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世界樹の御子  作者: 現野翔子


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沙汰を下す

《林檎》視点

 証拠は私の手にある。彼が出勤した時、既に彼の席は無くなっているだろう。職を失った彼の行き場を私が与える。今朝の目覚まし当番も代わってもらった。既に夜は明けた。起こす時間を待つ、あるいは起床を知らせる呼び鈴を待つ時間は緊張に満ちている。何も知らない彼は何も疑うことなく起床を知らせた。自分の娘の専属侍女が来たことにも疑問を抱くことなく、目覚めの一杯を受け入れる。そこに入れられた果汁にも警戒することはない。味に違和感はないはずだ。これは《豊穣天使》の仕事なのだから。

 着替えを手伝い、何事もないように食事へ送り出す。そこからは屋敷の使用人に任せ、私は領地経営の仕事場へと向かう。まだ時間も早いため誰もいないが徐々に人が集まり始めた。その中に貝塚さんがいることに首を傾げる人もいるが、立って待つ彼に挨拶されれば挨拶を返してくれる。後から説明すると伝えればそれで後回しにしてくれるくらいのため、第一印象は悪くないようだ。そして花様のお父上を除く全員が揃ったところで、不正の件を全体に伝える。ほっとした表情を見せる人や後ろめたさから目を逸らす人など、反応は様々だ。もちろん彼らも奴の指示に従い、不正に加担していたことだろう。しかしその件への罰は追って花様か春仁様から伝えられるもので、退職に追い込む予定もない。前領主の息子、現領主の父ともなれば逆らいにくいことも判断に含めて然るべきだ。そして奴にこの場を任せられないため、次は不正の告発を行い、証拠の入手に協力してくださった梅津賢治を据えると伝える。反応は悪くない。梅津さんも真剣な表情で受け止め、他の人も納得の様子を見せた。残るは奴が来てからの対応だ。

 すぐに奴もいつも仕事をしているこの部屋に来る。しかし奴がいつも座っている席には梅津さんが座っている。何も聞かされていない彼は鋭く梅津さんを睨みつけた。

「これはどういうことだ?」

 自分の席を奪われていることに抗議の声を挙げる。ここからが勝負だ。裏帳簿を突き付け、負荷を掛ける。不正の自覚はあるはずだ。それでも狼狽えた様子は見せず、知らぬ存ぜずを貫き通す。無駄な努力だ。私たちの説明を力尽く阻止すれば怪しまれ、説明が続けば不正を証明される。疑いを抱くには十分な物を用意した。罪の証明のため、しばらく部屋にいてもらうことはできる。

 私は花様から委任されている。この男に謹慎を命じることは可能だ。貝塚さんと梅津さんの協力で不正の説明を行い、男に命ずる。これからの仕事も何ら問題なく回っていく。貝塚さんの知識もある程度示せただろう。実務を誰が教えるかなどについては梅津さんに決めてもらう。元々私に教える予定で時間を空けてくれていたため、調整する余裕はあるだろう。素人の侍女に教える予定は変更だ。

「私は認めないぞ。この領地が平穏に包まれているのは誰のおかげだと思っているんだ。」

 この態度は不正が事実でなかったとしても、部下たちの信頼を勝ち取れない。疑いの視線を浴びつつ、私に連れられて部屋を出る。この後は他の使用人に任せ、私は先程指摘してもらった数字のずれを確かな物とするため、税を納めてくれている他の領民たちの所へと向かった。


 事態を一部伝える許可は得た。そう納めた農作物と金銭を記録した台帳を見せてもらい、写させてもらう。全戸の調査には時間がかかるだろう。信頼できる人に任せる必要もある。そのため、私一人での調査ではないが、重点的に行いたい地域は私が行う。お父上も全てで不正を行った場合には見つかりやすいと思ったのか、住んでいる周辺地域を主な対象としていたことは裏帳簿から明らかになっている。

 そんな調査も領民への手当を思えば必要なものではあるが、お父上の処罰には全く不要の物となる。起きて来ない彼を心配した使用人が呼びかけるも返答はない。無断で寝室に入り、心臓の止まった彼を発見する。医師を呼び寄せ、蘇生を試みるが、当然息を吹き返すことはない。死因も不明。唯一心当たりと言えることはここ数日の出来事。不正を指摘され、花様から直接の沙汰が下るまでの謹慎を命じられた。強い圧力を感じた彼の心臓には大きな負担が掛かり、そのまま止まってしまったのではないか。そんな憶測だけが使用人や部下たちの間で広がっていく。

 お父上の急死を聞き、花様も対応される。既に葬儀の準備は進められている。今回も葬儀は《胎児の宿》に頼んだ。死因が毒物ということは医師にも分からなかった。それでも化粧をしている時に死後数時間が経過しているのに残る匂いから疑念を抱かれると困るからだ。化粧は良い香りの物を使用するため、それ以降の人は匂いに気付かないだろう。棺桶の死体を眺める花様も不審に気付いた様子はない。悔しそうに拳を握りしめる彼女は、自分に責務を押し付け、祖父母の締め付けから守ってくれない父でも、死んでしまえば思う所があるのだろう。それとも自分の手で罰することができない点に悔しさを感じているのだろうか。

「もう、お母様だけになってしまったわね。」

 琴が得意な方だとは聞いているが、花様が温かな時間を過ごせたという話は聞かない。それでも恋しいものなのだろうか。春仁様から見ればお母上も邪魔者だ。しかし排除してしまうことが正解なのかは判断しかねる。静かにお友達と音楽を楽しむだけなら大きな害とはならないだろう。

 花様は知らない。お父上が亡くなる数日間だけ、自分の専属侍女が目覚めの一杯を持って行ったと。その水はもう彼の体の中。何日も前の水など解剖しても見つけられない。死体も処分された。もう誰にも殺されたと証明することはできない。

 最後の別れの時間。それを一人で過ごすことも許されず、全てが終わってからようやく静かに悲しめる。しかし花様は別れの時間を終えた自室、一人で過ごせる貴重な時間に私を呼びつけ、お母上の話を始められた。

「お祖父様とお祖母様も私にとって悪影響だと春仁さんは言っていたわ。お父様のことも二条家のためにならないと。お母様は、彼からどう見えているのかしら。」

 趣味の琴自体は二条家の経済状況から考えると浪費と言えるほどの出費ではない。ある程度の出費は続けることで経済を回す意味もある。琴の腕前を披露するために衣装を新調することもその範疇と言えよう。領主一家の一員としての務めは果たしていないが、家に害を齎すと言うほどでもない。干渉もほぼなかったなら、花様に対する精神的な支配の心配もないだろう。

「三ツ谷の人たちは、お母様に同情するのかしら。」

 お母上は三ツ谷家の出身。あの四人から見れば叔母に当たる。現領主にとっては妹だ。そんな身近な人間が愛する夫を亡くしたとなれば慰める程度のことはするだろう。葬儀にも駆けつけられ、悲しみの表情を隠すことがなかった。地位を継承した花様が喪主として葬儀を執り行うことが自然ではあるが、故人の妻として彼女にもやることがあった。それを全て放棄したことは悲しみに耐えかねてのことだろうか。

「いいえ、元々お母様は何もされなかったわ。とても仲は良かったから悲しんでおられることも確かだろうけれど。」

 一度実家に帰っていただくという手もある。ずっと夫と過ごした場所にその人がいないとなれば、空白が目に付くだろう。その間に私たちも対応を決定できる。自分の子に責務を押し付けた点はお父上と同じ。花様にとってその存在が心の重荷にならないか、いなくなってしまう悲しみが上回ってしまわないか検討する必要がある。

 三ツ谷家への一時的な帰省の提案を花様は受け入れた。この後、花様からお母上へ話してみると言う。しかしそこには私も同席してほしいとも言った。家族の会話に侍女は不要だ。温かい関係性を築けているのなら、団欒を邪魔しないようその場を静かに退室する場合も多い。一方で彼女たちがそんな間柄ではないことも分かりきったことでもあった。

 緊張した様子で花様はお母上の部屋を訪ねる。返事の声は暗く、対面したお母上の瞳には光が宿っていない。その手は花様の頬へと向かった。

「ああ、あの人の面影があるわ。」

 確かめるように頬を、耳を、首筋を撫でる。とても娘に対する手つきとは思えない。花様も体を硬くされ、ただその時間に耐えておられる。お父上と比べると全体的に小さく丸みを帯びた体は女の好みではなかったのだろう、不満そうに花様を見つめた。そして今度は目元に指を添える。

「この目が違うわ。あの人はこんな愛のない目なんてしていなかった。」

 指に力が込められる。私は花様の侍女だ。女の手を掴み、花様から離す。ただ夫の身代わりとして産んだ、お人形だった娘の反抗、存在しない物として扱っていた侍女からの反撃。それらがさらなる衝撃となったのだろう、女は泣き崩れた。やはり春仁様の言う通り、接点もなくすべきだ。娘を夫の代わりにしようとする女など悪影響しかない。

 花様を連れ出し、他の使用人に女の対応を任せる。離れに監禁しても良い。今なら夫を失い憔悴した彼女が療養しているとして、監禁だとは思われにくい。ただしこの提案は春仁様に行う、決定も春仁様に委ねる。少し出過ぎた真似だが、今の花様に決定させるには苦だという判断だ。花様も今は何も考えたくないのか、自室で気持ちを落ち着けられる。

「ありがとう、もう大丈夫。お休みなさい。」

 まだ眠るには早い時間だ。それでも大丈夫と言ってもらえたなら花様を一人残し、春仁様に報告と提案をさせていただく。彼の懸念が正しかったこと、女と花様との会話のこと。再び実行は私に任されるだろう。それでもここでは春仁様の立場が上だ。

 一通りの報告と提案が終わり、春仁様は思案される。すぐに花様と女を会わせないという結論は出されるが、その達成方法は保留にされた。ひとまず自室で大人しくしていただくそうで、その後は春仁様に一任する。詳しい相談など必要ない。方向性だけ分かれば合わせられる。花様に隠し通すこと。私の仕事はそれだけだ。


 翌朝、悲鳴と共に目が覚める。声の正体は使用人、出処は女の寝室。私も急ぎ駆けつけると、吊り下がった女がいた。既に息はない。争った形跡もない。先日父君が亡くなった所だというのに、花様の心労は如何ほどだろうか。

 部屋には遺書らしきものもない。夜半に春仁様が訪ねていたことは知られているが、何を話したかは分からない。責務を果たしていないことを伝え、花様の支えとなることを求めたのだろうか。いや元々責務や花様には関心のなかった方だ。そんな内容では何も負担に感じないだろう。夫婦仲は大変良好だったと花様からも聞いている。それこそ花様が眼中にないくらい、互いに夢中だったとか。そのことを踏まえると、夫への愛を疑うような言葉だろうか。自主的に後を追ったとしてもおかしくないくらいの消沈具合だった。事実を確かめる必要はない。昨夜、夫を失った女は自害した。それだけが確かなことだ。花様にはどう伝えよう。これもまたまず春仁様にだけ伝える。起床し、着替えもすぐ済ませたらしい春仁様とすれ違い、花様の起床を手伝う。彼女も悲鳴で既に目は覚ましており、私に何があったのかと問いかけられる。春仁様からお話があるとして回答は控えさせていただいた。食欲がなくとも食べやすい朝食が用意され、その料理長の思いに応え、花様も手を付けられる。進みは遅いが、食べられないわけではなさそうだ。そうこうしているうちに春仁様が戻って来られる。いつもなら退室して部屋の前で待機するのだが、今日はいてほしいと春仁様に頼まれた。あの女の死の件は私にも聞いてほしいのだろう。

 春仁様は言葉を選び、女が自室で死んでいたことを伝える。突然の出来事ではあるが、昨日の様子から不思議はないようで、花様も納得はされた。元々頼れる人ではなかった。それでも家族という呼称で表す関係性の相手を失えば傷付きはするのだろう。また休む時間が必要になりそうだ。

「新しい責任者と顔合わせと行こう。花も、行けそうか?」

 領主としての顔になる花様。向かうは新たに領地経営の実務を任せた梅津さんの所。元同僚たちと協力しながら何とかやっているようだ。仕事への態度には信頼があり、不正の告発という危険を伴う行為もしたことでさらに評価が上がったとか。貝塚さんも上手く仕事を始められたと聞いている。貝塚さんも信頼を得られる人だと《鬼火》から聞いている。ここは彼らに任せてしまおう。彼は《貝貨》でもある。花様の立場も《鬼火》から伝えられているため、上手く立ち回ってくれることだろう。花様も実務は部下から教わり、しばらく日々の業務に追われることになる。余裕ができれば人員を増やし、これまでの不正を細部に至るまで調査する予定だ。こちらの進捗を確認することは侍女の仕事ではない。領地経営の管轄なら貝塚さんから春仁様や花様に直接報告が行くことだろう。

 仕事の話が終われば花様に提案したいことがある。そう切り出し、春仁様と別れ、花様の部屋にて話をさせていただく。提案の内容は休暇を兼ねた課外授業だ。温泉旅行は一葉様と会うことも兼ねた休暇であり、十割休暇とは言い難いものだった。その上、休暇を終えてすぐお父上の死という精神的に負担を掛ける出来事があった。何も兼ねない休暇でも良いのだが、あまり休んでばかりでもという感覚を花様なら抱きかねない。そんな心配を消すための課外授業だ。楽しみにされていたことの一つでもある。春仁様には休暇とだけ伝えても良い。もちろん、これは花様に相談してから決めることだ。詳細はここで話せることでないから、と二条邸の一室から地下へと誘導する。

 ここからは隠し事をしない提案。《探偵》との課外授業。そう伝えると一気に表情が華やぐ。しかし一瞬で萎んでしまった。一体どうしたのだろう。

「領地経営も屋敷の管理も新しい人になったの。私も夫も離れてしまうなんて難しいわ。」

 執事が代わってからも日は浅い。引き継ぎは行っていたため問題なく家は回っているが、《花》は心配らしい。その上、《鬼火》と一緒に行くことが前提になっている。たまには離れて過ごす時間があっても良いだろう。それができないほど追い詰められた状態ではない。悲しんでこそおられるが、一時の酷い顔はしていない。そろそろ《鬼火》に内緒のことがあっても良い。事が済めば、実は、と《花》の言いたい時に言えば良いのだ。それまでは祖父母に続き父母まで亡くした花様のための休暇だと伝えれば、《鬼火》ならゆっくり休んでと言ってくれることだろう。彼がいれば、《花》も安心して家のことも領地のことも任せられるはずだ。

「そっか。私もいつまでも彼にべったりじゃ駄目だよね。」

 仲睦まじいことは喜ばしいことだが、離れただけで平常心を失ってしまうようでは困る。既に一日離れる程度なら彼女も問題なく過ごせているため、少し日数を延ばす程度の感覚でいこう。離れている間の時を楽しいことで埋めてしまえば、第一歩としては十分だ。

 《鬼火》には内緒。罪のない小さな隠し事は彼女にとって新鮮なのか、どこか楽しそうでもある。ただし課外授業の予定はこれから立てる。先生の手配も済んでいないのだ。そう花様には一度屋敷に帰っていただく。《探偵》なら花様も気に入っていた。彼女の時間さえ合えば計画は立てられる。


 会いたい旨だけを伝え、実際会う機会は後日に設けられた。まず会うのは私だけ。講義の内容は《探偵》と相談して決定するつもりであり、基本的には《探偵》の意見を優先する。私からは《花》の興味関心などの助言を行う程度に留めるつもりだ。そのことを伝えれば、時間を作ってくれると快諾してくれた。彼女も《花》に興味を持ってくれており、いつ機会を得られるかと待っていてくれたそうだ。

「任せといてよ。腕によりを掛けた時間を作るからね。」

 勉強することを好む花様だが、実物を見る機会は少ない。本についた絵をじっくりと眺めておられることも多い。領地内や皇都で見られる物なら一緒に行けるが、他の地域の景色や固有の物となると難しい。彩羽学校の頃は比較的気軽に出掛けられたそうだが、領主となった今ではそうもいかない。この前は十六夜家領という涼しい地域で温泉と食事を楽しんだ。次は南部のどこかで風景を見られるようにしようか。

「野宿の時の植物の利用法とか興味あるかな?」

 実際に野宿することは難しくとも、昼食時に使ってみることはできる。きっと花様は春仁様や私が経験したような物に関心を示してくれる。その方向で彼女にも相談しよう。

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