に座ることはあった。大公様の話をしていると会いたい気持ちが強くなってしまう。家族とは離れることになると決めたため、寂しくなっても我慢できるが、王国に召喚された時同様、今回も大公様と離れると思っていなかったのに離されてしまった。心の準備ができていない状態では心を落ち着けるために深呼吸が必要だ。
色々な話をしているうちに眠る時間になった。風呂はライネスさんに手伝ってもらった。布団に入り、珍しく一人の夜だ。公国ではここから話す日もあったが、連盟ではそんな相手などいない。カーテンを開けて夜空を見上げても何も見えない。相変わらずの真っ黒な世界。見たことがないからその中に光さんの顔も大公様の顔も思い浮かべることはできない。飛鳥も俺が見ていた頃より大人になり、椋様に近づいているだろうか。今も彼らと同じ星を見ているのか、少し違った星座が映し出されているのかも分からない。公国と連盟では大きく場所が異なるため、きっと星座も異なる姿をしている。皇国の北部と南部でも一部異なる箇所があるらしい。もっと遠い二国ならもっと違いを見つけられるだろう。
少し風に当たってみようか。夜風は体に差し障るといつも止めてくれた人もここにはいない。季節も進んだ、公国よりここは暑い。きっと体が冷えてしまうこともない。慣れない窓を手探りに何とか開けると意外に涼しい風が流れ込む。動物たちの声もないここは管理されている庭なのだろう。
「まだ起きているのか。」
窓の外からライネスさんの声がする。夜中の鍛錬は飛鳥や光さんもやっていた。ライネスさんも軍人で、武人の筋肉質な体だった。日々の鍛錬は欠かしていないことだろう。
「明日は良い所に連れて行ってやろう。だから今日はもう早く寝なさい。」
良い所。ここは軍本部の島で、船に乗らなければ町もない。お店関係ではないだろう。自然関係だろうか。朝早くから出るという話のため、本当に早く寝なければ起きられない。お休みの挨拶をして、今度こそ眠りに就いた。
翌朝、やはり着せ替え易さのためか、俺がその話も伝えたからか、公国にいた頃と似たような形状の服を着せられ、散歩に出掛ける。行き先は昨夜教えてもらった良い所。少し坂道を登っていくという話で、昼食にサンドイッチも持っている。荷物は全てライネスさんが持ってくれており、俺は手ぶらだ。安全に移動しようと思えば這うように移動することになるため、荷物を持つことは難しい。平らに近くともすり足でゆっくりと歩くため、朝寝坊しても半日あれば余裕で往復できるという道のりも早起きして半日掛けてようやく辿り着く。目的地に到着した頃には汗だくだ。息も上がっている。お腹が空いているような感覚はあるが、すぐには食べられそうにない。水分補給もゆっくりと飲ませてもらう形でなければ零してしまいそうだ。
岩場に寝転ぶことも抵抗ないほどの疲れも次第に癒えていく。昼食も少し齧るだけになるが、話しているうちにまた食べられるようになるかもしれないとここに俺を連れてきた理由を尋ねた。
「珍しい花が咲くんだ。昼は蕾だが、それでも愛らしい。」
その愛らしさが俺には伝わらない。あまり香りはしない。風はあるものの開けた場所のため、香りが逃げてしまっているのかもしれない。誘導されてその花に触れると少し肉厚の乾燥した表面があった。これが夜にだけ咲く花か。葉は少なく、背も低い。指が切れることのなさそうな幅広の葉で、力を込めれば水分が沢山出てきそうだ。茎も風に煽られることのなさそうなほど太さがある。棘というほどではないが、少し突起も感じる。これも愛らしさに影響しているのだろうか。色は何色だろう。夜の闇に映える色だろうか。尋ねてようやく白だと教えてもらえる。白一色かと尋ねれば一輪一輪よく見れば違いがある、と答えてもらえた。その違いの詳細もほんのりと桜色に染まっているように見える物から薄水色に染まっているように見える物など、一つ一つこれは、これは、と尋ねて出てきた答えだ。何気なく聞き流していた飛鳥や大公様、光さんとの会話が恋しい。こんなにも花や見える物について質問攻めにしなければ分からなかっただろうか。
他の人と比べるなんて良くない。そう思い付いた感想を頭の中だけに留め、また少しサンドイッチを食べる。帰り道は下り坂。来る時よりもさらに慎重にならなければ危険だ。少しだけ眠らせてもらい、体力を回復させてから気合を入れよう。




