雪と炎の鳥の協力
《林檎》視点
今日は約束していた万城目家での御子に関する説明の日。無事であることは既に伝えた。公国預かりとなっていることが新たに伝える情報だ。世界樹を管理する万城目家の人間としては驚くだろうか。しかし万城目当主も冷静にこちらの話を受け入れ、末娘である花梨様の感覚を尋ねられた。
「弱ってるならそもそも浄化のために動き始めるべきじゃない。状態が良くなってからも離れてる地脈花からやったほうが良い。世界樹から直接だと一気に瘴気を取り込み過ぎちゃうかもしれないし。世界樹が遠くて、導師にも少し反感のある公国くらいがむしろ丁度良いかも。」
花梨様はその飛び抜けた魔術の才能と第三子という立場から世界樹の担当になる予定らしく、世俗の権力関係からは少し離されているそうだ。だからこそこういった意見も出てくる。世俗の権力争いのために世界樹を枯らすことのないよう、万城目家当主の源一様は采配を振るっておられる。さらに御子が家族に会えるよう協力もしようと言ってくださった。話を通すことは一葉様からも勿論行う、と約束をする。同時に信頼を得るためだろうか、調査で明らかになった、皇国にいた際の取り扱いも知る限りを共有された。瘴気浄化を最優先にしすぎているように見受けられた、召喚を防ぐ手立てが不十分だった、と。これは千秋風香への批判と自分たちの反省だ。一葉様は千秋風香が《秋風》であることに気付いているだろうか。両耳のピアスを覚えていれば判断できることではある。
万城目家の影響力は少なくない。そこから千秋領主への覚えが悪くなれば、《秋風》の得られる上流階級の情報は少なくなるかもしれない。しかしこの報告に関して私は口を挟める立場にない。何かあれば御子の傍にいる配下たちから私や《果実姫》への連絡がある。その内容によっては一葉様にも伝える予定だ。そこから対処を考えることになる。伝えずとも可能ならそのまま私が対処を行う。御子の負担を極力減らす必要があることは共有済み。話し合っていて対処が遅れるくらいなら、速やかに対処できることはしてしまえば良い。
「しばらく御子様は大陸の公国におられるんですよね。だったら色々伝えてあげないと。」
後日書類も送ると源一様から伝えられ、ここでも簡単に花梨様から教えていただく。御子の浄化の力や加護についてだ。常に世界樹や御子に関することは知識を仕入れておられたそうだ。まず浄化の力についての復習も含めた説明。浄化の力は文字通り瘴気を浄化する力。聖属性を持つ御子のみが可能と言われているが、浄化の方法は魔術によらず、明るい気持ちでいることがその方法となる。それで言うなら皇国の家族の下で過ごせるようにすべきだが、現実は権力者たちの思惑が働いた結果だ。彼の実家《天空の安らぎ》が《秋風》の影響下にあるのなら、大空さんを地下経由で家族に会わせることもできる。もちろん体調次第の部分はあるため、できたとしても先の話だ。家族が公国に行くほうが早いかもしれない。
次に加護の力について。こちらも感情が大きく影響を与えるとされるが、浄化とは異なり魔術的な要素も含まれる。相手に何らかの能力を与えたいという意思を持って魔力を与えることで、身体が強化されるなどの加護が授けられるそうだ。恒久的なものになる場合も多く、授けられた側の負担はほぼない。求めて得られるものでもない。これらの情報を大公にも伝えたいが、一葉様経由でしか伝えられない。緋炎もいない今、誰を使って迅速に伝えるつもりなのか。
疑問を口にすべきは今でない。そう情報共有を終え、一葉様との時間を持つ。あまりに急いた行動は不信を招く。表立っての連絡は一葉様にお願いするしかないのだ。
「お花さんと秘密の話がしたい。機会を用意してくれないか。」
地上での時間なら簡単に用意できる。頼み方も取り次ぐようにという指示で良い。それをわざわざ秘密と付け足し、こんな言い方をするということは地下での機会が欲しいということ。利用できる伝手を増やしたいという気持ちも水面下の協力を得たい気持ちも理解できるため、まずは《鬼火》に相談だ。花様のことを教えたくないと彼が思うなら、隠し通すことに協力する。彼女は彼の配下なのだ。その処遇に関する決定権は《鬼火》にある。
二条邸に帰還し、執務室を訪ねた。花様もいよいよ領主として仕事を始められており、春仁様と一緒に領地からの報告書を見つめている。地上の話ならここでもできる。しかし地下関連ならここではできない。そう内密の話がある、誰にも聞かれない場所が良いと希望を述べる。一葉様からの要望を、と言いつつピアスに触れながら言ってみせれば春仁様には伝わった。
「俺からも君に頼みたいことがあるんだ。」
秘密の転移術式から地下へと降り、私から話し始める。《紅炎》の地上での主人《金声》から《花》に会いたいという要望があった。こう言えば紹介していない《鬼火》にも《金声》が一葉様のことだと伝わるだろう。私としては二人を会わせても良いと思っている。ただし地下で会わせるには《金声》をどう地下に連れ出すかが問題だ。《花》は二条邸内に秘密の転移部屋を設けているため、簡単に地下へと下りられる。しかし一ノ瀬邸にそんな部屋を作ることは難しい。皇子に過ぎない一葉様にはそんな権限がないのだ。いざとなれば皇帝でも皇妃でも皇女でも、その部屋に入ることが可能になってしまう。そのうち自分の家でも建ててくれないだろうか。
こちらの要望と問題点。それを提示すると《鬼火》の側からも伝えられる。《鬼火》が一番に心配していることは《花》のこと。執事が変わって心配らしく、また仕事に忙しくしていることから疲れも見える。本人の不安などを尊重し、長くは離れられないが、少しだけ仕事や領地のことから離れる時間を用意してあげたい。もう一つ、《鬼火》は領地からの報告でも気になる点があると言う。一部不審な点があるため、確かめてもらいたい、と。
会わせる場所は地下であればどこでも良い。一葉様も休みを取れるなら温泉地で会っても良い。自然豊かな観光地なら人目を避けられる場所などいくらでもある。十六夜領地内なら《六華》が地上と地下を繋ぐ門にも詳しいはずだ。
「温泉旅行の方向で計画を立てよう。地下の会合場所は任せた。」
一葉様は私と良い仲という話になりつつある。私は花様の侍女。借り受けて星見会にも参加しているため、彼女とも親しくなり得る。異性と温泉旅行に行くのかという疑問もあるが、上手く誤魔化す策が《鬼火》にはあるのだろうか。
地下の会合場所は任せた、と言われているのだから地上でのことは任せてしまおう。会合場所は私が、というよりも《六華》が選定する。そのための連絡だ。今はもう生活の拠点を十六夜家に移しており、地下で秘密の会話をするにも地上経由の連絡が必要になる。地下のことには触れられない。なんと言って頼もうか。一葉様と内密に会いたい、温泉旅行の行き先の候補に入れても良いか。この内容で文を出して良いか確認し、地上へと戻る。一葉様にも温泉旅行に行きたい、場所はこちらで用意する、と文を出そう。
私用を終え、春仁様の言いつけ通り、お二人が仕事をされている執務室へと戻る。既に私から十六夜家への文も書けたこと、同時に一葉様への文も書けたことを伝えた。
「こちらも文を書けている。一緒に出してしまおうか。」
花様から十六夜領主への文も出すという。春仁様との温泉旅行の先に十六夜家領内の温泉地を利用したい、という申し出だ。その花様からの文と私からの文が同時に届く。何かあると疑われ得るが、知ることになる相手は十六夜家の人間のみ。うち椋様と六華は《果実姫》の配下。今は領地におられないが飛鳥様も配下の一人と考えると危険は最小限だ。表向きの言い訳も六華と私が元同僚、姉のように慕っていたとなればその伝手を頼って旅行という話になってもおかしくない。
届ける係は私に任された。これは内密の、そしてごく個人的な要件だからだ。私も関わる要件とする理由は万一見つかった場合にも私が一葉様との時間を望んだと見せかけるため。十六夜領主も椋様も六華も領地におられる。先に届ける相手は皇都におられる一葉様。手渡すことは難しいため、家の人に預ける。返事は地上の伝手で行うだろう。
次の十六夜家は行くだけでも数日掛かる。そのための時間は頂いた。王国で大変だったようだからと休暇も兼ねてと言ってくださっている。先に一人で温泉地を訪ねてみても良い。私一人ならただの侍女の旅行のため護衛などの心配もなく、宿泊先さえ見つかれば問題ない。そう気軽に船へと乗った。
船を下り、港から一日あれば領主邸には辿り着く。こちらも手紙を渡すだけで直接のやり取りはない。何かあった際の連絡も二条邸に届くだろう。念の為、今夜の宿と明日以降数日の滞在先を屋敷の使用人には伝える。これだけ終わればもうやることはない。後は心配りに甘え、ゆっくりと湯に浸からせてもらいつつ美味しい料理を楽しもう。そんなことを考えつつの時間を過ごしていると宿に連絡が入った。十六夜六華が訪ねている、ということだ。文を見て来てくれたのだろうか。
「久しぶり、果穂。以前はありがとう。」
果樹園の場所は秘匿。しかし私や六華が元従業員であることは明らかにしても良い事実。嘘は最小限にしておかなければ間違えてしまいやすいのだ。そんな彼女は時間があれば手紙の件について詳しく話したいと言う。もちろん早くに返事がもらえるのならむしろ望むところだ。
「僕、この辺りに秘密基地を作ったんだ。そこに果穂も案内するよ。もちろん椋も一緒にね。」
紅いピアスを触りつつの秘密基地は地下の拠点のことだ。そこへ椋様も招く。話が早く進められそうだ。その前に十六夜家に上げていただき、少しだけお茶をする。椋様も時間を作ってくださった。出張の時のお酒の話など会話は盛り上がるが、本題はここでできない。椋様の言葉を待ち、会場を地下へと移す。案内は六華だ。六華も私も十分に戦う力はある。椋様も鍛えておられ、学校での評価も悪くなかったそうだ。十六夜家が特に武道に力を入れている家というせいもあるのか、護衛もいない。
少なくとも他人に見られる可能性はある。しかし六華はそれらを掻い潜る術を持っているのか焦った様子はない。いつも利用しているのだ。きっと六華なら問題ない。そう信じ、私も《六華》の拠点を楽しみに付いて行く。三人での行動ではあるが、上手く地形に隠れる秘密基地を用意してくれており、その秘密基地自体、知らなければ見つけられそうにない。中に入られてもただの小屋のようであり、どこにも不審な点はない。奥に続く扉を通ってもまた新たな一室があるだけで、一見そこから先には続いていない。ここで魔力を流し込みつつ、魔力言語による合言葉を発すれば、入口は開く。通り過ぎた背後ではすぐに閉じていた。
ここが《六華》の秘密基地。そう《炎鳥》に改めて私たちの与えられる利益を提示する。秘密の情報、秘密の伝手、御子からの信頼。御子からの信頼は《夜鳥》によって得られるものだが、常に傍にいられるよう協力できる。いざとなれば行方不明と言い張り、地下に連れ込むという手もある。私たちの利点を上手く活かせるようになるのは主に《炎鳥》が領主となってからの話だ。
ここからが本題だ。今回手紙を出した理由、密かな旅行地が欲しい理由。地上での立場も持つ《金声》と《花》を会わせるため、その場所を自然に確保するため、地上から地下へと一定時間下りていても誤魔化せる手段を得るため。具体的にしてほしいことは《花》と《鬼火》、《金声》と《林檎》の受け入れだ。
「名誉なことだ。特に説得せずとも受け入れる方向で話は進むだろう。そちらからも大々的にはしたくないと伝えるんだろう?」
そのつもりだ。《花》と《鬼火》にとっては夫婦での旅行、私と《金声》にとっては許されにくい関係での逢瀬となる。特に私たちは隠して会おうとしても不自然ではない。私たちの逢瀬を隠すための《花》たちの旅行にも見えるよう細工を施す。その細工にすら気付かれない、たまたま日程が被っただけと見てもらえることが最善だ。
地上と地下で連絡を取る。数日温泉を楽しみ、報告も行う。そうすれば作戦の本番を待つだけになるだろう。