皇国への帰還
《林檎》視点
御子発見の報のため、予定を早めて帰還する。人数は来た時よりも一人少ない二人。早速帰還後の報告を皇帝に行う。伏せたい部分に関しては一葉様にも伝えている。地上での立場なら一葉様に指示を出せないが、地下での立場なら《金声》に指示を出せる。隠す部分は私が時属性を適性とすること、転移術を一人で発動したこと、私と緋炎が変化できること。御子を公国へ転移させたこと、知人が公国の騎士をしていることは伝えても良い。転移に関しては一葉様と緋炎が協力して行ったことにする。知人の件は調べればすぐに分かるだろう。彩羽から公国に移住したのだ。学校での交流は控えめだったが、皆無だったわけではない。下手に隠すより明らかにしてしまったほうが良い。それらを踏まえて、御子の安全と意思を最優先に判断したと報告するのだ。緋炎には転移先で行方不明ということになってもらおう。
報告は花一郎様にも行われた。皇国の御子は無事だった。その点を隠す必要はないが、公国に預けたことを大っぴらにもできない。そんな説明も併せてされた。この報告は皇帝の許可を得て一葉様からされている。その内容自体は問題のないものだ。しかし続く個人的な頼み事には戸惑いを隠せない。その提案が御子の件と何ら関係ないものに見え、断られたことのあるものだったからだ。
「果穂さんを表向き俺の特別な人として同行させたい。借りられないか。」
地下で二人を互いに紹介したことはない。しかしピアスの意味は伝えているため、花様の地下での立場が春仁様《鬼火》の配下であること、一葉様の地下での立場が私と同じ《果実姫》の配下であることは分かるだろう。その証拠に一葉様は表面上花様に頼んでいるが、その実視線は私に向いている。花様の許可も必要だが《林檎》の意思も必要、むしろ私の判断が重要。そう分かっているのだ。
判断するにも情報が必要。一葉様がこんな頼み事をした理由を尋ねると、前回共に星見会に参加したにも関わらず帰国後早速言い寄ってくる女性がいると言う。王国に行っている間に落ち着けばと思ったのも虚しく、大量の恋文が届いているそうだ。その解消のため、私の力を借りたい、と。それから協力した場合に考えられる誤解とその対処。誤解させることが目的のため、そんな行動を控えるという解決策は用意できない。問題は事が解決した後。婚約者ではないと公表するのか、公表するにしてもどのような言い訳にするのか。事実を全て開示すればそれまでやってきたことがほぼ意味を失うだろう。言い訳の内容も愛人にすると言うのか、婚約者ではなくなったと言うのか。他にもゆっくりと考えれば色々と思い付くだろう。
「姉が次期皇帝だ。俺はその補佐を行う想定で既に動き始めてる。だから本当に結婚できる。君の実力は証明できるし、俺も黙らせるための算段は考えたから。」
皇弟が《豊穣天使》出身の二条家侍女と結婚するという事態にしても構わない。しかし一葉様と結婚することがあれば二条家の侍女を続けることは難しいだろう。《果実姫》陣営は二条家への伝手を失うことにもなる。一方で《鬼火》が二条公爵伴侶、《林檎》が未来の皇弟伴侶と考えると、地下人の勢力図としてはより好ましい。《果実姫》勢力の配置が私と《紅炎》で偏ることは気にかかるか。だからといって緋炎を急に理由なく侍従から外すことも不自然だ。御子の希望という言い訳が通るなら外せるが、それでも《夜鳥》と《暁光》、そこにさらに《紅炎》という形になり、役割が被る。何かあった時に自由に動ける人材と考えると有難いが、遊ばせるのも勿体ない。迷うところだ。それなら侍従としての立場を維持したまま、随時動いてもらうことだってできる。一葉様も《金声》という私の配下なのだ。
私が狙っていた皇子の、未来の皇弟伴侶という立場にありつける機会であることには変わらない。不利益は最小限、利益は十分。断る理由はない。
「いいよ。責任取ってくれるならね。」
積極的な行動を人前で繰り返せば、一葉様の意思がどうあれ退くことは難しくなる。何よりこれは一葉様からの提案だ。周囲の反応が婚約者確定、本当に結婚するのだという雰囲気になれば、私を貶める形での婚約破棄は行わないだろう。かといって皇子である自分を不用意に下げることもできない。少なくとも結婚しても良いと思ってもらえる程度の好印象は得られている。悪いことにはならないだろう。現皇帝は側室もおられない。皇帝にすらならない一葉様は愛人を抱えるような環境にしないはずだ。何より厄介な令嬢を排除する方法に他の女性と良い仲であると示す手段を選んでいる。二人以上の女性を相手にするという考えはないように思える。相手が本気で恋しているのなら他にいると言っても意味がない。愛人でもと食い下がり、その本命女性に攻撃的な態度を取るだろう。
やることは決まった。そう気を引き締め、王国に出張する前の星見会を思い出す。あの時は緋炎に誤解させるためと言っていたが、それはこのためだろうか。敵を騙すにはまず味方から。前回のあの態度なら緋炎は私と一葉様が良い仲だと誤解しているだろう。それを周囲に言うことはしないが、今後誰かに聞かれることがあれば答えはする。いない間に進展があったとなればきっと戻ってきた時に聞かれる。良い下準備だ。
「この頼みが上手く行っても行かなくても、君は令嬢令息たちから敵視されかねない。それでも構わない?」
分かっていてのお願いだろう。彼らから敵視されることなど慣れている。花様の前では隠しても春仁様には敵意を向ける人もおり、その春仁様の伝手で私が連れて来られているため、私にも敵対的な視線は刺さる。既に慣れたことだ。上位者に仕える者として敵を作ることを恐れてはならない。わざわざ増やすこともないが、増える敵と得られる伝手を比べて、伝手が重くなれば敵を増やしてでもその誘いには乗る。恩を売れても嬉しいため、仕方ない、と受けてあげる。
決まったなら作戦会議だ。一葉様が特に困っている令嬢は百地麗菜様、領主家の第二子で、彩羽の学生だ。王国から帰って来ても大量の恋文が届いており、執着の強さの感じられる文面は不気味ですらあったとか。彼女の姉君からの協力は得られるそうだが、身内に敵がいるとむしろ麗菜様は燃え上がっているらしく、撃退に難航している。障害があればあるほど燃え上がる人もいるため、彼女もその類の人間なのだろう。ただし一葉様も拒んでいるため、二人の恋という前提すら成り立っていない。
そんな彼女を追い払うための考えが彼にはあるようだ。そう幾つか約束を取り付けられた。
最初の作戦は目の前で仲の良さと私の魅力を見せつけること、らしい。見せつけるような魅力があると思ってくれているのか。今夜は帰還後初の星見会。もう昼は暖かくなり始めた季節だが、まだ夜は冷える。それでもやはり星を見上げるなら屋外。そう主催の結子様と花梨様も外で待っておられる。冷える手を繋ぎ、彼女らに挨拶をする。当然のように彼女らの視線は私たちの服と手に集まった。私の着物は世界樹の葉にも見える一枚の葉をあしらっており、一葉様の婚約者と思わせるような柄になっている。ピアスがお揃いの紅であることは以前からであり、これは侍従の緋炎も同じであるため、深い意味は読み取られないかもしれない。一葉様も服に私の瞳の色を取り入れてくれているため、より一層特別な間柄に見えることだろう。そんな服装、そんな触れ合いのまま、他の参加者からの挨拶も受ける。私もそれを当然といった態度で受け止めれば、一葉様の狙いは果たされることだろう。
挨拶を全て終えると、待っていたと言わんばかりの様子で百地麗菜様から再び声を掛けられた。今夜の作戦は彼女の姉君にも共有しているそうで、声の聞こえる距離から見守ってくださっている。しかし彼女に頼って解決してはいけない。私が堂々たる姿を見せ、どちらが一葉様のお相手に相応しいか示すのだ。そんな気合が一葉様にも伝わったのか、私の腰に腕を回し、恋人のように寄り添った。それが面白くないのだろう麗菜様は私を睨みつける。既に私と一葉様が恋仲なら、この行動は悪手だ。彼の心象を悪くするだけだろう。しかしそんなことには考えが及ばないのか、値踏みするような目まで向けてくる。自分が卑しいことをしていると分かっていないようで、鼻で笑うことすらする。
「随分とお可愛らしい体ね。十分に栄養も取れないほど貧しいのかしらお可哀想に。」
女の視線は間違いなく私の胴体に向かっている。体型など健康か不健康か、目的を果たすために十分か不十分か、それだけで良い。それ以上のことは個人の好みの範疇だ。少なくとも私の体は健康の範疇にあり、一葉様の妻となるに十分な物である。もっと言うなら二条花一郎様の侍女をしている私に対して貧しいなど、二条家への侮辱とも捉えられる。麗菜様はそう考えていないからこの態度なのだろう。あるいはほんの少しでも付け入る隙が見つかれば、傷が見つかれば、という思いだろうか。いずれにせよ、こんな喧嘩を買う必要はない。そう曖昧な笑みで余裕を見せる。第一、親しくもない相手の体型に言及し、あまつさえ細すぎると揶揄することこそ皇子の妻に相応しくない下品さだろう。着物に隠れた体の本当の所など彼女にも分からないのだから。
私の対応は正解だったのか、彼女は苛立たしそうに体を揺らした。着こなしもその豊満な胸を強調しており、周囲の目の鋭さも意に介さず、一葉様にその体を寄せる。恋仲ならそういった行動も触れ合いの一つになっただろうが、現実の一葉様は不快そうに身を引き、私の影に隠れた。私を盾にするのは皇子として如何なものかと思わないでもないが、耐えられないから助けを求めたのなら仕方ない。私が話を逸らしてあげよう。
話題は星に関するお伽噺にする。星の一つ一つが世界樹であり、ここからでは小さな点にしか見えないあの星の一つ一つの数多の命が息づいている、と。あれらの星には様々な生命が生きている。こんな話は良家の子女なら幼児でも知っていることだ。世界樹信仰において重要な一要素であり、勉強していなくても知っているはずの部分。それをご存知ですか、と問いかける。当然、馬鹿にされたと気付いた麗菜様は反論したいのか口を開くが、言葉は出てこない。まさか私に言い返されるとは思わなかったのだろう。口論の経験にも乏しいのかもしれない。結局私には何も言わず、標的を何故か一葉様へと変える。彼に好意を抱いてほしいのではなかったのだろうか。
「何故このように貧相な女を隣に置いているのですか。皇国の品性を、貴方の品格を落とす女です。その身に相応しくありません。大陸との交流を深めるこの時代に時代遅れの女など不要でしょう。」
「品性を疑われるような行動を取っているのは君だろう。」
一葉様が私を選んだ。その事実を認めたくないあまりに彼の選択を否定する。それが彼の好意をより遠ざける行動であることにも気付いていないのだろう。だから彼の返答に握り拳を作っている。
まだ反論する気概がある。苛立ちで頭が回っていないのかと思いきや、再び私に意地悪な顔を向けた。
「こんな柄の生地を選んでくるなんて思い上がっているのではありませんこと?自分に相応しい物を選ぶことも気品を高める一つですわよ。」
私の服が一葉様を意識して選ばれた物であることは伝わっている。これが彼と共に選んだ物であることを伝えれば、彼女はより嫉妬するだろうか。いつ言ってやろうかと窺いつつ、ここは余裕の笑みで受け流す。しかし彼女からの追撃はない。それならこちらからの反撃だ。
彼女の服装はともすればこのような場に相応しくないと言われかねないほど自分の体型を露わにした物だ。その点を突けば、きっと言われてきただろう下品な服や体という言葉を思い出す。
「貴女にはそれがお似合いなのですね。私には選ぶのも難しく、一葉様に選んでいただいたのです。」
特別にも見える間柄の人に選んでもらった。その柄は互いを意識した物にも見える。その上、私は頬に手を当て、上目遣いで彼を見る。彼は彼で私の腰に手を添えたまま、少しだけ抱き寄せる。特別な意味を込めての贈り物であることは見て取れるだろう。もっと深い仲だと思わせてみようか。そう手を重ね、微笑みかける。一葉様も少し照れているような気がするが、本気にさせてしまっただろうか。それならそれで構わない。皇子の妻の座が確実になるだけだ。
「こんな浅ましい女のどこが良いのか、理解しかねますわ。はしたない誘惑に惑わされないでくださいまし。」
周囲からはくすくすと堪えきれない笑いが聞こえる。胸を押し付けるような行為は「はしたない誘惑」ではないのに、自分を抱き寄せた手に自分の手を重ね合わせることは「はしたない誘惑」になるらしい。彼女の基準が謎だ。それとも自分がするのは構わないが、私がするのは駄目、と言うのだろうか。その主張が同じ令嬢にも通らないことはこの場の反応が示している。厳しい目を一葉様に向けている彼女はそんな反応にも気付いていなさそうだ。余裕がないのかもしれない。そんな彼女がそんな女と称した私の良い点を、一葉様は次々に挙げていく。
最初は堂々たる姿勢。実力に裏打ちされた表情は凛々しく、格好良い。花様の信頼もあり、御子救出時の判断も的確だった。強行突破にも見える作戦だってしっかり刺さった。彼の父である皇帝も私の判断と行動に感心してくれた。次は発想と行動力。これも御子救出に関連しての評価だ。自分たちの持てる全てをどう組み合わせ、危険も伴うそれをどう安全に実行するか、どこまでの危険を許容するか。最終的な判断は一葉様に任せたが、提案はした。それから度胸。皇子である一葉様への強気な提案、それもともすれば叱責されるような内容の提案だった、と高評価過ぎるほどの褒め言葉だ。まだまだ良い所はあると口は止まらない。自分の意見を持ち、必要に応じて口に出せる点、と続く。相手を煽る部分もやり返せる心の強さが見えて魅力的、らしい。
演技なのか本気なのか分からなくなるほど熱の込められた言葉に顔が熱くなってしまう。さらに容姿にまで触れた。これは麗菜様を打ち負かすために触れると事前に聞いている部分だ。彼女は自分の容姿に大層な自信を持っておられるらしく、それでも私に負ける、と示したいそうだ。基本的な顔の造詣から始まるが、ここも流れるように言葉は続く。可愛い印象を最初に抱くが、真面目な表情や厳しい顔をしている時は格好良く見える。背格好も頼もしい雰囲気のせいか大きく見えるが、隣に立てば小柄で可愛らしい。体型も着物の柄が映えるものでありながら、抱き締めると柔らかな凹凸がある。他から隠されたその魅力を知っている人は自分以外にいないだろう、と嘘なのか本気なのか気になるところだ。後で緋炎も知っていると教えてあげよう。
色々と訂正したい部分もどういう認識をしているのか確かめたい部分もあるが、ひとまずここは黙る。表情も笑みに固定する。照れが隠せないことは問題ない。そう態度を取り繕えば麗菜様は怯んでしまったのか、退散していく。このために私への褒め言葉を用意していたのだろうか。これも後で聞いてみよう。今尋ねても、作戦のために用意していた、なんて言うはずがない。
麗菜様との口論とも言えないような会話が終了し、今夜の主催、万城目姉妹が私たちに近づいた。先程は挨拶に留めたため、まだ話したいことがあるのだろう。御子の件も彼女たちには詳細を伝える予定があるため、この場で説明する必要はない。
「仲が良いのは良いことだけど、周囲の目を憚ることは覚えたほうが良いでしょうね。」
結子様は助言をくれるが、その実興味津々であることは輝いた目から窺える。今度会った時は詳細に惚けてあげようか。一葉様は見せつける相手のいない場でのそういった行動にどんな反応を示すだろう。
楽しみも増えつつ、ここでは何も悟らせない。そう意識しつつ花梨様に御子発見の次第を伝えると強い興味を示される。公国での保護となったことは伝えられないが、他に伝えられることがある。虐待のことなどは伏せつつ、御子の容態が思わしくなかったために、安全な場所での療養となっていることだ。その安全な場所は誰かに聞かれると狙われる危険もあるため、当然秘密。そう他の誰かに聞かれても問題ない内容のみとなった。
「無事ではあるんですね、良かった。またお会いしたいです、とお伝えいただけますか。」
会えるかどうかは御子次第。どこにいるかなど詳細は後日だ。一葉様もここで詳しい話はできないと声を潜め、それ以上の質問を遮った。会う予定も数日後。ここで我慢できないほど花梨様も子どもではなく、大人しく引き下がってくださる。その時には御子に関する知識ももっと共有していただけるだろうか。許可が得られれば公国にも共有したい。世界樹も導師もない公国は御子に関する知識が不足しているだろう。
その他の参加者とも会話しつつ、星を見る。朝まで眺めていたいほどの光景だ。他に見せつけるような行動をしつつだが、それでも心地良い時間となった。きっと今回だけでは終わらない。




